親の介護で気を付けることは何か。介護・暮らしジャーナリストの太田差惠子さんは「親の介護費用を子が自腹を切っていたら親ともども自滅してしまう。
親が元気なうちからやるべき情報収集がある」という。ライターの吉田潮さんが聞いた――。(第2回)
■親はあなたが思っている以上に長生きする
「あなたの親は何歳まで生きると思いますか?」。こう聞かれたら、昔の自分は「85歳くらい?」と答えていた。両親がぼける前はふたりとも比較的健康だったので長生きの部類と想定、さらに親類もだいたい80代後半で亡くなった記憶があるから。でも今は違う。現在84歳の父(要介護4)と81歳の母(要介護1)だが、「ひょっとしたら100歳こえるかも……」と感じている。ぶっちゃけ「医療も介護も整うと、親はなかなか死なない」。在宅介護生活が長引くこともうっすら不安だ。
日本人の平均寿命でいえば、男性は81.09歳、女性は87.13歳(令和6年厚生労働省「簡易生命表」より)だ。高齢化社会ではなく完全な高齢社会。どんな形であれ親の介護は必要になる。
慌てないために、少しでも不安を軽減する策はないのか。老親介護の現場を数多く取材し、わかりやすくてためになる介護情報を発信している介護・暮らしジャーナリストの太田差惠子さんにお話をうかがってみた。
「親が認知症になることを恐れる人がいますが、病気やケガで入院し、それをきっかけに介護が必要になるケースも多いですね。講演でよく聞かれるのは、何歳くらいで介護が必要(要介護)になるかという話です。個人差もありますが、統計的には80~84歳で『要介護1以上』は16.6%、つまり6人に1人くらいの割合。病気やケガで入院して多少弱っても、元の生活に戻れる人がまだ多いんです」(太田さん、以下同)
■介護の想定は男性100歳、女性105歳
「ところが、85~89歳になると33.2%(3人に1人)となり、90歳以上は59.4%(2人に1人)と上がります。人間もやはり90歳を超えるとなんらかの介護が必要になりますし、親が90代ということはその子もすでにシニア世代。親の介護に翻弄されすぎて自分の老後が不安定になるようでは本末転倒。想定としては、親も自分も100歳まで生きるという計算をしておきたいところです」
男性は100歳、女性はさらに長生きなので105歳まで生きる、という想定で、介護費用や人生設計を算段しておくといいそうだ。
私の父も「先は長くない」と医師に言われたため、在宅介護開始当初は「1~2年かも」と考えていた。が、手厚い訪問診療・看護と姉が作る分厚い食事のおかげで元気になった父を見て、「16年」と計算し直した。実は、この計算を見誤って大変なことになった人もいる。

