仕事に紐づく不安や心配事に振り回されない方法は何か。精神科医の和田秀樹さんは「日本人には、物ごとを悪い方向に考えてしまう気質がある。
その原因は気質の問題だけでなく、事前にソリューションを準備していないことが関係している」という――。
※本稿は、和田秀樹『体力がない人の仕事の戦略』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■仕事の「優先順位」は緊急度や重要度で判断しない
体力のないビジネスパーソンが仕事を効率的に進めるためには、「優先順位」を冷静に見極めて、仕事の段取りを工夫することが大切です。
体力の温存を考えて、簡単そうな仕事を優先すると、本当に重要な仕事まで手が回らなくなります。
自分の不得意な仕事から始めてしまうと、早い段階で時間とエネルギーを使い果たすことになって、他のタスクに取り組む余力がなくなります。
体力に不安がある人ほど、自分に見合った段取りを組む必要があるのです。
本稿では、仕事の優先順位に焦点を絞って、体力のないビジネスパーソンが「仕事をラクにやる」ための戦略を詳しくお伝えします。
ビジネスの世界には、仕事の優先順位を緊急度と重要度で判断する「アイゼンハワー・マトリクス」と呼ばれる考え方がありますが、体力のないビジネスパーソンが仕事をラクにやるためには、必ずしも最適解とはいえません。
仕事の優先順位を緊急度や重要度だけで判断していると、どうしてもオーバーペースになって、体力を消耗したり、体を壊す原因になります。
自分の体に余計な負担をかけずに仕事の効率を上げるためには、本稿でお伝えする8つの戦略を視野に入れて、自分に適した実践的な判断基準を持つ必要があります。
自分に適した優先順位を判断するためには、「何を先にやるか?」とか、「どんな順番でやるか?」を考えるだけでは不十分です。
仕事に取りかかる前の段階で、そのタスクの全体像を把握することに努めて、不安材料を見える化したり、最悪の事態を想定するなど、事前に入念なリスク管理をしておく必要があるのです。

■仕事の勢いがつけば、納期に間に合う
【優先順位の戦略①】

「得意な仕事」から先にやる
どんな仕事にも必ず納期がありますから、ほとんどの人は納期から逆算して、自分が取り組む仕事の優先順位を決めていますが、納期を基準にしてしまうと、思わぬ「落とし穴」にはまり込むことになります。
それが自分の不得意な仕事であったり、気持ちが乗らない作業であったりすると、初動の段階でつまずくことになって、体力と時間の浪費につながるのです。
苦手なことを先に済ませるというのは、一見すると、効率的に感じるかもしれませんが、気持ちが乗らない仕事をやり続けていると、能率が上がらないだけでなく、自分が得意な仕事に取り組む時間が削られてしまいます。
気持ちに余裕がなくなって、結果的に得意な仕事が上手くいかなくなるのです。話をわかりやすくするために、受験勉強を例にあげて説明します。
私が受験生にアドバイスする際には、まずは得意科目から先にやることを強く勧めています。
自分が得意な科目からスタートすると、ストレスなく取り組めることで、モチベ―ションが高まって、勉強がスイスイと進みます。
それとは逆に、苦手科目から始めてしまうと、気分が停滞して、時間ばかりが過ぎることになり、得意科目に取り組む余裕がなくなります。
まずは得意科目で勢いをつけて、自分が達成感や充実感を味わうことを優先させ、時間が余ったら不得意科目と向き合うくらいでも、十分に「合格ライン」に到達することができるのです。
仕事の場合も同じで、納期を優先して苦手な仕事から始めてしまうと、作業効率が悪くなって、仕事が停滞することになります。
納期で判断するのではなく、自分が得意な仕事から始めれば、仕事の勢いがついて、苦手な仕事を後に回しても、十分に納期に間に合わせることができます。
■日本人は物ごとを悪い方向に考えがち
【優先順位の戦略②】

不安や心配を事前に「見える化」する
仕事には、不安や心配事が付き物ですが、起こるかどうかわからないことを心配していると、仕事が効率的に進まないだけでなく、メンタルをやられたり、モチベーションが下がることになります。

