年の瀬に寒風吹き込む「定年後の現実」。働き続けないと食べていけない人も少なくない。
ジャーナリストの溝上憲文さんは「60代以上の人が回答している『50代までにしておくべきだった』と後悔する内容を現役世代は肝に銘じないと、老後は悲惨な地獄絵図となりかねない」という――。
■定年後、働きたい人、働かざるをえない人
「年を重ねても働く」のは幸せなことなのか、それとも不幸なことなのか。判断は人によって分かれるだろうが、昔なら赤いちゃんちゃんこを着る還暦を超えてなお働く人が増えている。
60~64歳の人で働いている人は80%を超えているが、これは法律(高年齢者雇用安定法)によって企業に雇用確保義務があること、また、65歳にならないと、満額の年金が支給されないからだ。
問題は65歳で年金が支給されても、働く人が増えている点だ。その中には、働かざるをえない人たちもいる。
2011年までは65~69歳まで働く人は37%程度で推移していたが、2012年以降上昇に転じ、2024年は54.9%と2人に1人以上が働いている(総務省「労働力調査」)。男性は64.8%、女性45.2%に達している。
さらにその上の70~74歳でも2010年までは22%程度と働く人は同世代の2割にすぎなかったが、11年以降、上昇傾向にあり、24年は35.6%に達している。
■70~74歳の男性は49.1%、女性は38.1%が働く
また別の調査(内閣府「2024年度高齢社会対策総合調査」)では70~74歳の男性は49.1%、女性は38.1%が働いている。75~79歳の男性も38.9%、女性も26.4%が働いている。
高市早苗氏が自民党総裁就任時に述べた「働いて×5」は2025年の「新語・流行語大賞」の年間大賞になったが、老体に鞭打ち働く人はどう聞いただろうか。

65歳以上の勤労率上昇の背景には明らかに経済的事情がある。
20年前なら定年を迎えたら悠々自適の生活という人も珍しくなかった。だが、今は端的に言えば、貧困だ。食って、生活していくためには年金以外の稼ぎが必須という家庭が少なくないのだ。
実際に2000年初頭の団塊世代が60歳定年を迎える頃に筆者が取材したとき、多くの人は笑顔でこう言っていた。
「好きな釣り三昧をして暮らしたい」「当面は妻と旅行でもしながらゆっくり過ごしたい」「田舎暮らしもいいな」
そんなに時間がたっていないのに、どこか違う国の話のようにも感じる。
野村総合研究所の「団塊世代のセカンドライフに関するアンケート調査」(2005年8月)の質問項目「60歳を過ぎてやってみたいこと」の回答は多い順にこうだった。
「国内外の旅行」(68.4%)、「自然散策、ハイキング、まち歩き」(38.8%)、「ボランティア活動」(26.8%)、「スポーツ・体力作り」(26.0%)、「田舎暮らし、田舎と都会の行き来」(23.2%)
中には「恋愛」をしてみたい人が5%もいた。仕事から解放され自由を謳歌したいという気持ちの表れだが、今のご時世からみると、浮世離れした印象は拭えない。
■2003年の退職金は2499万円→2022年は1896万円
今では中高年世代を取り巻く環境は大きく変わっている。
収入を支える日本の経済や企業の状況は一変し、業績の低迷や年功賃金の是正によって2000年以降、中高年社員の給与水準は抑制されてきた。同時に老後の生活資金である退職金も減少し続けている。

厚生労働省の調査(就労条件総合調査)によると、2003年の大卒の定年退職金の平均額は2499万円だったが、5年後の2008年には2280万円に減少。2013年には1941万円、2022年には1896万円にまで下がり、老後の生活に必要な資金とされる2000万円を割り込む状況になっている。もし、住宅ローンの残債があれば、それを払うだけで蓄えにならないかもしれない。
加えて公的年金財政の厳しい状況を反映し、「マクロ経済スライド」と呼ぶ減額措置が実施され、かつ年金の受給開始年齢も65歳に引き上げられた。
厚労省のモデル世帯(会社員と専業主婦)の年金の平均給付月額は2004年以降、名目額は23万円程度で変わらないが、物価を加味した実質額は2014年以降、徐々に減少し、24年は20万3000円程度にまで減少している。しかもあくまで40年間、厚生年金保険料(夫)と基礎年金保険料(妻)を収めた人の平均であり、未納期間があるとさらに低くなる。
総務省の「家計調査」によると、2人以上世帯の1カ月当たりの平均支出額(食料、住居、保健医療費などを含む)は、
60~64歳 44万8000円

65~69歳 35万2000円

70~74歳 31万5000円
と年齢とともに徐々に減少していくとはいえ、65歳以降は年金の補填どころか、年金と同じ程度の収入を得なければ生活できないのが実態だ。
■同じ仕事でも給与50万→20万円しかもらえない
定年後研究所とニッセイ聖隷健康福祉財団が実施した「60~70代人生・仕事満足度調査~現役社員への教訓を紐解く~」(2025年9月)によると、仕事の目的は男性の60~64歳は「お金」が80.4%と高いが、65~69歳も78.2%、70~74歳も68.4%と7割近い(複数回答)。
仕事の目的で次に多かったのは「社会との接点」で、65~69歳で49.4%、「健康の維持」39.5%となっている。70~74歳になると、「健康の維持」が47.9%、「社会との接点」が47.6%となり、健康を意識しながら働いている。
「金銭的なゆとり」があるかも聞いている。男性の65~69歳は「ゆとりある生活が送れている・日常の生活には困らない」が69.0%と7割近い。

