■プロ野球「史上最高の観客動員」は喜んでいいのか
2025年シーズンのNPBは、両リーグ合わせて858試合を消化し、2704万286人の観客を動員した。NPBの観客動員は、2005年以降「実数発表」となったが、今季は、それ以降で最大になった。
2005年の時点で1992万人だった動員数は、2019年には2653万人まで増加したが、翌年の新型コロナのパンデミックで、無観客試合や「ソーシャルディスタンス」を取った間引き動員などが続き、NPB球団は深刻な打撃をこうむった。
しかし「コロナ明け」から、観客数はV字回復し、2024年にはコロナ前を上回る2666万人となり、今年、それをさらに更新した。
1試合当たりの観客動員数は、2005年は2万3552人だったが、コロナ前の2019年に3万929人となり、今年は3万1515人になった。
NPB球団の本拠地球場のキャパシティは阪神甲子園球場や東京ドームが4万3500人程度で最大級だが多くの球場は3万人台だ。平均で3万1515人ということは、ほとんどの球場で動員率が70%を超え、満員に近付いていると言うことになる。
事実、今季、最大の観客動員を記録した阪神の1試合平均動員数は4万1722人。動員率は95%を超えている。
阪神タイガースの入場券は春先に売り出されるが、短期間でほぼ売り切れる。
この数字だけを見れば、プロ野球ビジネスは万々歳ということになる。
■各球団の「巨人離れ」が進んだ要因
21世紀初頭までのプロ野球のビジネスモデルは、ほとんど「巨人戦の放映権料」一択だった。夕食時のゴールデンタイムに、ほぼ20%の視聴率が見込める「巨人戦ナイター」はテレビメディアにとって最重要なコンテンツだった。巨人には、主催する65試合の放映権収入が放送局から入った。他のセ5球団にもそれぞれ巨人戦主催試合13試合の放映権収入が入り、これが主たる収益源になっていた。
巨人戦がないパ・リーグは採算が取れず親会社の損失補填に依存していたが、多年の赤字補填に耐えかねて多くの球団が身売りをした。
その流れは2004年に変わる。近鉄バファローズが身売りしてオリックス・ブルーウエーブとの合併を決断、これを機に「球界再編」が勃発する。
パ・リーグ球団は、巨人の渡辺恒雄オーナーを説得し、合併を機に2リーグ12球団のNPBを1リーグ10球団とし全球団が「巨人戦放映権」の恩恵を受けられるようにしようとした。
しかし巨人戦が減ることになるセ・リーグ球団は当然ながらこれに反対「巨人+パ・リーグ球団」対「巨人以外のセ・5球団」という対立の図式ができた。ここに球団減少によってプロ野球選手の活躍の場が減少することを危惧したプロ野球選手会が割って入った。
選手会はストライキを敢行、そして渡辺恒雄巨人軍元オーナーの「たかが選手が」発言が国民の怒りを買い、経営者たちがもくろんだ「合併、1リーグ化」は水泡に帰した。そして新球団楽天の加入もあって、2リーグ12球団体制は維持された。
■観客数を増やしたリピーター戦略
ほぼ同時期に「巨人戦」の視聴率が急落した。1999年には20%をキープしていたが、2003年には15%を割り込むと翌2004年、民放キー局は地上波全国ネットから撤退。「巨人戦恃み」のビジネスモデルは「球界再編」と同時期にあっけなく崩れ去った。
以後、各球団は放映権に頼るのではなく、入場料収入、場内での飲食物販、グッズのライセンス収入、スポンサー収入を柱とするビジネスモデルへの大転換を余儀なくされた。
2005年にホークスを買収したソフトバンクと、北海道に移転した日本ハムは、地域密着でファンを球場に集めるリピーター戦略を展開、千葉を拠点としたロッテはファンクラブを中心としたCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)を展開、こうしたビジネスモデルが12球団に拡がって、NPB12球団は「テレビ視聴率」恃みから、完全に脱却した。
新型コロナ禍で、各球団は一時的に経営危機に見舞われたが、コロナ明けも地域密着型のビジネスを強力に展開し、今年に至って史上最高の観客動員を更新したわけだ。
■20年でプロ野球ファンは半減
史上最高の観客動員を更新したこと自体は同慶の至りではあるが、この間に日本の「野球ファン人口」は激減している。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社は、2006年から「スポーツマーケティング基礎調査」を行っている。
この中では2006年から毎年、全国15歳(除く中学生)~69歳のインターネットユーザー2000人を対象にアンケート調査を実施している。そのアンケートで「プロ野球ファンかどうか」を聞いた結果から、日本のプロ野球ファン人口を推計している。
20年前は4400万人を超えていたファン人口は低落を続け、2025年には2218万人と半減している。昭和の時代「ナショナルパスタイム(国民的娯楽)」と言われたプロ野球だが、いまでは野球ファンは日本人の6人に1人強にまで落ちている。
最大の要因は前述の「地上波プロ野球中継」が消滅したことだ。まだ日本シリーズなどの特別の試合や、ローカル局の中継などはあるが、地上波テレビでナイター中継を見る機会は大幅に減少した。
昔の小学生は、朝学校へ行くと前日見たナイターの話をしたが、今の子供の大部分は野球のルールを知らなくなっている。NPBは「野球型授業」の推進のため、小中学校の教員に「野球教室」を行っている。筆者は何度も取材したが、今や先生でさえも野球経験がない人が大半だ。
