▼第1位 ほめられた時に三流は「ありがとう」、二流は「とんでもない」と言う…頭のいい一流のスマートな返し方
▼第2位 「ごめんなさい」はむしろ逆効果…市役所が困り果てた「クレーマー市民」を1分で撃退した新人職員の神対応
▼第3位 資産運用でも健康維持でもない…佐藤優が50歳を過ぎたら「決しておろそかにしてはいけない」と話すこと
悪質なクレームにはどのような対応をすればいいのか。前明石市長の泉房穂さんは「私が明石市の市長になったころは一般の職員がクレーム対応をしていたが、手に負えないようなクレーマーに、精神を病む職員もいた。ただ、とある職業の職員を採用し始めてから現場の空気は一変した」という――。(第1回)
※本稿は、泉房穂『公務員のすすめ 世の中を変える地方自治体の仕事』(小学館新書)の一部を再編集したものです。
■世間から批判された“弁護士職員”
市役所の仕事は実に多岐にわたります。そして、職員が見るべきは市民の顔と書きましたが、その市民の中にも実にさまざまな人たちがいます。中には、残念ながらクレーマーのような人たちがいるのも事実です。
何をクレーマーとすべきかの線引きは非常に難しいところがあるので、十把一絡(じっぱひとからげ)には言えませんが、時として対応にエネルギーと時間を費やしてしまうことは少なくありません。明石市では、こうした対応に大きな役割を果たしたのが、専門職採用された弁護士たちでした。
明石市長に就任した1年目、私はまず弁護士を5人採用しました。当時、基礎自治体としては最多の採用人数でしたから、地元メディアなどには“弁護士出身の市長が、弁護士業界に媚(こび)を売っている”、“忖度(そんたく)している”、というような叩かれ方をしたものです。
4年後の市長選挙において対立候補者が、「現市長の泉房穂が採用した弁護士をクビにする!」と公約に掲げていたほどです。
多様化、複雑化、高度化する市民のニーズに対応するためには、弁護士に限らず、数々の専門職を市役所に適切に配置すべきだというのが私の持論です。ですから学校現場では、スクールカウンセラー(心理職)、ソーシャルワーカー(福祉職)を、スクールロイヤー(弁護士)とともに配置しました。
■カウンセラーだけでは解決できない「子どもの問題」
つまり、スクールカウンセラーを置くところは多いけれども、本当に子どもの問題を解決しようと思ったら、子どもの話を聞いて「それはきついね、つらいね」と寄り添っているだけでは十分ではありません。
問題を抱えている子どもの場合、親が精神を病んでいたり、借金だらけになっていたり、地域とトラブルを抱えていたりすることも少なくない。そういう時に、心理職がハーブティーなんかを飲みながら、子どもの話を聞いたところで、もちろん子どもの心を解きほぐすというのもひとつ大切なアプローチだけれども、それだけでは解決につながらない場合もあります。
本当に解決しようとしたら、専門職によるチームアプローチが必要です。だから、トラブルや破産にはスクールロイヤー、親の精神障がいや生活保護であれば福祉職、そういう専門家チームの横のつながりがあって初めて、子どもの生活を救うことにつながるのです。本気で解決しようとしたら、専門職のチームアプローチが不可欠、というのが私の考えでした。
■DV相談員を「年収700万」で募集
学校に限らず、市民の命と暮らしを守るために、市役所には専門家の働きを必要とする現場が数多くあります。だからこそ常識的な待遇をもってしかるべき部署にしかるべき専門職を配置すべきなのです。
例えば、DV(ドメスティック・バイオレンス)問題の相談員。
DV相談員は極めて責任の重い仕事なのですが、私が明石市長になった2011年当時は国の基準においても年収300万円に満たないような条件で採用されていました。その多くが非正規雇用でした。そのような不安定な待遇で、深刻かつ難しい案件に対応する人材を集めようということ自体がそもそもおかしいのです。
そこで、明石市では、正規職員で年収700万円という待遇でDV相談員を全国公募することにしました。全国の相談所に、明石市の募集要項を送付したのです。
「うちの職員を引き抜く気か」と激怒して電話をかけてきた市長も何人かいましたが、私は「引き抜きなんかしていません。案内を送っているだけです。文句を言うだけでなく、そちらも待遇改善を検討してみてはどうでしょう」とお返事しました。
■明らかに変わった「クレーマー対応」
募集の結果、DV問題の第一人者として東京で活躍していた人が明石に引っ越してきてくれることになりました。専門性を尊重し評価するのだという市の本気の姿勢を、適切な年収や正規雇用などの形で誠意をもって示せば、よい働きをしてくれる人材が各地から集まってきてくれます。
その結果が市民の安心につながり、人口増や税収増につながって、さらなる行政サービスの向上につながるのですから、湯浅誠さんが「アカシノミクスによる好循環」と言ってくれたのは、まさにその通りだったと自負しているところです。
次に、専門職としての弁護士5名の採用は、市役所にどのような変化をもたらしたか、いくつかの事例を紹介したいと思います。
その筆頭に挙げるべきなのが、先ほど述べたクレーマーの対応です。明らかにクレーマーと思われる人から電話がかかってきたら、その瞬間に、「お待ちください、担当に代わります」と言って、すぐに「はい、弁護士職員の**です。お話を伺わせていただきます」と電話口に出てもらうようにしました。
