自衛隊機が中国軍機からレーダー照射を受けたことで、日中の緊張関係がさらに高まっている。統計データ分析家の本川裕さんは「政治的な主張の隔たり以前に、生き方や価値観というレベルで両国が正反対であることを証明するデータが発表された」という――。

■政治的な主張の隔たり以前の日中の「断絶」
「台湾有事」を巡る高市早苗首相の発言に端を発し、日中間の緊張関係が続いている。もともと両国は、安全保障問題や外交問題ばかりでなく、生活習慣や観光地の行動など何かにつけて考え方に食い違いが目立つ。
隣国ゆえになるべくトラブルを避けて付き合っていかなければならない仲であるため、それだけ相互理解が双方にとって重要な課題となっている。
そこで今回は、政治的な主張の隔たりをいったん置いて、ブランド志向の大きな差を手掛かりに、日中差が目立つ調査データを見ることで、相互理解の助けとなることを目指してみよう。
パリに本社を構える世界的なマーケティング・リサーチ会社であるイプソス(Ipsos)社はグローバル・トレンド調査を10年以上、世界各国を対象に実施している。
まず、今年9月に公開された最新版の2025年報告書により、この調査の1項目であるブランド志向の世界動向や各国比較について見てみよう。
イプソス社は世界の新しい潮流(トレンド)をいくつかの項目に整理しているが、その一つとして「ヌーヴォー・ニヒリズム」を挙げている。
■極端な「今を生きる」精神主義の中国
これは下記の2つのトレンドからなっているとされる。
①主要国の2024年選挙で、現在の政治家や政治体制への不満として示された露骨なニヒリズム
②そして経済的ストレスによって長期的な夢の実現が阻害された結果生じた従来より快楽主義的な「今を生きる」精神

さらにこれと関連して「個人主義への逃避」というトレンドも指摘している。これは、世界状況を変えられないという意識の下で、人々が自分の生き方を重視し、自分自身だけでコントロールできるものに注目しているという動きである。
そして、「個人主義への逃避」を示す指標として、図表1のブランド志向データを掲げている。
■ブランドを買いあさる中国人の「本質」
2013年から2025年にかけてのブランド志向の変化に着目すると、いずれの国でもブランド志向が上昇している点が目立っている。
世界平均でも39%から52%へと13%ポイントの増と大幅である。
ここでブランド志向の指標としているのは「大抵の場合、魅力的なイメージを持つブランドであれば、高いお金を支払っても構わない」への同意率である。英文では、I am generally willing to spend extra for a brand with an image that appeal to me(%agree)。
いずれの国でもブランド志向が高まる傾向にある点が何より注目される世界的動向である。このデータに関するイプソス社報告書のコメントは次の通りである。
ブランド vs 価値
自分が重んじる価値と軌を一にする消費へ向かうこうした上昇トレンドには2つの理由が重要である。
第一に、消費者としての自分の価値やアイデンティティに沿ったブランドへのニーズを示しており、そうした価値やそれが意味するものへのますます深い理解を前提としている。
しかし、さらに重要なのは、それがわれわれのこれからのトレンドである「個人主義への逃避」消費にむすびついている点である。
ひとびとが自分たちのアイデンティティを形成したり、うまく扱おうとしたりするのにつれて、どんなブランドを購入するかがその一部となるのである。
ブランド、個人的価値・アイデンティティを巡るこのトレンドは、イプソスがグローバル・トレンド調査に着手した2013年以降で最も大きな変化である。

