※本稿は、澤口俊之『脳科学で知る! 世界一わかりやすい「怒り」の教科書』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の一部を再編集したものです。
■生まれてすぐ大泣きするのは人間ならでは
他の多くの動物と同様に、私たち人間が怒り感情を持つことはごく当然のことで、人生のベースにありつづけます。
人は、生まれてすぐに泣きますよね。怒りのせいで泣くのか、怖れのせいで泣くのか、はたまた両方のせいなのか……、怒りと怖れは「表裏」ということもあって、赤ちゃんの泣き方が両者で似ているので大人にはわかりませんが(母親の脳はわかるようですけど)、生誕直後に大泣きするなんてことは、他の動物ではほぼあり得ないことです。
生誕後から1歳頃まで、つまり言葉が出るまでのコミュニケーションの主要な手段の一つは、この「泣くこと」です。泣くことによって、次の3つのことを主に訴えていると考えられます。
1番目は、お腹なかが空いているときで、これは生存のために重要であることは明らかでしょう。赤ちゃんは自分で食べるものをまだ手に入れられないわけですから、泣いてまわりの人間に「お腹が空いた!」と訴えるのです。
2番目は、痛みなど、体の不快感への訴え。これも生命の危険につながるものになります。痛みを訴えることで、助けを求めます。
3番目が、寂しさや怒りによるもの。特に母親などの保護者に対して「こうしてほしいのにそうならない」という感情をぶつけたいときに、「泣く」という行動として表れます。
■前頭前野が怒りの感情をコントロール
実は、1歳ちょっと前からこのような泣き方が減っていき、1歳を過ぎる頃から、怒り感情をコントロールできるようになってきます。逆に言うと、この時期、つまり1~2歳の頃に怒り感情の扱い方を学んでおかないと、「かなり大変なことになる」と予言せざるを得ません。
怒り感情は扁桃体で生まれ、前頭前野がその怒りをコントロールしています。この「脳の調整役・監督役」である前頭前野が成熟するのは、20代中頃と言われており、幼児では当然未発達なのですが、実はこの時期こそ、著しい成長段階にあるのです。だからこそ幼少期から、アンガーマネジメントの肝である前頭前野を鍛えることが重要になってくるのです。
■幼少期のストレスは脳の発達に悪影響
ちなみに、前頭前野の感情制御関係の活動は生後10~16カ月頃の間に大きく発育するので、1歳を過ぎるころから怒り感情のコントロールができるようになるんです。
さらに、怒りに深く関係するストレスは子どもでも大人でも前頭前野に悪影響を及ぼしますが、5歳頃までの精神的・社会的ストレスは、その期間での前頭前野の成長のみならず、思春期以降の前頭前野や扁桃体の発達や機能にも大きな影響を与え、機能が大幅に低下することもあります。
こうしたことから見ても、幼少期から前頭前野を適切に鍛えることがいかに重要なのか、端的にわかると思います。
■本能的な欲望を抑える「実行機能」
「怒りを感じたら、まずはゆっくり6秒数える」というアンガーマネジメントのテクニックが世間では流布しているようです。まあ、根本的な解決法ではないのですが、ネガティブ刺激による扁桃体の活動は5~8秒でピークを迎えることがあるので、そんなやり方を試すのもいいでしょう。
とはいえ、怒りの種類によってはもっと長続きするものもあります。みなさんもご存じのとおり――それに、同じような怒り感情にしてもその持続時間には1分から数カ月(!)もの大きな個人差があった、というデータもあるくらいです。
ただ、そもそも「怒りを抑えて待つ」ということ自体が、「実行機能」がきちんと働いていないとうまくできません。実行機能というのは、行動や感情、思考、注意などを状況に応じて柔軟に(抑制的にも)制御する能力のことです。
たとえば、動物でもごはんを出されて「待て」と言われて待てる種と、待てない種がいますよね。欲望に任せて自己中心的に行動するのではなく、状況的・社会的に考えて待てる能力――これが実行機能の重要な能力の一つです。
人間もそうです。幼児の頃は「待ってね」と親に言われても待てずに食べ始めたり、食べられないと泣きわめいてみたりと、まあ大変です。ですが、大人が食べる前に「みんながそろってから“いただきます”しようね」「日々の恵みに感謝してから食べようね」と繰り返し話すことで、子どもは「待つ」ことを覚え、やがて行動をコントロールできるようになっていくのです。この実行機能を担っている主要な脳領域が、まさに前頭前野です。
■「怒りっぽい子」とそうでない子の分岐点
前頭前野の発達スピードや変化は、特に幼少期において最も活発です。この時期の子どもたちの脳は、驚くべき可塑(かそ)性(plasticity)を持っており、さまざまな経験を通じて神経回路を形成していきます(plasticityは、ギリシャ語の「plastikos」に由来し、成形のしやすさを示します)。
そして、この時期にしっかりと適切な刺激を与えることが、その後の人生における「感情コントロール能力」や「学習能力」に大きな影響を与えるのです。
