プリントシール機のシェア90%を占めるのが「フリュー」だ。誕生から30年、平成の大ブームを経て、なぜ令和まで生き残れたのか。
企画・開発に携わってきた榎本雅仁社長に取材した――。(第1回/全2回)
■誕生から30周年を迎えるプリントシール機
いつの時代も流行の最先端を牽引するのは女子高生だ。新たなブームを次々に生み出し、大人が認識する頃には新たなターゲットに向かう。そんな移り気な女子高生が30年にもわたって愛し続けるカルチャーがある。それが「プリクラ(セガ/アトラス)」(※)から文化が誕生した、プリントシールだ。1995年に誕生し、2025年で30周年を迎えた。現在は「プリ」と呼ばれて親しまれている。
※「プリント倶楽部」と「プリクラ」はセガの登録商標
読者のなかには、若い頃に撮影した思い出を持つ人もいるかもしれない。しかし、決して古い文化ではなく、今でもプリは女子高生の生活に欠かせないアイテムとして存在している。
マイナビティーンズが2022年2月に10代女子に行った調査によると、プリを撮影する頻度として、高校生は「月に2~3回」と答えている人が最も多く、29%に上る。
■一緒にプリを撮ることは仲良しの証し
頻度からもわかるように、プリは特別な記念日に撮影するとは限らない。いつもの友人と会っただけの日にも、遊びのひとつとして撮影する。
撮影したプリの画像データはInstagramのストーリーズに投稿し、シールはスマホに装着している透明ケースの中に入れて持ち歩く。一緒にプリを撮ることは仲良しの証しでもある。
実は現在、プリントシール機のシェアは「フリュー」が90%を占めている(※2025年3月末時点 フリュー調べ)。本稿では、フリュー株式会社 代表取締役社長 榎本雅仁氏に、過去に企画・開発に携わっていた目線でプリントシール機のこれまでとフリューが業界トップを独走する理由について話を聞いた。
■似顔絵シール機は需要が低く、大失敗
プリントシール機の誕生は1995年。ゲーム会社のセガとアトラスが共同開発した「プリント倶楽部」は1997年6月末時点で累計出荷台数が約2万2000台に上るヒットとなり、「プリクラ」の愛称とともに大ブームを巻き起こした。女子高生たちは撮影したプリントシールを「プリ帳」と呼ばれる手帳に貼って持ち歩いていた。プリントシールの交換も大流行し、枚数が多いほど人気者の証しと認識されていた。
一方、オムロン(現フリュー)は1997年、社内でエンタテインメント分野の新規事業を開始し、プリントシール機事業に参入を決めた。当初はオムロンの「顔認証技術」を使って「似顔絵シール機」を開発し、他社との差別化を図ろうとしたが、大失敗した。
創業者の田坂吉朗氏が利用者である女子高生に徹底的なヒアリングを実施、不調の原因を探ることに。調査の中で、写真のシールにニーズがあり似顔絵は求められていないことが分かり、以降ユーザーへのヒアリングはフリューにおけるプリントシール機企画・開発の基幹となっていく。

フリューは、プリントシール機の筐体、およびソフトウェアを一括して開発している。筐体のデザインから美顔加工まで、すべてブラッシュアップできる点も強みだ。
■「美白」機能を打ち出して売り上げ1位に
その後、当時のメイクトレンドだった「美白」機能を打ち出して1999年に発売した「ハイキーショット」で、同社は初の売り上げ1位を奪取する。
入社後、2000年代前半にプリントシール機の企画を担当していた榎本氏も、ユーザーから「わかりにくい」「使いにくい」といった意見が出た点についてはすべて改善することに決めた。
「調査を進めるうちに、画像処理が10年ぐらい変わっていないことに気づき、写りを良くすることに重点をおくべきだと考えた。プリントシール機でライティングをしっかり行い、写真をきれいに撮影したうえで画像処理を行うように方針を転換した。利用者は理想の自分になりたくて撮影している。その自己肯定感をしっかりと満たさなければ支持されない」(榎本氏)
■当時の社長から却下されたアイデア
女子高生を飽きさせないために各社が新しい機能を模索していて、当時は遊び要素を打ち出した機種が業界的に主流だった。その流れにのり、それまでフリューも技術的な楽しさを優先すべきだと考えていた。
「創業社長・田坂に写りで戦うと言ったら、遊べる機能がないのに勝てるのかと却下された。当時は機能の新しさで楽しめる機種が人気で、市場も大きかった。しかし、将来的に市場が小さくなったとき、写りの良さが重宝される時代が来る。
そこで、田坂に何度も写りで戦いたいと粘り、しぶしぶOKをもらうことができた」(榎本氏)
この方針転換により、2004年発売の「百花絢爛」ではこれまでの画像処理の手法を変更し、写りの向上が実現。その後、売り上げ1位を取れる機種が頻発するようになる。榎本氏はさらに、憧れのモデルの写真や落書きをサンプルとして表示するような機能を追加した。
■女子高生はとにかく「目を大きくしたい」
「都会に住んでいる人は自分をかわいく見せるポーズなどをよく知っていたが、地方在住の人はあまり知らなかった。そこで、真似したいポーズや落書きを見せるようにした。プリ機内に投票システムを作成し、人気ランキングが表示される『プリの殿堂』という機能も作った。全国的にもっと撮影を楽しみ、盛り上がる仕掛け作りをした」(榎本氏)
プリントシール機の加工といえば、非現実的なまでの目の大きさが思い浮かぶ。こうした「目力」加工は2007年の「美人-プレミアム-」から始まった。大人には伝わりづらい目力の魅力は、当時の女子高生の心をつかんだ。
こうしたなか、セガはプリントシール機事業から撤退、再参入する2020年まで10年ほどブランクを空ける。
そしてフリューは2011年、肌の質感にこだわったナチュラルな写りを実現した「LADY BY TOKYO」を発売、爆発的なヒットとなる。「LADY BY TOKYO」はリニューアルを繰り返し、第4弾まで販売する人気機種となった。

