※本稿は、平野 敦士カール監修『すぐに使えるビジネス教養 マーケティング』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。
■Z世代に向けたマーケティング「カンロ」
グミ人気の高まりとともに若年層の飴離れが進む中、カンロはZ世代と真正面から向き合い、新たな体験価値の創出に挑戦しています。その斬新なマーケティング手法は老舗企業の枠を超えた先進性を示しています。
KEYWORD→Z世代
共創から生まれる「Z世代の原体験」
カンロが展開した「Z世代 飴の原体験共創プロジェクト」は、単なる新商品開発にとどまらず、Z世代の心情と飴という文化の再接続を試みた取り組みです。
現役高校生3名を「キャンディディレクター」として起用し、彼らの率直な感性を反映した「透明なハートで生きたい」という商品が誕生しました。
Z世代はお菓子を「食べ物」ではなく、「気分を整えるアイテム」と捉える傾向があり、飴に求めるのも味以上の共感や意味です。このニーズを踏まえ、ハート型の形状や透明感ある見た目、ポジティブなストーリー性を重視したパッケージを設計し、「気持ちに寄り添う飴」という新しい存在意義を提示しました。
さらに、SNSでの拡散や共感の声が商品価値を高め、開発そのものがブランディングとなる構造を実現。共創のプロセス自体が、Z世代との信頼関係構築そのものとなっている点も特徴的です。
■拡張と深化の両輪でファンベースを育てる
カンロは、「ヒトツブカンロ」などの直営店や自社EC「Kanro POCKeT」を通じて、Z世代に向けた購買接点の拡張を図っています。
店頭ではわずか3秒で決まる購買に訴求力が求められる一方、オンラインではストーリー性やブランドの思想をじっくり伝えることが可能です。
さらに、ファンとの関係性を深める「深化」の取り組みとして、限定情報の配信やイベント参加などができるクローズドコミュニティの運営も開始しました。
飴を通じて「自分らしさ」や「共感」を感じられる体験を提供することで、単なる消費行動を「意味ある選択」へと転換。拡張と深化という両輪をバランス良く動かすことが、Z世代との長期的な関係構築に不可欠なのです。
飴の「言い換え」が起こすパーセプションチェンジ
Z世代にとって「飴」という言葉が持つイメージは、どこか古臭く、魅力に欠けるものでした。そこでカンロは、「飴の再定義」を掲げ、パーセプションチェンジ(認識の転換)を意識したアプローチを重ねています。
例えば水筒が「タンブラー」として再ブームを迎えたように、名称や文脈を変えることで価値の再発見が可能になるという発想です。
また、飴に「味覚以外の意味」を持たせることで、Z世代の情緒や日常とつながる接点を拡張しようとしています。感情のゆらぎに寄り添う「静かな癒し」としての飴を定義し、その体験価値を言語化・可視化、新たな日常の一部として位置づけることを促しています。さらには、カンロは、SNS映えする見た目や、感情にひもづくネーミングなど、言葉と視覚の両面での再設計を進めることで、「古いお菓子」を「今の気分に合うアイテム」へと変貌させつつあります。
■プライミング効果を用いたスタバのブランド戦略
スターバックスは、単なるコーヒー提供の場を超えた世界的な存在感を築きました。その背景には、心理学の知見である「プライミング効果(無意識に働きかける心理誘導)」を巧みに活用した設計があります。
KEYWORD→プライミング効果
香り・音・色で「居心地」を仕立てる技法
スターバックスの店舗に入った瞬間、香ばしいコーヒーの香り、ジャズやアコースティック調の音楽、落ち着いた照明と木の質感が心を和ませます。
例えば、温かみのある色調は人の心を落ち着かせ、静かなBGMは長居を促してくれるといった具合です。この環境が「スタバ=居心地のよい場所」という感覚を育み、再訪率の高さにつながっているわけです。さらに、心理学では温かい飲み物を持つと対人評価が上がる(相手を温かい人だと感じる)傾向があることも知られており、スタバのラテやカプチーノの温かいカップは、まさにそうした無意識の印象操作を体験の中に織り込んでいます。顧客が「また来たくなる」と感じる背景には、このような細部に仕込まれた感覚的演出が存在しているのです。
SNSで共鳴を生む「見せたくなる」仕掛け
スターバックスは、視覚的な魅力による「プライミング」にも抜かりがありません。特に季節限定のドリンクやグッズは、彩り豊かなビジュアルが特徴で、「SNSに投稿したくなる」心理を巧みに刺激します。
例えば、透明カップで美しい層が見えるフラペチーノ、季節ごとに変わるカップデザインや紙袋のグラフィックなど、どれも思わず写真を撮りたくなるよう計算されています。これにより、ユーザーの自発的な投稿が連鎖し、他者の投稿を見た人々にも「自分も欲しい」という共感や欲求が生まれます。
これはプライミング効果に加えて、社会的証明(他人の行動を参考にして自分の行動を決める心理)を活用した仕掛けでもあります。限定グッズの所有は、「今しか手に入らないものを持っている」という優越感も生み出します。こうしてスタバは、顧客とのつながりを「体験化」し、ブランドへの没入を日常の中に組み込んでいるのです。
■投稿=データ、リピート=進化の循環設計
スターバックスがブランドを維持・進化させ続けている理由の一つに、「顧客の反応を読み取る力」があります。SNSで投稿されたドリンクやタンブラーの写真、コメントやタグの傾向は、次のマーケティングに活かされる「データ」として蓄積されます。桜をモチーフにした限定商品は、春になると自然に増える「桜×スタバ」投稿の傾向を踏まえて定着した好例です。
つまり、顧客が発信する無数の感覚的反応が次なる施策の土台となり、スタバブランドの継続的な刷新へとつながっているのです。
ここにもプライミング効果が存在しています。香りや音、ビジュアルの記憶が、ふとした瞬間に「また行きたい」と思わせるトリガーになっているのです。そして再訪した客が再び投稿し、さらなる反応を生む――。
この循環こそが、「飽きられないブランド」をつくる秘訣であり、プライミング戦略の理想形でもあるのです。
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平野 敦士カール(ひらの・あつし・かーる)
経営コンサルタント
カール経営塾塾長、ネットストラテジー代表取締役社長。米国イリノイ州生まれ。麻布中学・高校卒業、東京大学経済学部卒業。日本興業銀行、NTTドコモを経て現職。
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(経営コンサルタント 平野 敦士カール)

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