ユネスコによれば、世界の約40%にあたる79の教育制度が学校などでのスマホやSNS使用を制限している。2025年にはフランス、オーストラリアなどがより踏み込んだ規制を始めた。
一方で、デジタルスキルが不可欠な現代の子供には賢明な使用法を教えることが重要との意見もある。ジャーナリストの池田和加さんは「世界は日本とは全く異なる答えを選び始めた」という――。
子供にスマートフォン(以下、スマホ)を持たせるかどうかの基準は2つ。「〈親の知識〉と〈子供自身の判断力〉です」――兵庫県立大学准教授の竹内和雄さんは、2023年春号の『AERA with Kids』(朝日新聞出版)でこう語った。多くの日本の親が直面する悩みを象徴する言葉だ。いつから持たせるべきか。どのように管理すべきか。
本稿で筆者が最初に読者に報告したいのは、「今、世界は日本とは全く異なる答えを選び始めている」ということだ。
■加速する世界の規制
愛知県豊明市が2025年10月に導入したのは、子供たちの使用を1日2時間に制限する任意のガイドライン。これには強制力も罰則もないが、大きな反響を呼んだのは記憶に新しい。
一方、世界ではもっと厳しい法的規制が加速している。
ハンガリーは2024年9月に全国の学校でスマホ使用を禁止した。
フランスでは2018年から15歳以下の生徒が学校でスマホを使用できない。韓国は2025年8月、生徒が登校時にスマホを教師に預けることを義務付ける法律を可決した(2026年3月施行)。
ユネスコ(国連教育科学文化機関)のグローバル・エデュケーション・モニタリング・チームによれば、2024年末時点で世界の約40%にあたる79の教育制度が学校でのスマホ使用を制限している。そしてついに、オーストラリアは今月12月10日より、16歳未満に対するソーシャルメディア(SNS)へのアクセスを禁止した。
日本も調査を進め、法律を成立させてはいる。こども家庭庁も青少年のインターネット利用の実態をここ数年調査している上に、情報流通プラットフォーム対処法は2025年4月より施行された。重要な一歩だが、世界的潮流から見れば出遅れているのは明らかだ。
■ブダペストで行われた国際会議が示した証拠
2024年12月10日、ハンガリーの首都ブダペストで開催された国際会議「未来への回帰――教室でのスマホロック("Back to the Future - Locked Screens in School")」は、この世界的なトレンドを象徴するものだった。
筆者が所属する同国のユース・リサーチ・インスティテュート主催のこの会議には、ヨーロッパ中から教育者、政策立案者、メンタルヘルス専門家が集まり、スマホなしの学習環境がもたらす影響を検証した。会議の様子は学術誌『Youth and Generation Studies』(Vol.2 No.1)にも掲載されている。
■タバコやドラッグほどの中毒性
会議の基調講演で、同インスティテュートの家族安全専門家アーコシュ・ペルトルさんは、スマホが支配する子供時代が「重大で潜在的に長期的な悪影響」をもたらすと警告した。
ビッグテック企業は、スマホ使用とドーパミン生成を結びつけることで、子供たちを中毒状態に陥れている。
子供たちは強迫的にスマホを使用し、その結果、認知発達、学業成績、メンタルヘルスが阻害されてしまう……とペルトルさんは言う。
■「デジタル自閉症」という警鐘
さらに深刻なのは、臨床心理学者メリンダ・ハルさんが指摘する「デジタル自閉症」の問題だ。過度なスクリーン時間が認知発達を損ない、不安やうつを増加させ、人格特性を変化させるという。ハルさんによれば、18歳以下の約25%が何らかの精神疾患を抱えている。
タバコやアルコールには警告ラベルがあるのに、スマホには神経損傷の可能性についての明確な注意喚起がない。子供たちが週に40~50時間をスクリーンに費やすと、遊び、実際の交流、身体活動、読書など、発達上重要な経験が失われるという研究結果もある。
それを防ぐには、子供たちのスマホ使用を遅らせ、意識的な使用を徹底するしかない。実際、スマホフリー政策を実施した学校では、わずか1学期で学業成績と生徒の幸福度に測定可能な改善が見られた。
■闇バイトとデジタル犯罪
メンタルヘルスだけがスマホの弊害ではない。日本の警察庁によれば、2023年に闇バイトで逮捕された人の4割以上がSNSを通じて勧誘された。
ブダペストで行われた国際会議では、ヨーロッパ全体でも同様のケースが報告された。サイバーいじめ、詐欺、児童性的搾取を含むデジタル脅威が、早ければ10~11歳から被害が始まっている。

