※本稿は、堀田秀吾『最先端研究で分かった頭のいい人がやっている 言語化の習慣』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。
■「やる気」は動いた後にやってくる
私たちは、やる気がないから動けないと思いがちです。しかし、脳科学と心理学の研究はむしろ逆を示しています。先に体を動かすことで、やる気のエンジンがかかりやすくなるのです。
ジョージア大学のフリッツとオコナーによる実験では、ADHD(注意欠如・多動症)の若い男性たちを対象に、中強度のサイクリングを20分間行った後と、ただ休憩した後とで、認知課題に取り組む意欲や気分を比較しました。その結果、運動後は課題へのモチベーションが有意に高まり、気分も改善していたのです。つまり、「動く」ことが先にあり、その結果として「やる気」が後からついてくる――これが「体が先、脳が後」の法則です。
この背景には、脳の報酬系の働きがあります。報酬系の一部である側坐核(そくざかく)が「やりたい」という欲求を生み出し、腹側淡蒼球(ふくそくたんそうきゅう)が予測される報酬の大きさに応じて行動のスピードや機敏さを調整します。
アメリカ国立衛生研究所の彦坂と自然科学研究機構生理学研究所の橘の研究では、サルを使った実験で、腹側淡蒼球の活動が報酬予測と「やる気」の強弱に直結していることが示されました。報酬が多く見込めるほど神経活動が高まり、行動スピードも上がったのです。
■ドーパミンが「やる気」を引き起こす
私たちの脳には、ドーパミンという、まるで「やる気の燃料」のような神経伝達物質があります。この物質が側坐核に作用すると、私たちは「よし、頑張ろう!」「やってみよう!」という、前向きな気持ちになりやすいのです。
このドーパミンは、「努力ベースの意思決定」という心の働きに深く関わっています。
これは、一言でいうと「ご褒美(報酬)をもらうために、どれだけ頑張るか(努力するか)を決めること」です。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのハードらの研究によると、運動は体内の炎症を減少させ、その結果としてドーパミン伝達を促進する可能性があり、これが体にとってのご褒美となります。
ですから、体を動かすことで炎症が鎮まり、脳内のドーパミンが活性化し、結果として「やる気」が増すという、連鎖が起こるのです。
重要なのは、この「やる気回路」は受動的に待っているだけでは十分に活性化されないということです。
運動や小さな行動開始は、ドーパミン放出を促し、側坐核を活性化させるトリガー(引き金)になります。さらに、その行動を「ことば」で自分に指示すること(セルフトーク)や、行動の意味づけを言語化することは、行動開始の助けになります。
■ことばと小さな行動が習慣を生む
「どんなことばを使えばよいか」は次節で詳しく説明しますが、この「言語化+行動開始」の組み合わせは、単なる習慣化テクニックではなく、脳の生理的な仕組みに沿った方法です。
やる気を待つのではなく、「あなたは○○をしたほうが素敵になれる!」のようにセルフトークしてしまう。そうすることで、まず体を動かし、そこで得られる微細な達成感や感覚をさらにことばにして、「自分はやり始めた」と認識する。
これが、やる気のエンジンに点火する最もシンプルで科学的な方法です。やる気は「スイッチ」ではありません。簡単にパチッとオンにすることなんてできないのです。自動車やプロペラ飛行機などのエンジンと同じく、最初は無理やり動かす。そして、動き始めるとあとは波に乗って回り続ける。まさにそういう装置なのです。
まず言語化でやる気の種を植え付けて、たとえ小さくても行動を始める。そうすることで、脳内のドーパミンが活性化し、気分が向上し、さらに行動が繰り返されれば、それはやがて努力を必要としない「習慣」となります。
この習慣の積み重ねが、私たちの「やる気」のエンジンを常に温め続け、生活をより豊かにしてくれるのです。
[言語化のよい習慣]
行動を促すことばを口にし、まずは動き出す。
■行動を後押しする3つのことば
前節では、脳のやる気のエンジンを動かす仕組みの話をしました。
脳科学では、言語が行動制御ネットワークと密接に結びついていることがわかっています。つまり、セルフトークは、ただの気分転換ではなく、「前頭前皮質や基底核(きていかく)といった意思決定・行動開始を担う脳領域を活性化する指令の信号」になります。
ここでは、実際に行動を促す3つの「ことばのスイッチ」を紹介します。
①「○○するよ」
