■コロナ禍唯一の収穫は「休めるようになったこと」
ついこの前までの、あのうだるような暑い日々がおわったと思ったら、秋をとおり越してすっかり冬。急な寒さとともに、今年も「カゼ」のシーズン到来です。
インフルエンザもワクチン接種の話題が出始めるよりもまえから流行しはじめたことはご存じのとおり。医療機関でも連日「発熱外来」受診の問い合わせ電話が鳴りやまない状況です。
読者のみなさんの周りにも、インフルエンザやコロナにかぎらず体調をくずして職場や学校を休んでいる人が増えてきているのではないでしょうか。
そういえば「かぜで仕事を休む」といえば、コロナ禍前までは、「カゼでも絶対に休めないひとへ」などという、今であれば“あまりにも非常識”なキャッチコピーが目をひいた「総合感冒薬」のコマーシャルがありました。
当時はまだ、「彼はカゼをひいて辛そうなのに休まず仕事に出てきて、たいしたもんだ」とか「カゼなんかで休んでいられない。同僚に迷惑をかけてしまうじゃないか」といった言葉が、とくに違和感なく飛び交う世の中だったように記憶しています。
それがコロナ禍以降は、「体調不良のときは無理して出勤せずに休むべき」「休まず出勤して同僚に感染させてしまっては、むしろ迷惑をかけてしまう」といった意識が私たちのなかに、新たな“常識”として定着してきたようにも思えます。思い出すだけでも気が滅入るあのコロナ禍ではありましたが、これは唯一の収穫といえるかもしれません。
■「カゼは自己管理ができていないから」のウソ
一方、今年の流行語大賞は高市首相の「働いて×5」が受賞したようですが、流行語どころか、これはワークライフバランスや過労死問題が未解決の今では「もっとも流行おくれの言葉」。
ただ、こうして少しずつ体調不良時に仕事を休めるようになってきた現在でも、治って出勤するときには、同僚たちに頭を下げ下げ、場合によっては「お詫びの菓子折り」まで持っていくという人も、まだいるかもしれません。
しかし、そもそも体調不良で休んだときに、こうした“お詫び行脚”をしないといけないのでしょうか?
たしかに不在の間の仕事を引き受けてくれた同僚に感謝の意を表明するのは当然でしょう。ただ悪いことをしたわけでもないのに謝るのは、本来であればおかしいことです。もしかすると「カゼを引くのは自己管理ができていない」という誤ったコンセンサスがいまだにはびこっているのが、その理由かもしれません。
ご存じのとおり、カゼの原因のほとんどはウイルスです。いくらカゼを引かないように気をつけていたとしても、完璧に予防するのは不可能です。
たしかに不摂生して毎晩夜更かし、睡眠不足の状態であれば、感染リスクは高まるかもしれませんが、カゼを引いてしまった人の大多数が、そうした自己管理の不徹底という自己責任であるとするのは、科学的にも不自然きわまりないことと言えるでしょう。
■「体調崩して申し訳ない」が組織を壊す
かりに不摂生して睡眠不足となった人であっても、その原因をさかのぼっていけば仕事上の問題、心身ともにストレスフルな就労環境が浮き彫りになってくるかもしれないのです。
つまり「カゼを引くなんて自己管理がなっていない」との言葉を上司は部下に安易かつ断定的に言ってはならないということです。このような「圧力」によって、カゼを引いた人が休みにくくなる組織風土を作ってしまうと、むしろ組織にとっては大きなリスクを呼び込むことにもなります。
それはインフルエンザやコロナはもちろん、他のウイルスや細菌感染症も他人に感染させるリスクがあるからです。
体調不良をおして出勤し業務効率低下をきたす「プレゼンティーイズム」が昨今問題とされはじめてきましたが、組織内での感染爆発は、これらによる比較的スローなBCP崩壊よりも、組織全体が一気にマヒすることでより急速かつカタストロフィックな事態を引き起こしてしまいます。
■体調不良に“有給休暇”を使うことの大問題
仕事を休みにくい原因は組織の風土だけではありません。
休む場合の「手続き」も大きく関与します。みなさんは、体調不良で職場を休んだ場合、その期間の給与はどうなるでしょうか。
「ノーワーク・ノーペイ」の原則からすれば、当然ながら休んだ日数分の給与はゼロとなるはずです。しかしそれはかなわない。多くの人はこのような場合、有給休暇を充てるようにしているのではないでしょうか。
インフルエンザやコロナは感染症には変わりありませんが、これらは感染症法で5類になるため法に基づく行政からの就業制限はありません。となると、受診した医療機関の医師から「感染リスクがなくなるまで出勤しないで」とかりに言われても、自己判断で出勤してしまう人もいるかもしれません。
