瓶ジャムの老舗・アヲハタが、あえて“プラスチックボトル容器”で挑んだ新商品「Spoon Free」。しかしチューブに詰めれば済む話ではなかった。
口径、果肉感、押し出しやすさなど、ミリ単位で調整が続けられていた。「瓶の味」をチューブで再現しようとした開発担当者の執念に、ライターの黒島暁生さんが迫る――。(後編/全2回)
■「容器をチューブに替えただけ」ではない
国内のジャムカテゴリーにおいて先陣を切るアヲハタ株式会社が2022年秋に発売した「アヲハタ Spoon Free」は、その名の通りスプーンいらず。器を従来の瓶ジャムからプラスチックボトルに変化させて業界内外をあっと言わせた。前編ではその商品開発に至るまでの経緯と原点を聞いた。続く後編では、新商品開発における苦労と工夫、持ち続けたこだわりに焦点を当てた。
新商品「アヲハタ Spoon Free」は、定期的に行っているモニターアンケート調査から端を発した。現役世代・子育て世代にもっとジャムを購入してもらうにはどうすればいいか――その答えのひとつが、従来のように瓶からスプーンでジャムを取り出さない方法だ。
容器の種類はプラスチックを選んだが、もちろん紙カップなどの素材も検討した。新商品の開発チームを率いた松本翔吾さんは当時をこう振り返る。
「確かに紙カップから出すジャムも選択肢のひとつではありますが、お客様がイメージするアヲハタの商品とやや乖離があるのではないかと考え、資材メーカーと検討を重ねた結果、プラスチックボトルにジャムを入れるという結論に至りました」
■瓶入りを再現する「口径」という難題
容器がプラスチックに決まったとはいえ、単純に既存のジャムをそのまま詰めて売ればいいというわけではない。精緻な検証を必要とする作業との戦いがあった。

「弊社の人気先行商品である『アヲハタ55(ゴーゴー)』『アヲハタ まるごと果実』は、果肉の存在感を残した商品であり、またその点が長い間、多くのお客様から愛していただいている美点でもあります。ただ、プラスチックボトルからチューブでジャムを出す場合、従来の商品と同じ大きさの果肉を出すことは物理的に不可能です。かといって、まったく果肉のないソースに近い状態で提供することは、ブランドイメージと違うと私も考えていました」
同商品はプラスチックボトルの腹を指で押すことによって、出し口からジャムが出てくる仕様になっている。まず松本さんたちの頭を悩ませたのは、出し口の口径をどうすれば顧客が満足できるクオリティのジャムを提供できるのかという点だ。
「もっとも大切なのは口に入れたときの満足感、美味しさですが、チューブの口から出たジャムの場合、際限なくクオリティを追求することは難しいと思います。そこで、大切なのはバランスだと考えました」
■8ミリでもダメ、6ミリでもダメ
「出し口の口径が小さい方が、狙ったところにジャムを塗ることができて、かつ少ない力で押すことが可能です。ただ、果肉量が少なくなってしまうデメリットもあるんです。それらの塩梅をどうするか、あるいは中身のジャムのカットサイズをどう設定するか――そうした検証を繰り返し行いました。
それこそはじめは、瓶ジャムからスプーンで取り出すのと同じ程度の果肉がチューブから出るかどうかを試して、やっぱり出ない――というレベルからのスタートでした。
そして、仮にいちごだとすれば、カットサイズを8ミリ、6ミリ、4ミリと偶数でこれまで刻まれていたものを、本商品の開発のためにその間を刻んで7ミリの刃を開発して試す――という作業を何度も根気よく行うんです。
それらはたった数ミリの微妙な差なのですが、お客様の口に入ったときに印象ががらっと異なります。妥協をしてしまえば、本当にいいものは作れないので、必ずチューブから出るジャムでも瓶ジャムと同じ程度の満足感を得られるようなものを誕生させたいと考えていました。