■親の貯金も子どもの貯金もなくなった
太田さんのもとに寄せられる相談の中でも結構多いのが「親がどんどん元気になってお金が足りなくなった」というケースだそう。
「突然の入退院の後、親に介護が必要となって、よく調べないままよさそうな施設に入居させる人は少なくありません。費用がやや高くても『1~2年くらいなら、とりあえず自分が立て替えて、相続で清算すればいいや』と支払うことに。ところが親はどんどん元気になり、2年たち、3年たち……。気づけば自分の貯金は大幅に目減りし、『親の貯金もなくなったのですが、どうしたらいいでしょう』というのです。
都内で有料老人ホームなど民間の施設は月額40~50万かかったりしますからね。それこそ自分の老後資金も親の介護につぎこんでしまったというわけです」(太田さん、以下同)
確かに、病院は予想以上に早く、あるいは突然、退院を宣告してくる。病院は急性期の傷病を治療するところだから当然ではあるが、介護準備体制がまったく整わない状況で放り出されると家族は大慌てだ。
■急な介護は判断能力が落ちる
「介護が必要な状態の親が家に戻って、じゃあいったい誰が面倒をみるのか。在宅介護? 誰が? 無理無理! じゃあ施設しかない……と思うでしょうね。慌てて民間の大手施設、名の知れている会社に電話してしまうんですよ。
そうすると『今なら空いているお部屋ありますよ、どうぞご案内します』と懇切丁寧に対応してくれるんですよ。
本来なら他にもいろいろな選択肢があるはずなのに、じっくり考えたり選んだりする時間がなくて、民間の施設一択になりがち。
私の知り合いも『太田さん、ああいうところって他の道を教えてくれないんですね』って。そりゃそうですよ、営利目的の会社に電話しているのだから自社物件しか紹介しませんよね。それくらい焦って判断能力が低下してしまうんです、親が急に介護となると」
まずは親が住んでいる管轄の地域包括支援センターで相談し、介護認定を受けて(ただし、時間はかかる)、担当のケアマネジャーを決める。介護保険を利用してホームヘルプサービス(訪問介護)やデイサービス(通所)を組み合わせるのが普通。
公的な施設でいえば、原則3カ月は滞在できる老人保健施設(老健)や、低め安定の利用料で入居できる特別養護老人ホーム(特養)も選択肢のひとつだ(要介護度で条件あり)。これらをすっ飛ばして民間施設に委託するのは、確かに手間も時間もかからない。
■介護は長期戦と心得るべき
「もちろん民間の施設が悪いわけではありません。親が気に入って相性がよければ、家族も安心できますしね。ただ、民間企業ですから公的施設に比べて割高で、利用料の突然の値上げもありますし、経営破綻による倒産リスクの可能性もゼロではありません。長期戦と想定するなら、それ相応の備えと計画的な使い方が必要。子が自腹を切っていたら親ともども自滅してしまいますよ」(太田さん、以下同)
もうひとつ、藁にもすがる思いで手を伸ばしてしまうのが「介護施設紹介業者」だ。
ネットで検索すれば、さまざまな民間施設のデータを揃えたサイトがたくさん見つかる。費用や空き状況、写真も豊富に掲載されていて、資料請求すれば無料で送ってくれたりもする。私も7年前に実際に利用してみたが、迅速に資料が手元に届いた。なぜ無料なのかを当時は考えもしなかったけれど……。
「紹介業者は基本、成功報酬制。つまり、入居が決まったら施設からお金をもらって成り立っているわけです。この紹介業者に感謝しているという人もたくさんいます。ただし、紹介している施設が本当に良心的で優良かどうかはわかりませんよね。もしかしたらキックバックの高い施設を紹介してくる可能性もありますし、当然ですが、紹介してくれるのは民間の施設のみで、公的施設は除外です」
■「老人ホーム」の前に頼るべき公的施設
つまり、ファーストコンタクトが大手企業や紹介業者だと、介護費用が高額になりがちというわけだ。また入居一時金方式の施設もあり、トラブルも多いと聞く。
「一時金を払って入居させたが、どうも相性が悪い、別の施設へ移したいというケースもあります。このとき、入居後3カ月(90日)以内であればクーリングオフ制度があるので、お金は戻ってきます。
が、3カ月を超えると初期償却された分は返ってきません。一時金は数百万~千数百万と額が大きいですから、退所の決断は90日以内に!」
退院後、いきなり在宅介護に突入するケースは少ない。病院には退院支援をしてくれるソーシャルワーカーやメディカルソーシャルワーカーもいる。介護が必要な場合、介護と医療ケアが必要な場合、経済的な問題を抱えている場合など、退院後の生活については相談してみるといい。
「即退院が厳しい場合は、約2カ月は入院できて医療保険が使える『地域包括ケア病棟』を利用したり、最長3カ月ほどは入所できて介護保険が使える『老健』を挟むとよいでしょう。両方利用すれば、約5カ月は猶予ができます。
永続的に施設に入るとしても、在宅で介護サービスを組み合わせるにしても、情報収集する時間ができますよね。いきなり高額な有料老人ホームに大金を注ぎ込まなくても、公的な支援をうまく使ってみては? ソーシャルワーカーも相談にのってくれますが、こちらから聞かないと教えてくれない場合もあるので、ある程度自分で情報をとりにいかないといけません。介護は“情報収集”が肝なんです」
■まずは子どもだけで相談は◎
親の老いに対して準備しておく……なんとなくわかってはいても何から始めるべきかがわからない人も多い。お金事情を把握する以外に、打っておくべき手は?
