■「ピクルスはピクルスです!」
「ピクルスはピクルスです!」
以前、受けたあるテレビ局アナウンサー試験のカメラテストで、私は胸を張って面接官にこう言い放った。面接官たちは大爆笑。「あ、完全に落ちた」。そう思ったが、カメラテストの結果は「合格」だった。
同局を含め全国のテレビ・ラジオ局を100局以上受験して得た教訓は、「完璧さ」ではなく「弱さ」が人の心に刺さるということだった。この法則は、その後の就活にも生きた。このことは、日々、プレゼンや商談に追われる多くのビジネスパーソンの読者にも共感いただけることではないだろうか。
■東大生に教えられた書類審査の極意
話は、大学3年の夏に遡る。当時のアナウンサー試験の倍率は高いところで数千倍。書類選考の通過率は数十人に一人という狭き門だ。
大きな悩みのひとつが、志望動機だった。ある局のエントリーシートで書いたのは、高校時代の講演会で聞いた話だ。1998年、長野での冬季五輪のスキージャンプ団体で金メダルを獲得した日本代表のエピソード。原田雅彦選手の「失敗」とされたジャンプが、実は悪条件下でのスタートサインに対する驚異的な対応だったという裏話を軸に、「現場の本質を伝えたい」という志望動機を書いた。
結論→エピソード→結論。教科書通りの構成だ。無難にまとまったが、これでいいのか。悩んだ末、アナウンス学校で知り合った東京大学の先輩に見せた。
彼は少し考えて、こうバッサリ切って捨てた。
「続きを読みたくならない。冒頭を変えよう」
そして、次のようにすることにした。
修正前:「私は現場の本質を伝えたいです。高校時代に長野オリンピックで……」
修正後:「『あいつ(原田選手)だから飛べた』――当時の日本代表スキージャンプ団体の監督、小野学氏は講演でこう語った」
たった一行の変更。だが、この違いが決定的だった。
膨大な書類に目を通す試験官にとって、1行目で興味を引けなければ2行目は読まれない。セリフから始めることで、読み手を一気に物語の中に引き込む。この一回の添削で、私は「冒頭の一行」の重要性を痛感した。
■「面白いことがないなら、つくれ」
次の関門は自己PR欄だった。
最初に書いたサークル活動のエピソードを前出の東大生の先輩に見せると、これまた一言で片づけられた。
「つまらない」
次に高校時代に入っていた部活・バドミントン部の話を持っていった。これも却下。
「オリンピック出場レベルの実績以外なら、自慢するな」
厳しい。だが、正しかった。
東大生の先輩は言った。
「面白いことがないなら、つくれ」
私は急遽、新しい趣味を始めた。当時流行し始めていたボルダリングだ。写真付きで「壁を上る男」と題し、ボルダリングに挑戦する姿とその難しさを熱く語った。
結果、全国ネットのキー局を含め、ほとんどの書類選考を通過した。何年も取り組んできたスポーツではなく、始めたばかりのボルダリングで突破した。ここで学んだのは「相手の立場で徹底的に考える」ということだ。これは営業のプレゼンでも全く同じ原理かもしれない。
■「キャッチーさ」だけでは、扉の先に進めない
ただし、ここで誤解してはいけない。
書類選考で「キャッチーさ」が有効だったのは事実だ。しかし、薄っぺらい内容で扉をこじ開けられたとしても、その先には進めない。
実際、私は書類選考こそ通過したものの、その後の面接やカメラテストで落選が続いた。書類の成功体験にとらわれ、面接でもその場しのぎでうまくやり取りできれば受かると思っていた。ただ、それだけでは最終試験合格までは決してたどり着くことはできない。キャッチーさで最初の扉を開けることはできた。だが、その先に進むには別の武器が必要だった。
■大失敗が「合格」につながったピクルス事件
あがり症の私にとって、面接やカメラテストは鬼門だった。全国のテレビ・ラジオ局を100局以上受験した。周りの受験生の中にはコツをつかんで常に最終試験に行くような人もいた。しかし、私はただただ暗闇の中を歩いている気分だった。
転機は、ある地方局のカメラテスト。
一口食べて、笑顔で言った。
「ピクルスですね。さわやかな甘酸っぱさで、食感もいいですね!」
すると面接官が口を開いた。
「何のピクルスですか?」
私は戸惑った。何のピクルス? 質問の意味が分からない。
「え? ピクルスはピクルスですよ!」
自信満々に答えた。何を当たり前のことを聞いているのだろう、この面接官は。面接官はもう一度聞いた。
「いや、だから……何のピクルスですか?」
私は戸惑いながらも笑顔で答えた。
「みなさんご存じのピクルスです」
■「もういいです。ありがとうございました」
スタジオに笑いが広がった。面接官たちが顔を見合わせている。私は状況が飲み込めなかった。ハンバーガーに挟まっているあの野菜がピクルスだと、みんな知らないのか?
