宇宙で起きる出来事は、私たちの生活にどんな影響を与えるのか。宇宙物理学者の佐藤勝彦東大名誉教授は「太陽で“スーパーフレア”が発生すると、地球に甚大な被害がもたらされる。
数千年に一度とされるこの災厄は、全世界規模の停電を引き起こす可能性が高い」という――。
※本稿は、佐藤勝彦『眠れなくなる未来の宇宙のはなし』(宝島社文庫)の一部を再編集したものです。
■太陽表面での爆発が地球に磁気嵐をもたらす
太陽の表面では、「フレア」(太陽フレア、太陽面爆発)という激しい爆発が毎日のように発生しています。爆発にともなって、強力な紫外線やX線、ガンマ線などの電磁波や、陽子など電気を帯びた高エネルギー粒子(プラズマ粒子)が太陽の周囲に放出されます。
またフレアにともなって、太陽を取り巻く超高温の希薄なガス(コロナ)の物質がプラズマの塊として爆発的に放出される「コロナ質量放出」も発生します。
フレアやコロナ質量放出が地球に向いた太陽面で発生すると、電磁波やプラズマの塊が地球に襲来します。紫外線やX線は光速(秒速約30万キロメートル)でやって来るので、フレアの発生からわずか8分で地球に飛来します。
一方、コロナ質量放出によるプラズマの塊は秒速1000キロメートル程度で飛来し、1日から3日かけて地球に届きます。すると、人工衛星や飛行機の無線が使えなくなったり、地上の送電線に過電流が流れて、電力会社の機器が壊れて停電が発生したりします。これが「磁気嵐」(または太陽嵐)です。
極地方で見事なオーロラが見られるのも磁気嵐の時です。オーロラは、磁気嵐などによって運ばれてきたプラズマ粒子が地球の大気とぶつかって光を放つ現象です。

■磁気嵐による停電は9時間続いた
磁気嵐による被害で有名なのは、1989年3月にカナダ・ケベック州で起きた大停電です。夜中に起きた停電は9時間続き、600万人が影響を受け、被害総額は数百億円に上ったそうです。
ほかにも、通信障害によってリレハンメル五輪の中継放送が中断したり(1994年)、日本のX線天文衛星「あすか」が磁気嵐による大気の膨張を受けて回転して観測不能になり(2000年)、半年後に大気圏に落下したという事例があります。
フレアの強さは、X線の強度によって、小規模のCクラス、中規模のMクラス(Cクラスの10倍)、大規模のXクラス(Mクラスの10倍)などと分類されます。Xクラスよりさらに上は、X10クラス、X100クラス、……と呼ばれます。
カナダの大停電を引き起こした1989年3月のフレアは、Xクラス(X4.6)でした。Xクラスの大規模フレアが発生すると、地球に大きな被害が及ぶ可能性があります。
■1859年のフレアは鉄塔から火災を発生させた
では、フレアの強さと発生頻度の関係はどうなっているのでしょうか。Cクラスのフレアは1年間に1000回ほど、1日平均で約3回発生しています。これがMクラスになると年に100回ほど、Xクラスは年に10回ほど発生します。フレアの強さが10倍のものは発生頻度が10分の1になるという、きれいな関係性が見られるのです。
人類が経験したもっとも強いフレアは、1859年9月1日に起きた「キャリントン・フレア」といわれています。
じつはこれが、人類が観測した初めてのフレアでした。イギリスの天文学者キャリントンが黒点をスケッチしている最中に、太陽面でフレアが発生したことに気づいたのです。
この時は、低緯度のハワイやキューバでもオーロラが見えたほどの、史上最大の磁気嵐(1989年3月の磁気嵐の3倍程度の強さと推定されます)が地球を襲いました。ヨーロッパや北アメリカ全土の電報システムが停止して、電信用の鉄塔は火花を発し、火花放電による火災も発生したそうです。
■スーパーフレアの発生例を突き止めた新理論
ですが、キャリントン・フレアをしのぐ強さのフレアは、太陽では起きないと考えられていました。太陽で起きる大規模フレア(Xクラス)の100倍から1000倍以上にもなる強さのもの、それが「スーパーフレア」です。しかしスーパーフレアは太陽よりもずっと若い恒星や、自転速度の速い恒星でしか発生しないというのが従来の定説でした。
これに異議を唱えたのが、京都大学附属天文台台長の柴田一成さんでした。柴田さんの著書『太陽 大異変 スーパーフレアが地球を襲う日』(朝日新書)に詳しく書かれていますが、その新理論を紹介します。
2000年にアメリカの天文学者たちが、太陽に似た恒星でもスーパーフレアが発生している事例を発見しました。
ただしこれらの恒星のすぐ近くには、木星サイズの巨大なガス惑星(ホット・ジュピター)があり、その影響でスーパーフレアが発生するのだろうと解釈されていました。私たちの太陽系には、太陽のそばに木星サイズの巨大惑星はないので、太陽でスーパーフレアが起きることはないだろうというのが、従来の見方でした。

