本来なら冬眠の季節でも、各地で起きた熊被害をメディアは報じている。東北大学特任教授で人事・経営コンサルタントの増沢隆太さんは「クマによる被害が報道されるたびに意見の対立やクレームが生まれている。
なぜこんなにも人々の関心を集め、議論が熱くなってしまうのか、そこには駆除反対派とそれを否定したい人の意識の差にある」という――。
■「クマは危ないものじゃない」で炎上状態に
クマとヒトとの戦争ともいわれるように拡大したクマ問題。被害者も発生する深刻な災害となる中、対応についてはさまざまな意見が飛び交います。政府の対策も始まりましたが、今度はその対策への意見もさまざまに発信されるという、次から次へと話題も関心も尽きない状況です。なぜクマ問題はこれほど日本人をアツくさせるのでしょうか。
意見の対立で印象的だったのが、俳優で狩猟免許を持つ東出昌大さんが『SPA!』の連載「誰が為にか書く~北関東の山の上から~」で寄せた「クマはそんな危ないもんじゃない」と題したエッセイ(※現在は削除されている)です。11月18日にYahoo!ニュースに掲載されたことで一気に拡散され、軽い炎上状態になりました。
内容はそれほど過激な自然や熊保護を訴えたものではなく、今のメディア報道のありかたへの批判的発言の一部といったものなのですが、昨今のクマ被害もあり、ニュースタイトルだけで見事にその発言は燃え上りました。それはやはり今年のクマ問題が国民的関心事であり、深刻な事態だと受け止める人が多いからでしょう。
■飛び交う駆除「賛成」と「反対」の意見
環境省によれば2025年度上半期(4~9月)のツキノワグマの出没件数は、統計のある09年度以降最多の2万792件で、初めて2万件を突破したとのこと。犠牲者も出るなど、被害は深刻です。
出所=環境省『令和7年度のクマによる死亡事故件数及び緊急銃猟の実施状況について
クマ被害が深刻な中でも必ず出てくるのがクマや自然の保護の声です。
クマから人間を守るべきという意見と、反対にクマに罪は無く、駆除などせず人間と共生すべきという真っ向からの意見対立となります。そんな激しい議論の片方に賛同するような意見が飛び交う中で、東出さんのエッセイが批判を呼び、一気に炎上してしまうのは容易に想像がつきます。
クマは即刻駆除すべしという駆除賛成派の意見には、過去にないほどの被害を生んでいることや、仙台市、秋田市、盛岡市など県庁所在地にまでクマが姿を現すようになったことで、これまでより支持は広がっていると思います。ネットニュースへのコメントやX(エックス)への書き込みでも、積極的にクマを駆除すべき、警察や自衛隊などの戦力を投入すべきといった積極的対策を支持する意見は多く目に入ります。
一方の駆除反対派は、自然に暮らしていたクマは、言ってみれば人間がその棲家を侵食した結果、市街地にまで現れたのであり、悪いのは人間、クマ問題の原因を作ったのは人間だという立場から、駆除に反対する人が多いと思われます。
■極端な対立に解決策は見つからず
一般財団法人日本熊森協会は、「冬眠期および春グマ駆除の拡大に強く反対し、調査研究に5億もの予算を割くのではなく喫緊の被害防除への予算重点化を求めます」というステートメントを、12月5日に発表しています。
出所=一般財団法人 日本熊森協会「冬眠期および春グマ駆除の拡大に強く反対し、調査研究に5億もの予算を割くのではなく喫緊の被害防除への予算重点化を求めます
こうした駆除に反対する声は、昨年くらいまでは今よりはもう少し見られたのですが、今年の被害状況が悪化するにつれ、減ってきているようです。とはいえ駆除反対の声が消えたりゼロになった訳では決してありません。クマ対策を行っている自治体役所などには、駆除に反対する意見を持つ人から電話などでの抗議も多く寄せられているというニュースもよく見かけます。
残念ながら現時点で賛成派、反対派の合意形成は難しそうです。クマは生き物ですから、群れの半分だけ駆除するといった「足して2で割る」手段がありません。1匹でもいれば、被害が起こる可能性は残ります。

