※本稿は、毛内拡『読書する脳』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■脳は自分に都合のよい情報ばかり集めている
私たちの脳は無意識のうちに、自分にとって都合のよい情報を選び取る傾向を持っています。この現象を心理学では「確証バイアス」(認知バイアスの一種)と呼び、私たちの日常生活の中にも頻繁に表れます。これは、脳がエネルギー消費を最小限に抑えるために、すべての情報を公平に処理するのではなく、自分に都合のよい情報を優先的に処理するという省エネ戦略の一つなのです。
その典型例が「占い」です。占いを信じる人は、その結果が自分の状況や願望に合致すると、「当たった」と強く記憶に残しますが、逆に外れたことは無意識のうちに忘れてしまいます。そのため、占いが実際よりもよく当たると感じられるのです。
たとえば、お出かけ前の占いコーナーで「今日のラッキーカラーは赤です」と言われると、赤いものに注意が集まり、赤いものを無意識に探してしまいます。その結果、「なんだか今日は赤いものをたくさん見たな」「やっぱりあの占いは当たってる!」というふうに考えてしまいがちです。
しかし実際には、意識的にせよ無意識的にせよ、他ならぬあなた自身が赤色に注意を向けていたに過ぎません。
■占いや性格診断に利用されている“錯覚”
最近流行(はや)りの性格診断も同様です。性格診断は、多くの人がつい「自分にぴったり」と感じるような曖昧で一般的な言葉やフレーズを用いて作られています。そのため、「確かに自分はこういうタイプだ!」と思い込んでしまうことがよくあります。こうした現象は心理学で「バーナム効果(フォアラー効果)」と呼ばれています。つまり、誰にでも当てはまるような曖昧な表現を、自分だけに当てはまる具体的な特性であるかのように解釈してしまう心理的な傾向のことです。
このように占いも性格診断も、このバーナム効果を巧みに利用することで、「当たっている!」という錯覚を生み出しているのです。後出しジャンケンのようなものですね。
こうした脳のバイアスは、読書という知的な活動の中にもよく見られます。私たちは自分の意見や考え方を補強してくれる部分に対しては自然と注意が向き、熱心に読み込む一方、異なる視点や批判的な情報からは無意識に目をそらしてしまいます。これはたとえばGoogle検索においても同様で、検索結果の中から自分の意見に合致するページだけを選択してしまった経験はないでしょうか?
近年急速に普及した生成AI(ChatGPTなど)も同じように、私たちの質問や好みに忖度(そんたく)した情報を提示する傾向があるため、気づかないうちに確証バイアスが強化され、視野がどんどん狭まってしまう可能性が高いです。
■内容を正確に読み取りたいときの読書法
こうした傾向は、読書においては特に速読や飛ばし読みを行う際に強くなります。情報を速く処理しようとすると、脳は自分が求めている情報にのみ注意を集中させ、それ以外の重要な情報を見逃しやすくなるためです。
そこで重要になるのが、あえて「ゆっくりと丁寧に読む」ということです。いわゆる「精読」と呼ばれるものです。教育学者の齋藤孝(さいとうたかし)さんは、これを「遅読」と呼んでいたのが印象的でした。精読や遅読とは、自分の考えと合わない内容にも意識的に目を向け、多面的に内容を吟味しながらじっくり読む方法です。この方法をとることで、意識的に確証バイアスを抑え、より客観的かつ深い理解が可能になります。
さらに面白いことに、ある程度の期間を空けてから同じ本を再び読み返してみると、以前とは違った箇所に注意が向き、新しい発見や異なる理解が得られることがよくあります。
これは、その時々の自分の興味や状況、求めている情報によって脳が自動的に情報処理の焦点を変えているからです。この再読体験は、「あのときの自分はこういう情報を欲していたのだ」と、自分自身の当時の心理状態や関心を客観的に理解する手がかりにもなります。
■情報を選び取る「脳の注意ネットワーク」
では、このような認知バイアスの背景には、どのような脳のメカニズムがあるのでしょうか?