■中国は81%と世界一高く、日本は34%で世界一低い
地域別の状況に着目すると、両年度とも回答があった国民の中で東アジアに属するのは中国、韓国、日本の3カ国であるが、ブランド志向という点では中韓と日本とで両極端になっている点が目立っている。
2025年の値で比較すると、中国は81%と世界一高く、日本は34%で世界一低くなっている。
また、2013年からの変化では、中国は9%ポイントの増加であり、ブランド志向が高まっているのに対して、日本は1%ポイント増とほとんど変化がない。同じ東アジアでもブランド志向のレベルも動きもこれだけ違うのである。
一方、ヨーロッパに目を転じると、服飾ブランドの両雄はフランスとイタリアだろうが、一般人の比較で、フランス人のブランド志向は高いがイタリア人のブランド志向はむしろ世界の中でも低い点が目立っている。イタリア人はそんなにブランドにこだわっていないのは不思議な気がする。
2013年から25年にかけての十数年間の動きでは、日本はほとんどかわっておらず、世界的なブランド志向の高まりの中では異質である(中国だけでなく、フランスもイタリアもブランド志向は大きく上昇している)。
このように、中国人のブランド好きが世界一であり、日本人のブランド志向が世界の中で最も低調なのはなぜだろうか。
■中国人のブランド好き=「今を生きる」主義?
イプソス社のトレンド調査では、上でふれた「ヌーヴォー・ニヒリズム」の指標として、「未来は不透明であるため、今日のために生きているか」という設問への回答率(同意率)を掲げている。この設問は、刹那主義的な生活態度をあらわしていると見ることも可能であるが、ここでは、あまり断定せず「今を生きる」主義と名づけておこう。
この「今を生きる」主義の回答結果と上のブランド志向の値との相関図を図表2に掲げた。
中国はどちらの指標についても世界一高い値となっている点が目立っている。
世界的に、政治体制や自分を取り巻く経済の現状を変えられないというニヒリズム意識の高まりが、ブランド志向に代表される「個人主義への逃避」を生んでいるというのが、イプソス社の見立てであるが、中国の場合、世界の中でも、それが最も端的にあらわれているとも捉えられよう。
こうした意識調査の結果を見ると、日本人と中国人は、生活意識が世界標準とは正反対にかけ離れており、それだけ、相互の考え方に齟齬が生じやすいと言ってよかろう。
その点を常に意識しながら付き合っていく必要があろう。
また、中国人が置かれている状況は、かなり、世界の中でも特殊である点も認識しておいた方がよかろう。
実は、ここで図示した2025年データでは得られないもっと多くの国で「今を生きる」主義とブランド志向との相関を2024年データで確かめることができる。ここでは掲げていないが、それを見ると中国と同じ相関図の右上エリアに、インド、フィリピン、タイも位置していることが分かる。
■中国国民は捨て鉢的な快楽主義に傾斜
グローバリゼーションの流れの中で、近年、国全体として途上国的状況から経済が大きく成長し、国民の所得水準も上昇したが、地域格差、貧富の格差、政治の安定という国内の安定に関わるではなお問題が残っている国が該当している。最近、世界的に、移民問題、感染症、地域紛争、温暖化、資源競争などグローバリゼーションの負の側面が顕在化してきている中で、中国をはじめこうした国では経済成長にも陰りが生じ、国民はやや捨て鉢的な快楽主義に傾斜しているのではなかろうか。
中国の場合は、世界では民主主義的な体制が一般的となっているのに対して、政治的にかなり無理な体制を保持しているためなおさら未来が見通しにくいという国民意識に陥っていると見るのは私だけの偏見だろうか。中国が「普通の国」になってもらわないと困るというのが日本人の本音ではなかろうか。
議論を図表2の散布図に戻し、中国の特殊性ではなく、日本の特殊性のほうの要因をさらに考えてみよう。
中国の場合は、「今を生きる」主義の指標もブランド志向の指標も世界一高いが、日本の場合は、後者は世界一低いが、前者は下から5位に過ぎない。韓国などは「今を生きる」主義は日本とそう変わらないが、ブランド志向はむしろ3位と高い。日本のブランド志向の低さには「今を生きる」主義とは別の要因もあると考えたほうがよさそうだ。
以下にはそうした要因として考えられるものを挙げてみよう。
■日本における独特なブランド意識
日本には「無印良品」というブランドという概念をなくすことを目指して作られたブランドがある。無印良品は、流行や個性を排し、素材、工程、包装の「実質本位」の考え方に基づいており、幅広い層に「これがいい」でなく「これでいい」という満足感を提供することを特徴としているとされる。
衣服のユニクロ、日用品のニトリなどにも、これと似た発想の要素がある。
無印良品、ユニクロ、ニトリ、あるいは量販店やコンビニチェーンのプライベート・ブランドは、普通はそれぞれがブランドの一種ととらえられているが、むしろ、ブランドを否定するノーブランド的な要素に特徴があるといえるのではなかろうか。
こうしたブランドを選択するのは少し高い値段を出しても自分の存在を際立たせるのが目的ではなく、むしろ、自分らしさにこだわらず、商品そのものの機能や価値を追求するためだからである。
100円ショップにもそうしたところがある。
上で見たイプソス社のブランド志向の指標は、高級ブランド志向を調べたものだといえるが、それとはベクトルが異なる別のブランド志向に日本人は長けているともとらえられよう。
すなわち、こうしたノーブランド・ブランドを好むこうした日本人の志向がここで取り上げたブランド志向で日本人の値が低いもう1つの理由だと思われる。
つまり、日本人は「個人主義への逃避」消費という側面があるとしても、むしろ、それ以上に「個人主義からの逃避」消費への傾斜が著しいと言えるのではなかろうか。
ブランド志向が世界一強い中国人と、世界一弱い日本人。両国の政治的な対立も、こうした人としてのあり方の差が、根本的な要因のひとつなのかもしれない。


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本川 裕(ほんかわ・ゆたか)

統計探偵/統計データ分析家

東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『統計で問い直す はずれ値だらけの日本人』(星海社新書)。

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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
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