充実した1年を過ごすコツはあるのか。文筆家の御田寺圭さんは「自分の欲望と向き合ってほしい。
人生を前に進めたいならば、自分のなかにある欲望を素直に受け入れ、向き合い、手を伸ばしていくことが必要だ」という――。
■ミニマリストの部屋ほど「うるさい」ものはない
突然だが、最近のテレビでしばしば取材されるミニマリストにありがちな、ワンルームの部屋を想像してみよう。
小さなベッドとラップトップPCがひとつ。それですべてが完結する暮らしがそこにある。
これに私は以前から違和感を覚えていた。
「なるほどスッキリしてていいね」とは思えなかった。
ミニマリストたちの暮らす、必要最低限のもの以外にはなにもない空間は一見するときわめてノイズレスに見える。だがその極端なまでに余白だらけの部屋を目の当たりにしたとき、四方八方から「なにもなさ」を執拗に強調する、ある種の“うるささ”を感じていたからだ。
部屋のどこを見渡しても、たしかに目にはほとんどなにも映らない。シンプルなクロスの張られた壁面だけが見える。視界に入る物理的な情報は乏しい。
だがそのなにもないはずの壁からは、「お前自身には物欲がないのだ」という、目に見えない、耳にも聞こえない言葉が絶えず投げかけられているような、そんな感覚を覚えるのだ。
部屋全体からそこで暮らす自分の「欲のなさ」を反響的に自己演出しているというか、「自分は欲のない人間だ」と四六時中おのれに言い聞かせている、そういう“自己抑圧”を感じたのである。
つまりなにが言いたいかというと、ミニマリストというのは、選択的なライフスタイルというより、ある種の適応なのではないかということだ。自分を常に「欲のない人間だ」ということにしておけば、上にあがっていくためにハードな努力をせずともよいし、事実として生活維持コストも低いだろうからゆるゆるとスローに生きていくことも「自分は十分満たされている(無駄に頑張らなくてもすでにアガリに到達している)のだから」ということで正当化できる。きわめて「コスパ」のよい、合理的選択としてそのような生き方が選ばれている。
■「欲望を持たない」のは「善いこと」なのか
いまはSNSで「欲望を持たない人のほうが善い」というムードがつくられている。タワーマンションやハイブランドや高級時計を求める人に対しては、いくらでも下品だの拝金だのと馬鹿にしていいことになっている。逆にサイゼリヤや業務スーパーで満足する人のほうが道徳的にも“ただしい”ことになっている。欲を持つことは邪であり、欲を叶えるための努力は卑しい。それならいっそ、欲を持たず何もしない人のほうがずっと清く正しい、というものだ。
「コストのかからない生き方」をするほうが、コスパ・タイパの観点から言っても妥当で合理的であるということになっている。物欲を持つことは「余計な努力をしなければならない状況を自分でつくりだしている」ということで、損得計算のできない馬鹿扱いされてしまったりもする。最初から“余計な”欲を持たなければ、自分の時間をもっと「有意義」に使えるのに、と。

そういったスタンスはいちいちもっともらしく聞こえるし、理がないわけではない。けれどそれらは結局のところ「欲」を持ったときに自分が向き合わなければならない義務課題が嫌で怖いだけのことを、賢しらに言い繕って有耶無耶にしているという、それが心の奥底にある本音なのではないか。
■「物欲がない」ことにしておけば楽
かくいう私自身も長らく「物欲がない」と自認しているクチだった。けれども、改めて問い直したい。自分は本当に心から「物欲がない」と言っていたのか? 正直に告白すると、それを口当たりのよい言い訳に使っていた部分がないといえば嘘になってしまうだろう。
ある欲望の存在を認めると、その欲望を成就させるための行動が必須になる。得るための努力が求められる。さらに一定のリスクを背負わなければならない。もっとも、自分が欲するものを手に入れたいのだから、タダで手に入るわけがない。当然それくらいコストやリスクを引き受けて当たり前だ。
だが、そういう欲望の“重み”に耐えられそうもない人にとってはどうだろうか?
「自分には欲しいものなんかない」「自分は物欲のない人間だ」とあらかじめ自分自身に言い聞かせておけば、人生でしんどい場面にそれほど出くわさなくてすむ。がむしゃらに努力する必要に迫られないし、リスクも最小化できる。
楽なのだ。
世の中で「物欲がない」と自称する人は――全員が全員そうであるとまでは断言しないが――実際には物欲がないのではなく「物欲がないことにしておく」ことで、自分が欲望のために努力して苦しんだり、欲望を叶えられなくて傷ついたりするリスクを最初から避けようとしている、そういう弱さや脆さを抱えて生きている人が一定数含まれているのではないか。
■欲望に動かされて人は努力や挑戦をする
人間の人生というのは好むと好まざるとにかかわらず、おのれの「欲望」と向き合わなければなかなか前進しない。なぜなら、結局のところ人間は欲望がなければ努力しないし行動しないし挑戦しないからだ。人生を前に進めたいと思うのであれば、「欲がない」なんてスマートな自意識とはどこかで訣別して、自分のなかにある欲望を素直に受け入れて、向き合って、手を伸ばしていくことが必要になる。
たくさん稼ぎたい、デカい車に乗りたい、デカい家に住みたい、オシャレな服が着たい、カッコイイ時計が欲しい、うまいものが食べたい、素敵なホテルに泊まりたい、美人な人と結婚したい、可愛い子どもが欲しい――自分のなかにある(他人から見たら俗っぽくてくだらないと思われるかもしれない)欲望に、照れずもっと正直になっていくことが、人生を前に進めるし、そういう人たちのもたらす欲望のエネルギーが世のなかのダイナミズムを正常機能させる。
■人生の楽しさは「不確実性」が持っている
「自分に欲がない」ことにしておくのは、楽だ。
間違いなく楽だ。
なぜなら努力すること・行動すること・リスクを取ること・挑戦することをしなくてもよいからだ。
なにも持たなくても不満はなくて、安いものでも十分だということにしておけば、欲望に駆り立てられて身をすり減らしたり、欲望のために頑張ったのに叶わなかったときに傷つかなくても済む。そういう意味では、間違いなく楽だ。この道を選ぶ人が増えているのもうなずける話だ。

