厚労省の「医療経済実態調査」によると、約7割の病院が赤字に陥っているという。それなのになぜ、医師の給料は高いままなのか。
東京新聞編集局編集委員の杉谷剛さんが書いた『日本医師会の正体 なぜ医療費のムダは減らないのか』(文藝春秋)から、開業医の収入事情を紹介する――。
■「稼げる」と知った途端にコロナ診療を始める医師
厚労省の資料によると、コロナ禍2年目のデルタ株による第5波のピークだった21年8月時点で、全国の発熱外来の数は3万2412施設(8月18日)だった。
20年10月時点の全国の医療施設数は病院が8205施設、一般診療所が10万4292施設。地域のかかりつけ医として発熱外来の運営が期待された診療所のうち、内科、呼吸器内科、感染症内科、小児科、耳鼻咽喉科に限っても9万6758施設(重複計上)あった。
コロナ2年目でも全国で3万余りしかなかった発熱外来の数は、パンデミックに対応するにはあまりに脆弱だった。厚労省は21年9月、名前の公表を条件に、さらに診療報酬を2500円上乗せした。当時、医療機関名を公表していた発熱外来は3割程度に過ぎなかった。
20年4月に「コロナ特例」で発熱患者の初診料に3000円が上乗せされていたので、加算額は計5500円となり、初診料は8380円になった。患者の自己負担が3割なら2510円となった。そこまでしてようやく、医療機関名を公表する自治体の数は、10県から22年3月までに47都道府県に拡大した。
大阪市北区で開業する総合診療医の谷口恭が言う。
「コロナの診療報酬の点数が高くなると決まれば、とたんに発熱外来を始める医療機関が増えて、『どこに行っても診てもらえへん』と訴える人が激減しました。
つまり非常に分かりやすい構図があるわけです。いろいろ理屈をつけて診察を拒否していた医療機関も『稼げる』ことが分かると動き出しました」
名前の公表という目的を達成したのだから特例加算はせめて縮小すべきだったのに、加算はその後も続き、23年2月末まで続けられた。財務省は22年度だけで3000億円が使われたと推計する。「今回よく分かったのは『診たくないときは拒否する医師が少なくない』ということです。カネがつかないと(医師は)動かんということも。日本の問題のひとつはどんな症状でも診る総合診療医が少なすぎることだと思う」と谷口は言う。
■バブル化した「ワクチン事業」
大阪では、21年のアルファ株による感染第4波で、重症病床使用率が100%を超えて医療が崩壊した。重症化しても入院できずに、自宅や介護施設などで亡くなる人も相次いだ。
「そもそも人口あたり世界一の病床数を誇る日本で、他国に比べると各段に重症者が少ないのに、患者を受け入れられないことがおかしいのは自明でしょう。僕がやったことは『かかりつけ患者だけは何があっても診る。重症化リスクがあれば保健所に頼み込んで受け入れ先を探してもらう』ということだけだから、偉そうなことは言えませんが、『かかりつけ医に見捨てられた』という患者を診るたびに疑問に感じ、怒りを覚えました」
巨額の予算を投じながら厚労省の大甘な補助金で、患者をなるべく診ないようにして濡れ手で粟のようなカネを手にした医療機関もあったという発熱外来事業。コロナバブルを象徴するような事業だが、単価をどんどんつり上げていったワクチン事業もバブルだった。

「うちの医療法人は基本的にそんなに大きな黒字は出ていなかったんですよ。それが、ワクチンが始まって大きな利益が出た。ワクチン代は国から出るので、経費がほとんどかからなかった。売り上げがそのまま利益になるので、ものすごく利益率がよかったんです」
都内の開業医はそう打ち明けた。ワクチン接種が始まったのは21年2月。各自治体に現物で支給され、個別接種は国から1回2070円が診療所などに支払われた。診療時間外に打てば1回につき730円、日曜・祝日に打てば2130円が加算された。
■年収がコロナ前の2倍近くになった開業医も
「それが菅(すが)さん(義偉(よしひで)・元首相)が1日100万回とおっしゃった。インフルエンザでも最高で70万件くらい。普通は40万件くらいだから、『1日100万件なんてどうせ無理だろう』とみんなで言ってたんですね。それがさらに加算がついて単価がどんどん上がっていった」
1日に50回以上打てば10万円(1回2000円の加算)、あるいは週100回以上を4週間以上行えば1回につき2000円、週150回以上なら1回につき3000円が加算された。1回の接種単価が1万円を超えたケースもあった。

