日本の病院経営が厳しい状況にある。何が起きているのか。
※本稿は、熊谷賴佳『2030-2040年医療の真実 下町病院長だから見える医療の末路』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■事業が続けられなくなる医療機関は増える
帝国データバンクによると、病院、診療所、歯科医院を合わせた、負債額1000万円以上の医療機関の倒産は、2024年は64件と、2000年以降で最も多かった2009年(52件)を上回り、過去最高になった。休廃業・解散も、722件でやはり過去最高という。負債総額は病院が52億3000万円、診療所が166億9400万円、歯科医院が63億1800万円で、総額282億4200万円となった。
経営者の高齢化と後継者が見つからない、そもそも人口減少によって患者が減り事業継続が困難となる医療機関は今後増えるだろう。すでに高齢者の人口が減り始めている県もあり、病院は、全国的にみれば、現在の約半分の4000カ所くらいで足りるのではないかという見方もあるくらいだ。
人口が20万人(または人口10万人以上で人口密度が200人/平方キロメートルの密集型都市)に満たない「過疎地域」では、高齢人口は12.2%、生産年齢人口は28.4%減少する。住民がほとんどいなくなって自治体として成り立たなくなる市町村も増える。そうなれば、公立の診療所さえ必要なくなる。
■医師が集まらずに診療不能になる病院
生産年齢人口の減少は、団塊ジュニアが50代後半に差しかかる2030年から急激に加速する。15~64歳までの生産年齢人口が総人口の6割以下になり、労働需要に対して644万人も人手が不足するとの推計もある。
医師不足、看護師不足も加速するだろう。東京23区内でさえ、すでに医師が集まらずに特定の診療科が診療不能に陥る事態が起きている。2024年の春には、都内のある病院の腎臓内科が医師不足で透析が提供できず、腎臓関連の手術も断らざるを得ない事態に陥った。腎臓内科の医師が突然退職し、急きょ医師を募集したが非常勤の医師1名しか雇えず、それまで通院していた透析患者はすべて他の医療機関へ移ってもらうしかなかったという。
また、数年前の話だが、都内の別の病院では、麻酔科医不足で手術ができない状態になったり、外科医不足で外科の診療をやめたりした。医師や看護師などの医療職は、前の病院で不祥事を起こしたとかでなければ引く手あまたなので、転職は簡単だ。麻酔科医に至っては、フリーランスで稼いでいる医師も多く、常勤麻酔科医が足りずに困っている病院が多いのが実態だ。
■医療・介護の需要は2040年まで増加し続ける
医療職種に限らず、今後はさまざまな職種で人手不足が加速する。国が人手不足対策として打ち出しているのが、65~74歳までの元気な高齢者の活用だ。
確かに、私自身も70代で高齢者だが、現在も病院の院長として診療を続けている。当院が新富士病院グループという医療・介護施設チェーンの一員になってからは、ほかの病院でも認知症外来を担当し、他院で治療がうまくいかなかった患者の治療にも当たっている。65歳を過ぎても仕事を続ければ、私のように長年の経験が生かせることもあるし、心身の健康維持にもつながる。
しかし、そんな悠長なことを言っていられないほど、医療・介護の需要は大幅に上昇する。2025年以降は後期高齢者の増加は緩やかになるものの、医療・介護のニーズの高い85歳以上の高齢者の割合が2040年まで増加し続けるからだ。
■大学病院でさえ看護師などを集めるのが難しい
2022年9月末時点の「介護保険事業状況報告」から算出された75~79歳の要介護認定率は11.9%だが、85歳以上では57.7%。長生きすればするほど要介護状態になるリスクも高まる。当院が、高齢者向けの医療療養型や介護療養型の病院だった頃の入院患者も、ほとんどが85歳以上の人だった。85歳を超えると認知症になる人も増えるし、脳梗塞で片方の手足が麻痺したり言語障害が生じたりするお年寄りも少なくなかった。
