■まやかしの「増産」報道
毎日新聞は12月8日、次のように報道した。
高市早苗首相は8日の衆院本会議で、今後のコメ政策について「国内主食用、輸出用、米粉用など『多様なコメの増産』を進める」と明言した。高市政権になって増産にかじを切った石破政権からの方針転換を指摘する声も出ていたが、「増産」に言及することで懸念を払拭(ふっしょく)する狙いがあるとみられる。
確かに、「増産」とは言っているが、これは鈴木農水大臣や農林族議員が言う「需要に応じた生産」=現在の減反政策の推進そのものなのである。減反を廃止して生産量を増やし価格を下げて輸出も増やすというものではない。
農水省が国民を欺く時に使う、「需要に応じた生産」という名前の減反政策なのだ。どういうことか、具体的に解説していこう。
■主食用のコメは減産方針
現在の減反政策は1000万トン作れるコメを300万トン減産して主食用のコメ生産を700万トンすることで、米価を主食用のコメを1000万トン生産するときの水準から大幅に上昇させることを目的としている。鈴木農水大臣は来年産の主食用のコメを30万トン以上減産することを表明している。主食用のコメの値段は下がらない。
高市総理の発言は、輸出用、米粉用など主食用以外のコメの生産を増やして、これらを含めたトータルのコメの生産を増やすというものだろう。鈴木農水大臣や農林族議員は「需要に応じた生産」=減反を法律に書き込もうとしている。コメ券の発給も、需要を増やして市場での過剰供給を緩和することによる米価維持の狙いがある。主食用のコメ生産を増やして米価を下げようとするはずがない。
農政に疎い高市総理が農水省や農林族議員に騙されている可能性がある。答弁を用意したのは農水省である。本来なら財政負担の増大につながりかねない答弁の作成に待ったをかける財務省が、新政権に疎まれていることも背景にあるのだろう。
■食料自給率が一向に上がらないワケ
減反は、単なるコメ減らしではなく、麦や大豆などの作物へ転作することで食料自給率を高めるのだと主張された。
しかし、本業がサラリーマンで週末に少ししか米作を行えない兼業農家は、麦や大豆へ転作するための新しい機械や技術を取得する時間的な余裕はない。年間30日も農業に働いていないのでは当然だろう。このため、転作(減反)補助金をもらうため、麦等の種まきをするだけで収穫しない“捨て作り”という対応をした。減反の目的はコメの減産なので、コメさえ作らなければ減反していると認定してもらえた。
■農水省が考えた奇策
麦や大豆だけでは十分に減反できなかった農水省は、コメをコメの転作作物とするという奇手を考えた。
当たり前だが、コメならコメの兼業農家も作れる。減反政策により主食用の価格を意図的に高く維持する一方、高い主食用米と低い他用途米の価格差を転作(減反)補助金として補てんすることで、一物一価の世界ではありえない他の用途向けの米の需要を作り出し、転作作物としたのだ。
米菓(あられ・せんべい)用のコメを転作作物としたのが手初めで、コメ需要の減少で減反面積を拡大せざるを得なくなった農水省は、転作作物となるコメの用途を次々に増やしていった。
■主食用以外の「コメ一覧」
2007年に米価が低下し農政が混乱した際には、ほぼただ同然のエサ用まで多額の補助金を出して転作作物とした。最後に手掛けたのが輸出用である。
しかし、こうして同じ品質のコメに用途別に多くの価格がつけられている「一物多価」の状況が発生するので、2008年の汚染米事件(これ自体は輸入米から発生)のように、安く仕入れたコメを主食用に転売する不正が起きる。
■国民は莫大な負担を強いられる
減反(転作)の経済的な条件は次の式が成立することである。
主食用米価≦転作作物価格(他用途米、麦、大豆)+減反(転作)補助金
JA農協が卸売業者に販売する際の米価は60キロ当たり3万7000円に上昇した。26%もの生産減少となった1993年の大不作・平成のコメ騒動の時(2万4000円)さえも大幅に上回る史上最高値である。今の減反補助金は主食用米価として1万5000円を想定しており、3万7000円なら、現在3500億円かけている減反補助金を5倍以上に増額しない限り、この条件が成立しない。
減反補助金の単価について、他用途米で最も価格が高い加工用米と主食用米価1万5000円との差は現在6000円。主食用米価が3万7000円なら差(減反補助金単価)は2万8000円で6000円に対して4.7倍となる。価格が低い他の用途では主食用米価との格差はより大きいので、減反補助金単価も大きくなる。
■減反補助金が焼け太りするワケ
さらに、減反補助金の対象数量も増加する。
大幅な米価上昇によって農家は主食用の生産量を増やそうとするので、この生産意欲を抑え、過剰にならないようにするために、要生産調整(減反)面積(数量)も増大する。
高市総理は「輸出用、米粉用など『多様なコメの増産』を進める」と言っているが、減反面積が増える以上、これらの多様なコメの生産が増えるのは当然である。この結果、輸出用など他用途米について、補助金単価だけではなく量も拡大する。減反補助金を5倍の1兆8000億円にするだけでは足りないだろう。
もちろん主食用米価が低下すれば減反補助金の総額も減少する。しかし、1万5000円にまで下がるとは思われない。農水大臣や農林族議員が、それを許さないだろう。
■コメ政策が招く自動車不況
さらに大きな問題がある。
単に減反をやめて価格を下げ輸出を増やすことにはWTO(世界貿易機関)も問題視しないだろう。しかし、輸出用米についての減反補助金はWTOで禁止されている輸出補助金(定義は輸出に際して交付される補助金)である。その増加は輸出国であるアメリカ産米の市場を奪うかもしれない。
既にトランプ氏はコメの関税は700%であるとして、コメ政策を問題視している。WTOでは、、ある分野での違反措置に対して他の分野での対抗措置(クロス・リタリエイションという)が認められている。トランプ氏は日本の自動車に合法的に高関税をかけることができる。
■高市政権のコメ政策を支持するのか?
米価が高騰しているので、零細な元農家が主業農家に貸していた農地を貸しはがして、自分でコメを作り始めようとしているというコメ農業の現場の話も聞く。コメ農業の規模拡大、構造改革に逆行する事態だ。コストが上昇するので、コメの値段も上がる。
国民は、消費者として、また負担しなければならない。コメバブルで潤う豊かな農家の傍らで貧しい国民が泣いている。
国民は農政トライアングルに支配されている高市政権のコメ政策を支持するのだろうか?
----------
山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。
----------
(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
