本当のお金持ちは、余暇を過ごす場所にどこを選んでいるのか。富裕層マーケティングを長く手掛ける西田理一郎さんは「11月末に、イタリア北部にあるピエモンテ州に行った。
そこでは富裕層の超高額な『キノコ狩り』が行われていた」という――。
■“白いダイヤ”を求めて世界中の富裕層が殺到
秋になると、日本の山里では家族連れが栗拾いに興じる。軍手をはめ、イガと熊に怯えながら地面を這いつくばり、腰を痛めながら拾い集めた栗は1kg1000円。スーパーに並ぶ国産栗とほぼ同じ値段だ。「自分で拾った」という満足感だけが、唯一の付加価値である。
きのこ狩りはどうか。入山料を払い、ビニール袋片手に山中をさまよう。運が良ければシイタケやナメコが見つかるが、大抵は「このきのこ、食べられますか?」と管理人に駆け込む羽目になる。そして帰宅後、ネットで画像検索して「やっぱり食べないほうがいいか」と諦める。
一方で、億単位の資産を持つ富裕層の「味覚狩り」はまるで別世界だ。訓練された猟犬が地中80センチに眠る“白いダイヤ”を嗅ぎ分け、熟練ハンターが宝石を扱うように土中から取り出す。100gあたりなんと7万円――同じ「秋の味覚を森で探す」という行為なのに、栗拾いやキノコ狩りとは、文字通りケタが違う世界がそこにはあった。