医療や介護を必要とする人は確実に増えるとみられるのに、今でも医療・介護業界は万年人手不足の状態だ。東京の都心に近い私の病院や大学病院でさえ、看護師などを募集してもいい人材を集めるのはなかなか難しい。
私の病院がある東京都大田区に隣接する神奈川県川崎市では、2023年の夏、60年以上、その地域のお産を担ってきた産院が閉院した。19床の有床診療所で、鉄筋6階建ての立派な産院だったが、医師と看護師、助産師などの確保が難しく24時間対応ができなくなったのが要因だったと人づてに聞いた。
ちなみに、医療法では、20人以上の患者を入院させるための施設を有するもの、つまり20床以上を病院、入院施設がないか19床以下の患者を入院させる施設を有するものを診療所と定義している。
■医師や看護師募集の広告費がかさむ
私の病院では、幸いなことに今のところ医師や看護師などのスタッフは充足しているが、確かに、看護師などのスタッフの募集には、広告料や募集サイトの手数料などかなりのコストがかかる。1人の常勤の医師を探す場合、広告料や募集サイトの成功報酬で200万円近くかかることもあるくらいだ。
診療報酬で入って来る収入は決まっていて、それも今後伸びが期待できないのに、魅力的な賃金や労働条件を示さなければ、いい人材は集まらない。医師や看護師募集の広告料などがかさんで経営が苦しくなり、経営者自身も疲弊してくれば、閉院しようかと考えるのは無理もない。私の病院も、いいスタッフに恵まれなければ、とっくに閉院していただろう。
川崎市では、2024年3月に、138床の急性期病院である大学病院の分院も閉院した。「医師の働き方改革」で、規定時間以上の残業が難しくなったこともあって、医師などのスタッフの確保が難しく、収支が取れなくなったことが要因だという。大学病院の分院といっても、その地域の救急医療を担い、消化器や脳血管疾患などの緊急手術にも対応してきた病院だ。
■85歳以上の高齢者の増加で起きること
生産年齢人口は減るのに、医療・介護ニーズが急激に高まるのだから、いくら65~74歳の元気な高齢者を働かせても医療・介護業界の人手不足はなかなか解消しないだろう。
2035年には、団塊の世代が全員85歳以上になる。85歳以上の高齢者が増えれば、救急搬送や在宅医療の需要も増加する。2021年には全国で約45万人だった老人ホームからの救急搬送も、2040年には約67万人に増加すると予測されている。
老人ホームの中で夜中にトイレに行こうとして転び、太ももの骨を骨折して119番したけれども救急車がなかなか来てくれず、痛くてのたうち回る。2時間くらい待ってやっと救急隊が来たと思ったら、今度は受け入れてくれる病院が見つからず、朝になってやっと入院先が見つかったが、すぐに人工骨を入れる手術ができず、転ぶ前には歩けたのに寝たきりになってしまう。
生産年齢人口が急激に減る2030年頃からは、そんな現実に直面する人が増えそうだ。何軒かの病院をたらい回しになることはあっても、どこかの病院には受け入れてもらえる現在はまだましな状況と言える。
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熊谷 賴佳(くまがい・よりよし)
京浜病院院長
1952年生まれ。1977年慶應義塾大学医学部卒業後、東京大学医学部脳神経外科学教室入局。東京大学の関連病院などで臨床研究に携わったのち、1992年より京浜病院院長。
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(京浜病院院長 熊谷 賴佳)
京浜病院院長の熊谷賴佳さんは「事業継続が困難となる医療機関は今後増えるだろう。医師不足、看護師不足も加速すると考えられる。東京23区内でさえ、すでに医師が集まらずに特定の診療科が診療不能に陥る事態が起きている」という――。
※本稿は、熊谷賴佳『2030-2040年医療の真実 下町病院長だから見える医療の末路』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■事業が続けられなくなる医療機関は増える
