「100年企業」は、なぜ長きにわたり事業を継続できているのか。創業1922年のオタフクソース(広島市西区)は、「お好みソース」で国内トップシェアを誇り、最近では海外での業績も好調だ。
同社の8代目社長の佐々木孝富さんに、長寿企業でありながら業界トップクラスを維持し続けてこられた要因を、ライターの鬼頭勇大さんが聞いた――。(第2回)
■目先の業績や数字よりも大事にしてきたこと
ソース業界でトップクラスのシェアを誇るオタフクソース。「お好みソース」が国内で圧倒的な人気を誇る一方、海外に3工場を設立するなど世界進出も進めている。グループの連結売上高は324億9000万円(25年9月期)と過去最高となっている。
同社の経営哲学について、佐々木孝富社長は、「一見すると、非効率かもしれない。でも、それが最終的に生きてくることがあるはず」と語る。
1922年に、広島市で酒・醤油類の卸小売業「佐々木商店」として創業したオタフクソースは、佐々木一族が経営してきた「ファミリー企業」だ。現在の社長・孝富氏は、創業者から見て孫の代に当たる第三世代に該当し、会長を務める前社長の直義氏は実の兄である。
そんな同社で脈々と受け継がれてきたのが、目先の業績や数字ではなく、現場・現物・現実を大事にする「三現主義」、さらには社員を大事にする姿勢だ。時にはあえて非効率な活動をも行いながら、顧客や社員と向き合う。同社の経営哲学について、孝富社長に話を聞いた。
■「創業家が仲良くすることは義務」
オタフクソースを含むOtafuku(オタフク)グループは、創業家の佐々木8家が代々経営のかじ取りをしてきた非上場の企業グループだ。
現在の孝富氏はオタフクソースの8代目社長に該当する。
ファミリー企業といえば、親子同士の権力争いなど“お家騒動”がつきもののイメージもあるが、Otafukuグループは一線を画する。「お客さまや社員のことを考えると、われわれ創業家にとって仲良くすることは『義務』」と孝富社長は語る。
創業8家のメンバーは、週末にゴルフへ出かけることも珍しくないというほど距離が近いものの、6代目の茂喜社長時代に、後継者問題などを含めて創業家に対するルールとなる「家族憲章」を数年がかりで作成している。給料や退職金、役割や入社に関する取り決めなども盛り込んだ。
■社員旅行は社員にとって人気行事
創業家だけでなく、さながら社員も「佐々木ファミリー」の一員として捉えるような文化が、オタフクソースには目立つ。
例えば、今となっては廃止する企業も多い「社員旅行」。2025年は北海道や青森、京都や大阪など複数の目的地の中から好きなものを選べるプログラムだったという。社員の参加率は50%ほど、中には自己負担してまで家族を誘って参加する社員もいるなど、人気のイベントだ。
中堅社員向けには「創藝塾」というプログラムで、歴史上の偉人の足跡をたどりながら人生の参考にする機会を設けている。2018年には山口県に福利厚生施設の「清倫館」を設立した。かまどやいろりを囲んで共同生活できる施設で、部署単位の利用も多いという。