結局、「クマを根絶やしにせよ」とか、「クマは賢い動物なので、ドングリを山中にまけば、静かに去ってくれる」など、駆除賛成反対いずれも極端な意見となり、歩み寄れずに議論は先鋭化し、対立は激しいまま今に至っているといえるでしょう。
■なぜクマ問題は人を熱くさせるのか
歩み寄れない議論に加えて、クマ問題には人を熱くさせるさまざまな要素が含まれています。市街地に猛獣が出没している危機感や恐ろしさの持つ説得力は強烈です。恐いもの見たさもあって注目が高まるのは当然だろうと思います。
また、駆除反対の人が、クマ対応に追われる自治体役所に抗議電話をかけ、電話対応する職員に暴言を吐いたり、延々と苦情を言い続けて業務を妨害するなど、カスハラではないかという批判があります。カスハラ自体がかなり注目されるホットワードであり、妨害行為への批判によって、これまた注目材料に加わるでしょう。
ちなみに役所など、対応窓口に電話で抗議しているのは、実際のクマ被害発生地域ではなく、県外などから多くよせられていると、秋田県の鈴木健太知事は「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系)で生出演した際に発言しています。
クマ被害が深刻な秋田県では、秋田市内の住宅地をうろつくクマが出ており、鈴木知事の前任の佐竹敬久元知事の時代から、県外から寄せられる苦情は業務妨害だと訴えていました。
駆除反対派とそれを否定する人たちの考えや心理を筆者なりに考えてみます。反対派の多くは自然・環境保護を訴える立場にある人たちです(※)。そうした環境保護運動の中の一部の政治的スタンスや主張に反感を持つ人が、クマ問題を通じて反対派を否定したいという感情もあるのではないかと見ています。
※自治体へのクレームを入れている個人や団体は特定されていませんが、環境保護を訴える一部の団体は、自治体への抗議の電話などを行っていないと否定しています。

■安全な場所にいて駆除反対を唱える違和感
スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんについてのニュースでは、保護運動自体よりその攻撃的な発言や、自分は電気や化石燃料を使っておきながら自然保護を訴えるという矛盾点に反発する意見も見られます。
クマ問題での駆除反対意見に対しても同様に、自分は安全な場所にいながら被害地域の施策を批判するという姿勢に、似たような反発があると考えられないでしょうか。
クマ問題は、このような関心を呼ぶ議論、ホットなトピックなどの要素を含んでおり、さらにネットニュースやSNSで個人の意見発信ができるようになったことで議論が燃え上がり、全国的関心を呼ぶキラーコンテンツとなっていると考えます。
被害地域の声をSNSで上げやすくなり、それを被害地から遠い大都市から共感するという情報共有、意識構造が生まれ、距離障壁が下がったことで、議論の盛り上がりにつながったことは間違いないでしょう。
クマ問題をどう受け止めるかは、立場によって大きく異なります。クマ出没地域に居住する人間にとっては日々の生活に直結した喫緊の課題です。一方で、まずクマ出没などあり得ない都心部の人にとって、そこまでの緊急性はないことでしょう。
■駆除と環境保護、どちらを優先すべきか
今のところ議論が折り合うどころか、かみ合ってすらいない現状では、落としどころを見つけるのは難しいと思います。また何よりクマ対策は個人でできることはほぼなく、政府や自治体による取り組み以外、効果が期待できないでしょう。政府が本腰を入れて対策に乗り出したことは、被害発生を抑える上では重要です。
国は緊急銃猟を始めることで、駆除を推進し始めました。とはいえ、警察や自衛隊なら誰でも猟銃を扱える訳ではなく、技術的な課題もあって直ちに完全解決には至ってはいません。

冬ごもりでクマの数も減っていくと思いますが、完全に消える訳ではないので、冬が終われば再び、来春には今年と同じような被害が生まれる危険は残ったままです。
激しい意見対立に、政治的スタンスの違いも加わることで、妥協点は非常に遠いと感じています。目指す目標が全く異なる意見対立では、可能な限り現実的な落としどころを見つけるしかありません。
筆者個人としては、「クマの駆除」は犠牲者が出ていることを根拠として「緊急かつ重要な課題」だととらえています。一方の「クマ・環境保護優先」という意見は、将来の環境保全につながるという点で、「重要な課題」だととらえます。しかしその実現は早い方が良いとはいえ、緊急に今すぐ意見集約できるものではないと考えます。
政府や自治体は被害を重視しているようですので、緊急に対策すべき課題として、長く議論は続き、関心も減ることはないでしょう。

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増沢 隆太(ますざわ・りゅうた)

東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家

東北大学特任教授、人事コンサルタント、産業カウンセラー。コミュニケーションの専門家として企業研修や大学講義を行う中、危機管理コミュニケーションの一環で解説した「謝罪」が注目され、「謝罪のプロ」としてNHK・ドキュメント20min.他、数々のメディアから取材を受ける。コミュニケーションとキャリアデザインのWメジャーが専門。ハラスメント対策、就活、再就職支援など、あらゆる人事課題で、上場企業、巨大官庁から個店サービス業まで担当。理系学生キャリア指導の第一人者として、理系マイナビ他Webコンテンツも多数執筆する。
著書に『謝罪の作法』(ディスカヴァー携書)、『戦略思考で鍛える「コミュ力」』(祥伝社新書)など。

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(東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家 増沢 隆太)
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