不安や心配がある場合には、仕事に取りかかる前の段階で、考えられる限りの不安や心配をリストアップして、その可能性を検討してみることが大切です。
この作業をすることで、「これは考えすぎだな」とか、「これは可能性が高そうだな」ということが「見える化」します。
少しでもリスクがありそうなら、それに対するソリューション(解決策)を準備しておけば、アクシデントによる仕事の遅れを回避することができます。
こうした作業を日常のルーティンにしておけば、取り越し苦労をする必要がなくなって、ラクな気持ちで仕事を進めることができます。
日本人には、物ごとを悪い方向に考えてしまう気質があります。
仕事に取りかかる前に、「このタスクは失敗するのではないか?」と思い込んで、メンタルが不安定になる人も少なくありません。
その原因は気質の問題だけでなく、事前にソリューションを準備していないことが関係しています。
■ムダな不安に振り回されなくて済む方法
身近な例をあげるならば、がん検診を受ける際には、「がんが見つかったらどうしよう」と不安な気持ちで受診する人がほとんどですが、不安を抱えているわりには、具体的なソリューションを用意している人は滅多にいません。
「もし、がんが発見されたら、あそこの病院で治療を受ければ何とかなるだろう」と前もって対策を決めておけば、ムダな不安に振り回されなくて済みます。
事前に善後策を準備しておくことが、安心材料を増やすことになるのです。
心配や不安というのは、脳の警戒モードが常態化することを意味しており、限られた自分のエネルギーを大量に消耗することになります。
そうした状態が長く続くと、集中力や思考力の低下、無気力、疲労感を引き起こすことになって、さらに深刻化すると、うつ病や燃え尽き症候群(バーンアウト)につながるリスクがあります。

先回りして不安になっていたのでは、仕事がラクに進むことはありません。
「備えあれば憂いなし」の言い伝え通り、事前にソリューションを用意しておけば、ムダな不安に悩まされる心配はなくなるのです。
■心の準備ができることで、自分の体とメンタルを守る
【優先順位の戦略③】

最初に「最悪の事態」を想定しておく
不安や心配を事前に「見える化」するのと並行して、早い段階で最悪の事態を想定しておくことも、仕事をラクにやるための戦略となります。
「最悪の場合でも、この程度で済みそうだな」という予測をしておけば、迅速な対応ができるだけでなく、心の準備ができることで、自分の体とメンタルを守ることにもつながるのです。
事前に最悪の事態を想定しておくと、次のようなメリットが生まれます。
①リスク管理ができる
想定されるリスクを事前に洗い出して、具体的な対策を検討しておけば、イレギュラーな事態が発生する可能性を減らして、円滑に仕事を進めることができます。
②迅速な対応ができる
最悪の状況を想定しておけば、実際に問題が発生してもパニックに陥ることなく、冷静な判断と迅速な対応を取ることが可能になります。
③パニック状態を回避できる
事前に心の準備をしておけば、最悪の事態が起こった場合でも、過剰に動揺することなく、冷静沈着に対応できます。
■発生する可能性のある問題をリスト化し、細かく検討
人間が不安になる一番の原因は、「情報不足」にあります。
自分がよく知らないことや、これまでに経験したことのないことに出会うと、人は誰でも不安になります。
最近では、老後の不安を口にする若いビジネスパーソンが増えていますが、こうした若い世代のネガティブな予測も情報不足や知識不足が関係しています。
老後の生活を心配する人に限って、年金制度については何の知識もなく、老後の具体的プランも持っていません。

何も知らず、情報も持っていないから、漠然とした不安を抱えてしまうのです。
最悪の事態を想定するためには、統計データなどの客観的な情報をできる限り集めて、発生する可能性のある問題をリスト化し、その可能性を細かく検討してみる……というアプローチが有効な手段となります。
詳細まではわからなくても、ある程度のレベル感を事前に見極めておけば、過度な緊張をせずにラクな気持ちで仕事に臨むことができるのです。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。


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(精神科医 和田 秀樹)
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