※本稿は、佐谷秀行『がんが気になったら読む本 生きぬくための最新医学』(毎日新聞出版)の一部を再編集したものです。
■がん治療は“最初の医者”で決まる
がんの治療では、最初の一手がきわめて重要です。
実は、医師の立場からは非常に口にしにくいことではありますが、がんというのは、かかる医者によってある程度その先の運命が決まってしまう病気である、という現実を否定することはできません。
とはいえ、ころころと頻繁に担当の医師を替えると、新しい医師はそのたびに、患者さんの情報をゼロから収集しなければならないことになります。患者のことをよくわかっていないせいで、避けるべき選択をしてしまう可能性も高まります。
ならば、“良い医師”とはどういう医師なのでしょうか。これはなかなか難しい問題です。ひとくちに“良い”といっても、評価軸はいくらでも考えられます。
そこで、まずご紹介したい本があります。『大学教授がガンになってわかったこと』(幻冬舎新書)という本ですが、まず大腸がんになり、それから膵臓がんになられたというご自身の体験を書かれたエッセイで、役立つ情報がたくさん詰まっています。その上とてもコミカルで面白く読めてしまう貴重な一冊です。
■担当医を替えた大学教授の葛藤
著者は山口仲美先生という、古典語から現代語までの日本語の歴史をご専門にされている大学教授で、2021年に文化功労者に選ばれています。
がん患者という立場に置かれたご自身の状態や心境の推移から、医師をはじめとする医療従事者たちの姿までが、生き生きと赤裸々に描かれているわけですが、いちばん印象に残るのは、山口先生の闘う姿勢です。
治療の中で最初からものすごく迷われ、葛藤され、医師を含めていろいろなものを相手に闘います。ただし、一度ご自身でこうと判断し、行動に移したことに関しては、決して後悔されません。これは、がんと闘う上で非常に重要なポイントです。
山口先生は何度か大きな決断をされ、担当の医師を替えます。じっくりと考えた末の判断ですが、その姿には、“バッサリ斬る”という表現がしっくりとくるすがすがしさがあります。
もちろん切り捨てるばかりではなく、闘うパートナーとしての医師との信頼関係を厚くする努力もされるのです。
たとえば、膵臓がんの治療では手術を受けるという選択をし、「名人芸に達しているといってもいいような卓越した」技術を持つ医師が執刀医となります。実際、術後には傷がほとんど痛まず、膵臓の断端部からの出血もきわめて少なく、しかも合併症もなかったため、13日後には退院することができました。
■無事に退院できたけど…
そういう抜群の腕を持っている医師に出会えたわけなのですが、実はその医師は患者とのコミュニケーションがとても下手な人でした。
せっかく手術が成功したというのに、平気で「最悪のシナリオでした」「あなたのは、ラッキーではありません」「再発を防止する手段はありません」などと言い、「生き延びようとあがく人にかぎって不思議なことに死ぬんですな」とまで言われて、作者の気分はどん底まで落ちました。
また、抗がん剤のきびしい副作用に苦しめられながら懸命に社会生活を続けている時期
に、抗がん剤治療を続けるべきかどうかという相談をすると、とにかくよけいなことを考えずにもっともっと努力しろと発破をかけられるばかりでした。病理検査の結果を見せてくださいとお願いしても、「そんなもの見てシロウトがわかるわけない」と、取り付く島もありません。
とうとう、この医師の「手術を受けられたことには心から感謝している」、それでも、この先生とは「相性が悪いらしい」と判断し、「患者の気持ちを鼓舞し、患者の伴走者」になってくれる医師を探そうと決めます。ほんとうはがん細胞と闘うべき時に、はからずも人間と闘ってしまっていたことに気づかれたわけです。
■今度は、患者の心をつかむ医師に出会った
しかし一方では、「外科の先生なのに、内科的な化学療法の分野で患者を指導しなければならないシステムそのものに改善の余地があるのではないか」と、医療そのものへの冷静な視線も失いません。「外科手術が終わって、術後の化学療法に移ったら、主治医も腫瘍専門の内科の先生にバトンタッチするほうが適切なのではないか」との、鋭い指摘をされるのです。
さて担当医を替えた山口先生ですが、今度は対照的に、「患者の心をつかむコツを心得ている」、言葉を交わすだけでグッとやる気を引き出してくれる医師と出会うことができました。手術などの技術が高くても、その後の対応の仕方が悪い医師にあたってしまうと、再発を見落とすことにもつながりかねません(山口先生は、さいわいそういう事態にはいたりませんでしたが)。どういう医師と出会うのかによって、運命が変わるということは、このエピソードからもご理解いただけると思います。
そういうわけで、この章では、良い医師とはどういう医師なのか、ということを考えていきたいと思います。
■「良い医師」の7つの条件
