※本稿は、大田比路『2030年の世界を生き抜くための テック資本主義超入門』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■資本主義社会における「カネを儲ける手段」
長期にわたってカモにされてきた人々は、自分がカモにされている証拠を突きつけられても、それを否定するようになる。彼らはもはや真実に興味がない。自分がカモにされてきた事実を自ら認めるのは、耐えがたい苦しみだからだ。こうして詐欺師は彼らを支配する。いったんその支配が完成すれば、そこから抜け出ることは不可能に近い。
―― Carl Sagan, The Demon-Haunted World
Big Techの台頭によって、中世より続いてきた資本主義は、新たな段階に入った。テック資本主義(tech capitalism)の登場である。すなわち、デジタルテクノロジーを基盤とするテック企業(tech companies)が、資本主義の主役となった時代状況のことだ。
まず歴史の話から始めよう。
資本主義(capitalism)なるものが、地球上にいつ現れたのか。
19世紀は、その資本主義が華開いた時代だった。その頃、資本主義は、純粋なメカニズム(mechanism)だった。カネを持つ「資本家階級」が、カネを持たない「労働者階級」を利用して、彼らの労働力を生涯にわたって搾り上げていく――ただそれだけの単純な仕組みだった。
■19世紀は労働力搾取、20世紀は消費
20世紀に入ると、何かが変わった。いつのまにか、労働者たちは、労働だけではなく、消費(consumption)なるものを一生やらされるようになっていた。
20世紀初頭から、資本主義は、後期資本主義(late capitalism)なるものに移行した。後期資本主義の特徴はいくつもあるが、最も重要なのは、労働者(worker)が消費者(consumer)としても大々的に利用されるようになったことだ。
流行の服を買え。車を買え。マンションを買え。
■21世紀のカモにされた「参加者」
そればかりではない。賃金をはるかに上回る消費をするために、ローン(loan)を組むことが「普通」の現象になっていく。いつからか、多くの労働者たちが、壮大な借金返済計画に自分の賃金を捧げ、自分の人生そのものを捧げていくようになった。
20世紀とは、資本主義という超弩級のイデオロギー体系が世界全体に侵食していこうとした時代だった。
その頃、資本主義は、すでに単なるメカニズムではなくなっていた。見えない企てを社会の隅々に仕掛けるスキーム(scheme)になっていた。
そして、21世紀――資本主義は新たな段階に突入した。後期資本主義の中から生まれ、後期資本主義そのものを超えるものが現れたのだ。それがテック資本主義だった。
20世紀の資本主義は、製品やサービスを消費者に売ることに焦点があたっていた。しかし、21世紀のテック資本主義では、インターネット上に何らかの「場」を作り、そこに参加者を誘い込むことに焦点が当たる。そう、21世紀の消費者とは、参加者なのである。
19世紀のカモは労働者だった。
20世紀のカモは消費者だった。
そして、21世紀のカモとは参加者だった。
■金持ちのカネ稼ぎに参加者が課せられる「無償労働」
テック資本主義では、プラットフォーム(platform)がテック企業によって構築される。人々は、その「場」に参加するコストとして、自らのデータ(personal data)をテック企業に差し出す。そのデータなるものが、テック資本主義における「資本」なのだ。「21世紀の資本家階級」が富を獲得するための資源なのである。
プラットフォームの参加者たちは、テック企業のつくった柵のなかに囲われ、彼ら21世紀の資本家階級のために、データ生成や広告閲覧といった無償労働に従事させられる。そう、彼ら「21世紀の金持ちたち」がさらなる金持ちになるための労働をタダで奉仕するのだ。
20世紀の労働者たちには、労働時間とは別に自由時間があった。労働と自由の区別があった。しかし、21世紀の労働者たちは、その自由時間すら、テック資本主義のために労働させられる。しかも、繰り返すが、単なる労働ではない。
■カモは今日もInstagramにいいねを押し、広告を見る
