交通事故の賠償金はどのように決まるのか。弁護士の山岸久朗さんは「損害賠償額には裁判例で集積した一定のルールがあり、だれがどんな事故に遭っても同じような金額になるようにできている。
一方で、賠償金の多寡にかかわる『遊びのある項目』もいくつか含まれており、腕のいい弁護士はそこで差をつける」という――。(第3回)
※本稿は、山岸久朗『人生のトラブル、相場はいくら?』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
■弁護士の腕が試される判例の「遊び」
交通事故が報道されない日はありません。いつだれが被害に遭うとも知れず、一瞬のできごとで、本人または家族が被害に遭った人の驚き、怒り、悲しみは計り知れません。
特に、後遺症が出るほどの被害に遭った人が望むことは、元の体に戻して欲しいということだと思います。ましてや、不幸にして事故によって亡くなった人の遺族は、亡くなった方を生きて返して欲しいと思っていらっしゃいます。
しかし、残念ですがそれは叶いません。結局、裁判制度では最終的にはお金で解決するしかないのです。抑えられない怒りと悲しみを癒し、静められない怒りをなんとか静めて生きていくしかないのが現状です。
弁護士は被害者側のそんな気持ちを汲みながら1円でも多くの賠償金を加害者から取ることを使命としています。被害が大きい交通事故の損害賠償請求は、弁護士にとって、とても悲しい仕事です。
交通事故の損害賠償額は、裁判例で集積した一定のルールがあり、だれがどんな事故に遭っても同じような金額になるようにできています。
たとえば大阪地方裁判所の場合は緑色の表紙の通称『緑のしおり』があります。
東京地方裁判所の場合は青色の表紙の通称『青い本』という本で、そのほか、全国版として赤い表紙の通称『赤い本』があります。3つの書籍の基準額は少しずつ違いがありますが、この本を基準に賠償額の請求をしていくのが基本です。それは公平のためです。
ただし、遊びのある項目が中にいくつか含まれています。そこが弁護士の腕によって差が出る場所なのです。
■示談交渉がなかなか始まらないワケ
交通事故の被害に遭った場合、些細な「物損事故」であっても発生直後に警察に通報し、現場検証を行い、『交通事故証明書』を発行してもらいます。
物損事故とは、交通事故により車に傷がついたり壊れたりして損害が発生する事故で、死傷者がいない交通事故のことです。被害に遭った人も、加害者の氏名・連絡先・加害車両(車種・ナンバー)を確認してメモを取っておきます。
警察に通報しないで、当事者間だけで現場で適当に示談してしまうと後で揉める原因になります。次に保険会社に報告します。
事故でけがをした「人身事故」の場合は治療を始めます。
事故発生直後は何ともなくても、後になって痛みやしびれなど異常が現れる場合があるので、できれば無症状でも病院で診察を受けたほうがいいでしょう。医師が治療を終え、「これ以上はよくならない。悪くもならない」という状態に至ることを「症状固定」と言います。ここから「示談交渉」が始まります。
ときどき、事故発生直後に相談に来られてすぐに示談交渉をして欲しいと依頼されることがありますが、いったん示談してしまうと、原則的にその先の治療費などの損害賠償請求ができなくなるので、例外はありますが、あくまで症状固定から示談交渉を始めます。
■「弁護士費用特約」の落とし穴
症状固定後に後遺症がある場合は、損害賠償額の計算が違ってきますので、まずは後遺障害の等級の認定を受ける手続きをします。簡単にいうと、自賠責保険が認定します。その際、加害者側の保険会社が行う「加害者請求」と、被害者側が自ら手続きする「被害者請求」があります。
加害者請求は保険会社が手続きをするから一見ラクチンのようですが、等級が高いと保険会社が支払う金額が高額になります。
私の経験上、保険会社に等級認定を邪魔されたことがありますので、余計な邪魔が入らない被害者請求をおすすめしています。そのほうが等級が上がる傾向にあります。
ただし、「弁護士費用特約」を使う場合は別です。
弁護士費用特約は、「被害者請求は弁護士使わんでも被害者が自分でできる」という意味不明な理由で、その分の弁護士費用を支払ってくれませんので、弁護士費用が自腹になるリスクがあることに注意が必要です。
■大阪地裁よりも東京地裁が良い理由
交通事故の損害賠償額は、裁判例で集積した一定のルールがあり、だれがどんな事故に遭っても同じような金額と述べましたが、東京地方裁判所、大阪地方裁判所、その他の地域の地方裁判所と、どこの裁判所で裁判を起こすかによって金額は多少変わります。
項目によって違うので一概には言えないのですが、たとえば、被害者が死亡してしまったときのご遺族の精神的苦痛を慰謝する、いわゆる「死亡慰謝料」は、大阪地方裁判所(『緑のしおり』)では、一家の支柱が亡くなった場合、2800万円と定められていますが、東京地方裁判所(『青い本』)の場合は、2800万~3100万円と定められており、東京のほうが高いのです!
交通事故に限った話ではありませんが、裁判を起こす場合は、『民事訴訟法4条』にあるように、原則的には被告の住所地にある裁判所に起こします。事故の加害者の住所のある裁判所が管轄になるのが原則なのです。ただし例外があって、交通事故が起こった現場のある裁判所も管轄にできます。
このように例外があり、複数の候補から選べる場合があるので、より多額になる裁判所を選ぶこともあります。
交通事故は揉める争点がてんこ盛りですが、私の経験上、最も揉めるのが過失割合です。ジュウゼロとか、キュウイチとかいうあれですね。
少額の損害であればさほどでもないですが、数千万円単位の損害賠償であれば、過失割合が10%違うだけで数百万円の差額が発生するので、皆、必死です。この過失割合、実は、ほとんど決まってるんですよ。
■交通事故で「100:0」はあるのか
『別冊判例タイムズ38号』という本に載ってるのですが、道路の形とか信号のパターンで、たくさんの図が掲載されていて、事故の状況を当てはめれば、何対何かが分かります。東京地方裁判所の裁判官が作成したそうで、裁判になってもほぼこの例が採用されます。

