■薄利多売の世界で年商11億円
岐阜県・中西郷にある「坂口捺染(さかぐちなせん)」。Tシャツの加工プリント事業を行う同社は、従業員約十数人、加工賃が1枚約15~20円という薄利多売の世界で、長年赤字経営で苦しんできた老舗の町工場だった。
だが、3代目代表の坂口輝光(さかぐちてるみつ)さんは、従業員数を200人(うち正社員は45人)に増やし、入社した2004年と比べて売上は約20倍に拡大させることに成功。直近の利益率は23%を超えている。もともと売上5000万円ほどの町工場を、現在11億円規模の企業に変貌させた。
坂口さんは、地元で「クセ強社長」として知られている。なにより経営者らしからぬ見た目が目を引く。見た目は近所のいかつい兄貴といった印象だが、取材で出会った坂口さんは初対面でも壁を感じさせないフランクな人柄だった。
かつてはこの格好で営業先から怒られたこともあったというが、徐々に認められ、今では「坂口君はそれでいい」「それじゃないと」という評価を得るに至ったという。彼は、人と違うことを行う分、「何倍もの努力も必要だと思ってやってます」という。
■「人のプラスになることに全力を投じる」
インタビューの中で、坂口さんはこのように語った。
「社長って誰でもできるし、やりたいと思えばできる。けど、やるって決めたのであれば、覚悟を持つ必要がある。『俺の覚悟って何?』って言うと、本当にギブだけ。雑用だろうがなんだろうが、人のプラスになることに全力を投じる。これを毎日繰り返すことだね」
山々に囲まれたこの会社は、どのようにして売上を拡大させ「利益を生み出せる会社」に変わっていったのか。この異端な町工場の社長がヒーローとなった転機は、本業の売上が90%ダウンしたコロナ禍だった。そこには、「人」に焦点を当てた独自の経営哲学“ギバー経営“があった――。
■「豚小屋」と呼ばれた工場からの脱却
坂口捺染は、1953年に坂口さんの祖父によって創業された老舗の町工場だ。あまり聞きなれない「捺染」という言葉は、布・生地に色や柄を染み込ませ、手作業で印刷する技法である。同社は捺染の代表的な染色技術をルーツにし、スクリーンプリント(メッシュ版にデザインを転写し、インクを押し出す方法)へと発展させてきた。
坂口さんが2010年に専務に就任した当時、同社は深刻な課題を2つ抱えていた。
もう1つは、業務の偏りだ。アパレルメーカーからの下請けが中心だった当時、夏服のプリントに偏っていたため、3~5月に業務量が集中。従業員が残業で疲弊していた。一方、冬の閑散期には仕事が激減し、開店休業状態となり利益が出なかった。
「その頃は、ショッピングセンターで売られている子ども用のパジャマとかシャツを作っとった。(胸元を指し、)この辺に戦隊物のプリントをするとかね。冬の重衣料はかさばるし、そもそもオーダーが入ってこなかった。父から会社を引き継いだ時は、取引先がだんだん減って、軸となる得意先が1社だけになってた」
■あえて小口の取引先を増やす
2014年に社長に就任した坂口さんは、「これでは働き手が増えない」と考え、公庫から融資を受け、工場を新設。そして「役員ごっこ」と称する組織改革に着手した。当時10人程度の社員に対し半数にあたる5人に部長や課長といった肩書を与えた。
次に、役員と従業員を集め、原材料費やプリントの消費量などを分析する会議を週に一度実施。これにより、現場レベルで数字に対する意識が高まり、分業化や段取りの改善が進んだという。当時は1枚につき35円の加工賃ながら、工場と従業員数、生産ラインを増やして利益率をじわじわ上げていった。
さらに坂口さんは、偏っていた業務量の「平準化」にも取り組んだ。従来は、大手量販店の大量生産・格安加工賃が中心だったが、坂口さんは小口の案件を積極的に増やしていった。
きっかけは自ら全国各地に営業回りをした時だった。ある日、沖縄のお土産売り場を覗くと、イラストがプリントされたTシャツが売られているのを目にし、こう思った。