「私もワクチンを打たないと感染を抑えられないと思い、最初から土日も含めて毎日打った。土曜日は午前中の診療中も打って、午後もずうっとワクチン。日曜日の午前と午後で130人とか140人とか打った。1週間に大体300件くらいは打っていましたから、それが10週とか12週とか続くわけです。
そうすると、(基礎単価が)1回2070円だったのが、時間外・休日加算や週150回以上打ったときのボーナスなどで、へたするともう9000円くらいになり、すごい金額になるんですよ。年度の終わりに税理士から『先生、すごい売り上げだけど、税金もすごく出ます』と言われて驚いた。収入は前年度の2倍近くになっていた」
■コロナ禍2年目で数千万円の利益を叩き出す
コロナ禍1年目、この診療所の収支はとんとんだったが、2年目は数千万円の利益が出た。法人の内部留保である積立金も一気に数千万円増えた。この開業医は「うちは僕が1人で打ちましたが、医師が複数いたり、看護師に注射を打たせたりして、もっと荒稼ぎしたところもあったに違いない」と話す。
財務省によると、ワクチン接種事業の予算が最も多かった21年度は2兆3396億円が投入された。
内訳はワクチン代が7000億円、1回2070円の基礎単価に時間外・休日加算も含めた医療機関の接種費用が6558億円、接種会場費や医師確保などの「接種体制確保事業」が7342億円、「週100回以上を4週間以上行えば1回につき2000円を加算」といった診療所などへの「接種促進事業」が2496億円となっている。
特に接種体制確保補助金は、接種会場の借上代や医師らを確保するための経費などを自治体や診療所などに補助するもので、補助対象経費の範囲は何ら制限がなく、医師らの人件費単価を上乗せする場合にも、上限が設定されていなかった。