もちろん、これだけ多くのパターンがあっても、実際の事故がどれにもあてはまらない特殊ケースはままありますが、この図から推測して決めていきます。
ここで、交通事故に関してまことしやかに流れる噂についてお話しします。まず「事故起こしたら、現場で謝ったらだめ」という都市伝説です。「現場で謝ったら、自分が悪かったと過失を認めることになってしまうから謝らないほうがいい」みたいな。
あれは全くのデマです。過失割合は『別冊判例タイムズ38号』で決まっているからです。むしろ、どんな争いごとも感情論が基本です。現場では頭を下げて、相手を労るのが、紛争を最小限にするためにいいのではないでしょうか。過失の割合は後で争ったらいいでしょう。裁判で覆すことはできます。
また、「100:0の過失割合はほとんどない」という噂もあるようです。「100:0は車が停まってるときくらいでほとんどないので、事故が起きたらどちらにも過失は必ずある」というもの。
あれも真実ではありません。
『別冊判例タイムズ38号』には結構100:0の事故の例が載っています。自己判断せず、過失に疑問があるときは、『別冊判例タイムズ38号』を読むか、弁護士に相談すれば参考になります。

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山岸 久朗(やまぎし・ひさお)

弁護士

大阪府生まれ。神戸大学法学部卒業。2000年司法試験合格。2002年大阪弁護士会に弁護士登録。2007年山岸久朗法律事務所開設。なにわの熱血弁護士として多岐にわたる法律問題の解決に奔走するかたわら、毎日放送「せやねん!」、朝日放送テレビ「おはよう朝日です」、TBS「グッとラック」等のレギュラーコメンテーターを経て、現在もテレビ、ラジオ、監修など、様々なメディアで活躍中。趣味は食べ歩きとインスタグラム、特技は空手。

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(弁護士 山岸 久朗)
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