失敗したときにどう対処するのがよいのか。言語学者の堀田秀吾さんは「失敗したことを責める必要はない。
失敗はチャンスだと言い換えて、すぐに振り返りを行うことが成長につながっていく」という――。(第3回)
※本稿は、堀田秀吾『最先端研究で分かった頭のいい人がやっている 言語化の習慣』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。
■「失敗」をどう受け止めるか
失敗したとき、真っ先に自分を責めてしまうなんていうクセはありませんか。
もちろん、ふりかえって改善点を見つけることは大切ですが、「責める」ことと「ふりかえる」ことは別です。自分を強く責め続けると、挑戦する意欲が削られ、次の一歩を踏み出しづらくなります。
スタンフォード大学のドゥエックは、人の能力や学びに対する考え方を「固定マインドセット(fixed mindset)」と「成長マインドセット(growth mindset)」に分けました。
固定マインドセットの人は「能力は生まれつき決まっていて変わらない」と考えるため、失敗を「自分の限界の証拠」と捉えがちです。一方、成長マインドセットの人は、「能力は努力や工夫で伸ばせる」と考えるため、失敗を「成長のための材料」として受け止めます。
この違いは、自己信頼の土台を大きく左右します。固定マインドセットの状態では、「失敗=自分の価値を下げる出来事」となり、自己信頼は簡単に揺らぎます。しかし、成長マインドセットの状態では、失敗は学習過程の自然な一部であり、「これも通過点」と冷静に受け止められます。その結果、自分に対する信頼感を保ちながら前進できるのです。

■失敗を恐れない人がやっていること
「失敗しても大丈夫」と思えるようになるポイントは3つ。
①事実と評価を分ける
「プレゼンでミスをした」という事実と、「自分はダメな人間だ」という評価を切り離す練習をします。事実は変えられませんが、評価することば(解釈)は自分で選べます。「ミスをした」=「改善点が見つかった」と解釈し直すことで、自分を不必要に傷つけずに済みます。
②失敗の中の学びをことばにする
ドゥエックは、失敗を学びに変えるためには「プロセスへの注目」が欠かせないと指摘しています。「何がうまくいかなかったのか」「次はどう工夫するのか」を具体的に言語化すると、失敗が未来への資源に変わります。
③小さな成功体験(スモールステップ)を積み重ねる
自己信頼は「できた」という感覚の積み重ねから生まれます。完璧を目指すのではなく、達成可能な小さな目標をことばで設定し、成功への道筋を輪郭化し、一歩ずつクリアしていくことが大切です。こうした経験は、「失敗しても立て直せる」という確信につながります。
自分を信頼することは、自分を甘やかすこととは違います。むしろ、自分を信じるからこそ、改善の努力を続けられるのです。「失敗しても大丈夫」と思えるようになると、新しい挑戦に対しても恐れが減り、行動の幅が広がります。

■ピンチをチャンスに変える言い換え術
次に大事な場面でつまずいたときには、「これは自分を責める材料ではなく、自分を育てる材料だ」と心の中でつぶやいてみてください。きっと、その一言が次の一歩を軽くしてくれるはずです。
ドゥエックは、困難や失敗を「学びの機会」として捉える考え方が、挑戦意欲や達成感を育てる鍵になるとしています。つまり、失敗体験は、「失敗=悪いこと」ではなく、「失敗=学べること」という考え方の土壌を育てるものなのです。
かの発明王トーマス・エジソンは、1万回にも及ぶ試行の末に電球を発明しましたが、「私は失敗したことはない。1万通りのうまくいかないやり方を見つけただけだ」と述べたとか。
結局、失敗かどうかは捉え方次第です。「失敗だ」と言語化するのではなく、「ピンチはチャンス!」「大変だ。だから面白い!」のように言語化してみてください。
[言語化のよい習慣]

