今後、日本社会を支える労働力を維持していくためには移民受け入れが必須だが、公的年金制度や健康保険制度に「タダのりされる」と不安視する人が非常に多い。しかし、国立社会保障・人口問題研究所国際関係部部長の是川夕さんは「どちらも今の制度上で悪用されることはない。
むしろ、外国人が共に担ってくれれば社会保障制度の維持や向上につながる」という――。
※本稿は、是川夕『ニッポンの移民――増え続ける外国人とどう向き合うか』(筑摩書房)の一部を再編集したものです。
■アジアの成長をどう受け止めるか
日本の今後の移民政策を展望していく中で、まずはずすことができない要素は、アジアの成長をどう受け止めるかということである。これは欧米の移民政策においても重要な点なのだが、欧米にとってのアジアは旧植民地を指すことも多く、またそれ以外のアジア諸国は欧米諸国にとって必ずしも社会的、経済的距離が近い存在ではない。
一方、日本にとってアジアとは、自らが位置する場所であり、また「旧宗主国-植民地」といった固有の歴史性を帯びる関係がある国も一部あるが、それに集約されるものではなく、むしろ多くの国は、戦後とりわけ近年の経済的結びつきの強さによって支えられる関係を有する国々である。
これまでアジアはおおむね順調に経済発展を遂げてきており、今後もそういった動きは続くであろう(アジア開発銀行2021)。欧州や米国のように、アフリカや中南米といった経済発展の程度において、より多様な地域を送り出し国群として擁するのとは異なり、堅調な経済発展を遂げるアジアを送り出し国群として擁する日本にとって、移民政策において海外の成長をどのように取り込むかという視点は極めて重要なものである。
■アジアの若者にとって魅力的な日本
アジアの若者にとって、日本を含む先進国への移住は大きなチャンスであること、とりわけ特別なコネや多額の資産を持たずとも、おおむね本人の能力と努力によって目指しうる日本は、彼らにとって魅力的な目的地として映る。
アジアでは経済成長に伴って、高校や大学への進学率は上昇しているが、より高い教育を受けた人がその能力に見合った仕事に就くことができる機会は十分に発達していない。日本ではつい、ごく一握りのエリートに注目してしまいがちだが、途上国、新興国の多くの普通の若者にとって、首都にある高待遇の外資系企業の現地法人で働き、いずれは企業内転勤を通じて米国など欧米先進国に移住するといったストーリーは、まったく現実的な選択肢ではない。
この点については、今や平均賃金でも一人当たりGDPでも日本を抜いたとされる韓国においてさえそうである。事実、韓国と日本の経済格差にほとんど差がなくなった2010年代に入ってから、韓国から日本への移住者の増加ペースは加速しており、その背景には大学進学率が9割を超える中、多くの若者が仕事を見つけられずにいるという状況がある(JETRO2024)。

