ストレスを解消したいとき、手軽に取り組める方法はなんだろうか。脳神経科学者の毛内拡氏は「『たった6分間でストレスレベルが最大68%低下した』という研究結果が出ている行動がある」という――。

※本稿は、毛内拡『読書する脳』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■ぼんやりしているときに活発化する脳の回路
脳の持つ特性としてご紹介したいのが、「デフォルトモードネットワーク(DMN)」という、非常に興味深い回路です。
DMNは、特定のタスクに注意を払っているときではなく、むしろ「安静時」や「ぼんやりしている時間」において活発になる、脳のアイドリング機能のようなものです。
従来の研究では、注意を必要とする作業を行う際にDMNの活動が低下することから「タスクネガティブネットワーク」とも呼ばれましたが、現代の脳科学ではむしろ、このネットワークが、多様な認知プロセスに積極的に関わっていることが明らかになっています。
具体的には、自分自身に関連した情報を処理する「自己言及的処理」、他者の心情や考えを推測したり共感したりする「社会認知」、過去の出来事を回想したり未来の計画を立てたりする「記憶と未来計画」などが含まれます。また、創造性を刺激する自由な空想や白昼夢も、DMNの働きによるものです。
こうした活動においてDMNは単なる受動的なネットワークではなく、自己や社会的な現実に関する主観的な体験を構築する、重要な役割を果たしているのです。
■DMNの「厄介な特徴」
このDMNが活性化しているとき、私たちは特定のテーマや目的もなく思考があちこちにさまよってしまうことがあります。このような状態は「マインドワンダリング(心のさまよい)」と呼ばれます。皆さんも退屈な授業や会議の途中で、ふと週末の予定を考えたり、昔の思い出に浸ったりした経験があるのではないでしょうか。実はこれこそが、DMNが働いている証拠なのです。
しかし、このDMNも、使い方を間違えると厄介なことになります。
マインドワンダリングには創造性や問題解決能力を促すというポジティブな役割もありますが、DMNが過剰に働くと、思考がネガティブな方向に向かい、過去の後悔や将来の不安がぐるぐると渦巻いてくる、いわゆる「反芻(はんすう)思考」を引き起こします。
この反芻思考が生じると、脳は慢性的に過活動状態となり、非常に疲弊しやすくなります。このような過活動状態が続くと、集中力の低下や感情の不安定化など、メンタルの不調として表れることがあります。
■メンタル不調時の脳内は“忙しい”
よくメンタルが病んでいると言うと、「脳が怠けている」「甘えている」と思われがちですが、脳科学的にはそれは全くの誤解です。不安やうつを抱える人の脳はDMNを中心にむしろ過剰に活動しており、「働きすぎて疲弊している状態」にあるのです。
つまり、メンタル不調は脳が怠けているのではなく、むしろ過剰な活動によって消耗し、本来の能力を十分に発揮できなくなった状態であると理解することが重要です(詳しくは、拙著『「気の持ちよう」の脳科学』〈ちくまプリマー新書、2022〉にも記しています)。
情報があふれる現代社会だからこそ、意識的にこのDMNの暴走を鎮め、脳を休ませてあげる必要があります。そのための有効な手段の一つが、実は「読書」なのです。読書を通じてゆったりと深く物事を考える時間は、マインドワンダリングを適度に抑制し、脳の過活動を和らげるため、私たちの認知機能や脳の健康を守る上で不可欠なものなのです。
では、読書に集中しているとき、私たちの脳内では一体何が起きているのでしょうか。
■読書が脳の「休息」になるしくみ
私たちが本の内容にぐっと集中すると、脳は巧みに運転を切り替えて、DMNの過活動を抑え、反芻思考の負のスパイラルから解放されます。
特に情報の理解や分析を目的とした読書を行う場合、注意は外部世界の問題解決に向いており、情報処理に集中するために「タスク陽性ネットワーク(TPN)」が優位になり、内部に向かう脳活動であるDMNの活動が一時的に低下します。

