心身健康な状態で、日々の仕事に打ち込むにはどうすればいいか。精神科医の和田秀樹さんは「経営者や管理職でなければ、仕事や成果に責任を持つ必要はない。
今の調子では役員になる可能性はないと感じているならば、自分にムリをしてまで管理職にしがみつく理由はない」という――。
※本稿は、和田秀樹『体力がない人の仕事の戦略』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■最終的には「逃げる」という選択肢も視野に
体力のないビジネスパーソンが、仕事に前向きな気持ちで取り組むためには、自分のマインドをニュートラル(自然体)な状態に保つ必要があります。
そのためには、自分にムリや我慢を強いる要素に「疑いの目」を向けて、最終的には「逃げる」という選択肢も視野に入れて考えることが有効な戦略となります。
【効率化の戦略①】

上司の「期待」に応える必要はない
上司から期待されていることがわかると、ビジネスパーソンであれば、誰でもテンションが上がって前向きな気持ちになりますが、人の期待というのは意外と相手の勝手な都合だったりします。
体力に自信がない人であれば、上司の期待に踊らされてしまうと、オーバーペースになって、余計に体力を消耗したり、体調を崩す原因になります。
効率的に仕事を進めるためには、上司に期待されていると感じたら、その理由に目を向けることが有効な自衛手段となります。
直属の上司から、「次のミッションも、よろしく頼むね。期待しているぞ」と声をかけられたら、これは純粋な意味での期待ですから、「承知しました。こちらこそ、よろしくお願いします」と答えることになります。
注意が必要なのは、「この作業は、今日中に頼むね。期待しているよ」 というタイプの期待感に満ちた業務命令です。

その指示の意図が、「納期が迫っている」とか、「締め切りが近い」ということであれば、素直に従う必要がありますが、「この後、飲み会がある」とか、「昨夜、飲みすぎたから、今日は早く帰りたい」という理由であれば、上司の指示をスルーするという選択肢が生まれます。
■結果的に時間とエネルギーの大量消費に
どうしても今日中に終わらせる明確な理由がなければ、自分の体力を削ってまで、ムリして仕事を終える必然性はないのです。
その時間を使って、差し迫った目の前のタスクに取り組む方が、自分の仕事が効率的に進む……と考えられるならば、適当な時間を見計らって、「すいません。今日中に終わらせるのは、ちょっとムリそうです」と早めに上司に報告することが、お互いにメリットのある判断となるのです。
教育心理学では、人から期待されると、相手の期待に応えようとする人間の心理を「ピグマリオン効果」 といいます。
ピグマリオン効果とは、人から期待を寄せられると、「相手が自分を信頼してくれているのだから、何とかして、その気持に応えたい」というモチベーションが生まれて、物ごとに意欲的に取り組めるようになる……という心理効果を指しています。
人の期待に応えるというのは、いわば人間の本能的な心理といえますが、本能的な心理だからこそ、それを意識していないと、ムリをして期待に応え続けることになり、結果的に時間とエネルギーの大量消費につながってしまうのです。
体力に不安のあるビジネスパーソンであれば、上司の期待に無条件に応えようとするのではなく、「ケースバイケースで判断する」という柔軟な視点を持つことが、自分の体のためであり、仕事を効率的に進めるための戦略でもあるのです。
■気持ちに余裕が生まれ、結果的に成果が出やすい
【効率化の戦略②】

「責任」にならない仕事は気楽にやる
体力のないビジネスパーソンには、「周囲の人に迷惑をかけてはいけない」という思いが強いため、責任感を感じやすい傾向が見られますが、会社という組織に属して働いているのですから、冷静に考えてみれば、組織のコマの一つであり、ワンピースであることに気づきます。
経営者や管理職でなければ、仕事や成果に責任を持つ必要はありません。
自分が最終的な責任者でなければ、極端に疲れていたり、体調が悪い場合には、もう少し肩の力を抜いて、気楽にやってもいいと思います。
「与えられた仕事をやり切れないと大変なことになる」とか、「失敗をしたら多くの人に迷惑がかかる」と考えてしまうと、それが負担となって、仕事が前に進まないだけでなく、体調を崩す原因になります。

