※本稿は、野村仁『ブームの落とし穴「低山」登山のやってはいけない』(青春新書プレイブックス)の一部を再編集したものです。
■遭難の理由は「疲れて歩けない」程度が大多数
本稿では、遭難事故のすべてが深刻で悲惨なものではない、という話をします。山岳遭難が恐ろしく忌まわしいものと感じられるのは当然ですが、そこには、マスコミの報道や、遭難を描いた本などで伝えられるイメージが大きく影響しています。
マスコミの報道は、当然、大きな被害を生じた遭難のほう、つまり死亡事故や重傷事故を取り上げます。とくに、複数の人が死亡した事故、多数の人が同時に遭難する大量遭難、同時多発遭難になると、大々的に報じられます。
しかし、実際の登山・ハイキングでは、もっと軽い理由で遭難している例が多いのです。例を挙げると、「疲れて歩けない」というような理由での救助要請です。これが多発している山は、いま一番人気で標高599mの高尾(たかお)山(東京都)や、静岡県側の富士山です。
高尾山では、2023年に133人、24年に131人の遭難がありました。警察庁の毎年の遭難統計で、23年から突然、高尾山、富士山、穂高(ほたか)連峰の遭難者数が発表されるようになったために、マスコミも高尾山の遭難多発を報道するようになりました。
高尾山は、富士山、穂高連峰のはるかに上をいく多発状況でした。おそらく全国で一番遭難の多い山になってしまったのですが、本当にそれほど危険な山なのでしょうか?
■熱中症や脱水症で動けなくなるケースも
高尾警察署のサイトでは、高尾山で起こっている遭難事例を次のようにあげています。
・登山道の段差や木の根などにつまずいて、雨後は足元の悪い場所で転倒する
・夕暮れから夜にかけて周囲が暗くなり、どこを歩いているかわからなくなる
・水分や塩分の補給が足りないために熱中症や脱水症になる
高尾山でハイカーや観光客が救助を求めるのは、救急車を呼ぶのに近い感覚ではないでしょうか。それでも、警察や消防に設置されている山岳救助隊が出動して対応すると、1件の山岳遭難とカウントされるのです。
高尾山ほどではないにしても、これに似た例は全国のあちこちで起こって、遭難多発の数字を押し上げていると思います。富士山では高山病による体調不良が加わりますが、高尾山と同様、疲れて歩けなくなったという遭難がとても多いです。
また、神奈川県の大山(おおやま)でも、登山の用意や心がまえをしないで(または不十分で)登った結果、途中で動けなくなって遭難する例が多発しています。
山の遭難は、標高に関係なく低山でも起こります。また、登るのが難しい山や、岩場だらけの危険な山ばかりで起こるのでもありません。「どうして、こんな所で……?」というような場所で起こった遭難事例は、どんな所に危険が隠れているかを教えてくれる、絶好の反面教師といえます。
■午後5時半で真っ暗になり歩けなくなる
丹沢山地(神奈川県)は首都圏の登山者に人気があり、四季を通じて歩かれています。そのなかで、最も登山者の多い山の一つに塔(とう)ノ岳(1491m)があります。低山というには少し標高が高いですが、ここで起こった典型的な遭難事例を紹介しましょう。
ある年の10月31日、男性3人(70~71歳)は最寄り駅を9時ごろ出発し、隣にある鍋割(なべわり)山を回って塔ノ岳に登りました。
鍋割山から塔ノ岳にかけては、東丹沢では貴重なブナの美林が見られます。さて、男性たちは午後3時ごろに塔ノ岳山頂に到着しました。下山のコースは大倉(おおくら)尾根といい、登山口までまっすぐに下ります。あとは下るだけ、何の問題もないはずでした。
ところが約2時間30分後、見晴茶屋(みはらしちゃや)という山小屋のある所まで下って、彼らは歩けなくなりました。この時期の日没時刻は午後5時前ぐらいです。日没30分後、残照もほぼ尽きて暗くなったとき、だれも灯りにできる道具を持っていなかったのです。
■「9時以降に登山開始」では遅い
彼らは携帯電話で家族に連絡しました。そこで話し合いをしたかどうかわかりませんが、結局、家族が秦野(はだの)警察署へ110番通報しました。午後8時、現地に山岳救助隊が到着して、いっしょに歩いて下山しました。男性3人はケガもなく、歩けるにもかかわらず「遭難」してしまったのでした。
見晴茶屋は大倉尾根の下部、標高620mの場所にあります。登山口の大倉まで、通常なら30分ほどで下れる所まで来ていました。大倉尾根はとても遭難の多い場所です。尾根上の一本道で迷うような所はありません。途中にはいくつもの山小屋があって、多くの登山者が登り下りしています。
そのような最も遭難の起こりそうにない場所にもかかわらず、遭難が多発しています。大倉尾根は現代の登山事情の縮図といえる場所なのだと思っています。
丹沢の例で紹介したように、「日が暮れて、暗くて歩けなくなった」という遭難が多発しています。そんなことが起こってしまう原因の一つとして、そもそも登り始めの時刻が遅すぎたということが大変多いのです。
先の丹沢の例は「最寄駅を9時に出発した」とありました。結論からいうと、この時刻では遅いのですが、「どうしようもなく遅すぎる」というほどでもありません。現実的には、この程度の時刻に出発するのは普通になっています。
