※本稿は、山脇由貴子『夫婦はなぜ壊れるのか カウンセリングの現場で見た絶望と変化』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
※事例は全て仮名です。
■我が子を「可愛い」と思えない妻の事例
相談に来たのは夫の隆弘さん(38歳)。妻が子どもの面倒を見ない事に悩んでいると言います。子どもは6歳の男の子だそうです。
「妻は自分ではっきりと、『子どもが可愛いと思えない』と言います。最低限の関わりはしますが、本当に最低限です。食事は作るけど一緒に食べないし、遊ぶ事はほとんどありません」子どもと一緒にいてもずっとスマホをいじっているそうです。
「子どもが歌ったりしていると『うるさい!』と言う時もありますし、子どもが構って欲しくて妻に寄って行くと『あっち行って!』と怒鳴る事もあります。妻もフルタイムで仕事をしているので、疲れているのも分かるんですが……」
見かねた隆弘さんは、職場に、妻が仕事で忙しいので自分が育児をする必要があると説明し、早く帰れるようにしてもらっていると言います。
「もうずっと、お風呂に入れるのも、ご飯を食べさせるのも、寝かしつけも私です。
子どもは「ママがいい!」と泣く事もあり、可哀そうな思いをさせていると、隆弘さんは少し暗い表情を浮かべます。
■なぜ育児への関わりが減ったのか
「休みの日はどうにか説得して3人で公園に行ったりしますが、妻は一人でベンチに座ってずっとスマホをいじっています」隆弘さんはそこでため息をつきました。
「もう少し育児に関わって欲しいし、子どもを可愛がって欲しいと再三言っているのですが、『どうしても可愛いと思えないから』と言われてしまいます」
「お子さんは、お二人が望んでの事ですか?」私が尋ねると隆弘さんは頷きます。
「妻の強い希望でした。2人欲しい、とも言っていましたが、1人目が生まれてからは言わなくなりました」
妻は産休も育休もしっかり取り、その時はちゃんと子どもと接していたそうです。変わったのは育休明けだと思う、と隆弘さんは言います。
「原因は話してくれませんし、私にも分からなくて……。妻の育ちに大きな問題があるようにも思えないんです」
カウンセリングに来る事は話してあり、先々は2人で通いたいと言った所、妻もそのつもりになっているそうです。
「ご夫婦の関係で奥様は悩んでいる様子ですか?」隆弘さんはまたため息をつき、「会話はほとんどないですから」と言いました。
「妻は大抵不機嫌で黙り込んでいます。私に対する不満は色々あるんだと思います。こうなる前、私は毎日帰りも遅くて、家事も育児もまかせっきりでしたから」
次は奥さんにひとりで来てもらう事にしました。
■可愛いと思えないのは「夫に似ている」から
私は美和子さん(36歳)にカウンセリングに来てもいいと思った理由を尋ねました。
「夫の事を相談したかったからです。夫婦関係は結婚当初は悪くはなかったですけど、子どもが生まれてからは悪化する一方で」
「隆弘さんは、美和子さんが子どもを可愛いと思えない事にも悩んでいるようですが……」私が言うと美和子さんは「知ってます」と言いました。
「でも、私どうしても子どもが可愛いと思えなくて」
「それは、生まれた直後からですか?」いえ、と美和子さんは首を横に振った後に、「しゃべりだした頃からだと思います。2歳半くらいでしょうか」
「原因に思い当たる事はありますか?」私が尋ねると美和子さんは、「夫に似ているからです」と、迷う事なく答えました。
「ご主人に似ているから?」私が聞き返すと、はい、と美和子さんは答えます。
「最初は可愛かったです。子どもは欲しかったですから。でも、顔立ちも夫にそっくりですし、だんだん、話し方も仕草も似て来たような気がして。一緒にいるとイライラしてしまうんです。だったら関わらない方がいいだろうって。最低限の事はしますけど」
「ご主人に対してイライラするようになって、子どもにも、という事でしょうか」私が尋ねると美和子さんは「そうです」と言いました。
■産前・産後の恨みが問題の根源だった
「とにかく、夫は自分勝手なんです。子どもが生まれたら協力してくれるだろうと思っていたのに、全く手伝ってくれなくて。毎晩飲み歩いて帰りも遅いし。完全にワンオペでした。妊娠中も、つわりがひどいから早く帰って来て欲しいと連絡しても帰って来てくれなくて。出産後も協力はほとんどしてくれませんでした。休みの日も一人で遊びに行ってしまうし」