けれどもそれは、楽だが、楽しくはない。
人生の楽しさとは、その大部分を「不確実性」が持っているからだ。
行動する、努力する、リスクを取る、挑戦する――それらはみな、自分の人生に不確実性を高め、予測不可能な未来を呼び寄せることを共起する。自分の欲望がきっかけとなって、それらが引き出され、自分の人生はどんどん不確実になっていく。それはたしかに不安だし、いいことばかりが待っているわけではなくて、疲れたり傷ついたりすることもある。だが、楽しいこともたくさんあるし、楽しいことへの期待感もある。
■「ただしく欲望をもつ」とやる気が出る
私は最近、「ただしく物欲をもつ」ことを心がけるようにしている。冒頭で述べたとおり、私はいままで自分でも無意識のうちに「物欲を持たないようにしなきゃ」と習い性のように考えていた。努力や苦労を最小限にしたいという思いが根っこにあったからだ。こういう自分の思考の癖をほぐして、「いいなコレ」と思ったものを、その心に素直に従って買ってみることにしたのだ。
欲望とまっすぐ向き合って気づくことは、わかりやすくいえば「もっと仕事を頑張るぞ!」「もっとビジネスチャンスを広げるぞ!」「もっと稼ぐぞ!」という、自分を鼓舞する内なるエネルギーの総量の上昇だろう。そのエネルギーによって行動範囲が広がり、行動範囲が広がったことで新しい出会いがあり、ビジネスの人脈やインスピレーションも得られる。

■新年の目標を立てるよりもおすすめの行動
12月になると、来年の抱負だとか新年の目標だとかいって、抽象的で壮大なお題目を掲げる人が少なくない。雑誌でもそういう特集がよく組まれる。けれど、そんな大仰なものはいいから、来年は毎月ひとつだけ、自分がいま「欲しいもの」を素直に欲しいという練習をしてみてはいかがだろう。
あなたの2025年はどうだっただろうか? 怒らないでほしいが、きっといいこともとくにないまま、大きな転機となる出来事も起こらないまま、ただ一切がすぎていく代わり映えのない日々を過ごしていたら、いつのまにか終わりが目の前に迫っていた――せいぜいそんなところではないか?
そうなってしまった理由はもうお分かりだろう。あなたが「欲しくないフリ」「欲しいものがないフリ」をしていたからだ。
欲望と向き合わない“賢明”な道を選んだから、あなたは今年もあんまりガンバレず、あんまりハネず、鳴かず飛ばずで12月を終えるのだ。
来年こそそんな自分とサヨナラするなら、デカい目標なんかいらない。毎月ひとつ、あなたの欲しいものを、あなた自身に教えてあげればいいのだ。来年は、あなたの部屋に毎月ひとつずつ、素敵なものが飾られる。そうしてあなたは、毎日を楽しく過ごすのだ。よい御年を。

【参考資料(文献)】

https://x.com/tsumugi_utatabi/status/1983014857168560459

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御田寺 圭(みたてら・けい)

文筆家・ラジオパーソナリティー

会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。

「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』(イースト・プレス)を2018年11月に刊行。近著に『ただしさに殺されないために』(大和書房)。「白饅頭note」はこちら

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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭)
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