※本稿は、谷本真由美『世界のニュースを日本人は何も知らない7』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。
■「日本映画史上1位」を塗り替えた
日本では海外でのアニメ人気が知られるようになりましたが、コロナ後はその人気がさらに加熱しています。
驚くことに、なんとここ最近はハリウッドの特撮映画をしのぐような人気ぶりで、以前はマイナーな存在だった日本のアニメがメジャー化してきているのです。
たとえばその代表が日本でも大人気の「鬼滅の刃」です。
日本では2020年10月に公開された『劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編』(Kimetsu noYaiba:MugenTrain)は、映画興行データサイトのザ・ナンバーズ(TheNumbers)によれば、なんと世界興収が約5.07億ドル(当時のレートで約517億円)と大ヒットを記録しました。これは日本映画史上1位でした。
この内訳はアメリカで4990万ドル、欧州ではフランスで608万ドル、イギリスとアイルランドで191万ドル、ドイツで42万ドル、オランダで28.6万ドルです。
■マーベルとディズニーの本場でも健闘
アメリカの老舗エンターテインメント業界誌「ヴァラエティ」(Variety)と映画興行収入データベースサイト「ボックスオフィス・モジョ」(Box Office Mojo)によれば、米国の公開初週はアクション映画の「モータルコンバット」に肉薄し、外国語映画として異例の大規模オープニングで、週末2位、パンデミック期の象徴的ヒットだったのです。
通常年の北米興収規模では、マーベル・シネマティック・ユニバース/ディズニーのトップ作品は、アメリカだけで3~5億ドル、世界で7~10億ドル超の売上なので、「鬼滅の刃」の北米での米国約4990万ドルは一見小さく見えますが、単品の作品としては実はかなりの数字です。
マーベル・シネマティック・ユニバース/ディズニーはフランチャイズでさまざまな作品があり、シリーズ作もあるので、全体の市場規模では及びませんが、ひとつの「映画作品」として、イベント上映や初週末の局地的な上映では大きなインパクトがあったわけです。
■公開前から『君の名は。』を超える高評価
南米でも鬼滅は大人気で、メキシコのニュースサイトのエスデーペー・ノティシアス(SDP Noticias)によれば、メキシコでは前売り開始時にシネポリスとシネメックスという大手チェーンのサイトが一時的にダウンするほどのアクセスが集中しました。
公式確定値は未公表ですが、世界の興行収入データと映画ニュースを提供する「Global Box Office」(@GlobalBoxOff)によれば、ブラジルと南米では「発売開始からたった16日で本年公開のアニメで最大級の前売りに達した」との情報もあります。
さらになんと時代は変わりました。これまで日本のアニメと言えば「ジブリ」だったのですが、若い世代には「鬼滅」が日本を代表する作品に変わりつつあります。
エンタメ総合ウェブサイトであるゲームスレーダープラス(GamesRadar+)によれば、映画評価サイトのインターネット・ムービー・データベース(IMDb)では三部作の第一作目となる『劇場版「鬼滅の刃」無限城編(Infinity Castle)』は公開前にもかかわらず10点中8.9と高い評価で、『君の名は。』(8.4)など歴代の有名アニメを超えています。
■ハリウッド映画にはない映像美に驚かされる
ではなぜ海外の観客は「鬼滅の刃」にこんなに惹かれるのでしょうか?
理由は「超高品質の作画×IMAXなどのフォーマット」「感情移入」「ファンコミュニティの存在」の3つです。
たとえば世界最大級の掲示板型SNSであるレディット(Reddit)のスレッド「映画「鬼滅の刃無限列車編」について語ろう」(Kimetsu no Yaiba: Mugen Train Movie Discussion)、「鬼滅の刃無限城編第1章「猗窩座再来」日本公開まとめスレ」('Demon Slayer: Kimetsu no Yaiba Infinity Castle - Chapter 1: The Return of Akaza' Japan release megathread)では、シネマトグラフィ(撮影技術や映像表現)、戦闘シーンのビジュアル効果の高さ、サウンドトラックなど、芸術性の高さが評価されています。
実際に劇場に観に行くと、ハリウッドのSF映画よりもユニークで美しい表現をアニメで実現していることに驚く方が多いでしょう。音楽と動画のユニゾンも今のVTuber世代に刺さる内容です。
■主人公の敵である鬼も「被害者」
海外の観客が日本人の想像以上に感情移入している点も特徴的です。
「鬼滅の刃」のストーリーは、炭焼き職人の家の息子である炭治郎が、鬼に家族のほとんどを皆殺しにされ、なんとか生き延びたものの鬼(ゾンビ)化してしまった妹の禰豆子を人間に戻すために修行を重ね、仲間とともに鬼と戦うという話です。少年が仲間と悪に立ち向かうという点では、「週刊少年ジャンプ」の王道的なストーリーです(とくに氷河期世代の方であればうなずかれるでしょう)。