今回、筆者はイタリア・ピエモンテの森で繰り広げられる「白トリュフ・ハンティング」を実際に体験してきた。富裕層がたしなむ秋のハイエンドトラベルを解き明かす。
■人口3万人の街が「世界一のブランド」になった理由
舞台となるのは、北イタリア・ピエモンテ州にあるアルバという街だ。人口わずか3万人ほどの、普段は静かな古都である。しかし、毎年10月から12月にかけて開催される「アルバ白トリュフ祭り」の期間中だけは、街の景色が一変する。
街中のショーウィンドウというショーウィンドウが、エルメスのバッグでもロレックスの時計でもなく、「泥のついたキノコ」で埋め尽くされるのだ。ホテルは半年以上前から世界中のジェットセッター(プライベートジェットで移動するような富裕層)によって予約で埋まり、レストランは特別メニュー一色になる。
たった一つの食材で、世界中から富裕層を呼び寄せ、わずか数カ月で莫大な外貨を稼ぎ出す。これは、地方創生やインバウンド誘致に悩む日本の自治体にとって、究極のロールモデルと言えるだろう。彼らは「白トリュフ」というコンテンツを核に、宿泊、飲食、観光をセットにした「ガストロノミーツーリズム」を完璧に構築しているのだ。
では、なぜ「白トリュフ」でなければならないのか。「黒トリュフ」ではダメなのか。
ここに、富裕層が熱狂する「経済学的な理由」がある。
■人間の手では決して作れない”奇跡”
ご存知の方も多いと思うが、トリュフには「黒」と「白」がある。世界三大珍味として有名な黒トリュフ(フランス・ペリゴール産などが有名)は、近年の技術革新により、ホストとなる木(ナラやカシ)の根に菌根菌を定着させる「人工栽培(養殖)」がある程度可能になっている。つまり、計画生産ができる農作物になりつつあるのだ。
しかし、「白トリュフ」は違う。白トリュフはあまりに気難しく、特定の土壌、特定の湿度、そして特定の樹木との共生関係が複雑に絡み合い、いまだに人間のコントロールを拒み続けている。現代のバイオテクノロジーをもってしても、完全な養殖技術は確立されていない。
つまり、アルバの市場に並んでいるのは、すべて「自然からの偶然の贈り物」であり、再現性のない一点物なのだ。富裕層が熱狂するのは、単なる味覚ではない。お金の力でも、科学の力でも支配できない「完全なる自然」を手に入れる征服欲を満たしてくれるからだ。「買えないものはない」と信じる彼らにとって、「人の手では再現できないもの」ほど魅力的な投資対象はないのである。
■「1kg1600万円」で落札される狂乱
「これがモンフォルテ・ダルバの丘の香りだ」
興奮気味にそう語る採集人の手のひらには、ゴルフボール大の白トリュフが鎮座していた。
鼻を近づけた瞬間、脳天を突き抜ける芳香。バター、チーズ、湿った土壌が複雑に絡み合う、まさに“森の宝石”だ。
11月の最終日。会場である「世界アルバ白トリュフ市場」に到着すると、イタリア語、英語、フランス語、ドイツ語が乱れ飛ぶ国際色豊かな光景が広がっていた。だが、日本語を耳にしたのはわずか1組のみ。円安の逆風を受け、かつての日本人観光客の姿は見る影もない。「美食の聖地」への参加券は、今や為替レートが握っているのだ。
会場に立ち並ぶトリュフ販売スタンド。主役は言うまでもなく「ホンセイヨウショウロ」、通称アルバ産白トリュフである。この日の市場価格は、黒トリュフが100gあたり約8800円に対し、白トリュフは100gあたり約7万円。ちなみに、コンテストで高評価を得た逸品は、ほぼ確実にミシュラン星付きレストランへ直行する運命にある。
しかし、この「7万円」という数字すら、あくまで市場での小売価格に過ぎないことを知っておくべきだ。
この祭りのハイライトである「世界白トリュフオークション」では、理性を失ったような価格がつり上がる。過去には、1kgを超える巨大な白トリュフが競売にかけられ、香港の富豪が約1600万円で落札したこともある。
■それは食材というよりも「トロフィー」
重量が大きくなればなるほど、その単価は幾何級数的に跳ね上がる。なぜなら、大きなトリュフは削って食べるだけでなく、その塊自体をテーブルの真ん中に置き、ゲストに見せびらかすための「トロフィー」としての機能を持つからだ。私が目撃したのは、食欲というよりは、富と権力を誇示するための「トロフィー・ハンティング」の最前線だった。
「Quanto costa questo piccolo tartufo bianco?(この小さいの、いくら?)」。マダムの眼光は、まさに獲物を狙う鷹そのもの。採集人も負けじと電卓を取り出し、今日の市場価格と品質を天秤にかける。周囲では観光客と生産者の白熱した値段交渉が繰り広げられている。気温10℃にもかかわらず、筆者は大汗をかいた。これこそ、トリュフ祭りの真骨頂である。
「この子にはそれだけの価値がある。
大事に育てたんだからね」
採集人の強い言葉。単なる値段交渉ではない。品質への絶対的な自信と、森で過ごした時間への敬意が込められている。「それなら……」と、客は他の商品にも手を伸ばし始めた。トリュフに加え、ポルチーニ茸、ヘーゼルナッツ、チーズを次々とカゴに入れていく。
■「富裕層のキノコ狩り」はスケールが違う
最終的に、マダムは複数購入することで提示価格より“お得”に、納得のいくサイズの白トリュフを手に入れることに成功していた。いわゆる抱き合わせ販売だ。展示会やマルシェではよく見かける手法だが、ここでは100g7万円の商品が対象である。スケールが違う。
会場の一角では、目の前で削られる白トリュフがタヤリンパスタを彩り、バローロやバルバレスコなどのイタリアワインがグラスの中で優雅に踊っている。チーズ、ヘーゼルナッツ、ポルチーニ茸。ピエモンテの秋が、五感すべてに語りかけてくる。
「土の温かさと森の湿り気が詰まっている」――採集人の言葉通り、一口ごとに森の記憶が蘇る。これが、年に一度の“白い黄金”争奪戦の真実だ。
来年こそは、円高に転じることを祈りつつ、筆者は会場を後にした。だが正直なところ、為替レートよりも、あの鷹の眼を持つマダムたちとの交渉術を身につけるほうが先かもしれない。大阪のおばちゃんのレクチャーから始めるとしよう。

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西田 理一郎(にしだ・りいちろう)

価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役

富裕層向けブランド体験の「物語」を紡ぐナラティブ・マーケティングをプロデュース。また、情報伝達を超えた行動を仕組化し、個の全盛時代において、ラグジュアリー市場での持続的成長を実現する知の「価値共創」戦略を構築する。プレミアムブランドの世界観を体現する戦略的プラットフォームの商品化を手がけ、ミシュラン・ガストロノミーから超高級ライフスタイルまで、文化的価値を経済価値に転換するマーケティング、ブランディングを専門とする。「to create a Real LIFE 敏腕マーケターが示唆するこれからの真の生き方とは」「Life is a Journey」「食と文化の交差点 ガストロノミーへの飽くなき情熱」などのメディア掲載・連載を通じて真のラグジュアリーとは「所有」ではなく「体験」であり、その体験に宿る物語こそがブランド価値の源泉である――という信念のもと、富裕層マーケティングの新境地を開拓し続けている。主要著書に『予測感性マーケティング』(幻冬舎)、『アフターコロナ時代のトラベルトランスフォーメーション』(ゴマブックス)、『GRAND MICHELIN ミシュラン調査員のことば[特別編集版]』(アンドエト)がある。個人サイト

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(価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役 西田 理一郎)
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