仕事や私生活で予想外のことが起きたとき、どう対処すればよいのか。20年以上のキャリアをもつ映画監督の飯塚健氏は「映画撮影では予算や納期の縛りがあり、常に“臨機応変”が求められている。
そのため、いつも“2つのこと”を考えている」という――。
※本稿は、飯塚健『晴れのシーンを撮る日に、雨が降ったら?』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■晴れのシーンを撮る日に雨が降ったら
映画づくりの世界では、予想外のことがしばしば起きる。というより、予想外のことしか起きないくらいだ。
そもそも、予想通りにいかないのが人生というもの。想定外のことが起きたとき、どうリカバリーするか。私たちは、常に「臨機応変」の手腕が問われている。
大人ドロップ』という映画を撮ったときのこと。
これは、大人と子どものはざまで揺れる高校生たちを描いた青春映画で、撮影期間は約2週間。いわゆる「低予算」「短納期」の作品だった。
伊豆でのロケは、幸運なことに晴天がつづいて、撮影は順調だった。
ところが、あと2日で終わるというときに、季節外れのとんでもない台風がきてしまった。

残されたのは、映画のクライマックスである海辺のシーン。
本来なら、痛々しいほど晴れ上がった快晴の空の下で、主人公たちの永遠の別離を表現する重要な場面だった。
が、理想とは180度真逆の、大荒れの海になってしまった。
さあ、どうしよう?
私たちは撮影のために、砂浜に長いレールを用意していた。海辺を歩く主人公たちと並行してカメラが動き、ロングショットで心の機微を表現したかったからだ。
だが大雨と強風で砂が舞って、とてもではないがレールを敷ける状況ではなくなった。そればかりか強風の音で、リハーサルでさえ、俳優の芝居の声が聞こえない。
何もかもが想定外だった。
■天気に文句を言うより、味方につける
だったら、最初から「このシーンには台風が必要だった」ように見せてしまえばいい。それが「臨機応変力」だ。
プロならば、口がさけても「このシーンは本当は快晴のはずだったから、俺がやりたいこととは違うんだよね」と言ってはいけない。やれない、できないは言い訳だ。

私は、急きょ現場で、演出プランを変更した。
カメラもレールではなくステディカム(ベストに付けるカメラ)に変更し、同じ長回しでも味わいを変えた。自由度が高いカメラに変えたことで、荒々しい動きをとらえることができるようにしたのだ。
すぐさまカメラマンを始め、スタッフと俳優陣に変更の指示を伝えた。
結果的にこのシーンは、「大荒れの海でよかった」という仕上がりになった。
というより、「大荒れの海でなければならない」というシーンになったのだ。
やりたいことがあったとして、湯水のようにお金が使えるとか、スケジュールにゆったりとした余裕があるとか、そんなことはほぼありえない。
クリエイティブで自由そうに見える映画の世界もまったく同じだ。前述の映画『大人ドロップ』にもいえる。
■制約があるからこそ「臨機応変力」でカバー
予算が何億もある大作だったら、撮影日を延期して、天気の回復を待ったかもしれない。だが低予算、短納期の映画でそれはできない。
何しろ、たった1日撮影日を延ばしただけで、さまざまな出費がかさむ。

映画の撮影は、たくさんの人が動いている。
たとえば100人のスタッフがいたとする。
地方ロケの場合、1日延びたら100人が泊まるわけなので、100泊分のお金が消える。
当然そこに3食分の食費が加わる。他にもろもろの経費を入れたら、1日数百万円の出費が生じるだろう。
出資者がそこに予算を割いてほしいわけがない。「画面に映るもの」にお金を使ってほしいはずだ。
だからこそ、『大人ドロップ』を見た人から、「海辺のシーンがよかった」という感想をもらうたびに、心から安堵したし、「やったぜ」という気持ちになった。
筋書き通りにいかない今の時代に、何より大事なのは「臨機応変力」だ。
「臨機応変力」とは、あたかも想定外の事態が想定内だったように、組み直していくことだ。
「晴れ用」に書いた脚本、「晴れ用」に準備した機材や設営を、すべて「雨用」に組み直す。
何をどう動かすと効果的に見えるのか、柔軟に組み換える力が求められている。

