※本稿は、是川夕『ニッポンの移民――増え続ける外国人とどう向き合うか』(筑摩書房)の一部を再編集したものです。
■移住意欲から見た日本の位置付け
日本はアジア地域においてすでに最大の受け入れ国であり、かつ日本への移住は送り出し国の経済水準が高い程活発になる。これは近年の円安などで日本が経済的優位性を急速に失いつつあるというメディアなどで見られる一般的なイメージと一致しない。これはいったいどういうことであろうか。
この点について、米国の著名なシンクタンクであるGallup社が世界140カ国以上で毎年実施する意識調査の結果を見ることで、潜在的な移住意欲から見た日本の位置づけを確認したい。
同調査は、調査対象国の国民に対して、「永住移住を希望するか」「そしてその際、理想的にはどの国に行くことを希望するか」という質問をしている。なお、移住先の国/地域は一つしか選べない。その結果を見ると、日本はデータがとれる2009年以降、アジア域内ではほぼ一貫して上位10位以内にランキングされており、かつその順位は2015年以降、上昇する傾向が見られる(図表1)。
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■米国はトランプ政権になり順位が低下
その結果、2021年には米国(1407万人)に次いで第2位(988万人)、2024年にはアラブ諸国(1757万人)、及び米国(1586万人)に次いで第3位(1374万人)となっている。
同年に日本に次ぐ人気を示すのが、カナダ(1261万人)、オーストラリア(1243万人)である。
ランキング全体を見ると、米国が圧倒的に高かったものが、2016年に第一次トランプ政権が成立すると急速にその人気を低下させ、カナダ、オーストラリア、日本といった国々と接近した。
その後、バイデン政権になり回復したものの、2024年11月にトランプが当選したことで再び急激に人気が低下、ついに2009年からの調査期間中、第一次トランプ政権下の2018年に次いで2度目の首位からの転落を経験した。
■地域別に見ると日本は東南アジアで2位
また、地域別に見ると、移住先としての日本の人気は、特に東南アジアで高く、東アジア、南アジアと続く(図表2)。東南アジアでは、米国の19.3%に次いで、全移住希望者のうち18.5%が日本を選択しており、米国に迫る勢いである。
これは、第3位のカナダ(7.6%)、第4位のオーストラリア(6.1%)、及び第5位の韓国(5.9%)を大きく引き離している。東アジアでは第4位(7.1%)と第1位の米国(15.1%)には及ばないものの、第2位のオーストラリア(9.0%)、及び第3位のカナダ(8.9%)と近い値を示している。
南アジアでは第6位、かつ移住希望者のシェアも3・6%と少ないものの、第7位の英国(3.6%)、第8位のイタリア(3.4%)、第9位のドイツ(2.6%)、第11位のシンガポール(2.2%、表外)を超えている。なお、南アジアでの韓国の移住先としての人気は第30位(0.4%)であり、日本に遠く及ばない。
■学歴や収入が高い層に人気がある日本
最後に、学歴別に見たのが図表3である。日本の人気は高卒、大卒といった学歴の高い層で米国、オーストラリア、カナダに次いで第4位と高い傾向があるものの、中卒以下で見ても、アラブ諸国、サウジアラビア、米国、カナダに次いで第5位と低くはない。
また、日本と比較して移住先として人気があると捉えられることが多い英国、シンガポール、韓国の順位を見ると、シンガポールは大卒以上で第5位と日本の次にランクインしているが、移住希望者に占めるシェアは3.8%と日本の8.4%の半分にも満たない。
やはり有力な移住先と捉えられることが多い英国は、中卒以下で第14位(表外)、高卒で第6位、大卒で第7位と振るわない。韓国について見ると、中卒以下で第16位、高卒で第13位、大卒で第20位(いずれも表外)と日本の人気にははるかに及ばず、また学歴が高くなるほど、選ばれなくなる傾向を示している。
なお、学歴や収入が高くなるほど、日本や米国への移住を希望するようになるというパターンは、国ではなく個人を単位とした分析でも妥当することが明らかにされている(田辺・是川2022)。
■今も日本は「選ばれない国」ではない
このとおり、日本の移住先としての人気は実績のみならず、個人の意識の面からも高く、また、そういった傾向は学歴が高いほど強くなる。データは「欧米諸国に行けなかった移民が仕方なく日本に来る」といった理解が妥当しないことを示しているのである。様々なデータに基づく限り、日本はもう「選ばれない国」などではなく、むしろ最近、急速に移住先としての人気を高めている国と言える。
では、その要因は何であろうか。この点については、「意欲-潜在能力モデル」から説明することができる。この考え方は、経済発展に伴う移住意欲と能力の上昇により、ある程度の経済水準に達するまで、むしろその国からの送り出し圧力が強まることを示している。
後述するように、その具体的な水準は途上国、新興国からの移住全般については、一人当たりGDPが2000米ドル位であり、先進国への移住については、7000米ドル位になるまでは強まるとされる(IMF 2020)。
■経済格差が少ないほど移住しやすくなる
アジア諸国を例に経済水準を見てみよう。アジア諸国の一人当たりGDPを整理したのが図表4である。
近年、日本に多くの労働者を送り出しているアジア諸国の一人あたりGDPが1000~4000ドルの範囲に入っていることがわかる。つまり、産油国などへの移住がほぼピークアウトし、先進国への移住へとシフトしていく範囲に集中している。
例えば、日本との経済格差が縮まると、来日後の当座の生活資金なども工面しやすくなる。また経済水準が接近することで、公共交通機関の利用の仕方や買い物の仕方など、日々の様々な生活様式も近似してくるようになり、移住の心理的障壁も低くなる。
移住の選択においては、移住先で得られる経済的利益よりも、むしろ心理的なものも含めたコストの方が大きな影響を及ぼすとされている。経済水準の接近はそういった様々なコストを低くすることにつながることで、移住の選択を促すのである。
このようなメカニズムを知れば、アジア各国からの移住において、送り出し国の所得水準が高くなるほど日本のシェアが高まる理由や、移住希望において学歴が高いほど、日本の人気が高くなる理由を理解することができる。
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是川 夕(これかわ・ゆう)
国立社会保障・人口問題研究所 国際関係部 部長
1978年青森県生まれ。東京大学文学部卒業。カリフォルニア大学アーバイン校修士課程修了。東京大学大学院人文社会系研究科修了。博士(社会学)。
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(国立社会保障・人口問題研究所 国際関係部 部長 是川 夕)

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