■わずか7人で企業価値20億ドルに達した集団
「僕たちはチャットで、1人の企業が企業価値10億ドルを超える『1人ユニコーン』の時代が来ると予測し合った。AIなしでは想像すらできなかったが、いずれ実現するだろう」
2023年10月、OpenAIのCEOサム・アルトマンがインタビューで語った言葉は、驚きをもってシリコンバレーを駆け巡った。その直後、わずか7人のメンバーで構成されたCognition AIが誕生する。創業から半年後の2024年4月には巨額の資金を調達し、非上場のまま企業価値20億ドルに達する。その勢いは止まらず、2025年9月には100億ドルを超えた。
創業メンバーのウー、ハオ、ヤンは、いずれも国際情報オリンピック(世界最高峰の学生向けプログラミング競技)の金メダリスト。チーム全体で合計10個の金メダルを保有する、まさに天才集団である。
AIは彼らにとって単なる道具ではない。AIをチームメイトに迎え、対話と協働を重ねた先に生まれたのが、世界初の完全自律型AIエージェント「Devin」だった。目標達成のために最適な手段を自律的に選びタスクを遂行する――AIエージェントは生成AIの次を担う革新的テクノロジーであり、Devinはその先駆けとなるプロダクトである。
■スタートアップで注目の「タイニーチーム」
若き技術者と投資家が描く、新しい未来図への熱狂。
しかし、ウー率いるCognition AIとNetscapeを比較すると、組織の規模に大きな違いがあることがわかる。
世界を変える驚異的な「少数精鋭集団」――。スタートアップ業界では、Cognition AIのようなチームを「タイニーチーム」と呼びはじめた。いまやこの潮流は加速し、同様のチームが次々と誕生している。
その多くはAI開発・プラットフォーム系だ。例えば、Anysphere(米国、2022年設立)は、わずか12人のチームでAIコーディングツール「Cursor」を開発し、現在、社員数150名で企業価値は約100億ドルに到達した。マーケティングコストはゼロで、ChatGPTを超えるペースで100万人のユーザーを獲得している。
他にも、Perplexity AI(2022年設立、約60名、同180億ドル、AI検索)、Magic(2022年設立、約20名、企業価値15億ドル、AIコーディングツール)、Skild AI(2023年設立、約20名、同15億ドル、ロボティクス)、WorldLabs(2024年設立、約30名、同10億ドル、3D-AIモデル)と新鋭チームが続いている。中には資金調達なしで急成長するMidjourneyや、10名以下にこだわり続けるGumloopのようなスタートアップも登場してきた。
■なぜAIが一員のチームは成功するのか
タイニーチーム成功の背景には、AI時代特有のデータ駆動型成長エンジン――「AIフライホイールモデル(以降、日本で親しまれている『AIぐるぐるモデル』と呼ぶ)」がある。
ユーザーが増えるほど「データ」が集まる。それをAIが学習し「プロダクト」が進化する。その魅力が多くの「ユーザー」を惹きつけ、さらに「データ」が集まる。この自己強化の循環が、Cognition AIやAnysphereといった新興企業の急成長を押し上げているのだ。
しかし『そして僕たちは、組織を進化させていく』の目的は、この「市場のAIぐるぐるモデル」を詳解することではない。この市場の循環を下支えする、もうひとつの循環――「組織のAIぐるぐるモデル」こそ、筆者が明らかにしたい核心である。少人数のチームがいかにAIと協働し、やる気や知識をどのように循環させるか。その秘密を解き明かすことが、ここから先のテーマとなる。
彼らタイニーチームの多くは、最上級の知性を持つ少人数の集団だ。しかし、調査していくと、それ以外にも、組織特性や文化的要素、ワークスタイルなど、際立った特徴を持つ組織であることがわかる。
組織構造と効率性
・チーム構成:少数精鋭。少人数であることにこだわっている
・高収益性:ひとりあたり経常収益(ARR)が極めて高い
■大企業内部でも取り組みがスタート
チームの文化的要素
・関係性:心理的に安全で、フランクな友人関係を大切にする
・情報共有:オープンでリアルタイムな情報共有が徹底されている
・目的志向性:シンプルなミッションがあり、目標や課題が共有されている
・自律性:役割分担が明確で、議論を大切にしつつ、迅速に意思決定する
・主体性と責任:全員が主体性を持ち、全体の成果に対して責任感をもつ
ワークスタイル
・AI活用:人とAIが融合するように協働する、AIネイティブな組織である
・クロス・ファンクショナル性:ひとりが複数の役割を統合し、複数のAIと共創する
・リーン志向:環境への適応が極めて速く、高速な失敗と学習の循環が推奨されている
・フロー文化:ゲームに取組むように仕事に没頭し、時を忘れて取り組む。
このタイニーチームの潮流は、スタートアップに限定された現象ではない。派手ではないが、大企業内部でも「AIを活用した小規模チーム」の挑戦がはじまっているのだ。いくつか公開されている事例を挙げてみよう。
・モルガンスタンレー:レガシー言語の仕様変換AIを開発、28万時間超の工数を削減した
・HSBC:金融犯罪対策で検知率を2倍超、偽陽性を60%削減、期間も劇的に短縮した
・シーメンス:産業用設備の機械停止時間を50%削減し、保守コストを40%削減した
・アイビーエム:広告制作を効率化、エンゲージメントを26倍、コストを80%削減した
■“少人数”が選ばれる理由
このような小規模チームの考え方は、アマゾンが提唱する「Two-PizzaTeam」(2枚のピザで全員が満腹になるチーム)の概念にも通じるものだ。また、WLゴア&アソシエイツ(米国)、セムコ(ブラジル)、ビュートゾルフ(オランダ)、スポティファイ(スウェーデン)といった著名なティール組織にも、同様の特徴が見られる。