あなたも、どこかのプラットフォームで、何かを閲覧したり、何かにlikeをつけたり、何かを投稿したり、何かのメッセージを送受信している。場合によっては、自分自身の性別や居住地や趣味趣向や購入履歴まで抜き取られている。すべて、テック資本主義が喉から手が出るほど欲しがっているデータであり、彼らがカネを儲けるための原材料だ。
もちろん、古代の奴隷と違って、あなたがそこに居続けるか否かは自由である。あなたを縛る物理的なムチも鎖もない。しかし、実質的には、そのような自由などない。周りの人々がそのプラットフォームに参加していれば、あなた自身もそのプラットフォームに居続けるしかない。選択の自由など、ただの幻想である。
現に、読者の皆さんのなかで、Big Techの何たるかを少し知ったところで、たとえば、いまこの場でInstagramのアカウントを削除できる者が1人でもいるだろうか。いるわけがない。
写真の趣味を持っているわけでもないあなたが、Instagramの負の影響を十分すぎるほど知っているあなたが、明日もなぜかInstagramにアクセスするのだ。
■搾取者は実態がバレても搾取し続ける
もちろん、たいていの人間は、自分が小作人であることを否定する。昔から無料で楽しく使っていた娯楽が、自分をカモにする装置だったことを否定する。そのような事実を認めることは、今までの自分そのものが否定されることを意味するからだ。こうして搾取者は、実態がバレてもなお権威を握る絶対者となっていく。
例えば、あなたはデバイスから通知を受け取る。アプリアイコンの右上に赤いバッジの数字が出ているのを見つける。そして、その赤いバッジを消すために、アプリをタップする。
あなたは霊長類である。霊長類の特徴の1つは、色彩情報を高度に識別できる点だ。そして、色彩情報の中でも、最も重要なのが赤(red)である。赤という色彩情報は、人間に威圧感と不安感と焦燥感を与え、人間の行動をコントロールする最大のツールなのだ。
■誰もInstagram、Googleのアカウントを削除することはできない
そして、アプリを開けば、自分の指を使ってタッチスクリーンをスワイプするという行為を繰り返す。このスワイプという指の動作も、人間を中毒症状に陥らせるために意図的に設計されている。あなたのデバイス操作時間やアプリ滞在時間を少しでも延ばして、あなたの人生時間を少しでも多く奪うために設計されている。
いったんテック企業の領地に入り込めば、そこは、あなたの時間を奪い、アテンションを奪い、その場から抜けられなくなるテクノロジーの仕掛けで溢れている。
こうしてあなたは、テクノロジーと資本主義が編み上げたカゴの中でネズミとなる。シグナルを与えられるたびにカゴの中を走り回るネズミとなるのだ。
もう一度聞こう。あなたは、いますぐ、この場において、Instagramのアカウントを削除できるのか。Xのアカウントを削除できるのか。Googleのアカウントを削除できるのか。それに対するあなたのリアクションと言い訳こそ、全てを物語っているのだ。
アテンションエコノミーは、私生活と労働の間にあった壁、娯楽と情報の間にあった壁を溶かしていく。それらすべてが、24時間365日体制で押し付けられるコミュニケーション環境下に置かれるわけだ。現代では、眼球(eyeballs)とは、人間が外部からの視覚的刺激に応じて行動する現象として再定義される。
つまり、特定のターゲットや関心のある場所に人間たちの視線を誘導し、正確に留まらせる戦略が高度化しているのである。眼球は、自然な視野から切り離され、電子的な刺激に反応する身体的回路の一部と化している。Googleをはじめとするテック企業は、我々の日常生活のあらゆる瞬間を支配しようと競争しているのだ。
―― Jonathan Crary, 24/7: Late Capitalism and the Ends of Sleep
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大田 比路(おおた・ひろ)
著作家
早大法、早大院(修士)、早大政経助手を経て、現在は個人投資家。都内在住。主著『政治的に無価値なキミたちへ』(イースト・プレス)。早大講師(社会科学領域/非常勤)兼任。
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(著作家 大田 比路)

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