結局、口径は、10以上の大きさを試したと思います。また、果肉の大きさや物性についても、やはり10程度は検討したと記憶しています。特に果肉が口径に比して大きすぎると、詰まりの原因になってしまい、お客様にとってストレスになってしまいます。それだけは避けたいと考えていました。また弊社にはさまざまなフレーバーがありますから、それぞれで果肉処理を微調整しました」
■社内の猛者たち「確かにジャムの味がしている」
同社が大切にしているジャム作りの考え方がある。それは、「フルーツの素材そのものの美味しさを使うこと」。松本さんも、その徹底したこだわりに自信を見せる。
「もちろん、ジャム作りにおいて企業として創意工夫はしています。一方で、ジャムは農産加工品ですから、原料のよしあしが絶対的に商品のクオリティにかかわってくる側面があります。弊社では、さまざまな産地からフルーツ原料を調達しており、素材の美味しさと調達力には絶対の自信を持っています。従来の商品と同じく、果肉を最大限までお客様に楽しんでいただけるものを新商品として提供したいと考えていました」
さまざまなフレーバーはあれど、同社で不動の売れ筋ジャム3つはここ数年揺るがない。いちご、ブルーベリー、オレンジ(マーマレード)だ。
新商品の開発にあたっては、いちごから着手した。その試作品の数はざっと20ほど。社内には古今東西のジャムを食べてきた、業界の猛者が揃っている。彼らをして、「瓶のなかに入っていないけど、確かにジャムの味がしている」と言わしめた。及第点の反応に、松本さんたちの胸が高鳴る。新商品発売にまた一歩近づいたからだ。
■経営陣に求められた「果肉感」
何度も現場の社員で試作品の検討を重ね、確度の高いものができあがった。最終的な決裁が下りるためには、会社の上層部を納得させる必要がある。その試食会で言われた、こんな一言が耳に残っている。「もうちょっと果肉感を出せないの?」。
そのとき、松本さんは気付いた。「比較対象は自社の瓶ジャムであって、日頃瓶ジャムを食べているお客様を納得させるクオリティが求められているんだと思いました」。
ただ“美味しいジャム”として成立しているだけでなく、瓶ジャムを食べてきたファンも唸るような驚きがあってほしい――そんな会社のこだわりと期待を理解した。
決裁権を持ち、あまたのジャムを食べ比べてきた経営陣を納得させるインパクトを持つ商品に仕上げるにはどうしたらいいか――開発の現場は頭を悩ませた。
経営陣が求めてきたのは、何よりも果肉感。自社の競合相手は他ならぬ自社の瓶ジャムだった。試行錯誤を重ねた口径には自信があった。だが経営陣から要求される「より果肉感のあるジャムを」の声はそんな開発チームに立ちはだかった。経営陣を納得させるためのプレゼンではないものの、経営陣の先にいる消費者たちを納得させなければ新商品として成り立たないことは誰もが理解していた。
■ギリギリまで「濃度」を高める
「できない理由を並べることは簡単でした。でも『口径がこうなっているんで、無理です』と言ってしまえば、それで話は終わってしまう。そうではなく、お客様にどう新しいジャムを楽しんでもらえるかを必死で考えました」
たどり着いた答えは、“濃さ”だった。
果肉の大きさは開発の段階から変えなくても、濃度を操ることで口に入れたときの存在感を残すことができる。結果、損益のギリギリまで濃度を高め、コスト内で可能なかぎり濃厚な新商品を誕生させることに成功した。

また、ジャムそのものへの徹底した味の追究とは別に、商品開発は随所にこだわりが散りばめられている。
前編でも紹介したボトルデザインは、その極地だろう。「デザイナーさんには、ラフから数えたら、本当に数え切れないくらいのアイデアを出していただきました」と松本さんは振り返る。
「何よりも大切なことは、新商品を目にしたお客様に『これがジャムだ』と認識していただけることです。これだけ瓶ジャムが浸透しているなかで、そのハードルは非常に高いと考えていました。そもそもジャムとして認識されなければ、売り場で出会っていても手に取られることもありません。パッケージの見やすいところに果物を堂々と描いてもらい、ジャムであることがすぐにわかるデザインをひたすら議論し続けました」
■「うっかり賞味期限切れ」を避ける工夫
また外側だけでなく、ジャムの内容量も緻密に計算されている。
「内容量は結局、165グラムで決着しました。これは、1回の使用量をだいたい20~30グラムとして計算して、8~10回程度で使い切ってほしいという目安です。平日の朝食にジャムパンを召し上がるご家庭だと、だいたい賞味期限である2週間で食べ切れる計算になります。やはり鮮度があるうちに美味しく味わっていただきたいなと私どもとしては考えております」
また商品ボトルには、こんな“さりげない気遣い”も隠されている。
「従来の瓶ジャムだと、冷蔵庫の棚の奥のほうへ置かれてしまって、気付いたら賞味期限が切れてしまっていたという声を聞くことがありました。
そこで、新商品はせっかくプラスチックボトルになりますので、形状を楕円にすることによって、調味料のように冷蔵庫の内側ポケットに入れていただけるように工夫しました」
ボトルの硬さについては検討を重ね、極端に力を入れなくてもジャムが出せる容器を実現させたが、反省点も残ると松本さんは言う。
「冷蔵庫に入れて使用するとき、買ったばかりよりも容器が硬くなってしまって、ジャムを出すのに少し力が必要になるというご指摘は、モニター様のアンケートでいただいております」
■「3本目の柱」になる未来を信じている
他方で、新商品開発の狙いが顧客に届いていると実感できる場面もある。
「瓶ジャムでは一定数いただいていた、『子どもが舐めたスプーンを入れてしまってカビてしまった』という声が、『アヲハタ Spoon Free』においては聞かれなくなりました。衛生面においては、新商品の意図が奏功していると感じます」
従来の人気商品「アヲハタ55(ゴーゴー)」「アヲハタ まるごと果実」は今後もなお、息の長い商品として人々に愛され続けるだろう。これらに大きな不備や欠点があったわけではない。だが生活者の目線に寄り添い、少しの不便を改善していくこと。商品開発の醍醐味は、おそらくその一点にこそある。
「今はまだ途上ですが、5年後10年後、『アヲハタ Spoon Free』が3本目の柱になる未来があり得ると私は信じています」
願いにも誓いにも聞こえる松本さんの言葉は、期待感に満ちていた。

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黒島 暁生(くろしま・あき)

ライター、エッセイスト

可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。

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(ライター、エッセイスト 黒島 暁生)
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