■目の角度や涙袋、まつ毛の量まで調整できる
2015年頃からは、目以外のパーツにもこだわりを持てるようになり、小顔効果、髪質などの仕上がりのクオリティも向上する。現在は、顔全体にレタッチを施させるため、目の角度や涙袋、まつ毛の量などもバーで細かく調整できる。こうした加工も、榎本氏がこだわったきれいな写りがベースにあるからこそ生きてくる。
■女子高生の心をつかむ3つの秘訣
プリントシール機が30年もの間愛される理由として、フリューは「若年層の欲求を時代に合わせた変化で叶え続けてきたから」だと捉え、3つの理由を挙げる。
1つは「自己肯定感」だ。プリントシール機は「盛る」ことにより、なりたい自分になれる。2つ目は「自己表現欲求」だ。プリントシール機ではポーズを考えて撮影したり、文字やイラストなどを配置したりとさまざまな手法で自分を表現できる。3つ目は「つながりたい欲求」だ。プリントシールを撮影する体験、シールや画像を共有する「ウチら感」が大事だという。
しかし、それぞれを細分化して具現化するためには、ニーズをしっかり把握する必要がある。プリントシール機のシェアの90%をフリューが占めるようになったのは、年に300回以上実施している女子高生への入念なヒアリングの結果だ。

「つねにユーザーインタビューを行い、開発機に微調整を加えている。以前は、私自身も発売前の機種をアミューズメント施設に持って行って組み立て、テストしてもらってアンケートを取り、ユーザーの反応を見ていた。今は弊社に毎日のように女子高生が訪れ、全国に39店舗(2025年3月末時点)ある直営店『girls mignon(ガールズミニョン)』のネットワークも活かしながら、多くの意見を聞いている。コロナ禍ではオンラインでもミーティングを行っていたが、実際に撮影してもらうのに対面が最適だ」(榎本氏)
■「多様性の把握」をしたかった
これほどまでにヒアリングに力を入れる理由は、多様性の把握だと榎本氏は言う。
「街で遊んでいるギャルっぽい人、普通に部活を頑張って日焼けしている人など、いろいろなタイプの人と1週間で200人ぐらい面接をしたことがある。その際、かわいくなりたいという気持ちは共通しているが、ニーズはそれぞれ違うとわかった。そこで、モードを選べる機種を発売した」(榎本氏)
2005年に発売した「美族」は、美白の「ひめセレブ」、美黒(びぐろ)(=肌色が美しく黒くなる)の「ギャルセレブ」、きれいな「ナチュセレブ」などのモードを選べた。しかし、この頃は「好みがはっきり分かれていてわかりやすかった」と榎本氏は言う。
「今はそこまで極端にファッションが分かれていない。友達同士でもそれぞれがお互いの好みを尊重している人が多く、トレンドが混ざっている印象だ」(榎本氏)
■今の10代は顔だけでなく雰囲気も盛りたい
今どきの10代は、日によってファッションの系統を変えることがある。プリを撮るときは友達同士で事前に打ち合わせて似たコーディネートにすることもあるが、まったくバラバラな場合もある。
現在のトレンドは、顔だけでなく雰囲気も盛れること、そして体験の価値が高まっていることだという。
2025年春に発売された「Hyper shot」では、「無加工風」、「ナチュ盛れ」、「プリ盛れ」の3つが選べる。さらに天井から映せる「ハイアングルショット」や、LEDによるカラー背景などで全体的な雰囲気を盛る。選んだシールデザインの上に落書きができるなど、楽しい仕掛けも用意している。
フリューが業界トップを走り続ける理由は、このように入念なヒアリングを通してユーザーの動向を掴み、製品企画のチューニングを行っていることにある。つねに新しさや驚きを提案することが最も重要だとして開発を進めており、こうした方針により、女子高生を中心とした若者から熱い支持を得られている。

----------

鈴木 朋子(すずき・ともこ)

ITライター・スマホ安全アドバイザー

メーカー系SIerのSEを経て、フリーランスに。SNSなどスマートフォンを主軸にしたIT関連記事を多く手がける。10代の生み出すデジタルカルチャーを追い続けており、子どもの安全なIT活用をサポートする「スマホ安全アドバイザー」としても活動中。著作は『親が知らない子どものスマホ』(日経BP)、『親子で学ぶ スマホとネットを安心に使う本』(技術評論社)など多数。

----------

(ITライター・スマホ安全アドバイザー 鈴木 朋子)
編集部おすすめ