■すばらしい仕事人が常に考えていること
「想定外」を、「想定内」に書き換える。しかもスピーディーに。
と言っても、すぐにはできないかもしれない。私も最初はできなかった。
今、さまざまな現場でどうにか「臨機応変力」を発揮できているのは、準備の段階から、「一番やりたいこと」と「その真逆」を想定しているからだと思っている。
ふつう「準備」というと、やるべきこと、つまり「一番やりたいこと」だけを想定している場合が多い。そこを綿密に掘り下げるのを、準備だと思っている人が多いだろう。
「第2プラン」というのは、「ベストの妥協案」がほとんどだ。そうではなくて、「まったく逆」の案を用意する。
ベスト案をちょっと変えただけのものを「第2プラン」とするのは、プランではない。それはただの「劣化版」だ。
私が出会ったすばらしい仕事人たちは、みな、常日頃から「真逆」のことも念頭に置いている。

「ベスト」と「逆ベスト」、両サイドの選択肢を用意しているから、「想定外」が起きたとき、すぐに対処できるのだ。
■子役がぐずって撮影できない場合の対処法
『ステップ』という映画を撮ったとき、こんなことが起きた。
シングルファーザーの父と娘が晩ご飯を食べるシーンで、娘役の3歳の女の子がぐずってしまい、まったく食べてくれなかった。
撮影は中断し、現場に焦りが漂い始めた。
そのとき、とっさに私たちチームがしたのは、撮影をしているその真っ只中の場所で、みんなでふつうにご飯を食べることだった。
「ちょっと休憩しようかー」
そう声をかけて、スタッフも俳優も、その場にいた大人たちが、みなカメラのそばで、何食わぬ顔で弁当を食べ出した。
その雰囲気につられて、娘役の女の子もごはんを食べ始めてくれた。
その様子を、にんまりと撮影したのが、本編に使われたカットである。
メイキング映像を見ると、カメラが回っている真横で、スタッフたちが弁当を広げて食べているのがわかる。まさに休憩時間そのものだ。
主役が食べてくれないのなら、休憩時間にしてしまう。そしてなごんだところで、そっとカメラを回す。

「こうなったらいい」というベスト、「それができなかったらどうするべきか」の逆ベスト。できれば、さらにもうひとつくらいを考えておく。
準備で重要なのは、選択肢を2つ、多くてもせいぜい3つに絞ることである。
■「準備しすぎる人」が見落としていること
よくあるのは、選択肢を用意しすぎてしまうことだ。
たとえば10パターンも20パターンも用意してきたとしたら、それはもはや準備とは言わない。前項でも触れたように、「第2プラン」は第1プランの劣化版で、「第3プラン」はさらにその劣化版……ということが少なくない。
そういう人は、いざ雨が降ったとき、用意してきた別パターンが多すぎて、即断することができず、何を撮ったらいいかわからなくなってしまう。
ひとつダメなら、残り9つの中から選ばなければならない。雨はどんどん強さを増すのに、そんなことをしていたら、撮影が間に合わない。
現場でときどき見かけるのは、「あれ? こんなに準備してきたのに、なんで私はできないんだろう」という人だ。
企画の段階なら、できるだけたくさんの選択肢を用意するのもいい。だが実践の場では、いろいろな選択肢を試している余裕はない。
もし「2つに絞れない」なら、選択肢を出し切れていない。または、まだ絞れていない証拠だ。
考えすぎた可能性のほとんどは、実際には起こらない。プランは絞っておくほうが、臨機応変に動ける。

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飯塚 健(いいづか・けん)

映画監督、脚本家

1979年、群馬県生まれ。映画監督、脚本家。2003年、『Summer Nude』で劇場デビュー。撮影時22歳、公開時24歳という若さが反響を呼ぶ。以降、『荒川アンダー ザ ブリッジ』(原作:中村光)、『虹色デイズ』(原作:水野美波)、『野球部に花束を』(原作:クロマツテツロウ)といった漫画の映像化から、『笑う招き猫』(原作:山本幸久)、『噂の女』(原作:奥田英朗)、『ステップ』(原作:重松清)、『ある閉ざされた雪の山荘で』(原作:東野圭吾)といった小説の映像化に加え、『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』『宇宙人のあいつ』『FUNNY BUNNY』『REPLAY & DESTROY』『榎田貿易堂』といったオリジナル作品まで、多岐に渡るジャンルの作品を手がける。

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(映画監督、脚本家 飯塚 健)
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