責任感が強く、自分で自分を責めてしまうタイプの人には、次のような共通した特徴が見られます。
①自分にも人にも厳しい

②人に助けてもらうという発想がない

③少しの失敗でも自分を責める

④自分が我慢すればいいと考えている

⑤他人との比較で物ごとを考えがち
「もっと無責任に仕事をしよう」ということではありません。
仕事に対して誠実であることは大事ですが、それによって自分を追い詰めたり、体調を崩すくらいならば、「もう少し気楽に働こう」というマインドを持った方が、気持ちに余裕が生まれて、結果的に成果が出やすくなったりするものです。
■課題も責任も分けて考える
オーストリアの心理学者アルフレッド・アドラーが提唱したアドラー心理学に、「課題の分離」という考え方があります。
課題の分離とは、自分が直面している課題に対して、自分の課題と人の課題を分けて考える……という理論です。
苦手な仕事を上司に命じられたら、その仕事に取り組むかどうかを含めて、「どのように対処するか?」を考えるのは自分の課題ですが、それを「どのように評価するか?」というのは、管理職である上司の課題です。
「軽い気持ちで仕事をしたのでは、評価が下がる可能性がある」と心配したところで、評価するのは上司の課題ですから、自分ではどうすることもできない……と考える必要があるのです。
アドラーがいう「課題」というキーワードを、「責任」という言葉に置き換えて考えてみれば、まったく同じであることが理解できると思います。
最終的に自分の責任にならない仕事であれば、気軽に取り組んで成果が上がらなかったとしても、責任を問われる心配はありません。
次の仕事で成果を上げれば、上司の評価もすぐに変わります。
自分に責任のない仕事で時間とエネルギーを消耗するくらいならば、「次の得意な仕事に全集中する」と頭を切り替えた方が、仕事の効率がアップして、成果が出やすくなるのです。
■「ムリなものはムリ」と主張し、ときに「逃げる」
【効率化の戦略③】

管理職を「辞退」する
自分の不得意な仕事や苦手な仕事は、時間ばかりかかって、体力や気力を奪う原因になります。

会社という組織で働いている限り、「すべて自分がやらなければならない」と考える必要はありません。
会社というのは、誰かが体調不良で休んでも、何ごともなく回るものです。
自分のプライドや上司の評価を気にするよりも、「ムリなものはムリ」と自ら主張した方が、仕事が効率よく進むこともあります。
場合によっては、「逃げる」という選択肢を考えてもいいと思います。
逃げるという言葉には、ネガティブなニュアンスがありますから、卑怯とか卑劣な考えと思う人もいるでしょうが、精神科医としての私の解釈は異なります。
逃げるという行為を、私はポジティブで即効性のある「最終手段」と考えています。
日本語には「敵前逃亡」というフレーズがありますが、 「逃げるが勝ち」という視点もあるのです。
苦手な仕事から「逃げる」ことによって、私は次のような5つの効果が得られると考えています。
①ストレスや苦痛を感じるものと距離を置ける

②安心できる環境に移動できる

③自分らしくいられる場所が手に入る

④自分の考えや気持ちを整理する時間が作れる

⑤体とメンタルの健康を守れる
こうした効果は、最前線のビジネスパーソンだけのものではなく、管理職の立場にある人にとっても、意味のある有効な手段だと考えています。
■少しくらい出世しても年収は劇的にアップしない
現代の管理職は、パワハラやモラハラに対する関心が高まったことで、満足に部下を叱れないような状況に置かれています。
部長や課長に昇進することを目指して頑張ってきた人であっても、「何となく話が違うな……」と感じている人も少なくないように思います。
日本企業には、それまでの実績とは無関係に、年齢だけで切り捨てられる「役職定年」という制度があるくらいですから、現実とのギャップに悩んでストレスを抱えていたり、責任が重すぎて体力的にも、メンタル的にも厳しいと感じているならば、「管理職を辞退する」という選択肢があってもいいと考えています。

少しくらい出世したところで、経営者や役員にでもならない限り、年収が劇的にアップするようなことはありません。
このまま続けていても、今の調子では役員になる可能性はないだろうな……と感じているならば、自分にムリをしてまで管理職にしがみつく理由はないように思います。
働き方改革の渦中で、肉体的にも精神的にも苦しい毎日が続いているならば、管理職を辞退して、現場復帰を申し出ることも、現代のビジネスパーソンが選択できる有効な戦略であり、大事な「意識革命」となります。
どうしても、逃げるという行為に抵抗がある人は、「ルート変更」と考えてみれば、ポジティブな気持ちになれるのではないでしょうか?

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。


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(精神科医 和田 秀樹)
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