■少子高齢化および人口減少の問題
このことは、日本側から見た場合、意欲ある多くの優秀な若者が日本を目指してやってくることを意味している。また、「意欲-潜在能力」の考え方に基づくならば、日本に来ることで本人たちが自己実現を達成することは、まさに潜在能力(ケイパビリティ)の発揮そのものと捉えられる。
日本社会がすでに経験し、そして今後も長期にわたって続く大きな変化とは、言うまでもなく、「少子高齢化及び人口減少」である。この変化は一部で信じられているように、すぐさま社会の運営が立ち行かなくなるといったような急激なものではないが、地殻変動のように緩やかに、しかし着実に社会を変化させる。
この流れ自体はそうやすやすと変えられるものではない。しかし、時間をかけて対処法を考え、準備することはできる。出生力を上げるため、様々な少子化対策を打つことも必要だろうが、それ自体がたとえ今すぐ効果を発揮したとして、それが実際に働き手の増加にまでつながるには最低でも20年はかかってしまう。出生力の上昇だけに期待するのは政策としてはなはだ心もとない。
■「マクロ経済」前提の移民政策が必要
デジタル化(DX)などの資本装備率の上昇による生産性の上昇も重要だ。そもそも戦後の日本経済の発展も、大半は人口の増加ではなく、生産設備の近代化などの資本装備率の上昇によって起きたことが明らかにされている(吉川2016)。今後、人口が減ったからといって、それがそのまま比例した形で経済力の低下につながるわけではない。
例えば、JICAによる外国人労働者の需給推計においては、デジタル化などによる自動化の進展により、目標のGDPを達成するために追加的に必要となる労働力の規模を0から1177万人の範囲で見込んでいる。
前提条件によってその大きさは変わるとはいえ、減った分の人手をすべて他の労働力の形で埋め合わせなければならないわけではない。
このようなマクロ経済的発想を念頭に置いたうえで、「ポリシー・ミックス」としての移民政策を考えていくことが大切である。まずマクロ経済全体の設計とそこにおける移民政策の役割を特定する必要がある。
■将来必要になる外国人労働者数
その試算として、先述した各種の推計では、生産性の上昇を踏まえた上で、将来、必要となる外国人労働者数を算出している。JICAの推計では、2040年時点の必要数を現在の約230万人よりも460万人多い688万人としている。また、日本経済研究センターの推計ではこれを2050年で現在よりも870万人多い、約1000万人としている。
国立社会保障・人口問題研究所の将来人口推計によれば、2025~40年における15~64歳の日本人人口の減少幅は1291万人、2025~50年では2074万人に及ぶが、必要とされる外国人労働者数はその3~4割にとどまる。
現時点でまだ足りないのが、職業や産業あるいは企業単位での成長戦略としての移民政策である。特定技能制度の創設によって、府省横断的な外国人労働者受け入れ政策の萌芽的な形成が見られるものの、各府省の政策的対応はまだ受け身の段階であり、各産業分野が特定技能外国人の受け入れによってどのような成長を遂げるかといった展望は描かれていない。
国際的に見ても、移民政策と経済政策の関連を論じたものはまだまだ少ない。OECDは移民政策に関する今後のテーマとして、移民受け入れと生産性及びイノベーションの関係について注目しているが、これはグローバルな文脈において、移民政策が今後、経済政策との結びつきをより強めていくことを示すものといえよう。
■年金制度の将来的な持続可能性の検証
産業政策と表裏一体なのが社会保障制度の維持、発展である。
日本では、政府が5年ごとに公的年金制度の将来的な持続可能性を検証するための試算(年金財政検証)を行うこととされており、その最新版「令和6年財政検証」が2024年に公表された。
同試算は国立社会保障・人口問題研究所が行った直近の「将来人口推計」をベースに作られており、同人口推計で大きく引き上げられた外国人人口をどう評価するか、私自身、推計を担当した一人として大きな関心を寄せていた。
「令和6年財政検証」では、外国人の入国超過数に関して、「将来人口推計」が仮定した16万4000人/年に加え、同推計が参考として行った「条件付き推計」のうち、25万人/年と、前回推計の時の仮定値6万9000人/年の3つのシナリオを用いたシミュレーションを行った。年金財政検証において外国人に関する複数のシナリオが設定されたのは、今回が初めてである。
このことは国内の外国人人口が短期のデカセギや一時的な住民として日本の年金制度の外側にいる存在ではなく、中長期にわたる担い手/受け手としてしっかりと認識されたことを意味するだろう。
■外国人受け入れは年金制度維持に寄与
その結果を見ると、外国人人口の増加は、日本全体の将来的な年金の受給水準(所得代替率)に対して、無視できない影響を与えることが示された。例えば、出生率が中位仮定(合計特殊出生率1.36)から高位仮定(同1.64)になった場合の所得代替率の変化は+1.4%であるところ、入国超過数が16.4万人/年から25万人/年となった場合の同変化は+0.9%と出生率上昇の影響の2/3程度に及ぶ。
また、出生中位から低位(同1.13)となった場合に所得代替率は▲1.2%となると試算されているところ、仮に外国人の入国超過数が前回推計時並みの6.9万人/年となった場合の変化は▲1.0%となると試算されており、出生率低下による影響の約8割程度の大きさに相当する。
もちろん、年金財政に与える影響としては、被用者保険の適用範囲の拡大や基礎年金の拠出期間の現行の40年から45年への延長など、他の要因による変化がより大きく、外国人の受け入れが唯一の処方箋になるわけではない。しかし、仮に本来は出生率の上昇によって期待される部分を外国人によって補うことができるのであれば、出生率の改善の如何 にかかわらず、大きな差を生む。
■納付率や期間を不安視する必要はない
なお、年金制度については、年金保険料の納付率が低い、あるいは納付期間が短いはずだと想定して、外国人を日本人人口と同様に年金制度の担い手として扱うことを不安視する向きもあるが、これは間違いである。
日本の公的年金制度は保険料を納めなければ受給権を得られないし、受給権を得られても、保険料に未納があればその分、受給額は減少する。
また、外国人は帰国時に脱退一時金を受け取ることもできるが、脱退一時金は年金保険料を満額納め、受給する場合と比べてはるかに額が少ない。
何よりも日本における外国人の多くは日本人と同様、被雇用者として厚生年金に加入し、給与から天引きされている。その意味で意図的に支払わないことは難しい。
■健康保険「タダ乗り」の懸念は間違い
また、国民健康保険などの公的医療保険についても、外国人の「タダ乗り」を懸念する声が最近大手紙を始めメディアにおいて目立つが、これも間違いである。そもそも日本の公的医療保険制度は加入期間にかかわらず、加入した直後からフルに受給することが可能である。その点において日本人と外国人の間に何ら違いはない。
なお、国民健康保険の外国人の納付率が63%と日本人(93%)よりも低いことが明らかにされているが(「日本経済新聞」2025年4月22日)、このことをもって、外国人が職場を通じて加入する被用者保険も含め、公的な医療保険料全般を支払っていないと考えることは適当ではない。
国民健康保険制度に加入する外国人は、留学生、自営業・フリーランスなど企業に雇用されていない者に限られる。実際、国民健康保険に加入する外国人は約90万人程度であり、在日コリアンなどの特別永住者を除く中長期在留外国人約350万人の1/3にも満たない。残りの大多数は雇用される企業の運営する健康保険(被用者保険)に入っており、同保険料は年金と同様、給与から天引きされるため、未払いは発生しにくい。
日本にいる外国人で自営やフリーランスの者は少ないことから、国民健康保険に加入する外国人の多くは18~22歳の留学生と推測できる。つまり、学生の保険料の納付率をもって、外国人人口全体を代表させることはおかしいのである。