こうした取り組みのかいもあって、人手不足に悩む企業も多い中、採用で悩むことは「特にない」と孝富社長は笑顔を見せる。
「どうすれば社員の成長を支援し、プラスになるか。家族経営である当社にとっては、社員も家族のようなものですから、社員一人一人のウェルビーイングを常に考えています」(孝富社長)
同社の社員に対する取り組みを貫くキーワードとして、孝富社長は「非日常」を挙げる。社員同士で非日常を共有することがコミュニケーションになり、つながりを強化する。それがまわりまわって、会社や顧客のために働く原動力になっていき、同社がシェアトップを維持する上で重要な「三現主義」というイズムをさらに強化しているという。
■新入社員が行う「キャベツ農場研修」の意味
現場・現物・現実を重視する三現主義は、ソースに参入したのが「最後発」(孝富社長)ながら、シェアトップに輝いた最大の要因といえるものだ。
「卸さんから間接的に話を聞くだけでは、お客さまの細かな思いや困りごとは理解できません。そこで、当社では徹底的にお客さまのもとへ足を運ぶ文化が定着しています」(孝富社長)
徹底的に顧客と向き合うには、まず社員にお好み焼の知識が必要となる。だからこそ、社員への教育制度を充実させている。
代表例が、新入社員に対して土作りから収穫までを体験する「キャベツ農場研修」だ。まずここで数カ月をかけて、キャベツ料理でもあるお好み焼の真髄をしっかりと叩きこんでいく。
さらに社長みずからも参加してコミュニケーションをとる「車座」を実施し、そこでも毎回お好み焼を食べている。
経営と社員が親密になるだけでなく、その中でお好み焼が身近に感じられる仕組みづくりをして、社員自らがお好み焼のプロたちと向き合うために必要な学ぶ姿勢を培っている。
■社内の反対よりも顧客の声を尊重する
一般的にソース製品は日本農林規格の定義に沿って「ウスターソース」「中濃ソース」「濃厚ソース」といった名称で売られることも多いなかで、同社が手掛けるほとんどが「お好みソース」「たこ焼ソース」「焼そばソース」など、メニューに特化した名称なのも、最大公約数ではなく三現主義によって発見した細かなニーズの一つひとつから生まれているからだ。
全2000超という膨大な商品群の大半を占めるのが業務用で、そのほとんどがオーダーメイド。現場へ足を運んで顧客と向き合い、吸い上げた悩みやニーズを基に開発してきた。
象徴的なエピソードが「1歳からの」シリーズが生まれた際のもの。同シリーズは、アレルギーに悩む子供などを対象に、特定原材料8品目を使わず、安心して味わえるソースとして開発した。とはいえ、アレルギーに悩む子供たちのボリュームは限られている。BtoC商品はある程度のロット数を見込めないと収益化が難しいことから、当初は社内で難色を示す人もいたという。
「ある若手社員から『アレルギーで困っているお客さまがいて、解決したい』と提案がありました。当時の経営層は、ターゲットがかなり限定的なこともあって『誰が買うんだ』と懐疑的な見方をしていましたが、提案してきた社員が諦めず、お客さまの声に寄り添いたいと根気強くプレゼンを続けました。最終的に社長も折れて商品化に至り、結果的にはカテゴリー全体で数億円規模を売り上げる、ロングテール商品に成長しました」(孝富社長)
■売上の目標がない部署の仕事内容
規模や効率を過度に追い求めず、時には非効率なことにも取り組む。一環として、1998年に「お好み焼課」なる部署を立ち上げた。
売り上げなどの業績数値とは異なる尺度で、文化としてのお好み焼を広げることに注力している部署だ。
その活動は多岐にわたる。本社付近にある複合施設の「Wood Eggお好み焼館」に来訪した客向けに実施している教室や、お好み焼店を開業する人向けの研修、さらには新たな粉もんメニューの開発などを日々行っているという。
「お好み焼課は、とにかくお好み焼を広げる努力をするのがミッションの部署です。営業組織とは異なり、売り上げの目標数値などは設けていません。というのも、こうした活動がどれだけの売り上げに貢献したか数値で測ることは困難ですから。
お好み焼の歴史や文化を学んでもらう。それが、まわりまわっていつか事業活動に貢献してくれるのではないか――一見すると非効率と思われるかもしれませんが、それが花開くことを信じて、地道に取り組んでいます」(佐々木社長)
■非効率がお客の「共感」に繋がる
孝富社長はお好み焼課の取り組みや、社員に対する手厚い制度について「商売とは直接的に関係ないし、非効率かもしれません。傍から見たら、うちは仕事とプライベートとの境があまりないようにも見えるでしょう」としつつ、それを貫けることこそ、ファミリービジネスの会社らしさだと説く。
「お客さまのため、社員のため、そして社会の役に立つには、相手の目線に立つことが必要です。いわば『共感』ですね。これがないと、相手の困りごとを解決するなんて、絶対にできません。
そのためには、時としてあえて非効率なことにも取り組む必要があると考えています。業績や数字にとらわれて私たちがブレーキ役になっては絶対にいけない――というのが佐々木家の教えです」
顧客も社員も、等しく佐々木家の一員である――同社の取り組みや孝富社長が発する言葉の節々からは、そんな考えが感じられた。

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鬼頭 勇大(きとう・ゆうだい)

フリーライター・編集者

広島カープの熱狂的ファン。ビジネス系書籍編集、健保組合事務職、ビジネス系ウェブメディア副編集長を経て独立。飲食系から働き方、エンタープライズITまでビジネス全般にわたる幅広い領域の取材経験がある。

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(フリーライター・編集者 鬼頭 勇大)
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