「あれ、プリント需要ってすごく豊富じゃん」
文化祭や体育祭などの学校行事で着用するTシャツ、音楽フェスやライブ、テーマパークで販売されるオリジナルTシャツ、お土産品、イベントの参加賞……。坂口さんは、プリントTシャツの需要があることに気が付く。これらを受注できれば、満遍なく工場を稼働させることができる――。
■他社の営業マンを味方につける戦略
けれど、アパレルメーカー以外に取引先を拡大させるには人手が不足していた。そのため坂口さんは、同業者や商社、メーカーに勤務する外部の営業担当者と連携を取る戦略に出る。
まず、取引先の担当者に対し、デザインを現実の製品として実現するために必要な技術の知識を提供した。
例えば、「このTシャツを使うなら、赤が強いから白をそのまま載せるだけでは発色が悪くなる。チタン入りのインクを使ってメッシュ版の目を細くすることで表現力が増す」といった専門的な話をした。すると、担当者から「坂口さんに教えてもらったセールストークを使うと、仕事がおもしろいほど取れる」と喜ばれた。
彼らが獲得した仕事を紹介してもらい、坂口捺染がプリントTシャツを仕上げる。そんなWIN-WINの関係を築いたのである。単なる下請け社長にとどまらないこの取り組みは、自社の確かな技術力を伝えることにもつながったという。
さらには坂口さんの人柄や経営哲学にひかれて、ファンのような取引先も増えていった。当時、坂口さんは外部の営業マンからひっきりなしに電話がかかってきていたため、ジャンルを分けて3つの携帯電話を使って対応していたという。
同業者や商社、メーカーに勤務する外部の営業担当者との関係もプラスに働いた。担当者が元の会社を辞めたとしても、転職先で仕事を依頼してくれる。そんな強い信頼関係があったことで、取引先はどんどん拡大していった。
■国内生産でも生き残れた「3つの武器」
アパレル業界は、低コストで生産するため拠点を海外にシフトしてきた。一方、坂口捺染は国内の自社工場にこだわり続けた。その中で飛躍を遂げた最大の武器は「最短納期」「自社一貫生産」「小ロット対応」であった。
岐阜という日本の中央に位置する立地から、北海道や沖縄でも最短中一日で発送できる地理的メリットを活かし、最短納期で発送できるようにした。
「10年くらい前から低価格と大量生産で、日本のマーケティングは海外に流れてて。でも『国内で』っていう動きもあって、その理由は品質と納期。海外に行くと安いけど、ちょっと品質が落ちるし納期がズレる。『納期が、締め切りが』って言うのは日本人くらいだからね」
さらに、外注はせず、ネームタグ付け、袋詰め、分納、製版まで全てを自社で一貫生産する体制をつくる。これによって1枚からでも受注できるようになったが、その効果は、「急ぎの依頼」でフルに発揮されることになる。
例えば、ライブTシャツやファッションショーのサンプル衣装。納期まで時間がなかったり、「翌日までにプリントしてほしい」という超特急の依頼が飛び込んでくることがある。工場が国内にあり、外注せず、自社で一貫したラインを持っていなければ対応できない。
「通常のプリント単価は安く、1枚あたりの利益率は低いのは事実。だけれど、(ライブやファッションショーのような)イレギュラーでとれる案件があって、それが年間で結構な件数になっている。だから通常単価の3倍とかも取れちゃっている」
かつて15円ほどだった坂口捺染の加工賃は、現在50円になっている。それでも「県外の加工賃の半分くらい」だと坂口さんは明かす。それでも売上を伸ばし、従業員や地域に還元できるのは、この“3つの武器”を生かした攻めの受注であり、他社がまねできないラインを構築したことにある。
■「薄利多売」を強みとする戦略
ここで一つ、疑問が生じた。他社と比べると加工賃は半分程度だ。加工賃を引き上げれば、利益率が上がってもっと儲かるのではないか。坂口さんは、なぜ薄利多売ともいえる値段設定にしているのだろうか?