■外国人の高額療養費制度利用率は低い
高額療養費制度に関しても、外国人の利用率は人口比で見た場合、日本人と比べて1/3程度であり(「朝日新聞」2025年3月17日)、一部のメディアが騒ぎ立てているような、日本の公的医療保険制度目当てでの移住が増えているといった想定が的外れであることがわかるだろう。
そもそも、国民皆保険であるとはいえ、日本の場合、保険料を払わなければ、保険証を取り上げられ、医療費を受給することはできない。
また、国民健康保険には被扶養者という概念はなく、協会けんぽ、組合健保、共済組合などの社会保険では海外居住の家族は原則、被扶養者として認められなくなった。つまり何人であれ、「タダ乗り」は制度的にできない。
■移民を前提とした制度設計が必要
このように日本の社会保障制度の持続可能性という点においても、移民政策のもたらすインパクトは無視できない。もちろん、頻繁な国際移住を前提とした制度の微修正は必要となってくるだろう。
例えば、外国人については、技能実習制度のように3年から5年後に帰国することが定められ、将来日本で年金をもらうことがない人たちからも年金保険料を徴収していたため、日本からの出国時にそれまで収めた年金保険料を払い戻す脱退一時金という制度がある。
2021年には、2019年の特定技能制度の施行を受け、脱退一時金を受け取れる日本での居住期間の上限が3年から5年に引き上げられた。2025年には新たな年金法の改正案が国会に提出され、脱退一時金の支給上限を5年から8年にまで引き上げ、また、将来の年金の受給権を失ってしまわないようにするため、今後も日本に住み続ける可能性が高い外国人には、脱退一時金を支給しないとする案が国会で可決された。
しかしながら、外国人を日本人とは完全に異質な行動パターンや特例を持つ、制度を不安定化させる存在と見なすことは適当ではない。こういった点を踏まえた今後の制度設計が求められている。

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是川 夕(これかわ・ゆう)

国立社会保障・人口問題研究所 国際関係部 部長

1978年青森県生まれ。
東京大学文学部卒業。カリフォルニア大学アーバイン校修士課程修了。東京大学大学院人文社会系研究科修了。博士(社会学)。内閣府勤務を経て現職。OECD移民政策会合メンバー。OECD移民政策専門家会合(SOPEMI)メンバー。著作に『移民受け入れと社会的統合のリアリティ――現代日本における移民の階層的地位と社会学的課題』( 勁草書房)、『人口問題と移民――日本の人口・階層構造はどう変わるのか』(明石書店、編著)、『国際労働移動ネットワークの中の日本――誰が日本を目指すのか』(日本評論社、編著)、『Recruiting Immigrant Workers: Japan 2024』(OECDとの共著)他多数。

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(国立社会保障・人口問題研究所 国際関係部 部長 是川 夕)
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