健康寿命や認知症の発症率には地域によって差がある。医師の宇都宮啓さんは「郊外や農村は、車の利用が多く歩く機会が少ない。
そして高齢になり車が使えなくなった途端に行動量や人との交流が減り、孤立や認知症リスクが増大する」という――。

※名字の「都」は正しくは旧字体。「土」、「ノ」の次にテン

※本稿は、宇都宮啓『要介護にならない! 自立と寝たきりの分岐点、「フレイル」を知る』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。
■若者の負担は「胴上げ型」から「肩車型」へ
社会はどんどん変わっていきます。
かつては、ある程度の年齢になったら隠居生活が許された時代もありました。
でも、今は、そうした時代ではありません。病気や障害を抱えていたとしても、社会の一員として支え・支えられる関係を自ら築いていくことが求められています。
それは、図表1を見ていただければ、一目瞭然です。これは今から15年程前に厚生労働省で使われていた資料を一部改編したものです。
1965(昭和40)年は、65歳以上の1人に対して20~64歳は9.1人でした。大勢の若者が一人の高齢者を支える。これを「胴上げ型」といいます。


それが2012(平成24)年には、1人対2.4人になります。「騎馬戦型」です。
そして、2050(令和32)年には、なんと1対1.2人になるのです。現役世代1人が1人の高齢世代を支えるまさに「肩車型」。働き盛りの現役世代と高齢世代の人数が変わらなくなる時代が、近い将来に来るということです。
しかも、人口構造の推移をみると、2025(令和7)年以降、「高齢者の急増」から「現役世代の急減」に局面が変化すると予測されています。
こうなったとき、何が起こってくるでしょうか。
医療費も介護費も大幅に上がるのに、それを支える現役世代が少なくなっている。ダブルの危機によって国の財政がますます悪化する状況に陥りかねないのです。
■高齢者も支える側にならなければならない
この状況を打破するには、高齢者が意識を変えることが大切です。
現役世代に肩車をしてもらっている場合ではありません。肩車から降りて、自分のできる範囲でよいので、支え手に回ることが社会的に求められています。

それは難しいことではありません。まずは「多病息災」「健康は気から」の精神で、自らの健康を前向きに捉えること。そして、必要なところは現役世代に支えてもらいつつも、一方で自分にできる場面では、「まだまだ元気」という精神で支え手に回ることです。
「生涯現役」を合言葉に、働ける間は働きながら、地域の活動に積極的に参加する。無理のない範囲で役割を持ち、地域や家族の中で助けあう。それが、自分自身の健康を守ることにも、社会全体の持続可能性を高めていくうえでも、大切な力になるのです。
■認知症に「なりやすい町」「なりにくい町」
都道府県別の男性の健康寿命を調べた2022(令和4)年のデータによれば、もっとも健康寿命が長かったのが静岡県で73.75歳。これに対してもっとも短かったのが、岩手県の70.93歳です。
この数字は調査年ごとに動くこともあるので、静岡県が常に最長で岩手県が常に最短ということではありませんが、単純計算して、約2.8歳もの差が地域によってあることがわかります。
また、認知症の発症者数も地域によって大きく異なります。
44の小学校区(10市町村)を調べた調査によれば(長寿科学振興財団のHP)、認知症の多い地域と少ない地域では、約15倍もの差があるという衝撃的な結果も出ています。
この調査は前期高齢者に絞って行われています。
理由は、後期高齢者になると年齢そのものが大きなリスク要因となり、地域差よりも「加齢による影響」が強く出てしまうからです。
さらに、市区町村別に見たIADL低下者の割合(前期高齢者)の調査(長寿科学振興財団のHP)によれば、都市よりも郊外や農村のほうが、IADL低下者が圧倒的に多いことがわかります。
割合がもっとも低い地域ともっとも高い地域では、およそ3倍もの差が見られました。
IADLとは、日本語で「手段的日常生活動作」といいます。たとえば「買い物に行く」「食事の準備をする」「金銭の管理をする」「電話をかける」「薬をきちんと服用する」「公共交通機関を利用する」などです。
つまり、IADLが低下すると、基本的な身の回りのことができたとしても、自立した社会生活を送るのが難しくなってきている状態になります。
■高齢者が都市部に住むメリット
2022(令和4)年のデータでは、介護が必要になる原因の1位は、認知症(16.6%)です。続いて「脳血管疾患(16.1%)」「骨折転倒(13.9%)」「高齢による衰弱(13.2%)」などとなっています。
言い換えれば、認知症を予防することが、自立した生活をできるだけ長く続けるための最大のポイントともいえるのです。
このように、健康寿命や認知症の発症率に地域差が生まれる理由には、いくつかの要因が考えられます。
都市部では高齢者の日常生活を支える環境が整っています。電車やバスの最寄り駅が徒歩圏内にあり、買い物や通院にもさほど困りません。
近所にはスーパーやコンビニ、医療機関もそろっています。公共交通機関を使って出歩き、身体を動かしますし、時刻表や乗り換えを考えるなど頭も使います。
■「クルマ必須」の地域はリスクが高い?
一方で、郊外や農村では、徒歩圏内に最寄り駅がない場合が多くなります。しかも、電車やバスの本数が少ない。そのため、車の利用が多く、歩く歩数は少ないことが多いです。いつも決まったルートを利用するのであれば、あまり頭を使うこともないかもしれません。さらに車を手放した途端に外出が難しくなりがちです。
「出かけたいのに自由に出られない」という状況が続けば行動量が減り、人との交流も途絶え、孤立や認知症リスクの増大につながります。
とはいえ、こうした地域格差は「仕方がないこと」と片づけてしまうわけにはいきません。
ソーシャル・キャピタル統合指数(地域のつながりや信頼関係を数値化した指標)が高い地域ほど、長寿であり、認知症リスクも低いことが明らかになっています。つまり、認知症予防は個人の問題とすることなく、地域全体で認知症を予防できる環境を整えていくこと。そのためには、地域住民の交流を活発化し、お互いに信頼を深めていく取り組みが必要なのです。

