■小5から不登校気味に…無職のまま40歳の娘
首都圏に住む水谷家(仮名)には、40歳になる娘・一江さん(仮名)がいる。一江さんは学生の頃、広汎性発達障害と境界知能だと診断された過去がある。小学生のときは普通学級に通ったが、勉強ができないことでいじめに遭い、小学5年生頃からは徐々に学校には通えなくなった。
中学は支援学級に通うが、支援学級にも通学できたり、できなかったり。高校は支援学校に進学はしたものの、年に数回程度しか通学できず、ほとんどの時間を家で過ごしてきた。学校に行くように促すと、大きな声を出して暴れることが多かったので、次第に親のほうも、通学を促すのを諦めるようになっていった。
一江さんが家で過ごす時間は、アニメに没頭。録画したテレビ番組を何度も繰り返して見たり、近年ではサブスクでアニメを楽しんだりしている。
■習い事に関する費用が月に5万~6万円
アニメが生きがいの一江さんは、19~20歳頃、「声優になりたい」と言い出した。
声優になるために専門学校への進学も検討したが、他のお子さんと同じようなカリキュラムを受けるのは難しいという判断から、親子でさまざまなスクールや講座を探し、受講してきた。それは、声優になるための講座だけではなく、声楽や歌(ボーカル)のレッスン、それにダンスのレッスンなどに通った時期もある。現在も、声楽や歌の個人レッスンを受けており、一江さんの習い事に関する費用が月に5万~6万円くらいかかっている。
【家族構成】
父 73歳
母 74歳
長男 45歳
長女 40歳
※長男は独身だが、ひとり暮らし
【収入・資産状況】
父親 公的年金 月18万円、個人年金 月4万円(80歳まで)
母親 公的年金 月6万円
月合計 28万円
貯蓄
父親 1880万円
母親 570万円
長女 230万円
合計 2680万円
■70代の親は年金暮らし、家計の赤字が加速
一江さんが20代の頃は、父親(73歳)もまだ現役だったので、習い事代をそれほど負担に感じていなかった。ところが、父親がリタイアして年金生活に入ると、一江さんの習い事代などが家計に重くのしかかってきた。もちろん、貯蓄を減らす大きな原因にもなっていく。習い事費の累計は少なく見積もっても年60万円で、約20年間続けているので、1000万円超は確実だ。
【家計収支】
収入 月28万円
支出 月35万~40万円
特別支出 年間40万~60万円
(家計支出の内訳)
食費 9万円
光熱・水道代 4万円
日用雑貨費 8000円
医療費 2万2000円
交通費 1万5000円
被服費 1万円
教養娯楽費 1万円
父こづかい 3万円
母こづかい 3万円
娘こづかい 2万円
娘習い事代 6万円
雑費 1万円
娘の国民年金保険料 1万7510円
合計 36万2510円
「習い事代の負担が重いから、もう少し減らしてもらえないか」と頼んだこともあったそうだが、「パパは私の夢を邪魔するの?」とキレて、話にならない。そんな状態が10年近く続いている。声優の夢を叶えられるとは、さすがに本人も思っていないようだが、「声優を目指す活動」だけが、今も一江さんの人生を支えている。
親としても、一江さんから好きなことを奪ってしまうと、家から出なくなってしまうのではないかという不安が募る。一江さんが学生で、通学できず、家に引きこもっていたときの家庭の暗い雰囲気を思い起こすと、「あの頃には戻りたくない」と強く感じてしまうのだそう。
以下、筆者(畠中)と父親とのやりとりである。
■今の家計継続なら老後破産の可能性
【畠中】「娘さんの習い事代が、赤字の大きな原因になっていることは自覚されていますよね。娘さんは家計の状況を理解されていないと思うのですが、理解してもらう努力はされていますか?」
【父親】「いえ、リタイアした頃に一度だけ、娘に頼んでみたことがあったんですが、それを拒否されて以来、娘とは話し合っていません。知的な問題もあるので、親のほうもつい、腫れ物に触るような感じになってしまい、娘に理解してもらう努力から逃げてしまっています」
【畠中】「ですが、特別支出を含む年間の赤字額が100万円を超えていますので(収入が月28万円に対して、支出は月35万~40万円、特別支出は年間40万~60万円)、今の家計を続けていると、娘さんに財産(現状、家族全員で2680万円)を遺すどころか、親が老後破産をしかねません」
【父親】「我が家の状況は、そこまでひっ迫しているんですね。だとしても、娘にはどのように理解させたらよいのか、思い悩むばかりで、前に進めないんです」
【畠中】「娘さんとの話し合いが難しそうなのはわかりました。いったん話を変えますね。ひとつ確認したいのですが、娘さんが障害年金を受給されていないのはなぜですか? 障害者手帳はお持ちとのことですが」
【父親】「手帳は必要だと言われて取得しましたが、障害年金については具体的に申請をしたことはありません。働くのは難しいとはいえ、外出は自由にできていますので、娘は障害年金の受給資格に該当しないと思ってきました」
【畠中】「私では正確なことを申し上げられませんが、受給できる可能性はあるかと思います。いずれにしても、障害年金に強い社会保険労務士さんに相談されてはいかがでしょうか。必要があれば、ご紹介いたします」
【父親】「障害年金については、娘ももらえるんじゃないかと思ったことはあるのですが、現役時代は、特に生活に困っていなかったので、真剣に検討しないまま、今日まできてしまいました。