帝国データバンクによると、病院、診療所、歯科医院を合わせた、負債額1000万円以上の医療機関の倒産は、2024年は64件と、2000年以降で最も多かった2009年(52件)を上回り、過去最高になった。休廃業・解散も、722件でやはり過去最高という。負債総額は病院が52億3000万円、診療所が166億9400万円、歯科医院が63億1800万円で、総額282億4200万円となった。
経営者の高齢化と後継者が見つからない、そもそも人口減少によって患者が減り事業継続が困難となる医療機関は今後増えるだろう。すでに高齢者の人口が減り始めている県もあり、病院は、全国的にみれば、現在の約半分の4000カ所くらいで足りるのではないかという見方もあるくらいだ。
人口が20万人(または人口10万人以上で人口密度が200人/平方キロメートルの密集型都市)に満たない「過疎地域」では、高齢人口は12.2%、生産年齢人口は28.4%減少する。住民がほとんどいなくなって自治体として成り立たなくなる市町村も増える。そうなれば、公立の診療所さえ必要なくなる。
過疎地域への移住を促して若い人を数人増やしてみたところで、日本全体の人口が減るのだから焼け石に水だ。
■医師が集まらずに診療不能になる病院
生産年齢人口の減少は、団塊ジュニアが50代後半に差しかかる2030年から急激に加速する。15~64歳までの生産年齢人口が総人口の6割以下になり、労働需要に対して644万人も人手が不足するとの推計もある。
医師不足、看護師不足も加速するだろう。東京23区内でさえ、すでに医師が集まらずに特定の診療科が診療不能に陥る事態が起きている。2024年の春には、都内のある病院の腎臓内科が医師不足で透析が提供できず、腎臓関連の手術も断らざるを得ない事態に陥った。腎臓内科の医師が突然退職し、急きょ医師を募集したが非常勤の医師1名しか雇えず、それまで通院していた透析患者はすべて他の医療機関へ移ってもらうしかなかったという。
また、数年前の話だが、都内の別の病院では、麻酔科医不足で手術ができない状態になったり、外科医不足で外科の診療をやめたりした。医師や看護師などの医療職は、前の病院で不祥事を起こしたとかでなければ引く手あまたなので、転職は簡単だ。麻酔科医に至っては、フリーランスで稼いでいる医師も多く、常勤麻酔科医が足りずに困っている病院が多いのが実態だ。
■医療・介護の需要は2040年まで増加し続ける
医療職種に限らず、今後はさまざまな職種で人手不足が加速する。国が人手不足対策として打ち出しているのが、65~74歳までの元気な高齢者の活用だ。
65~74歳までの健康で意欲のある高齢者が働けば労働力の人口の減少は緩やかで済むという見通しを立てている。
確かに、私自身も70代で高齢者だが、現在も病院の院長として診療を続けている。当院が新富士病院グループという医療・介護施設チェーンの一員になってからは、ほかの病院でも認知症外来を担当し、他院で治療がうまくいかなかった患者の治療にも当たっている。65歳を過ぎても仕事を続ければ、私のように長年の経験が生かせることもあるし、心身の健康維持にもつながる。
しかし、そんな悠長なことを言っていられないほど、医療・介護の需要は大幅に上昇する。2025年以降は後期高齢者の増加は緩やかになるものの、医療・介護のニーズの高い85歳以上の高齢者の割合が2040年まで増加し続けるからだ。
■大学病院でさえ看護師などを集めるのが難しい
2022年9月末時点の「介護保険事業状況報告」から算出された75~79歳の要介護認定率は11.9%だが、85歳以上では57.7%。長生きすればするほど要介護状態になるリスクも高まる。当院が、高齢者向けの医療療養型や介護療養型の病院だった頃の入院患者も、ほとんどが85歳以上の人だった。85歳を超えると認知症になる人も増えるし、脳梗塞で片方の手足が麻痺したり言語障害が生じたりするお年寄りも少なくなかった。