そのため、地域によっては医師の獲得競争が激化し、通常の医療単価(東京都の場合、時給で医師7550円、看護師2760円、事務員1560円)の3倍を超える事例が各地で報じられ、時給2万~2万5000円や日給17万5000円という事例もあった。
■「これは行政の失敗」
大阪の総合診療医の谷口はこう指摘する。
「これは行政の失敗やと思います。コロナを診たくないという医師に診察させるのはカネを積まないといけませんが、ワクチン接種なら簡単ですし、感染のリスクがあるわけではありませんから、いくらでも人は集まったと思います。
僕なら医師や歯科医師だけでなく、研修医、看護師、薬剤師、医学生、看護学生などにも接種させて、アナフィラキシーなど緊急事態に対応できる医師をワクチン会場の監督として置くような方法にしたでしょう。緊急対応はまともな医師ならたいていできます。米国では、コロナワクチンやインフルエンザワクチンの接種は薬局やスーパーマーケットでも受けられた。
僕が行政の人間なら『米国でできることは日本でもできるはずだ。みんな協力してください』と強く主張したでしょうね」
財務省の調査で明らかになった診療所の平均利益剰余金1億2400万円(22年度)はコロナ禍のわずか2年間で1900万円増えており、ワクチンバブルが影響した可能性は十分ある。
■公立病院長よりも、診療所院長のほうが高年収
23年11月24日、東京・内幸町(うちさいわいちょう)のビルにある大型の貸会議室。オンライン参加も含めて中医協の調査実施小委員会が開かれ、医療機関の経営状況を調べた「第24回医療経済実態調査」(実調)の結果が、厚労省保険医療企画調査室長の荻原和宏から報告された。
実調は医療機関ごとの収入や経費について前年度と前々年度をサンプル調査し、回答を集計している。
その中で、医療機関ごとの医師らの平均年収(給与+賞与)が明らかになった。
医療法人立の一般診療所の院長(理事長)の平均年収は22年度が2653万円で、国立病院の院長1908万円、公立病院の院長の2088万円を大きく上回った。国立・公立を除く一般病院の院長の年収は3021万円。診療所も有床診療所の院長に限れば3438万円に上った。
看護職員は診療所と病院とで、仕事内容や労働時間の違いがあるので一概に比較はできないが、病院の521万円に対し、診療所は409万円だった。日本人の年間平均給与は458万円(国税庁調べ、22年分)だから、診療所院長の年収はその6倍近くとなる。
「院長の給与を下げて職員の賃上げを」「日医が『診療報酬の大幅アップなしでは賃上げできない』と言うのは論外。診療所の理事長(院長)が自分の給与を少し引き下げれば、職員給与のアップはできる」
医療機関の財務データに詳しく、依頼されて医療法人の専務理事を3年間務めた経験もある元キヤノングローバル戦略研究所研究主幹で、武蔵野大国際総合研究所研究主幹の松山幸弘(ゆきひろ)は取材にそう断言した。
■一般診療所の経常利益は1年で2倍に
医療法人は事業報告書や財産目録、貸借対照表、損益計算書などを都道府県に届けて情報開示する義務がある。
松山は東京都内の医療法人6599について、21年4月から22年12月の間に情報開示された事業報告書を入手し、コロナ禍の20年と21年の業績を比較するため、2年連続で報告書が開示された1810の医療法人を分析した。松山が分析したところ、一般診療所を経営する1089の医療法人の経常利益率は4.0%から8.3%に伸びていた。
この傾向は財務省の機動的調査や日医の独自分析とも一致する。
さらに1法人を除く1088の医療法人を約10年ごとに古い順に4分類し、法人登録から約30年を超えている法人を第1期、約20年超を第2期、約10年超を第3期、10年未満を第4期として分析したところ、最も新しく開業した第4期の診療所の平均経常利益率が11.6%と最も高く、古くなるにつれて第3期9.1%、第2期5.5%、第1期4.9%と低下していた。
分析過程で「医業収益79億円、経常利益率30.7%」という突出した収益構造の医療法人があったが、これは除いたという。
■医療法人を私物化するケースも
松山は「当該医療法人のホームページから判断すると、PCR検査、ワクチン接種、発熱外来などコロナ医療に積極的に取り組んだ成果のようだ」と推測する。
その上で、「開業10年未満の第4期よりも、開業から10年以上過ぎ、経営が安定しているはずの第3期の方が、経常利益率が低くなっている。その理由としては、理事長自らが自分の給与を引き上げたことが最も考えられる。
第2期と第1期にさらに低下している理由としては、理事長がもう一段自らの給与を引き上げたことに加えて、後継者のいない理事長が将来の閉院に備えて利益剰余金を給与の形で取り崩していることが推察される」とした。
医療法人は公益法人のため、後継者が不在で解散する場合、残った利益剰余金は国庫に返還しなければならない。だが、解散前に院長が自身への給与として取り崩すことは可能なので、それをせずに国庫に返還するとは考えにくい。
松山は「最も古い第1期の272法人のうち診察を縮小して医業収益を5000万円以下として内部留保を毎年取り崩していると思われる法人が58確認でき、中には医業収益がゼロなのに、医師給与を計上しているとみられる法人もある」と明らかにした。
医業収益ゼロで給与を計上している状態とは、診療は行わないものの法人は存続したまま、内部留保を取り崩して給与だけを得ている状態だという。
■「診療報酬の引き上げ要求」は論外
「長年、診療報酬改定の基礎資料として使われてきた厚労省の医療経済実態調査は、この内部留保の取り崩しによる経常利益率の低下を看過して診療報酬を引き上げてきたことになる」と、これまでの改定に疑問を投げかけた。松山の危惧通りなら、診療所の経営実態は実態よりも過小に評価されていたことになるからだ。
松山は15年に日医の依頼で「医療介護福祉制度改革の論点整理」という講演をしたこともあったが、今回は手厳しい。
「診療所は医療法人といっても実態は理事長の私有財産であるので、理事長が自らの給与の引き上げを決めるのは自然だが、自分の給与を大幅アップさせる財源が毎期あるにもかかわらず、『診療報酬の大幅アップなしでは、賃上げは成し遂げられません』と主張するのは論外と言わざるを得ない」
■年収3000万円が当たり前の“いびつな状況”
大阪の総合診療医の谷口は「僕は診療報酬を上げる必要はないと思います。そもそも医師の収入は高すぎる。医師の求人サイトを見てみると、年収2000万円どころか3000万円なんてところもザラにあります。土地を買いませんかとか、株を買いませんかとか、そんなダイレクトメールがしょっちゅう届く。中には、愛人を紹介しますというようなメールが来ることもある」と言って続けた。
「不思議なのは、なんでこんなに高い給料がもらえるのか、ということ。僕は真面目にやっているつもりやけど、どう転んでも年収2000万円なんてない。きれいごとに聞こえるかもしれませんが、われわれは大金を稼ぐためにこの仕事をしているわけではない。『きれいごとだ』と批判する医師がいたら、『あなたの年収を教えてください』と言いたい」
では、医師の収入はどうあるべきと考えるのか。
「長年、『医師の仕事は面白くやりがいがあって、しかも収入は低くはないが、上限がある』と広く周知してもらえればいいと言い続けています。それにより『大金を稼ぐために医学部を目指そう』と考える者を一掃できる。医師は国民から徴収する税金と保険料で収入を得ているわけやから、広義の公人・公僕といえる。ならば収入はいくら高くても公務員の一番高い人と同じくらいにすべきではないかと、僕は思っています」

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杉谷 剛(すぎたに・ごう)

東京新聞編集局編集委員

1963年兵庫県生まれ。87年早稲田大学第一文学部卒業、産経新聞社入社。91年中日新聞社入社。東京新聞社会部、中日新聞社会部、バンコク支局長、岐阜支社報道部長、東京新聞社会部長を経て現職。「破たん国家の内幕」、「道路を問う」、「税を追う」などの調査報道キャンペーンを手がける。著書に『日本医師会の正体 なぜ医療費のムダは減らないのか』(文藝春秋)がある。

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(東京新聞編集局編集委員 杉谷 剛)
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