美和子さんが仕事に復帰した後も、隆弘さんは協力してくれなかったそうです。
「時短とはいえ、寝不足で仕事に行って、クタクタになって帰って来て……。夫に腹が立って仕方がなくて、でも夫は私の話も聞いてくれないし」美和子さんは言いました。
「子どものイヤイヤ期が始まって、もう限界だって思いました。全て投げ出したくなって。でも子どもの面倒を見ない訳にはいかないし。
一緒にいたら手が出てしまうかもしれない。それだけはしてはいけない。その為には、関わりを減らすしかなかった、と美和子さんは言いました。
「息子さんがご主人に似ている、と思うようになったのもその頃からですか?」
美和子さんは頷きます。
■過去のわだかまりは子育てに影響を及ぼす
「もともと、顔立ちは夫にそっくりなんです。でも、話し方とか表情とか、仕草も似てるって感じるようになって。特に私が、何かしなさいと言っても返事をしなかったり、呼びかけてもこっちを見ない時とか、本当に夫にそっくりだって思って、ものすごくイライラします。そういう時に叩きたくなってしまうんです」
「今は、ご主人は育児を手伝ってくれていますよね? でも、イライラは消えませんか?」
私が尋ねると美和子さんは、「今更って思います。それに、私が何度もお願いした時にはやってくれなかったのにとも」美和子さんは辛そうで、涙ぐんでいました。美和子さんもこの状況に苦しんでいて、どうにかしたいと思っているのでしょう。
「このまま子どもが可愛いと思えないのも、ご主人への怒りが消えないのも、美和子さん自身が一番辛いと思います。なので、その原因をしっかり見つけて、解決方法を一緒に探しませんか?」
うつむいていた美和子さんははっとしたように顔を上げました。
美和子さんは一人っ子で、両親は共働き。
「あまり構ってもらえませんでした」
両親共に多趣味かつ社交的で出かけるのが好きだったそう。
■生い立ちから解決策を考えていく
「夕食も、小さい頃からほとんど1人でした。母は家にいても電話していたり映画を観ていたり。父と一緒に食べた記憶はありません。土日も親と過ごした記憶はないですね。小学校高学年からは夜も1人が多くて。2人とも、別々にですけど飲みに行ったり、出かけている事が多かったので、家で1人で遊んでました」
中学以降は両親との会話はほとんどなし。
「高校で初めて彼氏が出来ましたけど、好きになるのはとにかく優しい人でした。私の言う事を聞いてくれる人」隆弘さんも結婚前は優しかったと美和子さんは言います。
「この人なら、ちゃんと私の話を聞いてくれるだろうって思って結婚したんです」
結婚後に激変した訳ではなく、子どもが生まれてから美和子さんのお願いを聞いてくれなくなったのだそう。
心理テスト結果からは、強い愛情欲求と孤独感が認められました。
次に隆弘さんの生い立ちと心理テストです。隆弘さんも一人っ子ですが、甘やかされて育った自覚があるそうです。
■人の気持ちを察する力が弱い夫
「両親が歳をとってからの子どもだったせいもあって、生活は常に僕中心でしたね。行きたい所があると必ず連れて行ってくれるし、小さい頃は土日もいつも両親と一緒に過ごしていました」
美和子さんとの結婚生活について尋ねると、「子どもが生まれるまではうまく行っていました」と言うので、なぜ子どもが生まれた後、美和子さんのお願いを聞いてあげなかったのかを尋ねると、
「正直……僕はあまり子どもは欲しくなかったんですよね。でも美和子がどうしても欲しいって言うので。僕は子どもはコスパも悪いし、自由でいたい気持ちが強かったので」
「今は、子どもへのわずらわしさは消えたんですか?」私は確認の為に尋ねました。
「はい。言葉でコミュニケーションが取れるようになって、可愛いと思うようになりました。僕も今は出来る限り手伝っているので、美和子にも変わって欲しいんです」
隆弘さんの心理テスト結果は当然、愛情面の問題はなく、むしろ人から嫌われる不安が弱い事と、人の気持ちを察する力が弱い傾向が認められ、自分勝手な行動をとりがちな事も分かりました。美和子さんと子どもへの愛情が認められたのは本当に良かったのですが、今は美和子さんに対して、少し諦めが生じ始めています。
■夫婦は相手を諦めさせてはいけない
私はまず美和子さんの生い立ちと心理テスト結果を隆弘さんに説明しました。
「言う事を聞いてくれなかった親の姿が隆弘さんに重なり、それがお子さんにも重なっています。だから『誰も私の言う事を聞いてくれない』という悲しみが、怒りとなって表に出て来ているんです」