まずは、具体的なお話から入りましょう。患者さんにとって良い医師の条件とは何でしょうか。仲間の医師や、医学部の学生たちとも話し合いながら、理想的な医師の持つ7つの条件を考えてみました。
1つ目の条件は、やはり優れた医療技術です。診断力や治療技術ということですね。あたりまえのことですが、いくら勤勉で人格的に優れている医師でも、内視鏡検査や手術の技術が低いと、患者さんは困ります。
今では、病院などの公式ホームページを見れば、それぞれの医師の得意分野を確認することができます。どういう分野で、診断能力あるいは治療技術が優れているのかという情報ですね。
医師の側からしても、自分に関する情報を広く社会にお知らせするのは義務であり、仕事の重要な一部と言えます。多くのがん拠点病院はこの点に重きを置いて、そうした情報を積極的に発信するようにしています。もしそういったところに情報の少ない医師がいたら、その人は仕事に向きあう姿勢が消極的であるという可能性があります。もちろん、多忙すぎて自分自身についての情報を更新する時間がない場合もありますので、1つの参考条件と考えてください。
■「自分の親だったらどうするか」と尋ねてみるのもいい
2つ目の条件は、データや新しい知識に基づいて病状を説明してくれるということです。1人の患者さんにきちんと時間をとって病状説明をする。その時に、データ(特に数字が出てくる)と最新の情報に基づいて話をすることは、きわめて重要なポイントと言えます。
3つ目は、患者さんの話に耳を傾け、しかも質問を受けた際には回答が丁寧で明解であること。つまり、患者さんの尊厳を尊重しているということです。基本的であたりまえのように思えますが、実はなかなかむずかしいことでもあります。
4つ目は、治療の選択肢について、自分の身内に対するのと同じ姿勢で説明してくれるということです。たとえば、「自分の親だったら……」「自分の子どもだったら……」という仮定で、「こういう治療を選択する」というふうに話してくれる医師は、患者にとってとてもありがたい存在です。
患者さんの側は、医師から治療の選択肢を示された時には、「先生ご自身だったら、どれを選ばれますか?」「先生のご両親が患者だったとしたら、どれをすすめますか?」というふうに尋ねてみると良いと思います。その医師の本音を聞くことができます。その際に、そもそも自分の身に引きつけて答えてくれない医師には、用心が必要でしょう。
■「チーム医療」と「迅速な情報提供」、「患者=顧客」の意識が重要
5つ目は、ほかの医療スタッフとの連携がうまくできるということです。
当然のことですが、医療は医師1人ではできません。チームワークがきわめて重要なのです。つまり、医師がほかの医療スタッフとどういう関係性を築いているのかということが、医療の質そのものを直接的に大きく左右します。
これを裏返して考えると、たとえば、その病院で働いているスタッフのみなさんが、「自分が病気になったらこの先生に診てもらいたい」「自分が病気になったら、この先生に手術してもらいたい」と考えるような医師が優れているということになります。
6つ目は、検査の結果などを迅速に報告してくれることです。検査の結果を待つ時間は、とてもつらいものです。検査を受けたら、良い結果でも悪い結果でも、とにかくできるかぎり早く知りたいものです。
ところが、中にはなかなか教えてくれない医師もいます。検査をすることになったら、結果が出てくる日をその場で確認し、それにいちばん近いタイミングで次の診察日を設定しましょう。そういうことに積極的な医師は、優れた医師だと言えます。
最後の7つ目は、医師にとって患者は顧客であるという意識を持っていることです。医療というビジネスにおいて、患者さんをお客さんととらえることは当然であり、ここまでの6つの条件を支える基本的な姿勢とも言えるでしょう。
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佐谷 秀行(さや・ひでゆき)
藤田医科大学腫瘍医学研究センター長
1981年に神戸大学医学部を卒業し、1983年まで脳神経外科研修医。その後、神戸大学大学院医学研究科に入学し1987年に博士号(医学)を取得。その後University of California, San Francisco(UCSF)の博士研究員を経て、1988年よりMD Anderson CancerCenterのAssistant Professor。1994年から2006年まで熊本大学医学部教授、2007年より慶應義塾大学医学部教授。2016年より慶應義塾大学病院副院長、臨床研究推進センター長をつとめた。2022年より藤田医科大学腫瘍医学研究センター長。
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(藤田医科大学腫瘍医学研究センター長 佐谷 秀行)

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