■球場に足を運ぶのは野球ファンだけ
「野球離れ」は極めて深刻だ。しかし冒頭で紹介した通りプロ野球の観客動員は増え続けている。この二つのグラフを重ねるとこうなる。
観客動員は「実数」、ファン人口は「推計」だから単純比較は難しいが、新型コロナ禍を経てプロ野球の観客動員数は、ファン人口を上回っている。
これが意味するのは、球場に足を運ぶのは野球ファンだけになっている、ということだ。
実際、プロ野球のマーケティングは、ヘビーユーザーへの「リピーター戦略」が中心になっている。
同じお客に何度も球場に足を運んでもらうために、球団はファンクラブ会員のスマホに「あなたの推しの○○投手が登板します」とか「誕生日にはぜひ観戦を」みたいなメールを送り付ける。グッズ先行販売など様々な特典も付与する。こういう形で、リピーター顧客を増加させているのだ。要するに今のNPBの観客動員は「延べ人数」なのだ。
野球ファンそのものは20年で半減しているが、球団は残ったファンに向けて濃密なマーケティング戦略を仕掛けて観客数、売り上げを伸ばしているのだ。
しかしこの戦略には、大きな問題がいくつかある。
■新規顧客の開拓ができていない可能性
濃厚なマーケティングを繰り返せば、顧客層は「マーケティング疲れ」を感じる。工夫がないまま、しつこい勧誘や似たような訴求が過度に続けば、顧客は次第に飽きて、嫌気を覚える。
さらに、球場の動員率が100%に近付き、飽和状態に近づけば、動員数を伸ばすことが困難になっていく。「客数増」が見込めないのであれば「客単価アップ」が商売の常道だが、円安、物価高で可処分所得が増えていないファンが使える金には限度がある。
すでにチケット価格や場内で販売するビールの値上げが続いている。
さらに言えば「野球ファンも年を取る」。同じ顧客ばかり濃密にアプローチを続けていても、ファン層が高齢化すれば、可処分所得は低くなり、体力的にも足しげく球場に通うのが難しくなってくる。
「既存顧客の深掘り」と「新規顧客の開拓」はBtoCビジネスの両輪だ。各球団も承知していて、若年層へのアプローチもしている。いわゆるZ世代のために「推し活」的なアピールもしているが、その効果はデータを見る限り、限定的と言わざるを得ない。
さらに、近年、各球団は「地方のファン」を実質的に切り捨てている。
■「地方営業」を捨てた結果
プロ野球は昔から本拠地とは別の地域で公式戦を行ってきた。大相撲の「地方巡業」と同じで、地方新聞社などのプロモーターに興行を丸投げする。球団は絶対に赤字にならないからいい商売だったのだが、今は黙っていても本拠地球場がほぼ満員になる。
地方球場はキャパが小さい上に施設も見劣りして選手には不評だ。
プロ野球ファンは実質的に12球団本拠地近辺だけになり、プロ野球が開催されない地方部では激減している。
率直に言って、新規顧客の開拓よりも、既存顧客の深掘りに邁進する方が「楽」なのだ。すでに完成された手法で、勝手知ったる顧客にアプローチする。爆発的な売り上げアップにはならないが、昨対(昨年対比)5%、10%と業績をアップさせれば、親会社も安心する。
NPB球団は、こういうサラリーマン的な「安全運転」ビジネスをずっと続けてきたのだ。
しかし、今、海の向こうから巨大な勢力が、日本市場をうかがっている。いうまでもなく、MLBだ。今春、東京ドームで開催されたカブスとドジャースの開幕戦シリーズ「MLB東京シリーズ」は、阪神、巨人とのエキシビションマッチも含めて空前の観客を集め、入場券はプラチナチケットと化した。
■MLBは本気で日本市場を狙っている
2025年6月3日~15日の交流戦期間中、ソフトバンクホークスは、日米両国の伝統と文化を感じながら野球を楽しめるイベント「AMERICAN BASEBALL EXPERIENCE」を開催した。
行われているのはNPBの交流戦だが、場内アナウンスもスコアボードもすべてMLB流。
MLBグッズのブースも設けられ、多くのファンが集まっていた。
前出の「スポーツマーケティング基礎調査」は、並行して野球日本代表とMLBのファンの人口も推計している。2025年では野球日本代表が2350万人とプロ野球のファン人口2218万人を既に上回っている。2023年の日本の優勝で幕を閉じた第5回WBCがあった年に数字を一気に伸ばしている。
MLBのファン数は1074万人で、昨年(1133万人)より微減したが、ここ10年間で466万人(2016年)→1074万人とファンの数を倍増させている。
MLBは日本など東アジア地域へのマーケティングを積極的に行っている。北米での競争が厳しく、新たな市場を求めているのだ。
百年一日のごときビジネスを続けているNPBのマーケットに、大谷翔平ブームを追い風にしたMLBが進出しているのだ。今回のWBCへの大谷出場にもそういう背景がある。
NPBはエクスパンションするなど「NPBファン拡大」へ向けての手を打つべきだ。そしてアマチュアも含めた野球のすそ野拡大のために、本腰を入れるべきだ。
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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)

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