「薄利多売って、商売では本来は絶対やっちゃいかんことだと思う。でも、うちは薄利多売でも利益が出せる体制が強みなんだわ。他社はジャンパー専門、トレーナー専門だったり、何かに特化してることが多いけど、うちはどんな素材の洋服でも、1枚だろうが大量ロットだろうが、全部やりますっていう体制を整えてる。今の時代では珍しいこの形態が、選ばれとる理由の一つだと思う」
他社より低い価格設定は、あえて安くしているわけではない。その背景には、年間を通した利益の追求があった。
一般的に、加工プリント事業は繁忙期と閑散期を考慮して年間60%程度の稼働率に足して加工賃を設定する。だが、坂口さんのコスト戦略は、100%の稼働率を維持することでコストを低く抑え、業界標準よりも安い単価で受注を確保してきた。
「100%の稼働率を前提とすることで、単位あたりのコストが低くなるから、結果として他と比べて安くなるよね」
同時に「種まき」も欠かさない。坂口さんは、名の知られていないアパレル企業の依頼も安価で引き受ける。その中には後にヒット商品を生み出し、急成長する企業がある。初期から付き合いがあるため他社が入る隙はない。こうした関係があるからこそ、成長した企業から利益率が80%に達する大型案件も受注できるのだという。
坂口さんはこれをサーフィンに例える。「波と一緒、って従業員にいうんやけど。うまいサーファーは次どこに、どういう波が来るか予測して、その前に立つもんで波に乗れるわけやん。商売もそれと同じ」。
■コロナ禍に転じた「攻めの姿勢」
売上が20倍になった背景を取材してきたが、本当にこれで全部なのだろうか。私が「まだ何かがあるように思うんですが……」と尋ねたところ、坂口さんははっとしたような顔をして「ちょっと待ってて」と言って社長室を出て行き、手帳を抱えて戻って来た。
それは専務就任時から書き込んでいる「経営者ノート」だった。中には坂口さんの努力が詰まっていた。
左ページにはそれぞれの従業員の一年間の目標が一覧であり、右ページには取り組むべき課題、月ごとと年間売上などが記録されていた。次のページを開くと、新しい年のものが丁寧に書かれてある。開くたびに従業員の数がどんどん増え、目視では読めなくなりそうなくらい細かい文字になっていった。
坂口さんが専務時代の2010年の売上は1億5000万円ほど。2015年に社長になった翌年には3億8000万円に伸びている。ページを開くたびに、5億、7億と右肩上がりになっていることがわかる。
坂口さんは「うちは3、4、5月が忙しいのに、ここでドンと下がった」と言い、2020年のページを指した。
2020年――。それは、新型コロナウイルスが世界中で蔓延した年である。3月に3つ目の工場を新設したばかりだった。
■「うちは返済する借金がない」
この年の5月、緊急事態宣言下で、坂口捺染は繁忙期の売上が90%ダウンするという危機に直面し、8200万円の赤字が予想された。
本来は忙しいはずのゴールデンウィークの最中、坂口さんは全従業員を集めた。初の緊急事態宣言がゴールデンウィーク前に出たことで、全ての仕事がキャンセルになった状況を説明した。そして、このように伝えた。
「どうせ暇になるなら、何でもやろうぜ!」
そこで坂口さんは、コロナ禍で需要が急増していたマスクの検品・袋詰め作業に着手することを提案。従業員たちもこれに納得し、坂口捺染の工場は活気づいた。
さらに、医療用防護服の袋詰め作業にも取り組み、約6カ月間に1億2000万円の売上を叩き出した。コロナ禍に請け負った作業は約1年間続き、本業以上の売上になったという。
多くの企業が融資に消極的であったこの時期に、坂口さんは「ここで動かなくなるのは遅い」と判断。公庫から約3億円の融資を受け、雇用を維持しつつ、工場や倉庫の新設にも動く。
この積極投資が奏功した。この借り入れを3年間で完済させ、結果的には売上の回復と同時に財務体質も強くなった。坂口さんは、他社が返済に苦しむ時期に「うちは返済する借金がない」という状況を作り出した。
■他と比べない、人のまねをしない
坂口捺染の「売上20倍劇」の背景――。それは国内に踏みとどまり、「最短納期」「自社一貫生産」「小ロット対応」を確立したこと。さらに学校、音楽フェスやライブなどのイベント会社、テーマパーク、お土産店など、アパレル以外の販路を常に開拓し、会社を大きく、強くしたことにあると言える。
そして、コロナ禍における迅速な行動と、その後の大胆な借入・早期返済戦略は、他社がまねできない優位性を定着させることにつながった。すべては、坂口さんの止まらない行動力の賜物なのだろう。
取材の帰り際、撮影に夢中になり、私は工場のどこかにスマホを置き忘れてしまった。幸いすぐに見つかったのだが、坂口さんは「たぶん、あの時だ!」と言って、一緒に工場内を探してくれた。その姿は社長というより、人のいいお兄さんだった。
「クセ強社長」と呼ばれる彼の外見は、もちろん彼の「派手なものが好き」という趣向もあるが、この会社にマッチしているように思った。まるで、テーマパークでエンターテイナーたちが来場者を笑顔にさせるように、坂口さんもまた、ここに集う人たちを喜ばせ、「また来たい」と思わせているのだろう。
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池田 アユリ(いけだ・あゆり)
インタビューライター
愛知県出身。大手ブライダル企業に4年勤め、学生時代に始めた社交ダンスで2013年にプロデビュー。2020年からライターとして執筆活動を展開。現在は奈良県で社交ダンスの講師をしながら、誰かを勇気づける文章を目指して取材を行う。『大阪の生活史』(筑摩書房)にて聞き手を担当。4人姉妹の長女で1児の母。
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(インタビューライター 池田 アユリ)

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