面接官の一人が、笑いながら言った。
「はい、もういいです。ありがとうございました」
試験終了後、ピクルスを調べて絶句した。ピクルスとは野菜を酢漬けにした「調理法」のこと。きゅうり、大根、ニンジン……さまざまなピクルスがある。私が食べていたのは「きゅうりのピクルス」だったのだ。
こりゃダメだ。完全に落ちた。そう確信した。ところが数日後、届いた通知は「合格」だった。
■「ピクルスの彼」が通過した理由
後日の役員面接で、私は「ピクルスの彼」と呼ばれていた。
なぜ合格したのか。理由を尋ねると、こう言われた。
「勘違いして、戸惑いながらも必死で話す姿に好感が持てた。この人と一緒に働きたい。きっと視聴者から愛されると感じた」
無難で完璧なリポートをした受験生が落ち、大失敗した私が合格した。
アナウンサー試験には、意識の高いキラキラした学生が集まる。皆、笑顔は訓練され上手にしゃべることができる。そんな中で、戸惑いながらも必死に食らいつく姿を見せた人間が「一緒に働きたい」と思われたのだ。
■「キャッチーさ」と「弱さ」――2つの武器
振り返れば、東大生の先輩が教えてくれたのは「扉を開ける技術」だった。相手の立場で考え、興味を引く。それは書類選考という最初の関門を突破するために必要な武器だった。
だが、扉の先で求められたのは別のものだった。
完璧さではなく、人間味。隙のなさではなく、親しみやすさ。「すごい人」より「一緒に働きたい人」。
私はピクルス事件以降、戦略を変えた。自分の失敗談を積極的にストックし始めたのだ。高校時代に油断して負けたバドミントンの試合。彼女に「弟にしか見えない」と振られた話。こうしたカッコ悪いエピソードとそこから得た教訓を、適切なタイミングで話すようにした。すると、弱みを見せた試験はほぼ通過するようになった。
■「弱さ」をビジネスで使う例
弱みを見せる有効性は、就職活動に限った話ではないだろう。商談、プレゼン、会議など、あらゆるビジネスシーンで応用できる可能性がある。
プレゼンの冒頭で「緊張しています」と言う
大事なプレゼンの最初の一言で「正直、今日は緊張しています」と言ってしまう。
これだけで場の空気が変わることもある。聴衆は「完璧なプレゼンを評価してやろう」という姿勢から、「この人を応援しよう」という姿勢を持ってくれる人も現れる。
私自身、緊張を隠そうとして何度も失敗した。声が上ずり、早口になり、余計に緊張が伝わってしまう。むしろ「緊張している」と認めてしまった瞬間、肩の力が抜けて自然体で話せるようになった。
「短所」に触れる
長所だけでなく、短所も正直に話す。たとえば「この機能は競合のほうが優れています。ただ、御社の用途ならこちらの機能が重要です」と伝える。長所だけを並べる営業より、短所も認めたうえで提案できる営業のほうが信頼されるはずだ。
■人は完璧な人間に憧れるが、信頼するのは弱さを見せられる人
就職活動でもビジネスでも、私たちは実績や強みを語りがちだ。だが、一緒に働く相手がいる以上、「この人となら仕事ができる」という信頼感が何より重要になる。
「ピクルスはピクルスです!」
あの大失敗が合格につながった日、私は学んだ。人は完璧な人間に憧れるかもしれないが、信頼をされるのは弱さを見せられる人なのだ。
プレゼン、商談、会議――ほんの少し、弱さを見せるという小さな勇気が、相手の心をつかみ、大きな獲物をつかむ鍵になるはずだ。
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佐藤 圭一(さとう・けいいち)
気象キャスター、リポーター
長野県岡谷市出身。学生時代、アナウンサーを志すも100社以上から不採用通知を受け取る。それでも粘り強く挑戦を続け、ローカル局でキャリアをスタート。その後、文化放送の報道記者・リポーターとして国会や首相官邸、災害現場など幅広い取材を経験。現在は気象予報士としての資格を生かし全国ネットのテレビ局やラジオ局で気象キャスターとして活動している。
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(気象キャスター、リポーター 佐藤 圭一)

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