■酒を飲まない新入社員「太りたくない」
年末年始は、酒好きにとって“魔のシーズン”だ。忘年会、新年会、家族との集まり……、気付けば連日飲み続け、恐る恐る体重計に乗っては「また増えてる!」と悲鳴を上げる。
「この時期は仕方ない」と半ばあきらめてはいるが、それでもやっぱり太りたくない。健康面はもちろん、見た目も気になるからだ。こう考えるのは私のような中年世代だけではなく、若者のほうがずっと多い。
以前、新入社員向け飲酒コントロールセミナーにおいて、「なぜお酒を飲まないのか?」という質問をしたところ、「太りたくないから」という答えが大半を占めて驚いた。
未来ある飲み手にそっぽを向かれないためにも、ここでしっかりお酒と肥満の関係についての理解を深めておかねばならない。医学的見地を交えた太りにくい飲み方について、肝臓専門医の浅部伸一さんにお話をうかがった。
■アルコール処理が最優先、脂肪燃焼は中断
まず知りたいのは「そもそも、なぜお酒を飲むと太るのか?」ということ。これについて浅部さんは「最大の理由は、肝臓における代謝の優先順位が変わることにある」と話す。これは一体、どういうことなのだろう?
「肝臓は本来、脂肪の分解、糖の代謝、タンパク質の合成など、生命維持に欠かせない仕事を同時にこなしています。
お酒を飲むと、一番燃焼してほしい脂肪が置いてけぼりになるなんて……。浅部さんはさらにこう続けた。
「アルコールを代謝する途中で“アセチルCoA”という物質が増えます。通常、アセチルCoAは、脂肪燃焼ルートとして知られるTCA回路に入り、エネルギーとして使われています。しかしアルコールを飲むとTCA回路の働きを上回る、アセチルCoAが生産され、結果として余ったアセチルCoAが脂肪として蓄積されてしまうのです」
アルコールによって脂肪の燃焼が止まり、さらに脂肪の材料となるアセチルCoAが増え、行き場を失って脂肪として体に蓄えられる。この踏んだり蹴ったりの状態こそ、お酒を飲むと太ってしまう根本的なメカニズムなのだ。
■「エンプティカロリー」にだまされた結果
だが、一部でお酒はエンプティカロリーとも言われているが、真意はどうなのだろう?
「エンプティは“空っぽ=栄養がない”という意味で、“カロリーゼロ”という意味ではありません。お酒にもアルコール由来のカロリーが含まれていることを覚えておきましょう」(浅部さん)
私事だが、“エンプティカロリー=カロリーゼロ”と勘違いしていたころ、ダイエットアプリにお酒のカロリーは一切明記していなかった。後からまったく痩せない理由がわかって愕然としたことがある。
ちなみにアルコール(エタノール)のカロリーは、1gあたり約7kcal。脂質の次に高いエネルギー源なので、決してスルーできるものではないのだ。
■「シメのラーメン」を欲するメカニズム
「これらに加えて大きな影響を及ぼすのが、アルコールによる血糖値の乱れです。アルコールは、肝臓が“足りない糖を自分でつくり出す”働き(糖新生)を妨げるため、飲んでいるうちに血糖値が下がりやすくなります。すると脳は“エネルギーが足りない!”と判断し、強烈な炭水化物欲求を引き起こします。これが“シメのラーメン”を猛烈に食べたくなる理由です」(浅部さん)
今でこそシメのラーメンは食べなくなったが、飲んだ後にラーメンをはじめとする炭水化物(糖質)が欲しくなる気持ちが良く分かる。アルコールによって食欲中枢が麻痺するからと思っていたが、主犯は血糖値だったのか。
しっかりカロリーがある上に脂肪の燃焼を妨げ、脂肪の蓄積を促進し、さらには血糖値まで下げて「シメを食べよ」と誘惑までするお酒。本丸である、肥満を回避する具体的な飲み方を浅部さんに教えていただいた。
「結局は量が問題なんです。ビールはアルコール度数が低く飲みやすいため、どうしても量が増えやすい。糖質が多いのもありますが、最大の問題は“量が飲めちゃう”点にあります。過日、私もインド出張の際、大ジョッキを3~4杯、合計約2リットルを超える量を飲みました。それだけで優に1000キロカロリーは超えていますからね。