「親が元気でも地域包括支援センターとつながっておくことをお勧めします。親が大変な状況になってから駆け込むところと思い込んでる人が多いのですが、地域包括は65歳以上の住民なら誰でも使えるところなんです。
特に親が遠方に住んでいる人は一度相談しておくといいでしょう。
介護認定を受けていない人でも『総合事業』というサービスがありますから。自治体によってはヘルパーさんを頼んだり、転倒予防教室や食事会など催しに参加もできます。『介護はイヤでしょ? 介護予防のために一緒に行ってみない?』と親を誘ってみてください」(太田さん、以下同)
年寄りのくせに年寄り扱いされるのを嫌うのが親というもの。親を連れていくのが厳しければ、まずはひとりで相談に行ってもよいのだとか。
「地域包括では今の段階で何ができるのか教えてくれます。行けなくても、まずは管轄の地域包括支援センターはどこにあるかくらいは知っておいて。ネットで検索し、自治体の介護支援情報の冊子などプリントして手元に置いておくだけでもかなり違います。いざというときに相談できる公的な窓口があると心強いはず」
■「独居老人の孤立死」より最悪の事態
要介護ではない元気な親だったとしても、ちょっと顔を出しておくだけで新しい道が拓けるかもしれない。地域包括に相談しておいてよかった例は?
「ある女性は、70代で元気な母親が遠方に一人暮らししていました。電話はしていたけれど頻繁には行けないので、地域包括に連絡していました。『私は遠方に住んでいて母が一人暮らしでちょっと心配』と事情を伝えていたのです。
ある日電話口の母親の声がおかしい。何回か確認しても『大丈夫』としか言わない。不安に思って地域包括に連絡したところ、母親宅を訪問してくれたそうです。母親は熱中症になりかけていて、すぐ手当てして大事に至らなかったとのこと。これは遠距離介護初期の成功例で、娘さんがこまめに地域包括に連絡していたからこそ、です」
逆につながっていないと、どうなってしまうのか。センセーショナルに報道される「独居老人の孤立死」が思い浮かぶが、本当に最悪の事態とはもしかしたら親が亡くならないケース……なのかもしれない……。
■認知症で実家がゴミ屋敷という地獄絵図
「独居の父親が認知症で、家がゴミ屋敷になっていった話があります。遠方に住んでいる娘さんのところには、実家のご近所さんからどんどん電話がかかってきて、『娘だろう、何とかしろ!』とクレームが。
何をいっても聞かない父親に、娘さんも参ってしまって。いろいろなところに相談したのですが、地域包括も行政も動きようがなくて、最終的には娘さんはうつ病になっていましたね。ゴミ屋敷は解決策がないうえに、親は認知症、子は病んでしまったというケースがありました……」(太田さん、以下同)
なかなかの地獄。想像するに、娘さんは仕事どころではなくなり、かといってゴミ屋敷を片付ける時間も人手もお金もない。介護予防や介護を支援してくれる地域包括も、行政も、本人の許可なく強制執行はできない……。結局どうなったのか。
「民間の介護のスペシャリストの方がその話を聞いて、助けてくれたそうです。娘さんに『お父さんのこと1回捨ててください』と言って、自分が運営するシニアホーム(介護保険外)に父親を連れて行ったそうです。ほとんど入浴もしていなかった父親をその日のうちに入浴させることに成功したそうで。本当に介護のプロっているんですよね。まあ、これはまれにみる幸運なケースでしたけれど」
■“無理ゲー”と嘆く前に「マネジメント」
突然親の介護が必要になっても、考えたり調べたり比べる時間が圧倒的に足りない。真面目な人ほど「あれもこれも自分がやらなきゃ」と思いがちだし、お金と人手の問題をどう考えてもうまく回せるとは思えない。攻略できない“無理ゲー”感がある。太田さんいわく、介護に必要なのは情報と取捨選択だそう。
「介護は“マネジメント”とよくお話しています。親の自立を支援するための情報収集と取捨選択。お金で言えば、『いくらかかるか』ではなく『いくらかけられるか』です。
自分ひとりで何もかも背負うのは、それこそ“無理ゲー”ですから、地域包括、ケアマネジャー、ヘルパーや介護士、ソーシャルワーカーなどプロの手も借りて、お金と人と介護サービスをマネジメントしていくことなんです」

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吉田 潮(よしだ・うしお)

ライター

1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。2016年9月より東京新聞の放送芸能欄のコラム「風向計」の連載開始。テレビ「週刊フジテレビ批評」「Live News イット!」(ともにフジテレビ)のコメンテーターもたまに務める。

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太田 差惠子(おおた・さえこ)

介護・暮らしジャーナリスト/NPO法人パオッコ理事長

遠距離介護、仕事と介護の両立、介護とお金などの視点で情報を発信。『遠距離介護で自滅しない選択』『親が倒れた! 親の入院・介護ですぐやること・考えること・お金のこと 第2版』など著書多数。

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(ライター 吉田 潮、介護・暮らしジャーナリスト/NPO法人パオッコ理事長 太田 差惠子)
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