医療や介護を必要とする人は確実に増えるとみられるのに、今でも医療・介護業界は万年人手不足の状態だ。東京の都心に近い私の病院や大学病院でさえ、看護師などを募集してもいい人材を集めるのはなかなか難しい。
看護師や医師不足で閉院に追い込まれる病院もある。
私の病院がある東京都大田区に隣接する神奈川県川崎市では、2023年の夏、60年以上、その地域のお産を担ってきた産院が閉院した。19床の有床診療所で、鉄筋6階建ての立派な産院だったが、医師と看護師、助産師などの確保が難しく24時間対応ができなくなったのが要因だったと人づてに聞いた。
ちなみに、医療法では、20人以上の患者を入院させるための施設を有するもの、つまり20床以上を病院、入院施設がないか19床以下の患者を入院させる施設を有するものを診療所と定義している。
■医師や看護師募集の広告費がかさむ
私の病院では、幸いなことに今のところ医師や看護師などのスタッフは充足しているが、確かに、看護師などのスタッフの募集には、広告料や募集サイトの手数料などかなりのコストがかかる。1人の常勤の医師を探す場合、広告料や募集サイトの成功報酬で200万円近くかかることもあるくらいだ。
診療報酬で入って来る収入は決まっていて、それも今後伸びが期待できないのに、魅力的な賃金や労働条件を示さなければ、いい人材は集まらない。医師や看護師募集の広告料などがかさんで経営が苦しくなり、経営者自身も疲弊してくれば、閉院しようかと考えるのは無理もない。私の病院も、いいスタッフに恵まれなければ、とっくに閉院していただろう。
川崎市では、2024年3月に、138床の急性期病院である大学病院の分院も閉院した。「医師の働き方改革」で、規定時間以上の残業が難しくなったこともあって、医師などのスタッフの確保が難しく、収支が取れなくなったことが要因だという。大学病院の分院といっても、その地域の救急医療を担い、消化器や脳血管疾患などの緊急手術にも対応してきた病院だ。
今後、高齢化率が急速に高まる地域であり、住民への影響は計り知れない。
■85歳以上の高齢者の増加で起きること
生産年齢人口は減るのに、医療・介護ニーズが急激に高まるのだから、いくら65~74歳の元気な高齢者を働かせても医療・介護業界の人手不足はなかなか解消しないだろう。
2035年には、団塊の世代が全員85歳以上になる。85歳以上の高齢者が増えれば、救急搬送や在宅医療の需要も増加する。2021年には全国で約45万人だった老人ホームからの救急搬送も、2040年には約67万人に増加すると予測されている。
老人ホームの中で夜中にトイレに行こうとして転び、太ももの骨を骨折して119番したけれども救急車がなかなか来てくれず、痛くてのたうち回る。2時間くらい待ってやっと救急隊が来たと思ったら、今度は受け入れてくれる病院が見つからず、朝になってやっと入院先が見つかったが、すぐに人工骨を入れる手術ができず、転ぶ前には歩けたのに寝たきりになってしまう。
生産年齢人口が急激に減る2030年頃からは、そんな現実に直面する人が増えそうだ。何軒かの病院をたらい回しになることはあっても、どこかの病院には受け入れてもらえる現在はまだましな状況と言える。
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熊谷 賴佳(くまがい・よりよし)
京浜病院院長
1952年生まれ。1977年慶應義塾大学医学部卒業後、東京大学医学部脳神経外科学教室入局。東京大学の関連病院などで臨床研究に携わったのち、1992年より京浜病院院長。
祖父と父親とも医師という医師家系で育つ。オリジナリティー溢れる認知症ケアの発案のほか、地域が一丸となった医療サービスの実現をめざして院外活動にも積極的に参加。認知症や地域医療に関する著書多数。
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(京浜病院院長 熊谷 賴佳)
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