この脳の働き方の切り替えには、「サリエンス・ネットワーク(SN)」が重要な役割を担っています。SNは、外部に注意を向けるためにDMNを適切に抑制し、注意を調整する働きをしています。「今、大事なのはこっち!」と判断してくれるわけですね。
実際、難しい文章の理解が必要な場合など、集中力が求められる読書の際、DMNの活動が低下することが、脳画像(機能的MRI)により明らかになっています。このDMN活動の低下は、脳が内面的な思考を抑制して、より効率的に外部のタスクに集中できるようにする適応的なメカニズムだと解釈されています。
つまり、読書とは、脳の運転モードを切り替え、DMNの暴走(反芻思考)を止め、脳をクールダウンさせてくれるのです。これは、心を落ち着かせるマインドフルネス瞑想と非常によく似た効果と言えるでしょう。
■読書中の「心のさまよい」はダメなのか
さて、ここまでの話だと、「読書中はとにかく集中して、DMNを抑制するのがよい」と思われるかもしれません。
しかし、話はそう単純ではないのです。読書の面白いところは、このDMNをただ抑制するだけではないという点にあります。
読書中にふっと集中力が途切れ、注意が内面世界へとさまよい始めることがありますよね。私もよく読書中に思考に没入してしまい、はっと我に返ることがあります。
先ほども述べたこの「マインドワンダリング(心のさまよい)」は、一般的には読解力を妨げるものとして否定的に捉えられているようです。
しかし、近年の研究によって、マインドワンダリングが常に有害なわけではなく、むしろ深い理解や創造的な洞察を促進する効果もあることが明らかになってきました。特にフィクション(物語)の読書においては、DMNが積極的に活動し、登場人物の心情や物語のシナリオを深く想像することで、共感力や社会的認知能力を高める効果があることも指摘されています。
このような脳の働きは、「代理体験」と呼ばれます。フィクションの読書が単なる娯楽を超えて、自己や社会への深い洞察を促す役割を持つのです。一方、ノンフィクション作品を読む際は、批判的思考や論理的分析を担う前頭前野がより活性化し、DMNの活動は比較的抑制される傾向があります。
■読書がもたらすリラックス効果
このように、同じ読書でも、フィクションとノンフィクションでは活性化される脳のネットワークが異なり、それぞれが異なる認知機能を高めることが示されています。フィクションとノンフィクション、どちらもそれぞれによいということですね。
脳科学の視点で見ていくと、読書が単なる休息や娯楽というイメージを超え、私たちの脳のしなやかさや心の健康にとって、いかに重要でダイナミックな活動であるか、お分かりいただけたのではないでしょうか。
また近年、多くの研究によって「読書が脳や心に物理的なリラックス効果を生じさせる」ことが明らかになってきました。
中でも有名なのが、認知神経心理学者デイヴィッド・ルイス博士の指揮のもと、イギリス・サセックス大学のマインドラボ・インターナショナルが2009年に実施した、広く引用されている研究です。この研究では、わずか6分間の読書によってストレスレベルが最大68%低下することが報告されました。
このストレス軽減効果は、音楽を聴くこと(61%低下)や散歩(42%低下)など他の一般的なリラクゼーション活動よりも顕著です。
■読書の“癒やし効果”のメカニズム
そのメカニズムとして、「完全に没頭できる本に集中することで、日常的なストレスから心理的に距離を取れること」があると示唆されています。
この研究は商業的なものであり、参加者が16人という比較的少数の「熱心な読者」に限定されていることなどから、慎重に解釈されるべきだとの指摘もありますが、2009年にアメリカのシートン・ホール大学で行われた研究でも、読書はヨガやユーモア活動と同等のストレス軽減効果を示し、心拍数や血圧を下げることが報告されています。
また2019年のカナダ・マギル大学の研究では、読書習慣を持つ学生は心理的問題が少なく、特に自発的に「読みたい」という動機がある場合には、心理的に安定していることが示されました。
では、なぜ読書はこれほどまでに心と身体を癒してくれるのでしょうか。
その理由の一つは、脳に対するストレス刺激を抑制し、ストレスホルモン(コルチゾール)の分泌を低下させるためと考えられます。コルチゾールは、本来はストレスから身体を守るために働いています。ところが、この働きが慢性化してしまうと、心身の健康を害する原因になってしまうのです。
読書に集中し、外部からのストレス(情報過多)から一時的にでもいいので解放されることで脳が休まり、私たちは心地よい安らぎを感じることができるのです。特に睡眠前の読書は心理的な緊張の軽減や安眠促進につながるという報告もあります。
■読書には「単なる娯楽」以上の価値がある
また、集中して読書を続けていると、心拍数や呼吸数が自然に落ち着くのを感じる方も多いと思います。それは、自律神経の中でも副交感神経が優位になっている状態です。
副交感神経は休息や睡眠をとるときに活性化し、筋肉の緊張を緩和し、血圧を下げる役割を持っています。
読書に伴うこうした反応は、まさにゆっくりと深く息を吐いた後に身体が自然と落ち着いていくのに似ており、副交感神経を介したリラクゼーション効果が得られると考えられています。
以上のように、読書は単なる娯楽を超えて、副交感神経を働かせたり、ストレスホルモンを抑制したりといった、生理学的にも測定可能な効果をもたらし、心理的な安定性を向上させる有効な手段であることが、さまざまな研究を通して明らかになっています。

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毛内 拡(もうない・ひろむ)

脳神経科学者、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教

1984 年、北海道函館市生まれ。2008 年、東京薬科大学生命科学部卒業、2013 年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員などを経て2018 年より現職。同大にて生体組織機能学研究室を主宰。専門は、神経生理学、生物物理学。「脳が生きているとはどういうことか」をスローガンに、基礎研究と医学研究の橋渡しを担う研究を行っている。主な著書に、第37 回講談社科学出版賞受賞作『脳を司る「脳」』(講談社)、『面白くて眠れなくなる脳科学』(PHP 研究所)、『「頭がいい」とはどういうことか–脳科学から考える』(筑摩書房)、共著に『ウソみたいな人体の話を大学の先生に解説してもらいました。』(秀和システム)などがある。


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(脳神経科学者、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教 毛内 拡)
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