私の説明に隆弘さんは少し驚いた表情を浮かべ、「『あまり構ってもらえなかった』というのは聞いていましたが、そんなに放っておかれたとは知りませんでした。それに、子どもと僕が重なっているとは……子どもに辛い思いをさせているのは僕のせいなんですね」と言いました。
「美和子さんが日々、隆弘さんに『大切にされている』と思える事で悲しみは解消されます。話を聞いて、お願いや頼まれた事にきちんと応える事です」
「最近は、何かを頼まれる事もほとんどないんですけど……」
「美和子さんは今、隆弘さんに諦めの感情を抱き始めています。それは子どもの頃、親に期待し続けても裏切られたので、諦めるしかなかったからです。ですので、隆弘さんはもう一度、美和子さんから期待を持ってもらわなくてはなりません」
今度は美和子さんに向かって言いました。「美和子さん、もう一度隆弘さんに期待を持って、して欲しい事を伝えるようにして下さい」
「して欲しい事……」美和子さんはつぶやきます。「今まで散々無視されて来たので……何も思いつきません」と答えました。
■「期待すること」で関係が良好になる
「きっと、そうだと思います。でも、夫婦というのはお互いに期待を持つことが関係性維持の為に重要です。諦めると相手の事がどうでもいい存在になってしまうからです。ですので、もう一度、隆弘さんにして欲しい事を考えてみて下さい」
そして私は隆弘さんに言いました。
「隆弘さんは人から嫌われる不安が弱く、その為に相手の感情を大事にしない時があります。それが美和子さんを傷つけて来たことを自覚して、気を付けて下さい。今まで、美和子さんからのお願いを軽く考えて、自分の感情を優先してしまっていた事を改めて反省して頂いて」
隆弘さんは頷きます。「気を付けます。自分でも、気づいていなかったので……。美和子の抱えているものも知らなかったし……」
私は隆弘さんに向かって説明しました。
「人から嫌われる事への不安が弱いのは悪い事ではありません。でも、大切な人に対して『自分がこれをやったらどう思うかな』と考える力が弱いと、相手を傷つける結果になりがちです」
そして、もう一度美和子さんに向かって言いました。
■怒りが消えれば子どもへの接し方も変わる
「関係を修復する為に、すぐに思いつかなくても、隆弘さんにして欲しい事、考えてみましょう。隆弘さんへの怒りが消えて行けば、またお子さんを可愛いと思えるようになると思います。だから、隆弘さんにお願いをしてかなえてもらう事を繰り返すことが大事です。辛かった体験は消えませんから、幸せな体験で上書きしてゆくしかないんです」
美和子さんはしばらく黙った後、「考えてみます」と小さくつぶやきました。
美和子さんの気持ちの変化と夫婦の関係性を見る為に、1カ月に1度カウンセリングに通ってもらいました。隆弘さんへのお願いを見つけるのにはしばらく時間がかかりましたが、子どもと一緒に食事をする、公園に3人で行った時はスマホを見ずに子どもを見る、という事は出来るようになっています。
「イライラはだいぶ減った気がします」と3カ月後に美和子さんは言いました。そして「新しく出来たショッピングモールに今週末行きたい」といった隆弘さんへのお願いも出るようになりました。
最近は、短時間なら美和子さんも一緒に、3人で遊ぶ時間も作れるようになっています。ポイントは、隆弘さんが今の状態を続けられるかどうか。でも、隆弘さんも3人で過ごす時間が楽しいと感じられているので、これからも良くなっていくはずです。
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山脇 由貴子(やまわき・ゆきこ)
家族問題カウンセラー
東京都出身。横浜市立大学心理学専攻卒。東京都に心理職として入都。都内児童相談所に心理の専門家として19年間勤務。2006年に刊行した、現代のいじめ問題の核心をついた『教室の悪魔』(ポプラ社)がベストセラーとなり、以後全国的に講演活動を行う。他の著書に『告発 児童相談所が子供を殺す』『夫のLINEはなぜ不愉快なのか』(ともに文春新書)、監修書に『子どもにキレちゃう夫をなんとかしたい!』(幻冬舎)など。
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(家族問題カウンセラー 山脇 由貴子)

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