そうした人が職場に来てしまわないよう、「インフルエンザやコロナに罹った場合は感染リスクが消失するまで出勤しないこと」と従業員に指示している組織もあるでしょう。
このように会社が組織防衛の目的で感染者の出勤を禁止する場合は、本来であれば「会社都合」ですから休業手当を支払わなければならないのがスジですが、じっさい多くの会社ではそのような対応はされていないと思います。
しかし、有給休暇というのはご存じのとおり、本来は病欠に使うべきものではありません。
有給休暇は本来、健康な状態でのリフレッシュ、すなわち「積極的な休息」のためにあるものです。病気のために仕方なく休むという「消極的な休息」に使ってしまうと、リフレッシュや日常の疲労回復のための休息の機会を減らしてしまい、また体調をくずして有給休暇を減らす……という悪循環を招いてしまうことにもなりかねません。
■日本はG20唯一の「休み方後進国」だった
こうした事態に陥らないためには、病気の場合には有給休暇を充てないで済むようにする必要があるといえます。
具体的には、企業側が有給の病気休暇(シックリーブ)制度を導入することが、もっとも有効で理にかなっているといえます。
これによって体調不良の従業員を働かせずに積極的に休ませることで、組織の崩壊を回避することができるからです。「目先のコスト削減・損失」にとらわれるのではなく、シックリーブ制度導入を“組織防衛のための戦略”と位置づける意識改革が企業側に求められるといえましょう。
ただこの制度導入ですが、個々の企業の方針に完全に委ねてよい問題と私は思いません。企業によって「体力」が異なるからです。やはり国がシックリーブ制度を率先して提唱し、個々の企業を政策面でも財政面でもバックアップすることが重要ではないでしょうか。
というのも、国の政策としてシックリーブ制度を掲げていないのはG20のうちでは、日本の他にアメリカとカナダくらいなのです。
G20の他の主要国(ドイツ、フランス、イタリア、イギリス、オーストラリア、韓国など)の多くは、雇用主による短期の病欠時の賃金補償(Sick Pay)や、社会保障制度を通じた医療休暇(Paid Medical Leave)など、なんらかの形で病気療養中の収入を国として保障しています。
もっともアメリカやカナダにしても連邦としての制度はなくとも、州や市単位では同様の保障がされているところもあることを踏まえれば、国民の病気療養中の賃金保障を、公的制度として一切義務づけていない日本だけが、この問題から唯一取り残されていると言えるでしょう。
■“強い国”に必要なのは「働いて×5」ではない
言い方を変えれば、日本は「労働者の健康よりも、目先の企業のコスト削減を優先する」という、前時代的な価値観を国全体が是認している先進国のなかでも遅れた国であって、これは「休む、休ませることこそがBCP」という現代の常識的危機管理論と、かなりかけ離れているということになります。
そういえば、インフルエンザやコロナの診断で休む際に、会社から診断書の提出を求められることはありませんか。診断書を提出することで、なんらかの保障を得られるのかもしれませんが、その診断書発行にかかる費用は会社もちでしょうか、それとも自腹でしょうか。
こまかいことかもしれませんが、このような点にもその企業・組織の従業員にたいする姿勢が見てとれます。
体調不良の従業員が負い目を感じることなく、収入を気にすることなく「快適に休める」、そして雇用主や上司は形式的な書類提出にこだわったり煩雑な手続きを要求したりせず、またもちろん嫌味など言うことなく「快く休ませる」、こうした就労環境の整備こそが、感染症の流行に強い組織を作り上げることになるのです。
そのような「強い組織」が社会全体にひろがっていけば、国全体として社会として感染症の危機に強くなります。
「強い国をつくる!」と言うのであれば、まずは感染症が猛威をふるっている今こそ、「働いて×5」のスローガンを流行(はや)らせるのではなく、「休む、休ませる×5」を流行語にすべきではないでしょうか。
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木村 知(きむら・とも)
医師
1968年生まれ。医師。東京科学大学医学部臨床教授。
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(医師 木村 知)

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