■あるときは支え、あるときは支えられる社会
国も地域も、どうやったら多くの人が住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けられるのかと考え、対策を講じてきました。
では、その成果は現れているのでしょうか。
一般に、高齢者や障碍者、病気のある人は、多くの場合、「支えられる人」と捉えられがちです。
しかし、健康とは多病息災、自分が元気だといえば元気なのです。「支え手」「受け手」という分断ではなく、支え・支えられる関係を社会の中で循環させていく。これこそが厚生労働省が実現させたい「地域共生社会」の理想形です。
たとえ介護保険を活用し、デイケア・デイサービスに通っていたとしても、社会の中に居場所と出番があれば、そこでは支え手として活躍することが可能です。その居場所と出番が生きがいにつながっていくのです。
高齢者の中には、私の母のようにデイケア・デイサービスに行くことを拒んだり、要介護認定を受けたがらなかったりする人がいます。
しかし、私たちはこれまできちんと保険料を支払ってきています。必要な介護サービスは遠慮せずに堂々と受けましょう。それは弱さの証ではなく、これまで社会に貢献してきた人が正当に得られる権利です。

そのうえで、自分にできることを地域や仲間のために行っていけば、「支える」と「支えられる」の関係が自然に循環し、自分自身が社会を活性化させていく力になるのです。

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宇都宮 啓(うつのみや・おさむ)

医師

一般財団法人日本食生活協会代表理事、公益財団法人日本建築衛生管理教育センター理事長。1960年、北海道生まれ。1986年、慶應義塾大学医学部を卒業後、厚生省に入省。1991年、チュレーン大学公衆衛生・熱帯医学大学院へ留学し、翌1992年よりカリフォルニア大学サンフランシスコ校保健政策研究所客員研究員。その後、厚生省保健医療局地域保健・健康増進栄養課課長補佐(「健康日本21」策定に従事)、厚生労働省大臣官房厚生科学課主任科学技術調整官などを経て、岡山県保健福祉部長、厚生労働省老健局老人保健課長、保険局医療課長、成田空港検疫所長、大臣官房生活衛生・食品安全審議官などを歴任。2008年と2014年の診療報酬改定や2012年の介護報酬改定に携わり、2018年、厚生労働省健康局長に就任し、翌年退官。

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(医師 宇都宮 啓)
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