■障害年金受給で家計費から長女費を切り離し
後日。
【父親】「障害年金の件ですが、申請が通りそうだという連絡が入りました。障害年金は5年で時効になるとのことですが、娘は20歳前に診断を受けていたので、過去5年分の障害年金もまとめていただけるとのことです。娘名義の貯蓄が増えますので、本当にありがたく思っています」
【畠中】「障害年金は令和7年度の金額ですと、2級の場合で月に6万9308円がもらえます。そのほかに年金生活者支援給付金が5450円もらえます。合わせると、月に7万4758円がもらえる計算になりますね。
この金額の中から、娘さんにおこづかいとして月2万円を渡して、習い事代は上限月2~3万円、残る2万数千円から3万数千円は、将来のための貯蓄に回してはいかがでしょうか」
【父親】「娘自身にお金の管理をさせて、習い事代を払わせるということですね。娘にお金の管理をさせたことがないので、うまくいくでしょうか」
【畠中】「うまくいかなくても、管理できるようになる必要があります」
【父親】「そうですよね」
【畠中】「娘さんのおこづかいと習い事代を娘さん名義の障害年金から捻出できれば、ご両親の年金からの赤字はかなり減りますね。結果として、貯蓄が減るペースも緩くなります。80歳で支給が終わる個人年金(月4万円)のことも不安要素ですから、なるべく早く、赤字を減らしましょう。それとできれば、食費も1万円程度(現状月9万円)、削減したいところです」
【父親】「食費も多めということですか」
【畠中】「年金額によっては、多いとも言えませんが、赤字をできるだけ減らすために、食費を削減する努力もしていただきたいと思います」
【父親】「わかりました。妻に話してみます。
【畠中】「たとえば、障害年金が振り込まれたら一緒にATMに行って、口座のお金は全額を引き出してはいかがでしょうか。おこづかいと習い事代を娘さんに渡して、4万~5万円の中でおこづかいと習い事代のやりくりをしてもらうんです。
そして、貯蓄に回す分は別の銀行の口座に移動させたほうが、確実に貯まるはずなので、いったん引き出した後、貯めるための口座に入金するとよいでしょう。障害年金を入金してもらう銀行と、貯めていく銀行は分けるということです。手間はかかりますが、娘さん自身にも、この銀行に移動させるお金は、あなたが将来、生きていくためのお金だからね、などと伝えていただくとよいですね」
■障害者枠での就労を模索する
【父親】「いつまでも小学生くらいのつもりで接してしまっていました。ですが、いつかはひとりで生きていくわけですから、気持ちを切り替えて娘にやりくりのことなどを伝えていきます」
【畠中】「今まで管理をさせてこなかったとしても、今のままでは親亡き後、娘さんが必ず困ります。娘さんも40代に入られたのですから、お金のやりくりをはじめ、生活周りの手続きなども教えていきましょう」
【父親】「兄(45歳)がいるので、自分たちが亡くなった後は兄にやってもらうしかないと考えていました」
【畠中】「お兄様を頼るにしても、今のままだと、お兄様の負担が重すぎます。お兄様は現在独身とのことですが、仕事が忙しければ、妹さんの面倒まで見るのは現実的ではないですよね。それに、お兄様もこの先、結婚される可能性もあるでしょうし」
【父親】「小さいころから勉強ができないことで、いじめられてきた娘のことを、不憫に思って、娘のことばかり気にして生きてきましたが、兄には寂しい思いをさせてきたはずです。それなのに、娘を甘やかしたままにしていると、兄に重い負担を残してしまうんですね」
【畠中】「お兄様が妹さんの生活を支えるのは、大変すぎますね。娘さんは障害者手帳をお持ちですから、障害者の就労を支援してくれる会社を頼って、障害者枠で働くことも検討されてはいかがでしょうか。今まで働いたことのない一江さんが、いきなりハローワークに行って仕事を見つけるのはかなりハードルが高いと思います。
【父親】「障害者専門の就労支援会社があるんですね。いくつか教えていただいたので、まずは私が説明会に参加してみて、どこの会社にお願いするのか、検討してみたいと思います」
【畠中】「娘さんの場合、障害年金がもらえるとしても、働かないまま、一生暮らすのは難しいのが現実だと思います。娘さんにも働いてもらい、親御さんがご存命のうちに、少しでも娘さん名義の貯蓄を増やせるように頑張ってもらいたいところです。
障害年金のことや就労のことなど、一気に伝えても理解していただけない部分があるかもしれませんので、お母様も交えて、何度も家族会議をしてみてください。可能であれば、どこかのタイミングでお兄様にも参加してもらい、資産状況などをお兄様とも共有できるとよいですね」
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畠中 雅子(はたなか・まさこ)
ファイナンシャルプランナー
「働けない子どものお金を考える会」「高齢期のお金を考える会」主宰。『お金のプロに相談してみた! 息子、娘が中高年ひきこもりでもどうにかなるってほんとうですか? 親亡き後、子どもが「孤独」と「貧困」にならない生活設計』など著書、監修書は70冊を超える。
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(ファイナンシャルプランナー 畠中 雅子)

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