しかし鬼はもともと人間で、現実世界では差別、貧困、権力者や富裕層にひどい目に遭わされ、怒りや悲しみの結果、鬼になってしまいます。鬼にも悪の道に落ちる理由があり、最後には正気を取り戻したり、現実世界での思い出を回顧したりします。
主人公の炭治郎や仲間たち、そして鬼も、家族思いで、家族のために一生懸命働いたり戦う、という共通点があります。
■「なぜ自分たちだけこんなに苦しいのか」
日本だけではなく今の先進国の子どもたちや若い世代が置かれた状況を見ると、なぜ彼らが「鬼滅の刃」にこんなに共感を覚えるのかということがよくわかります。
とくに海外の場合は日本以上に最近は経済的な状況が悪く、自分や家族が勉強や仕事を一生懸命がんばってもいきなりクビになってしまったり、お金がないので思うような生活ができず非常に苦しい状況にあるのが事実です。
北米と欧州の場合は教育費用が高騰し、やる気があっても進学できなかったり大学に行けない、進学できても莫大な借金を背負わざるを得ず、しかしコネがないので良い仕事にはありつけないという若者が大勢いるのです。
そのいっぽうで富裕層は税金の支払いを回避したり自分たちのサークルの中で仕事を回し合って大儲けしているので、それを実際に見ている若者たちは自分たちはなぜこんな状況にあるのだろうと怒りをためているのです。
彼らの少なからずがアメリカではトランプ支援者になり、欧州では極右の支援者になっています。日本の場合は2025年7月の参院選で20代の若者が参政党や国民民主党に投票したという点が似ているでしょう。
つまり彼らは既得権者や権力者、富裕層などに対し大変な怒りを感じているのです。
■一生懸命がんばるキャラについ感情移入
南米やアフリカ、南アジアの場合は、地元の政府や富裕層の汚職がひどいため、地元は貧困の極み、格差がすさまじく、どんなに努力しても這い上がれず、食料インフレは先進国をはるかにしのぎ、地元は仕事もなく、親族は危険を犯して先進国に出稼ぎに行ったり密入国して地元に仕送りをします。
つまりどこの子どもも若者も、程度の違いはあれ、権力者や富裕層や外国人の誤った意思決定や資源配分、私腹を肥やす悪行のおかげでひどい目に遭っており、さまざまな形での犠牲者なのです。
彼らは苦難な状況の中でも一生懸命にがんばる炭治郎や登場人物たちに感情移入します。さらに鬼の悲しみをまるで自分のことのように受け取るのです。そして海外の子どもや若者たちは鬼滅の熱狂的なファンになるのです。
■スーパーヒーローは「味方」じゃない
ところが、ここ最近のハリウッドの作品には「鬼滅」のように視聴者である若者の苦しい状況を反映し共感を与えられるようなキャラクターが出てきません。ストーリーも現実的ではないのでまったく共感できません。
ハリウッドのスーパーヒーローたちは、よくわからない社会正義のためには戦いますが、親族や仲間のためには戦いません。しかも彼らは本業が公務員や富豪で美男美女です。そのうえ弱音を吐くことがありませんし、悪者キャラも鬼滅に出てくる鬼のような背景を持っておらず、よくわからない宇宙人とか怪獣とか悪事をやる理由がよくわからない悪人です。
しかも近年の政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス、ポリコレ)を受けて、スーパーヒーロー映画の役者は自分たちを代表しない富裕層の女性やアフリカ系やゲイです。等身大ではないのです。親族が目の前で惨殺されたり富裕層に虐待され、しかも生まれつきの痣や障害のある炭治郎たちや鬼たちよりはるかに恵まれているのです。
■15歳の観客「なんてすばらしい映画だ」
アメリカの巨大な掲示板型SNSであるレディットのスレッド「『鬼滅の刃無限列車編』映画感想・考察スレ」(Kimetsu no Yaiba: Mugen Train Movie Discussion)が次のように語ります。
「昨日の午後、母と一緒に観ました。そして、私たちは両方とも泣きました。私はもっともっと泣きました。おもしろいことに、映画館で泣いていたのはおそらく私たちだけだった。私の家族と同じ種類の映画とのつながりを持っている人がいるかどうかはわかりませんが、私は15歳で、2年前に父が亡くなりました。
炭治郎は基本的に15歳で、実質師弟関係にあった煉獄を失ったという事実、そして彼らが映画を通して共有したすべての瞬間は、父と同じ経験をしたらいいのにと、私をとても泣かせました。それは私の魂、私の父の魂、私の友人の魂、それらがすべてどのように見えるのか疑問に思いました。なんてすばらしい映画だ。もうシーズン2とビデオゲームが待ち遠しいです。観に行ってください」
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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)
著述家、元国連職員
1975年、神奈川県生まれ。シラキュース大学大学院にて国際関係論および情報管理学修士を取得。ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経て、現在はロンドン在住。
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(著述家、元国連職員 谷本 真由美)

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