つまずいたら、「これは自分を育てる材料だ」とつぶやく。
■間違えた瞬間、脳は成長する
「失敗した……」と思った瞬間、あなたの脳の中では何が起きているのでしょうか?
実は、失敗はただのマイナスではありません。前節で「失敗しても大丈夫」と思えるようになるポイントを紹介しましたが、脳科学の視点から見ても、失敗はむしろ脳が成長する絶好のチャンスなのです。

コロンビア大学のメトカーフの研究は、誤りが学習の触媒になることを明らかにしました。自分で考えて出した誤答は、その後に正答を学んだときに想起を助ける「手がかり」となります。
さらに、自信を持って間違えた場合には、「ハイパーコレクション効果」と呼ばれる現象が起こります。これは、強く意識された誤りの訂正が特に深く記憶に残るもので、誤りの認識と修正の組み合わせが長期的な知識の定着を促します。
この「誤り→修正」のプロセスが脳活動レベルでどう表れるのかを示したのが、ミシガン州立大学のモーザーらの研究です。この研究では、課題中に間違えたときの脳波――特に「エラー陽性電位(Pe:error positivity)」と呼ばれる脳波――に注目し、その活動が強い人ほど、後の学習成績が良くなる傾向があることを明らかにしました。
「うわ、間違えた!」と気づいたときに脳が敏感に反応する人ほど、その後の同種の課題でパフォーマンスが向上していました。つまり、失敗をきちんと認識し、注意を向けることが脳の学習回路を動かすのです。
■間違いを成功につなげる最短ルート
こうした知見は、前節で紹介した「成長マインドセット」――すなわち、「能力は努力や工夫で伸びる」という考え方――とも相性がよいと言えます。失敗を限界の証拠ではなく、次への資源とみなす姿勢が、間違いからの学びを最大化します。
メトカーフのいう「誤答の手がかり効果」と、モーザーの示した「脳のエラー反応」は、次のような失敗克服サイクルの中で相乗効果を発揮します。間違えた瞬間の脳は、まさに学習に最適化された状態になっているからです。

①失敗を即座にふりかえる
間違えたらすぐに「何を、なぜ間違えたのか」を簡単にメモします。記憶が鮮明なうちに行うことがポイントです。
②修正ポイントを明確にする
正しい答えや手順を確認し、「同じ状況になったらどうするか」を具体的に想定します。
③繰り返し試す
同じタイプの課題や場面に短期間で再挑戦することで、修正版の知識を定着させます。
失敗を単なる減点や挫折とするのではなく、「脳が成長する瞬間」として捉え直す。この視点を持つだけで、挑戦へのハードルは下がり、自己信頼は揺らぎにくくなります。
このサイクルを回し続けることこそが、長期的な成長への最短ルートなのです。
[言語化のよい習慣]

間違えた直後に、「次に同じ状況になったらどうするか」をことばにする。

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堀田 秀吾(ほった・しゅうご)

明治大学法学部教授、言語学博士

1999年、シカゴ大学言語学部博士課程修了(Ph.D. in Linguistics、言語学博士)。2000年、立命館大学法学部助教授。2005年、ヨーク大学オズグッドホール・ロースクール修士課程修了、2008年同博士課程単位取得退学。2008年、明治大学法学部准教授。
2010年、明治大学法学部教授。司法分野におけるコミュニケーションに関して、社会言語学、心理言語学、脳科学などのさまざまな学術分野の知見を融合した多角的な研究を国内外で展開している。また、研究以外の活動も積極的に行っており、企業の顧問や芸能事務所の監修、ワイドショーのレギュラー・コメンテーターなども務める。著書に『特定の人としかうまく付き合えないのは、結局、あなたの心が冷めているからだ』(クロスメディア・パブリッシング/共著)、『科学的に元気になる方法集めました』(文響社)、『最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方』(サンクチュアリ出版)、『図解ストレス解消大全』(SBクリエイティブ)など多数。

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(明治大学法学部教授、言語学博士 堀田 秀吾)
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