■「マスコミが押し寄せた為…」
12月15日に投開票された伊東市長選挙は、9人が立候補し、元市議会議員の杉本憲也氏が当選した。前市長の田久保氏は3位にとどまった。メディアだけはなく、そして、伊東市民に限らず、彼女がどのような敗戦の弁を語るのか、注目していた。
しかし、田久保氏は、まったく応じなかった。杉本氏の当選が確実になった15日の23時すぎから5時間ほど過ぎた、翌16日午前4時すぎに、Xに次のようなコメントを寄せている。
みなさま。
本当にたくさんのご声援、ご支援、ありがとうございました!
これだけの逆境の中でも私を信じて支えてくれたみなさんの想いに感謝しかありません。
今回の選挙戦で繋がったみなさんとの絆はいつまでも私の宝物です。
自宅の周辺にマスコミが押し寄せた為、選挙後のコメントを取りやめざるを得ませんでしたが、この後からの動画配信だけではなく、改めてまたみなさんとお話出来る場を作りたいと思っています。
この後の予定についてはまったくの未定です。
何か決まりましたら、またお知らせをいたします!
本当に、本当に、ありがとうございました!
田久保眞紀
■自分はメディアにいじめられている「被害者」
取材に対応しなかった理由として、「自宅の周辺にマスコミが押し寄せた為、選挙後のコメントを取りやめざるを得ませんでした」と述べている。しかし、地元局・テレビ静岡が「田久保前市長は報道陣の前には姿を現さず、陣営関係者によりますと『きょうは行きたくない』と話していたという」と報じた。
これに対し田久保氏は、この報道の直後、「そのようなコメントはしておりません」とした上で、「昨夜は深夜に渡って大勢の報道が自宅付近に詰めかけた為、取材をお断りしました」(原文ママ)とXにポストし、テレビ静岡から「今後の選挙等に関する取材はお受けすることはできません」と述べた。
選挙結果を分析するよりも前に、こうした田久保氏のSNSでのコメントに注目するのはなぜか。まさにここに、彼女の、そして、今回の半年以上にわたる「田久保劇場」の理由が込められているからである。それは「被害者意識」である。
田久保氏のなかでは、落選後にコメントをしない、のではない。あくまでも「マスコミが押し寄せた為」、つまり、マスコミのせい、マスコミが悪いのであって、不可抗力というか、仕方がない。いや、それ以上に、自分はメディアにいじめられている「被害者」だ、そんな意識を貫いていたのではないか。
■「伊東のジャンヌダルク」と呼ばれていたが…
発端を振り返ろう。2025年5月25日に行われた市長選挙で、田久保氏は1万4684票を得て、現職(当時)の小野達也氏に勝利する。わずか1782票差での初当選であり、「改革」を掲げる彼女は、さしずめ「伊東のジャンヌダルク」(テレビ静岡による2025年6月27日配信記事の見出しより)だった。
就任から間もない6月下旬、19人の伊東市議全員宛てに「東洋大学卒ってなんだ! 彼女は中退どころか、私は除籍であったと記憶している。こんな嘘つきが市長に選ばれるなんて信じられない。議会に真実の追及を求める」との文書が届く。
このときから既に田久保氏は「被害者意識」をあらわにしている。田久保氏は、伊東市の広報に「平成4年 東洋大学法学部卒業」と記載していたため、市議会で「卒業していますね?」と問われた彼女は、次のように答えていたのである。
■なぜ「学歴詐称」をすぐに謝らなかったのか
「私としては、怪文書といったような卑怯な行為を行う人間の要求を満たすことは、次の怪文書、また、市民に対してもこのような形で圧力をかけるといった、そういった行為の助長になる。そのように考えている。私からの個人的な発言については控えさせていただく」
(〈「除籍が判明」“学歴詐称疑惑”静岡・伊東市長が会見〉TBS NEWS DIG Powered by JNN、2025年7月3日配信)
「怪文書」であったのかどうか、さらには、それが「卑劣な行為」なのかどうか、そして「圧力をかける」かどうかも、もはや、どうでも良い。事実として、田久保氏は、東洋大学を卒業しておらず、「除籍」だった。それ以上でもそれ以下でもない。
にもかかわらず、市議会の場で「怪文書」だと言い切った。そこで、この答弁から10日ほど過ぎた7月7日に記者会見を開き、辞任した上で、再選挙に出馬する意向を示す。
■田久保氏の「一貫している」姿勢
こうした彼女の論理が、いかに破綻しているのか。それなのに、なぜ多くの人が関心を持つのか。その点について私は、プレジデントオンラインで分析した(「なぜ人口6万人の伊東市長の『学歴詐称』が“祭り”になっているのか…東洋大学関係者だから気付いた根本原因」2025年7月11日午前6時配信)。
そのときから一貫しているのは、田久保氏が、みずからをあくまでも、どこまでも「被害者」だと考えている姿勢である。
せっかく現職を破って「ジャンヌダルク」として颯爽と登場したのに、あるいは、だから、そこに「怪文書」をぶつけられた。そんなかわいそうな自分は「被害者」でしかなく、市議会も「オールドメディア」も、そして、それらを支持する人たちもみんなひっくるめて「加害者」である。そんな見方を、田久保氏は、当選してから落選した今も持ち続けているのではないか。
7月7日に辞意を表明してから3週間あまりたった同月31日の記者会見もまた、そんな意識の賜物だった。冒頭で次のように「謝罪」していたからである。