■成功事例が示すもの
一方で会議では、希望も示された。アイルランドでは8校がコミュニティ全体で協力し、生徒のスマホ所持をゼロにしたところ、生徒の不安レベルが大幅に低下した。
ハンガリーのある学校では、教室と家庭の両方でスクリーンタイムを削減した結果、生徒、教師、保護者の幸福度が向上し、生徒の集中力や判断力も高まった。2024年9月から施行されたハンガリーの学校スマホ禁止は、すでに生徒間の交流の増加といじめの減少という成果を出している。
■慎重派の視点――規制だけが答えか
しかし、すべての専門家がスマホ全面禁止を支持しているわけではない。テクノロジー教育の推進派は、デジタルリテラシーの重要性を強調する。21世紀を生きる子供たちにとって、デジタルスキルは不可欠であり、完全な排除ではなく「賢明な使用」を教えることが重要だという立場だ。
規制の実効性に疑問を呈する声もある。デジタルネイティブの子供たちは規制を回避する方法を見つけるのが得意であり、学校で禁止しても効果は限定的だという指摘だ。むしろ、批判的思考力とセルフコントロール能力を育てることが長期的な解決策になるという考え方である。
デジタル格差の懸念も無視できない。経済的に恵まれない家庭の子供たちにとって、学校はテクノロジーに接する唯一の場所かもしれない。
完全に排除すれば、この子供たちが置いていかれる可能性がある。
日本のように両親が長時間労働をし、子供が一人で通学しなければならない国では、子供にスマホを持たせないというのは現実的に難しい側面もある。加えて、「日本では地震などの自然災害が起こるから、スマホをもたせないことは親にとっても難しいのではないか。
またデバイスの高機能化やアプリの多様化により異なる年齢層には異なる課題があるため、規制ではなく様々なメディアと共生できるリテラシー教育が大事だと考える」と指摘するのは、筑波大学図書館情報メディア系の叶少瑜(ヨウ ショウユ)」准教授だ。
テック企業側からは、問題は端末ではなくコンテンツとプラットフォーム設計にあるという反論もある。年齢に適したフィルタリング、使用時間制限、親のコントロール強化など、技術的解決策で対応すべきだという主張だ。
■親の矛盾――最大の障壁は家庭にある
ブダペスト会議で繰り返し指摘されたのは、親自身の矛盾した行動だ。多くの親が子供にスマホを購入し、無制限のアクセスを許しながら、学校には規制を求める。スマホフリーを実現した学校の創設者は、「親のスクリーン習慣が子供の行動に強く影響する」と指摘する。家庭が学校での取り組みを無効化しかねない。
興味深いことに、会議では、親が子供に本を読み聞かせるほうが、デジタルコンテンツを使うよりも、最大1年半の認知的優位性が見られたという研究が議論された。1日約8時間のスクリーンフリー時間、体を動かした活動、社会的つながりが、子供たちのより良い人間関係を作ったという。

■日本は何を選ぶのか
結局、法による規制、学校ベースのイニシアティブ、積極的なデジタルリテラシー教育を含む包括的戦略が不可欠だ、というのが会議の結論だった。
単純にスマホやSNSを排除するのではなく、バランスの取れたデジタル環境の構築を目指すべきだという点で、専門家たちの意見は一致した。
ある調査では、日本の子供たちは、1日6時間以上をスクリーンに費やしているという。世界79カ所の国や地域の教育制度が動き、科学的証拠も揃い始めた今、日本社会もこの議論に本格的に参加する時期に来ているのではないだろうか。

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池田 和加(いけだ・わか)

ユース・リサーチ・インスティテュート(YRI)研究員・ジャーナルマネージャー/フリーランスジャーナリスト

文化、社会、ジェンダー、家族政策などについて様々な国際的メディアから日本語と英語で発信。ハンガリーの研究機関で若者研究にも携わる。

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(ユース・リサーチ・インスティテュート(YRI)研究員・ジャーナルマネージャー/フリーランスジャーナリスト 池田 和加)
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