一方、「多少切り詰めなければいけない・何らかの援助を必要とする人」が31.0%だ。70~74歳は6対4の比率になるが、それでも日常の生活に困らない以上の人が多い。
驚いたのは、定年後もフルタイムで働いている人が圧倒的に多い60~64歳では、「多少切り詰めなければいけない」が38.9%と上の世代よりも多く、「何らかの援助を必要とする」が5.5%で合計44.4%もいることだ。60~64歳の女性でも37.8%に上る。
その背景には、定年後再雇用はフルタイム勤務といっても、いったん退職し、1年更新の非正規の契約社員となり、給与は現役時代の半額程度しかもらえない実態があるからだろう。特に中小企業の実状は厳しい。中小の顧問先を多く抱える社会保険労務士はこう語る。
「現役時代と変わらない仕事をしているのに、たとえば59歳時点に給与が50万円だった人が20万円しかもらえない人が多い。収入が減るために『生活が苦しい』と嘆く人が本当に多い。そのために60歳から公的年金の繰り上げ受給している人も少なくないのが実態だ」
■定年後に後悔「50代までにしておくべきだった」こと
前述の総務省「家計費調査」では60~64歳の2人以上世帯の月平均支出は約45万円だったので、20万円では確かに生活が苦しいだろう。
公的年金の繰り上げ受給とは、本来65歳からもらえる年金を前倒しで受給する制度であるが、その分、給付される年金額は65歳からの支給額よりも減るため、長生きすればするほど総支給額は損になる。結果、老後の生活費を削ることになるが、背に腹を代えられないのが現状なのだろう。

実はこれは今の50代以下にも待ち受けている現実だ。
前述の「金銭のゆとり」の調査では、65歳以上は「ゆとりある生活が送れている・日常の生活には困らない」が6~7割と多かったが、賃金の減額、退職金の減少、年金の目減りを想定すると、今後は生活を切り詰める人が増えることは間違いないと思われる。
同調査では60代以上に「50代で行っておくべきこと」も聞いている。これはいずれ50代を迎える40~30代もしかと確認したほうがいいかもしれない。
トップ回答は「お金を貯める」(男性)で、

60~64歳 54.5%

65~69歳 54.2%
続いて「現職に集中」は、

60~64歳 44.4%

65~69歳 48.3%
だった。一方、70歳以上は「現職に集中」がトップとなっている。これは70歳以上は比較的生活にゆとりがあり、仕事に集中していれば、それなりの退職金と年金をもらえた恵まれた世代といえるかもしれない。
■長く働くには、「健康が資本」になる
しかし、今の50代(以下)はお金を貯めることと、目の前の仕事に集中することの2つをやらないと60歳以降は危ういことを示唆している。
そのほかに60代が勧める50代に行っておくべきことでは、3番目と4番目に「スキル磨き」「幅広い学び」がランクしている。
キャリア論を専門とするある大学教授はシニア以降も働き続けるために次のように指摘する。
「自分を知ること、そして社会の構造を知った上で戦略を立てることが大事だ。自分がこうしたいと思っていることに立ちはだかる障害とは何か、持てる資源とは何かを考える。
自分の持つ知識・技能を見える形にし、2つ以上の組み合わせ、たとえば英語力と経理とかの得意分野をつくり、組み合わせによってキャリアを築いていくことだ。さらに50代からも社内外のネットワークを広げることもキャリア形成にとっては極めて重要だ」
前出の調査では「現在の仕事をみつけたところ」も聞いているが、65~69歳は「定年後の継続雇用」「元の勤務先の関係」が多いが、70歳以上はトップが「家族・知人の紹介」となっている。まさにネットーク力があるかないかも仕事先探しに有利に働く。
いずれにしても今の50代(以下)は60歳以降も体力・健康が続くまで働き続けることになるだろう。しかもパート・アルバイトで「収入ちょい足し」ではなく、フルタイムでガッツリ年金と同額ぐらいをカバーする収入がなければ生活できない時代になる。
そうなると、気をつけたいのは健康だ。
50歳から60歳にかけて体力が落ち、65歳以上は高血圧症、糖尿病、痛風など複数の持病を抱えている人も多い。厚労省の統計では65~74歳の3割が5種類以上の薬を服用している。
たとえば、老後のために節約をと食費を抑えようと、質をワンランク落とした安価な食材を選んだり、食事の回数を減らしたりすると、低栄養状態になり、筋肉が減少して日常生活に支障が出る「サルコペニア」に陥り、骨折しやすくなる。
さらに仕事以外は、自宅で過ごすことが多くなり、ひきこもり状態になると、介護の手前の「精神・心理的フレイル」(虚弱)に陥るリスクもある。
働くことはもちろん、健康管理を怠ると老後は悲惨な地獄絵図となりかねない。

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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)

人事ジャーナリスト

1958年、鹿児島県生まれ。
明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。

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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)
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