私たちは「やろう」と思っても、その通りに行動できないことがよくあります。「英会話を始めよう」「運動をしよう」「健康診断に行こう」など、意思はあっても、日々の忙しさや気分次第で先延ばしになってしまう……。
その「意図と行動のギャップ」を埋める工夫として、「いつ・どこで・どうやってやるかを事前に決める(実行意図)」と「『~するよ』と約束すること(コミットメント)」の効果を実験で検証したのが、マサチューセッツ大学アマースト校のアイゼンらの研究です。
■「やるよ」という宣言が効果的
結果は興味深いものでした。より具体的な実行意図(日付や場所まで決める)でも、大まかな実行意図(週単位で計画する)でも、同じように行動の実行率を高めました。また、実行意図をまったくしていなくても、「やるよ」と明確にコミットメントさせるだけで、同程度の実行率を高める効果がありました。
実行意図とコミットメントのどちらか一方でもすれば実行率は大きく上がり、両方ともやっても大幅増はみられなかったということです。
ここから、「ことばにして自分や他人に約束する」という行為そのものが、行動を後押しするということがわかります。
たとえば「来週中に走る時間をつくるよ」「土曜の朝9時に近所の公園で3キロ走るよ」など、行動計画をあらかじめ言語化してみましょう。さらに友人に伝えたり、SNSで宣言したりしてコミットメントを強化すれば、自分で決めたことをやり遂げやすくなります。意図を頭の中だけに留めず、ことばにして誰かに伝えることが、行動へのスイッチになるのです。
■「あなたならできる」で行動力がアップ
②「あなたは○○」
イリノイ大学アーバナ・シャンペイン校のドルコスらは、セルフトークの「人称」の違いが行動やモチベーションにどれほど影響するかを明らかにする研究を行いました。
実験では、自分を励ますときに、一人称の「私(I)」を使ったり、二人称の「あなた(You)」を使ったりしてもらいました。
結果、たとえば「あなたならできる!」のように「あなた」を使って語りかけたグループは、「私」を使って語ったグループよりも行動を始める意欲が約18%高く、運動課題をするつもりの時間も2.25時間長くなりました。
二人称を使うことで、他者から励まされている感覚が引き起こされるだけでなく、自分自身から心理的距離が生まれて、自己批判や迷いにとらわれにくくなり、行動への推進力が増すのです。
このように、二人称の「あなた」で自分に語りかけるだけで、脳はまるで信頼できる友人から背中を押されたように感じ、より積極的な行動意図と態度を形成します。この知見は、教育・スポーツ・臨床など多くの分野で応用できる、シンプルかつ即効性のある言語化の技法といえるでしょう。
■未来の姿と目の前の壁を書き出してみる
③「メンタル・コントラスティング」
ニューヨーク大学のエッティンゲンとゴルヴィッツァーが提唱した「メンタル・コントラスティング」は、やる気の問題を解決する強力な方法です。
やり方はシンプルです。
たとえば、「新しい趣味を見つけたい」ではなく、「週末にテニスをして、体力をつけたい」「英会話を習って、海外旅行を楽しみたい」と明確にします。
次に、その未来を阻む現実の壁も言語化します。たとえば、「仕事が忙しい」「近所に教室がない」などです。このとき重要なのは、夢と障害を並べて考えること。人間は、壁を乗り越えられるとわかればエネルギーが高まり、乗り越えられないと判断すれば資源を別の目標に振り向けます。
このメンタル・コントラスティングは、やるべきことを「現実的に実行可能な形」に変換し、脳の行動制御ネットワークを刺激します。いわば「行動のシナリオがない」状態を言語化によって行動に直結する形へと書き換えて、行動のスイッチを入れる方法なのです。
このように、やる気を待つのではなく、「ことば」で先に脳を動かす。この小さなスイッチの積み重ねが、「やりたくない」を「もう始めている」に変えていくのです。
[言語化のよい習慣]
よい・悪い両方の未来像を具体化し、自分を「あなた」で励ましながら、実行を宣言する。
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堀田 秀吾(ほった・しゅうご)
明治大学法学部教授、言語学博士
1999年、シカゴ大学言語学部博士課程修了(Ph.D. in Linguistics、言語学博士)。
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(明治大学法学部教授、言語学博士 堀田 秀吾)

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