■朝5時ごろに自宅を出発するのが理想
東京都や神奈川県に自宅がある人なら、6時~7時に自宅を出ればこの時刻になるでしょう。バスで登山口へ移動するのに30分かかり、登山開始は9時30分ぐらいです。でも、理想的な登山開始時刻は7時です。
そのためには自宅を遅くとも4時~5時に出る必要がありますが、それくらいが、本当にリスクの少ない出発時刻です。現在、都市近郊の山では9時に登り始めるのは普通で、10時出発という人も少なくありません。それでも登れますし、何事もなく帰ってこられることが多いでしょう。
しかし、9時~10時の出発ではリスクが高いという意識をもつ必要があります。日帰りで登山・ハイキングをする場合、午前中は登り、頂上付近でお昼にして、午後に下ることになります。そのなかで、遭難事故が起こりやすい危険な時間帯は、午後~夕方の下りに集中しています。
転落・滑落や転倒事故が起こるのは下りのときですし、ルートミスをするのも、ほとんどが下りのときです。下りのときは、それまでの疲労がたまっていますし、集中力・注意力を維持するのがしだいに難しくなってきています。
ですから、下りでは時間的なゆとりをもちながら、ゆっくりと慎重に行動したいのです。
■低山でも「紙の地図」は必要不可欠
日没が迫った山道を、時間に追われながら走るように下るなどというのは、できるだけ避けたいやり方です。また、暗くなっても何とかなる、ライトがあれば歩けるという考え方も危険です。
暗い山道をライトで歩くのは、転倒、滑落、道迷いの危険が何倍にも高くなります。とりわけ初級者のかたには決してすすめられません。安全に帰ってくるためには、日没の2時間前に下山できるように計画を立てます。そのように、あらかじめ「計画を立てる」ということが、登山では重要なのです。
登山をするのに、地図は絶対に必要なものです。ところが、地図を持たないで登山をしている人が意外に多いようなのです。ハイキング(軽登山)なら、環境によっては地図が不要なこともあるでしょう。どんな場合なら地図が不要かを一口に説明するのは難しいです。
たとえば、整備された遊歩道のように、地図を見なくてもコースがわかるなら地図は不要といえます。町で生活しているときには、どんな場面で地図を見るでしょうか。
地図がなければ、近くにいる人にたずねるかもしれません。登山でも同じですが、掲示地図はまずありません。ほかの登山者はいないかもしれませんし、たずねることができたとしても、それが正しいという保証はありません。地図を見ないで山を歩いていると、かんたんに道に迷います。
■「スマホの地図」は登山用には不十分
スマホに地図が入っているから地図を持たない人はとても多いと思います。
スマホの地図は表示範囲が狭いので、コース全体をイメージしにくいものです。現在位置がどこかを知ることはかんたんにできますが、地形の特徴を読み取ることや、コース上の目印になる目標物を予測するというような、地図の重要な使い方がしにくいと思います(上級者は、それでもやってしまうでしょうが)。
地図は、あらかじめ計画していたルートを正しくたどって歩くために必要な用具なのです。というより、登山の「計画」を作っている段階で、地図上でルートをたどって確認するのでないと、少なからずアウトに近いと思います。
また、コンパス(方位磁石)は、地図と実際の地形・コースの方角を合わせるのに使います。小さいものが1つあればいいですし、スマホのツールでも見ることができます。インターネットを見ただけで計画を決めるのは不十分です。大判の地図を広げて、実際に歩くルートをたどるシミュレーションをしましょう。
そうすると、特別な危険箇所や、急坂の登り下り、山道の分岐する状況、目印となる山頂、建物、構築物などのイメージが記憶に刻み込まれます。登山・ハイキング用の登山地図なら、いろいろな注意点まで地図中に書き込まれているので、とてもわかりやすいです。
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野村 仁(のむら・ひとし)
編集者、ライター
編集事務所「編集室アルム」主宰。1954年、秋田県生まれ。中央大学卒業。学生時代から社会人山岳会で登山技術を学び、里山歩きからテント泊縦走まで幅広く登山をおこなう。登山歴は約50年。登山、クライミング、自然・アウトドアなどを専門分野とする編集者・ライター。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージII)。山の文化を研究する「日本山岳文化学会」会員、遭難分科会、地理・地名分科会、自然保護・環境保全分科会メンバー。著書に『ヤマケイ山学選書 転倒・滑落しない歩行技術』『ヤマケイ入門&ガイド 雪山登山改訂版』(以上、山と溪谷社)などがある。
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(編集者、ライター 野村 仁)

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