相続でもめないためにはどうすればいいか。ファイナンシャルプランナーの内藤眞弓さんは「親のお金周りのことを兄弟姉妹の誰か1人が決めるのは避けたほうがいい。
帰省するタイミングで、さりげなく親の健康状態やお金の情報を収集し、共有する必要がある」という――。
■聞き方を間違えると一気に険悪ムードに
普段は実家と離れて暮らしていても、年末年始には帰省し、親や兄弟姉妹とともに過ごすという人が多いのではないでしょうか。親が高齢であれば、家族が集まるせっかくの機会に、介護のことや相続のことなど、話し合っておきたいことはたくさんあると思います。
ところが、「うちにお金はいくらあるの」とか「ちゃんと遺言を残しといてよ」などといきなり切り出したのでは、「親の財産を狙っているのか」「早く死ねというのか」「縁起でもない」など、気持ちがこじれてしまい、それ以降、アンタッチャブルになってしまうことも珍しくありません。
親がそのような反応をするのは分からないでもありません。子どもの帰省は親にとってのハレの日です。気を張って元気にふるまっていても、高齢になればなるほど、実は毎日が精いっぱいということもあるでしょう。老いていくことへの不安を感じながら日々を過ごしているかもしれません。一方、子どもの前では弱い自分を見せたくないという見栄もあります。
■「親のゴキゲン」のために子がサポート
相続に至る前には、親にとって人生終盤の、大切な時間が横たわっていることを忘れないようにしましょう。相続というピンポイントだけを捉えて急かしてしまうと、親は自分の人生をないがしろにされたような気持ちになり、心を開いてはくれません。
親から子へと引き継ぐ縦の関係と、相続人である子ども同士の横の関係を良好に保ち、親が「ゴキゲンで生きる」ことを、子どもチームがサポートするというスタンスで臨みましょう。
間接的ではありますが、それが親の相続で揉めないコツなのです。
ただし、「ゴキゲン」の形は人それぞれ。自分の親はどのように生きると「ゴキゲン」なのかを理解するところから始めます。
■さりげない世間話から親の日常を知る
せっかくの帰省の機会です。親がどのような日常を過ごしているか、じっくり耳を傾けてみましょう。親しい友人やご近所づきあいのこと、一緒に出掛けたり同じ趣味を持つ仲間はいるのかなど、関心を持って聞いてあげてほしいのです。親の意外な一面を発見できるかもしれません。
もし、子育て期を過ごした自宅に今も住み続けているのなら、子どもの同級生の親とのつながりが続いている可能性があります。「同級生の●●ちゃんはどうしているのかな。お母さんは元気かな」などと水を向けてもいいかもしれません。
このような何気ない会話をすることで、どの程度活動的に過ごしているのか、家事などを苦にせず行えているのかといった、具体的なイメージが描けるのではないでしょうか。できれば、仲良くしている人たちの連絡先を聞いておくか、リストにして自宅の分かるところに置いておいてもらうと、万一のときに役に立ちそうです。

いくつかのクリニックに通っているというケースも多いと思います。かかりつけのクリニックや、どんな症状でかかっているのか、どんな薬を飲んでいるのかといったことも聞いておくと、健康状態がある程度把握できます。
■スマホの見守りアプリで安否確認
また、自宅の中の様子も観察してみましょう。使っていない部屋に大量の物が押し込まれていないか、健康食品などサブスクで購入したものが使いきれずに溜まっていないか、ゴミの分別はできているかなど、さりげなく確認してみてください。
そして、何か異変があったときには、大事に至る前に、いち早く察知できるような仕組み作りを提案します。手軽に行えるのが、スマホに見守りアプリをインストールして、定期的に安否確認を行うことです。親が1人暮らしであれば、自治体が見守りサービス事業を行っていることも多いので、確認してみてはどうでしょうか。
利用料が発生する場合は親が支払い、見守りは子ども全員で行います。相続の時を迎えるまでの10年、20年の間には、おそらく入院や手術、介護サービスの利用、施設への入居など、出費を伴う出来事に幾度も遭遇することになります。もしかしたら自宅を売却して資金を捻出することになるかもしれません。
■親の「お金の流れ」を把握する必要がある
子どもは親の希望に沿った選択が行えるようサポートすることに徹し、費用は親自身の年金や預金から支払うようにします。そして、その決定に至る過程とお金の流れを、子ども全員で共有することが大切です。

兄弟姉妹の誰か1人だけが決めてしまい、それ以外は結果を知らされるだけというのでは、後々不満が残り、相続の際に揉めることになりかねません。手続き等で直接かかわるのが1人であっても、その過程を共有し、それぞれの意見を聞きながら進めるのがうまくいくコツです。
帰省の時にいきなり「うちに資産っていくらあるの」と切り出さなくても、親をサポートしていく中で、徐々に明らかになっていくはずです。その際には、次のような情報を収集することを意識してください(図表1)。
■「2人暮らしだから安心」とは限らない
昔は紙ベースの書類が中心でしたが、現在は本人以外には見えにくいデジタル資産が多くなっています。取引先とパスワードなどをリスト化しておくとよいでしょう。
盲点なのが夫婦で暮らしている高齢世帯です。1人暮らしの高齢者は行政からの見守りの対象となりやすいのですが、2人暮らしだと見守り対象から外されることが多いのです。子どもも、1人暮らしの親は気に掛けるのですが、2人だと「何とか助け合ってやっているんだろう」と安心してしまいがちです。
今の高齢夫婦は「夫は仕事、妻は家事」という性別分業意識が根強く、高齢になってもその役割が固定しているケースがほとんどです。妻が加齢に伴って家事をすることが負担になってきても、夫の協力が得られないどころか、弱った夫から「あれをしろ、これをしろ」の要求が頻繁になり、疲弊していくケースもあります。
要介護の認定を受けた場合でも、妻が訪問介護やデイサービスを利用したいと思っているのに、夫が嫌がるため自分からは言い出せないケースもあります。