これに対して柴田さんたちの研究グループは、NASA(アメリカ航空宇宙局)が打ち上げた「ケプラー宇宙望遠鏡」のデータを分析しました。その結果、太陽に似た148個の恒星で365回のスーパーフレアが発生していたことを突き止めたのです。しかもこれらの恒星のまわりには、ホット・ジュピターが存在していませんでした。
■ケブラー宇宙望遠鏡による一石二鳥の発見
ケプラー宇宙望遠鏡は、宇宙・天文ファンの方ならご存じでしょうが、太陽以外の恒星の周囲にある惑星、いわゆる「系外惑星」を探すために打ち上げられました。系外惑星が恒星の前を横切る際に、恒星からの光がわずかに暗くなる様子をとらえて、系外惑星の存在を知るしくみです。
これを利用して、逆に恒星がわずかに明るくなる様子から、スーパーフレアの発生を知ろうというのが柴田さんの狙いでした。その恒星にホット・ジュピターなどの系外惑星があるかどうかも同時に調べられるので、まさに一石二鳥です。
さらに、スーパーフレアを起こした星は、10日ほどの周期で明るくなったり暗くなったりしていることもわかりました。これは、星の表面に超巨大な黒点ができているためだと思われます。星が10日ほどの周期で自転するにつれて、黒点も位置を変えていき、地球のほうに黒点が向いている時は星の明るさが減るのです。
■旅客機の乗客は急性放射線障害を起こすおそれ
こうして、太陽と似たような恒星で、しかもホット・ジュピターがなくても、スーパーフレアが発生することがわかりました。ならば、私たちの太陽でスーパーフレアが発生しても不思議ではありません。

「フレアの強さが10倍のものは、発生頻度が10分の1になる」という法則を適用すれば、これまでに知られている最大の太陽フレアの100倍から1000倍の強さであるスーパーフレアは、数千年に一度くらいの頻度で起こるかもしれないと柴田さんは推定しています。
もし太陽でスーパーフレアが発生したら、地球にどんな災厄がもたらされるのでしょうか。柴田さんの予想は、次のようなものです。
まず、強力な電磁波と高エネルギー粒子の襲来で、すべての人工衛星は故障し、低軌道の衛星は大気膨張の影響を受けて地球に落下するでしょう。国際宇宙ステーションの宇宙飛行士や上空を飛行中の旅客機の乗客は、急性の放射線障害を起こすおそれがあります。
そして十数時間という史上最短の時間で、コロナ質量放出のプラズマの塊が地球に到達し、大きな磁気嵐が発生します。全世界規模での大停電が起こり、テレビやインターネットも使えなくなるので、大パニックの発生も考えられます。
電源喪失によって、福島原発の事故と同じものが各国の原発で起きる可能性もあります。世界中で見事なオーロラが見られますが、その美しさに見とれる余裕はきっとないはずです。しかも、一度スーパーフレアが起きると、1年間に何度も発生すると思われるので、被害からの復旧は容易ではないでしょう。
■「数千年に一度」はいつ起きるかわからない
太陽で本当にスーパーフレアが発生する可能性があるのか、その研究はまだ始まったばかりです。しかも発生頻度が数千年に一度であれば、今すぐに、必要以上に怖がることはありません。

ですが、柴田さんも著書の中でおっしゃっていますが、私たち日本人は「1000年に一度」という東日本大震災を経験しました。それは「これまでは起きないと信じられていた」規模の地震でもありました。ですから数千年に一度のスーパーフレアが数十年以内に起きても不思議ではなく、何の備えも必要ないとは言い切れないでしょう。
すでに現在、太陽観測衛星や世界各地の天文台が太陽の活動をモニターして、大規模フレアが発生しそうな場合には警報を発する「宇宙天気予報」の取り組みが進んでいます。柴田さんも、1994年4月に起きた太陽フレアに際して警告メールを世界中に送り、そのおかげでアメリカでは磁気嵐の発生による被害を未然に防げたという経験をされたそうです。
それまでは純粋な知的好奇心から太陽の研究をされていた柴田さんは、これをきっかけにして宇宙天気予報の研究に真剣に取り組むようになったとおっしゃっています。
■地球規模の天変地異から人類を救う学問
2024年12月、ドイツや日本などの国際研究チームが最新の研究成果を発表しました。ケプラー宇宙望遠鏡が観測した、太陽とよく似た5万個以上の恒星を調べた結果、スーパーフレアの発生頻度は100年に1回程度と見積もることができるそうです。
一方、過去1万2000年の間に太陽で起こったスーパーフレアに起因すると考えられる現象の頻度は、約1500年に1回と推定されているので、今回の研究結果とは開きがあります。2019年から観測を開始した岡山県の京都大学3.8メートル望遠鏡(愛称「せいめい」)などを使った、さらなる研究の進展が待たれます。
私たちの日常生活とは縁遠いと思われがちな天文学や宇宙物理学ですが、地球規模の天変地異から人類を救ってくれる可能性があることを知っていただけたらと思います。

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佐藤 勝彦(さとう・かつひこ)

東京大学名誉教授

1945年生まれ。
京都大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士。自然科学研究機構機構長、日本学術振興会学術システム研究センター所長などを歴任し、現在は明星大学客員教授、日本学士院会員。専攻は宇宙論・宇宙物理学。「インフレーション理論」をアメリカのグースと独立に提唱。また日本物理学会会長、国際天文学連合宇宙論委員会委員長を務めるなど、その功績は世界的に知られる。著書は『宇宙論入門』(岩波新書)、『眠れなくなる宇宙のはなし』『ますます眠れなくなる宇宙のはなし』(ともに宝島社)、『科学者になりたい君へ』(河出書房新社)ほか多数。

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(東京大学名誉教授 佐藤 勝彦)
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