無意識のうちに脳が既存の信念や仮説を裏づける情報を優先的に収集し、それに反する情報を無視したり軽視したりするプロセスには、特に脳の前頭前野や側頭葉が深く関わっており、情報のフィルタリングや解釈に重要な役割を果たしています。そして、この情報の取捨選択は「脳の注意ネットワーク」が処理します。
脳の注意ネットワークとは、必要な情報に選択的に意識を向け、不要な情報を無視または抑制する役割を持つ脳のしくみです。
まず「警戒系」は、注意の覚醒度や準備状態を調整します。たとえば、大きな音を聞いたときなどに、脳が迅速に反応できるよう準備する、アラームのような役割です。
次に「定位系」は、視覚や聴覚などの感覚刺激がどこから発生しているかを特定し、注意を向ける場所や対象を選択する機能を持ちます。たとえば、たくさんの文字が並んだ中から特定のキーワードを素早く探し出すような場面で働く、サーチライトのような役割です。
■読書は「視野を広げる訓練」にもなる
最後に「実行系」は、複数の刺激や情報が競合した際に優先順位を決定したり、不要な情報を抑制したりする、交通整理のような機能を果たします。このネットワークは特に脳の前頭前野や帯状回(たいじょうかい)という領域と深く関連しており、高度な認知機能を司っています。
私たちが読書や作業に集中できるのは、この三つの注意ネットワークがうまく連携して働いているからです。逆に、確証バイアスなどの認知バイアスは、この実行系ネットワークが自分に都合のよい情報にのみ選択的に注意を向け、それ以外の情報を無意識に抑制することで起きる現象です。
読書において、偏った理解や情報の取り込みが起きるのは、まさにこうした注意ネットワークの働きが背景にあるためなのです。こうした認知バイアスの存在を知り、意識的に多様な視点に目を向けることで、私たちは自分自身の認知の偏りを少しずつ修正し、より正確で広い視野を持つことができるようになります。その意味で読書は、自分自身のものの見方を客観視し、より広いものの見方を理解するための、貴重な訓練の機会となっているのです。
■脳の数だけ「現実」がある?
さらに言えば、私たちの脳は常に、外から入ってきた新しい情報を、自分がこれまでに蓄えた記憶や知識をもとにした「予測モデル」と照らし合わせながら処理しています。つまり、「こういう場面ではこういうことが起こるだろう」と予測をしながら現実世界を認識しているのです。
これは神経科学で「予測コーディング理論」として知られています。この理論によれば、脳はまずこれまでの経験や知識をもとに、外界の情報に対して「予測」を立てます。そして、その予測を実際に感覚器官が捉えた情報で答え合わせし、その間のズレ(予測誤差)を検出することで、認識を更新し続けているのです。
このしくみがあるからこそ、私たちは新しい出来事や複雑な状況に直面しても素早く理解し、適切に対応することが可能になります。ただしその一方で、予測モデルが現実と大きく食い違ってしまったり、誤った方向に偏ってしまったりすると、いわゆる認知バイアスや錯覚を生むこともあるのです。
つまり、私たちが「現実」と呼んでいるものは、客観的な世界そのものではなく、一人ひとりが持っている独自の予測モデル(すなわち記憶や知識)に大きく影響を受けた、その人だけの世界なのです。
そこで、私は、この過去の記憶や経験によって作られている脳内の予測モデルを「知恵ブクロ記憶」と名づけました(詳しくは、拙著『「頭がいい」とはどういうことか』〈ちくま新書、2024〉にも記しています)。
これはまるで、「世界はこうなっているんやで~」と耳元で優しく囁き、私たちの背中をそっと押してくれる、おばあちゃんの知恵袋のような存在なのです。この知恵ブクロ記憶が、私たちが日々生きていく上での道しるべとなり、未来を予測し、よりよい判断を導くための心強い支えとなっているのです。
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毛内 拡(もうない・ひろむ)
脳神経科学者、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教
1984 年、北海道函館市生まれ。
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(脳神経科学者、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教 毛内 拡)

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