■閉鎖的になりがちな空間に外部の風を入れる
帰省の際には、事前に兄弟姉妹と懸念を共有しておき、さりげなく両親の動きを観察し、特に母親の家事負担が重荷になっていないか、世間話のような感じで聞き出してみましょう。
おそらく「大変だ」とは言わないでしょうが、伝聞の形で、「同僚の親が配食サービスを利用したり、ときどき水回りの掃除や窓ガラス拭きなどを外注してるらしいんだけど、とても快適のようだよ」などと水を向けてみるのもいいかもしれません。外部の風を入れることで、見守りのような機能が働くことが期待できます。
親の状況に合わせて、適切な介入を行っていくことで、高齢の親に過度な負担を負わせることを回避できるだけでなく、栄養バランスの取れた食事がとれたり、住まいを清潔に保つことで感染予防にもつながり、できるだけ病気やケガを遠ざけることにつながります。これは、1人暮らしであっても2人暮らしであっても同様です。
■親が認知症になる前にやっておきたい準備
親の住まいを管轄する地域包括支援センター(※1)に出向いて、親の存在を知らせておくことも大切です。相談記録に残してもらうことで、親に何かあったときはスムーズに対応してもらえます。介護予防プログラムなどへの参加を促してもらえるかもしれません。
とはいえ、徐々に身体が衰えていくことは避けられませんし、認知症になることも珍しくはありません。いずれ、金銭管理や介護保険サービスなどの契約が自ら行えなくなることも想定しておく必要があります。財産管理等委任契約や任意後見契約などを結んでおくことで、親に代わって金融取引をしたり、本人の意向に沿った対応を行うことができます。
〈参考記事〉準備ゼロで「親が認知症になる」と絶望的…家族が資産を守るために入っておくべき「頭の保険」とは
大事なことは、できるだけ早く兆候を見つけ、身体が弱っても認知症になっても、親の暮らしが回っていくような仕組みを、親と相談しながらつくることです。
地域包括支援センターはもちろんのこと、親の交友関係やかかりつけ医、かかりつけ薬局、いつも買い物に立ち寄っているお店など、親を知っている人たちに状況を伝え、気にかけてもらうようにします。

※1 高齢者の生活を包括的に支える総合相談窓口。中学校区に1つくらいの割合で設置され、保健師(看護師)・社会福祉士・主任ケアマネジャーの3職種が、それぞれの専門性を活かし連携しながら、分担して業務を行う。
■「健康に過ごせる老後」は意外に短い
まだ症状の軽いうちから取り組むことにより、そのこと自体が訓練となり、失敗はあったとしても、徐々にうまくこなせるようになったり、周囲の人も慣れてきて、協力を得ることもスムーズになっていきます。「恥ずかしい」とか「迷惑をかけたくない」と隠していると、そのような訓練の機会が奪われてしまいます。
子どもからだけでなく、地域包括支援センターのスタッフなどに、専門家としてアドバイスをしてもらうと聞き入れてもらいやすいかもしれません。
日本は世界有数の長寿国と言われますが、残念ながら平均寿命と健康寿命(※2)はイコールではありません。平均寿命から健康寿命を差し引いた期間は、男性8.49年、女性11.63年です(※3)。短期決戦でなんとかなるようなものではありません。本格的に親の介護が必要になってきても、仕事を辞めて介護に専念しようと思わないでください。
〈参考記事〉優秀なビジネスマンほどリスクが高い…「母親の介護」で仕事を辞めた50代男性が妻から見捨てられたワケ
たとえ介護が必要になっても認知症になっても、親が「ゴキゲンで生きる」を全うするための仕組みを作り、それがしっかり回るように気を配り、必要に応じて修正するなどのサポートに努めましょう。
親の暮らしも子どもの暮らしも、どちらも大事です。

親と子の縦の関係と兄弟姉妹の横の関係を風通しの良いものにし、よりよい人生の最期を迎えられるよう、互いに協力して支えていくことが、相続での揉め事を回避する最善の策です。それがベースにあってこその相続対策です。

※2 日常生活に支障がない期間の平均

※3 厚生労働省「健康寿命の令和4年値について

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内藤 眞弓(ないとう・まゆみ)

行政書士・ファイナンシャルプランナー

1956年香川県生まれ。大手生命保険会社勤務の後、ファイナンシャルプランナー(FP)として独立。1996年から約5年間、公的機関において一般生活者対象のマネー相談を担当。現在は、金融機関に属さない独立系FP会社である生活設計塾クルーの創立メンバーとして、一人一人の暮らしに根差したマネープラン、保障設計等の相談業務に携わる。共働き夫婦からの相談も多く、個々の家庭の考え方や事情に合わせた親身な家計アドバイスが好評。著書に『医療保険は入ってはいけない!』(ダイヤモンド社)など。講演・セミナー等の講師としても活動。内藤眞弓行政書士オフィスの代表でもある。

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(行政書士・ファイナンシャルプランナー 内藤 眞弓)

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