■「原因が自分にある」とは絶対に言わない
私の経歴の一部につきまして、たくさんのご不安やご心配をおかけいたしましたこと、ご迷惑をおかけいたしましたこと、失望を招いてしまいましたこと、それから、大きな混乱を招いてしまったことにつきまして、あらためまして、この場をお借りして、深く心からお詫びを申し上げたいと思います。本当に申し訳ございませんでした(「【ライブ配信アーカイブ】7月31日(木)伊東市長会見 どうなる進退?」SBSnews6)。
「経歴の一部」と言えば、たしかにそうとれる。「東洋大学法学部卒業」は、彼女が伊東市の広報に記載した内容の「一部」とは言える。ただこの「謝罪」で重要なのは、決して自分のミスとも、あるいは故意だとも、何も述べていないところではないか。
ご不安、ご心配、ご迷惑、失望、混乱、とネガティブなことばを並べてはいるものの、それらの原因が自分にあるとは明言していない。それよりも、ここでも、あくまでも「怪文書」から続く、自分を「被害者」ポジションに置こうとする態度(だけ)は徹底していた。
■一連の騒動による「本当の被害者」
選挙戦最終日にも演説で、「これだけ偏向報道が多くて、正直、こりゃどうなんだよ、っていう報道も多かったです」と声を張り上げた。「偏向報道、43億円の箱物行政……全てに立ち向かう覚悟を聞いてください」と掲げられたその動画のなかで、自身の公開討論会の欠席について、事前に伝えていた以上「ドタキャンではない」のに、あたかもそうであるかのように報じられたのは「偏向報道」だという。
もとより、今回、市長選挙をせざるを得なかったのは、みずからの学歴が発端だった。自分で蒔いた種なのだから、どんな事情があろうとも、万難を排して出席するのが、有権者にも他の候補者にも最低限の礼儀ではないのか。
いや、そんなお説教を今さらしたところで、むなしい。それよりも心配すべきなのは、本当の「被害者」だからである。
半年に及ぶ「田久保劇場」による「被害者」は、もちろん田久保氏自身ではない。
■得票数は「3分の1以下」に激減
今回、静岡の放送局各局は、オンライン上で、開票速報番組を配信した。テレビ静岡では、元牧之原市長の西原茂樹氏が、番組終盤で、「ひとつの『市』のために、テレビ(各)局でこんな、(インター)ネットとはいえ、(特番を)やるってことは、すごいことですよね。それだけ伊東(市)というのは注目されているので、(新市長には)さらに有名になるようにしていただきたいなと思いますね」とコメントしていた。
悪名は無名に勝る、とはいえ、それでも、このようなかたちで、「有名」になったとして、どれだけ伊東市民が喜んでいたのか。
伊東市民は、よもや市長の学歴詐称によって「注目され」「有名になる」とは望んでいなかったに違いない。喜ぶどころか怒りを抱いたのであり、それは、投票行動にあらわれている。
投票率は、田久保氏が当選した今年5月の49.65%をはるかに上回る60.54%に達した。そして5月には1万4684票だった田久保氏への投票は、総投票数は大幅に増えたにもかかわらず、4131票へ、つまり3分の1以下に激減した。
これが民意であり、真の「被害者」による怒りの声だったのではないか。
■「田久保劇場」の行き着く先
田久保氏は、自分のなかでは「被害者」のままである。けれども、可能性としては「被疑者」や「被告」になりかねない。一般論として、田久保氏にかぎらず、どんな人でもそうなる可能性はあるけれども、彼女は、「東洋大学法学部卒業」と虚偽の経歴を公にした「公職選挙法違反」の疑いなどで、刑事告発されている。
このあとの田久保氏がどうなるのか。その可能性については、ここでは問うまい。
それよりも、彼女は、本当に「被害者」なのか。たとえば、テレビ静岡の担当記者は、「報道陣は6時間以上待機していた」と、テレビ番組のなかで説明している(〈「約束したことは守らないと」田久保真紀氏は取材対応ドタキャン 地元記者「一方的に報道陣の責任に転嫁した〉JCASTニュース、2025年12月15日17時30分配信」)。
両者の言い分が食い違っている以上、自分だけが「被害者」だとする田久保氏のスタンスを鵜呑みにしてもよいのか。
もはや、こうした疑問さえ、彼女にとっては、どうでもいいのかもしれない。あれだけ執着した伊東市長の座を失い、再選挙で落選したというのに、Xにポストをしただけで、有権者の前にも姿を見せず、メディアからの取材に応じない。それどころか、自分は「被害者」と言わんばかりのポストをしただけで沈黙している。
無責任だとか、自覚が足りないとか、彼女をいくら責めたところで、徒労感が募るだけである。だからこそ、伊東市民は愛想を尽かしたのである。
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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)
神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。
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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)

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