実際、ペンシルベニア州立大学の研究では、言語能力が発達した幼児は、就学前までにフラストレーションをうまくコントロールできるようになることが明らかになっています。これは、言葉を通じて自分の感情を理解し、表現する能力が、怒りや不満といった感情を適切に処理する力を育むからです。
この種の(幼児や幼少期での)研究は非常に多いのですが、その大きな理由の一つは、就学後のみならず、思春期、成人期、さらには中高齢期における諸問題の「淵源(えんげん)」をたどると、結局は就学前の環境や行為に起因することが多かったからです。
■ピアノや本の読み聞かせで前頭前野を鍛える
たとえば、小学校高学年での「いじめ」は小学校時代ではなく、2~3歳頃の環境・行為(特にTV視聴)が主要因だとか、難関大学の合格率は就学前の遊びの仕方に大きく影響されるとか、あるいは、成人になってからの創造性や社会的スキル、レジリエンス(精神的回復力、忍耐力、逆境への適応力)などは、就学前に多少危険な遊びをした程度と相関するとか……。
それほどに幼少期での脳の可塑性は高く、この時期での環境・行為による可塑的変化による「結果」(可塑的に形成された脳)は人生を通じて長期的に続くんです(脳に限らず、可塑性が高いものは容易に成形できますが、そのままにしておけば成形は戻らない、といった感じですね)。そして、幼少期での可塑性が最も高いのが前頭前野であり、今述べたようなこと(いじめを含む)に深く関与します。
では、子どものうちに何をしたら、この前頭前野を鍛えられるのでしょうか。前頭前野の発達を促す効果的な方法として、ピアノの練習や絵本の読み聞かせが挙げられます。
ピアノを演奏する際には、楽譜を読み、指を動かし、リズムをとる……という複数の作業を同時にこなす必要があります。この複雑な作業が、前頭前野を刺激し、実行機能の発達を促すのです。また、本の読み聞かせは、物語を通じてさまざまな感情体験をすることができ、言葉の理解力を高め、想像力や共感性を育むことができます。
■画面を見る時間は「1日60分未満」厳守
実行機能の発達には生後5歳くらいまでが重要で、適切な発達には言語能力の向上が(先述のように)基本になりますが、いわゆるスクリーンタイム(TVやDVD、スマホなどの画面を見る時間)を1日60分未満にすることも必須です。同時に、屋外での身体運動や遊びを毎日60分以上することも、また、必須です。
これら両方がそろうことで実行機能は大きく発達しますが、どちらか一方だけでは効果はほとんどありません。そして、何よりも発達を阻害するのはスクリーンタイムの60分超えだと強調しておきます。
興味深いことに、「キレやすい」という特性は、必ずしもネガティブなものではありません。感情表現が豊かで、正義感が強く、物事に対して敏感に反応できる特性は、時として社会を良い方向に変える原動力にもなり得るのです。大切なのは、その感情をどう扱い、どう表現するかを学ぶこと(これまた実行機能系の働きですね)。それこそが、前頭前野の重要な役割なのです。
■「頭がいい子」とは「HQが高い子」
親だったら、つい「子どもには頭が良くなってほしい」と願わずにいられないでしょう。しかし、「頭がいい」とは、単に知能指数=IQが高いということではありません。感情をコントロールし、他者と協調しながら、創造的に問題を解決できる能力のことです――私自身は人間性知能=HQが高いことを「頭がいい」と定義しています。
HQは今述べた能力を含みつつ、他の重要な認知機能やIQ要素、そしていわゆる情動知能=EIないしEQ要素も含むからです。
そして、前頭前野の発達は、HQを支える土台となります。適切な判断力、感情コントロール、創造性、共感性――これらの能力がバランスよく発達することで、子どもたちは豊かな人生を送ることができるようになるのです。
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澤口 俊之(さわぐち・としゆき)
脳科学者
1959年東京都生まれ。理学博士。脳科学者。北海道大学理学部生物学科卒業。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。米国イェール大学医学部神経生物学科研究員を経て、京大霊長類研究所助手、北大文学部心理システム科学講座助教授、同大学院医学研究科教授を歴任。2006年に人間性脳科学研究所を設立し所長を務める傍ら、現在は武蔵野学院大学、同大学院の教授も兼務。専門は神経科学、認知神経科学、社会心理学、進化生態学。幅広い年齢層の脳の育成を目指す新学問分野「脳育成学」を創設・発展させている。また、脳科学に基づく社会還元や発達障害改善(教育相談)にも携わる。
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(脳科学者 澤口 俊之)

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