「今からそっちに押しかけるぞ」などと脅してきたとしても「どうぞお越しください。弁護士職員の私が、しっかり対応いたします」と返せば、いちゃもんをつけたいだけのクレーマーはものの1分ほどで「ああ、もういいわ」となります。
■弁護士職員の対応で状況が一変
これまで、悪質なクレーマーの場合、窓口に座り込んで何時間も怒鳴り散らすようなこともあり、対応した職員が「ごめんなさい」と謝っても、「ごめんで済むか! 甘えるな」とさらに手に負えなくなり、そんなことで1日忙殺されて精神を病んでしまうような状況もあったようです。
しかし、弁護士職員を揃えたことで、電話であればすぐに電話を代わってもらえばよく、窓口に来た場合でも「相談室にどうぞ」と招き入れて「お話、伺います」と弁護士職員が出ていくことで、ほかの職員はクレーマー対応に頭を悩ませる必要がなくなりました。
弁護士相手に理不尽な文句を1時間も話せる人はまずいません。交渉のプロである弁護士が揃ったことで、面倒なクレーマー自体も少なくなりました。これにより職員はストレスなく本来の業務に集中することができるようになったのです。
当初は「なんで弁護士なんか採用するんや」と専門職採用に抵抗感を示していた職員たちも、クレーマー対応から解放されたことで「ほんまに助かった!」と感謝していました。
ほかにも税金や保険料、市営住宅家賃などの滞納者への督促業務においても、弁護士職員が活躍しました。
■謎の「30万滞納ルール」があったが…
私が市長になった当初、明石市には「30万ルール」という不思議なルールがありました。
これは、「市営住宅の家賃を滞納している人に対して、滞納金額が30万円になってから督促の声をかける」というものでした。市営住宅の家賃は、月に1万円から2万円程度です。30万円まで滞納しないと声をかけないということは、つまり1年も2年も滞納してようやく、「あなた、すでにこんなに滞納していますから払ってください」と声をかけるということです。
しかし、月々の1万円すら支払えずにいる人が、いきなり30万円もの滞納金を請求されたとして、「はい、そうですね」と払えるものでしょうか。どうしても払えないとなれば、立ち退きも含めたシビアな現実が待ち受けています。
そうであれば、早い段階で、「先月分が滞納になっていますよ。少し飲みに行くのを我慢して、今月は2カ月分を払えますか。そうでないと先々でもっと苦労することになりますよ」と声をかけてあげた方が、本人や家族のためになるのではないでしょうか。
そう思った私は、「もっと早い段階でフォローしたほうがいいんじゃないの?」と担当部局に言いました。ところが職員は「お金を払えなんて軽々しく声をかける方が市民に失礼だ」という考えでした。
しかし、市民に失礼などというのは建前で、厄介そうな市民にはできるだけ関わりたくない、事なかれ主義で問題は先送りしたいというのが本音だったのではないかと思われます。
■「取り立て」ではなく「きめ細かいフォロー」
担当者が動かなかったので、私は弁護士職員を担当に変えて、家賃を1~2カ月滞納したら、すぐに督促の通知を送ってもらうようにしました。「家賃を滞納されているので早めにお支払いください」と弁護士から通知が送られてくると、滞納していたほとんどの人は、すぐに払います。その結果、明石市では市営住宅の家賃滞納が大幅に減りました。
私は、何がなんでも滞納者から取り立てろと言いたいわけではありません。滞納している人には、きめの細かいフォローが大切なのです。クビが回らなくなるまで放置するのではなく、困難を抱えていそうな人の状況を早めに把握し、必要に応じて福祉の窓口につなぐ。これも市役所の職員の大切な仕事です。
生活が立ちいかなくなっている市民には、生活保護などの受給につないで生活の立て直しをバックアップする。それほど困窮していないのであれば、立ち退きなどの深刻な事態に陥ることのないよう、家賃を後回しにせず支払うように促していく。
ところが、当時の明石市には、特定の議員に頼めば税金や保険料を滞納していても督促されずに済むというような、極めてアンフェアな口利きさえ存在していました。市役所の職員も、議員との軋轢(あつれき)を恐れて、滞納を見て見ぬふり。
私はそうした忖度はすべて無視して、滞納した人には平等に督促状を送り、必要に応じて弁護士職員を動かし、きめ細かくフォローしながら回収率を上げていったのです。
(初公開日:2025年11月10日)
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泉 房穂(いずみ・ふさほ)
前明石市長
1963年、兵庫県明石市生まれ。東京大学教育学部卒業。NHKディレクター、弁護士を経て、2003年に衆議院議員となり、犯罪被害者等基本法や高齢者虐待防止法などの立法化を担当。2011年に明石市長に就任。特に少子化対策に力を入れた街づくりを行う。2023年4月、任期満了に伴い退任。主な著書に『社会の変え方』(ライツ社)、『子どものまちのつくり方』(明石書店)、『公務員のすすめ 世の中を変える地方自治体の仕事』(小学館新書)ほか。
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(前明石市長 泉 房穂)

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