■ビールより日本酒・ワインがおすすめ
飲みやすさ故、無意識に大量摂取してしまうビール。浅部さんは「日本酒やワインはゆっくり飲めるのでおすすめです」と話す。
「日本酒には糖質が含まれていますが、アルコール度数が高いので大量に飲めないですよね。ワインもアルコール度数が高めですし、そもそも単独でぐいぐい飲むお酒ではないので、ビールのように“量の暴走”が起きにくい。それでも飲み過ぎてしまう人には、ちょっと値段が高いお酒を飲みましょうと提案しています」
確かに高価なお酒は「味わって飲もう」と思うため、量を抑える心理的ブレーキがかかりやすい。反対に安価な甲類焼酎やジンといった酒類は、炭酸で割ってガンガン飲むスタイルになりやすく、一気に摂取量が増え、「飲みすぎリスク」につながる。
■「カロリーオフ」「ゼロカロリー」の罠
浅部さんによると、「さらに注意したいのが、人工甘味料入りの酒」だという。
「人工甘味料に関しては、アメリカでもゼロカロリー飲料の大量摂取で糖尿病リスクが上がるとか、甘さをより求めるようになってしまうとか、血糖値が実際には上がらないという矛盾が脳の認識を混乱させてしまうなどの諸説が出ています。
絶対に飲んではいけないわけではありませんが、“砂糖が入ってないから大丈夫”と油断して飲みすぎるのは避けたほうがいいですね。アルコールである以上、1gあたり7kcalのカロリーは存在し、代謝の優先順位も変わりませんから」
浅部さんの話をまとめると、太る・太らないは“お酒の種類”より“量”で決まるということだ。ビールのように飲みやすいお酒ほど量が増え、それに伴いおつまみも食べてしまうため、総摂取カロリーが膨れ上がる。逆に、アルコール度数の高いお酒や高価格帯のお酒は、自然とちびちび飲むため、量のコントロールがしやすい。
太りたくないなら、「飲みやすい=危険」「飲みにくい=抑制が効く」という視点を持つと、年末年始の体重管理に大きく差がつきそうだ。
さて、おつまみの話が出たところで、太りにくいおつまみの選び方を浅部さんに教えてもらった。
■「最強おつまみ」だからこそ定番メニュー
「一番のおすすめは枝豆です。枝豆には少量の脂質、たんぱく質、繊維質が含まれています。たんぱく質は食欲を抑制し、食物繊維が血糖値の乱高下を防いでくれます。また、脂質を少量とり入れることで、胃の出口がゆっくり開き、糖質の吸収が穏やかになる効果も。
サラダもいいですが、食べる際はドレッシングを別にもらうとカロリーのコントロールがしやすくなります。もし種類を選べるのであれば、シーザーサラダドレッシングや胡麻ドレッシングのような乳化タイプより、和風ドレッシングやイタリアンドレッシングといった分離タイプのほうが使用量を抑えやすく、カロリーも控えめになるでしょう」(浅部さん)
枝豆は居酒屋の定番メニュー。低脂質・高たんぱく質の良質なおつまみの代表格なので、メニューにあれば必ず頼むようにしたい。サラダもドレッシング次第で摂取カロリー・脂質が変わってくる。店の繁忙期である年末年始は難しいかもしれないが、カロリーオフのため、ドレッシングを別にもらうという手は覚えておきたい。
■どうしても食べたいならお茶漬け・蕎麦
そして気になるのが「シメ」問題である。
「血糖値は飲み会の後半で下がってくるので、半ばでおにぎりやポテトサラダなどの糖質を摂っておくと、シメの炭水化物欲求が緩和されます。ラーメンは糖質・脂質・塩分ともに多いですし、どうしてもカロリー過多になります。どうしてもシメを食べたいのであれば、お茶漬けや蕎麦にしましょう。もっとカロリーを抑えるなら、お麩入りの味噌汁という手もあります」
なるほど、飲み会の半ばで糖質を少量摂っておけば、シメに暴走しなくて済むのか。これはすぐにでも実践できそうだ。
とはいえ、年末年始は普段とは違う飲み会パターンが多く、人によっては5連チャンで飲み会なんて人も少なくない。連チャンとなれば、体重は増加の一途をたどってしまう。そう嘆くと、浅部さんは「連チャンだからこそ、飲む前後の工夫をしましょう」と具体的な指導をしてくれた。