彼らが少人数を選ぶ理由は、単にリンゲルマン効果――大人数になるほど、当事者意識や責任感が希薄になり、1名あたりのパフォーマンスが落ちる現象――を回避するためだけではない。
真の目的は「機能美を極めた小ささ」により、絶え間ない「創発の連鎖」を誘発することだ。彼らにとってのボトルネックは、もはや技術や資金ではなく、人と人との問題――信頼関係と情報の入出力――である。それゆえ「少人数」であることが強みの核心なのだ。
インターネット時代の象徴的存在、マーク・アンドリーセンは、2023年のインタビューでこう語っている。「本当に創造的な仕事には、2~3人のチームが最適だと思う」と。
そしてその例として、AI革命の起点となった「グーグルのトランスフォーマー」や「OpenAIのChatGPT」を挙げた。
■これからは「AI=道具」ではない
では、僕たちの組織は、この変化にどう向き合うべきなのか。普通の会社、普通の人たちが、タイニーチームから学べるエッセンスとはなんだろう。
Cognition AIの3人にとって、AIは単なる「道具」ではなかった。彼らはAIと対話し、協働することで、まるで共創者のような関係を築き上げた。他のAIチームも同様に、AIとの新たな関係性によって驚くべき生産性を実現している。
彼らの驚くべき成功は、もちろん特別な才能によるものが大きい。だが『そして僕たちは、組織を進化させていく』では、その背後にある本質的なメカニズムを紐解き、「普通のチーム」がAI時代を駆け抜けるためにはどうすべきかを探っていく。
これまでの組織論は「人」を中心に構築されてきた。だが、これからは「人×AIの協働」を軸に再設計されるべきだ。人とAIがどう関わり合うか――その相互作用を理解することこそ、AI時代に適応する鍵になるのだ。
世界のタイニーチームが常識を打ち破り、次々と新たな価値を創り出している。だが――天才たちの成功は、果たして再現可能なのだろうか。僕たちの組織でも、同じような成果を生み出せるのだろうか。
2025年3月。この根本的な問いに対して、ある画期的な研究結果が発表された。実施したのは、ハーバード・ビジネス・スクールとウォートン校の共同研究チーム。対象は、P&G社の従業員776名におよぶ大規模実験だった。
■P&G社の実験で判明した驚きの事実
テーマは「新商品開発」という創造性が問われるタスク。研究チームは「人間だけのチーム」と「人間+AIのチーム」を比較し、どちらがより高い成果を出せるかを検証した。そして導き出された結果は、研究者たちも驚くほど明快だった。
(1)生産性の革命:AIは「もうひとりの同僚」になる
最初の発見は、AIによる圧倒的な生産性向上だ。ひとりで作業した場合でも、品質スコアは平均37%向上し、作業時間も大幅に短縮された。
「まるで経験豊富な同僚が横にいるようだった」――実験参加者の声が、この協働の本質を語っている。
(2)知識の民主化:AIが専門性の壁を溶かす
通常、R&D担当は技術的な視点から、マーケ担当は市場ニーズにもとづいて解決策を提案する。ところが、AIを取り入れた瞬間、その境界が消えた。両者が、技術とビジネスのバランスが取れた提案を生み出すようになった。
驚くべきは、製品開発の経験が乏しい社員ですら、AIと組むことでベテラン並みの成果を出せたことだ。AIは、組織内の知識格差を埋める「知の橋渡し役」として機能するのだ。
■「少人数+AI」がアイデア出しに最適
(3)感情への作用:AIは人をポジティブにする
さらに意外な発見があった。AIとの協働は、人間の感情にも良い影響を与えるのだ。「社員1人+AI」と「社員2人+AI」では、熱意やエネルギー、前向きな感情が大きく向上し、不安や苛立ちは減少した。対話型の生成AIが、思いやりある同僚のように振る舞うことで、人は孤立せずに取り組める。AIとの協働は、社会的欲求を満たす力さえもっているのだ。
(4)人間の持つ力:人間とAIの協働が創発を生む
しかし、最も印象的だったのはAIではなく、人と人の対話が生み出す創造力だった。全550件の提案のうち、最優秀と評価された上位55件の3分の1以上が「2人+AI」チームから生まれていた。人間2人とAIの組み合わせは、イノベーティブなアイデアを生み出す確率が他のチームの2倍以上に達したのだ。
ここに「1人ユニコーン」の壁が存在する。真に創発的で最高品質のアイデアは、人間同士のコラボから生まれるのだ。ゆえに、少人数とAIがコラボするタイニーチームこそが、能力の総和を超える「創発的なアイデア」を生む最善の形だと、この研究は示唆している。
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斉藤 徹(さいとう・とおる)
ビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授
hint代表。1985年、日本IBM株式会社入社。1991年に株式会社フレックスファームを創業、ベンチャーの世界に飛び込む。30年を超える起業家・経営者としての経験の中で、最新の経営学を学び続け、新しい視点で体系化し、ビジネス界に提唱してきた。社会人向けオンラインスクール「hintゼミ」には、大手企業社員から経営者、個人に至るまで、多様な受講者が在籍し、期を増すごとに同志の輪が広がっている。企業向けの講演実績は500社以上におよぶ。「読者が選ぶビジネス書グランプリ2023 マネジメント部門賞」を受賞した『だから僕たちは、組織を変えていける』や『そして僕たちは、組織を進化させていく』(ともにクロスメディア・パブリッシング)など著書多数。
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(ビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授 斉藤 徹)

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