■「飲み会の翌日は食べない」は逆効果
「まず大事なのが、欠食しないこと。飲み会の翌朝、体重計に乗って太ったからと欠食をしがちですが、これは逆効果です。
太らないための調整として何も食べないことが、反対に太る原因になるとは……。総摂取カロリーを考慮しつつ、欠食をしないよう心がけよう。
また、「飲み会の合間に水を飲む、あるいは微アルコールやノンアルコールを挟むのもいい」と浅部さん。今はノンアルコールでも味の良いものが増えているので、飲んだ気分を十分味わいつつ、アルコール摂取量を自然に下げられる。
そして「年末年始はなかなか難しいと思いますが……」と前置きしつつ、浅部さんは休肝日についても言及した。
「飲み会が連日続いた後は、休肝日をつくるようにしましょう。肝臓にとって休肝日はごほうび。単にアルコールを抜くだけでなく、肝臓の脂肪合成や炎症反応がリセットされる時間でもあります。連日飲み続けていると、この回復するチャンスが奪われ、太りやすさも助長される可能性もあるので注意が必要です」
■「スマートな飲み方」の極意とは
浅部さんの話を聞いていると、「これだけ飲めば太らない」「これを食べれば帳消し」という魔法のような方法は存在しないことがよく分かる。太るかどうかを決めるのは、結局のところ飲む量・おつまみの選び方・食べ方といった“地味だけれど効く習慣”のようだ。
そして、これは以前取材した二日酔いを回避する方法とも共通する。「太りにくい飲み方=二日酔いにならない飲み方」ということだ。
※「とりあえずビール」は一流の飲み方ではない…肝臓専門医が勧める「二日酔いを回避する1杯目とおつまみ」
アルコールは代謝の優先順位を一気に変え、血糖値を揺さぶり、「シメ欲」を引き出す。その仕組みを理解した上で、酒量をコントロールしつつ、合間に糖質を挟み、休肝日でリセットする。年末年始も出来る限りこうした小さな行動を積み重ね、スマートな酒飲みを目指したい。
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浅部 伸一(あさべ・しんいち)
肝臓専門医
東京大学医学部卒業、東大病院・虎の門病院・国立がんセンター等での勤務後アメリカに留学。帰国後は、自治医科大学附属さいたま医療センター消化器内科講師・准教授。その後、製薬会社に転じ、新薬開発等に携わっている。実地医療に従事するとともに、肝臓やお酒に関する記事・書籍等の監修・執筆やがんの予防・最新治療についての講演も行っている。医学博士、消化器病専門医、肝臓専門医。著書に『長生きしたけりゃ肝機能を高めなさい』など。お酒が好きで、日本酒・ワイン・ビールなど幅広く楽しんでいる。アシュラスメディカル株式会社所属。
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葉石 かおり(はいし・かおり)
酒ジャーナリスト・エッセイスト
1966年、東京都生まれ。日本大学文理学部独文学科卒業。「酒と健康」「酒と料理のペアリング」を核に各メディアで活動中。「飲酒寿命を延ばし、一生健康に酒を飲む」メソッドを説く。2015年、一般社団法人ジャパン・サケ・アソシエーションを柴田屋ホールディングスとともに設立し、国内外で日本酒の伝道師・SAKE EXPERTの育成を行う。現在、京都橘大学(通信)にて心理学を学ぶ大学生でもある。著書に『酒好き医師が教える最高の飲み方』『名医が教える飲酒の科学』(ともに日経BP)、『日本酒のおいしさのヒミツがよくわかる本』(シンコーミュージック)、『死んでも女性ホルモン減らさない!』(KADOKAWA)など多数。
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(肝臓専門医 浅部 伸一、酒ジャーナリスト・エッセイスト 葉石 かおり)

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