年の瀬が近づき、街には咳をする人があちらこちらに見られます。多くの方は「また風邪の季節か」「インフルエンザかコロナかもしれない」と思われるでしょう。確かに年末年始の感染症の流行は気になるところです。
しかし実はデータを見ると、冬に注意すべきなのはウイルスだけでなく、まったく別のところにもあるのをご存知でしょうか。うっかり見逃しがちな5大リスクを解説しましょう。
■冬場に多い血管系の病気
2022(令和4)年の統計によれば、心疾患による死亡者数は年間約23万3000人、脳血管疾患は約10万7000人にのぼりました。そして興味深いのは、これらの血管系の病気による死亡が12月・1月・2月の冬季に集中していることです。
日本の研究調査では、心筋梗塞による心停止は冬季(10月~4月)に約1.6倍程度まで著しく増加し、特に1月が最も多いことが明らかになっています。インフルエンザで直接亡くなる方は年間数千人程度と報告されていますから、冬に血管系の病気で亡くなる方の数はインフルエンザのような感染症と比べてもずっと多いのです。
■暖房を控えるほど危険が増す家の中の温度差
近年の電気代高騰もあって、冬場でも光熱費を気にして暖房を控えめにする方も少なくないでしょう。リビングは暖かくても、廊下や脱衣所、トイレは冷え切ったまま。実は、この家の中の温度差こそが、命に関わる危険を生み出しています。
「ヒートショック」という言葉をしばしば耳にするようになりました。急激な温度変化によって血圧が大きく変動し、脳卒中や心筋梗塞を引き起こす現象です。政府の人口動態統計によれば、2022年には家や居住施設の浴槽内で5824人の65歳以上の高齢の方が溺死しています。これは同年の交通事故死亡者数2610人の2倍以上にあたり、家の中でもリスクがあるのです。推計では、年間約1万7000人がヒートショックに関連して急死していると考えられています。
室温が1℃下がると朝の収縮期血圧が約0.86mmHg、拡張期血圧が約0.34mmHg上昇するという研究報告があります。さらに、頭の高さ付近の室温が10℃下がった場合の5mmHg上昇と比べ、足元の室温が10℃下がると血圧が9mmHgも上昇するとされます。足元の冷えの血圧への影響はかなり大きいのです。
世界保健機関(WHO)は、室内温度を最低でも18℃以上に保つことを推奨しています。しかし日本の多くの住宅では、特に脱衣所やトイレがこの基準を大きく下回っています。
寒い朝に布団から出た瞬間、血圧は急上昇します。冷たい脱衣所で服を脱げば、さらに血圧は跳ね上がります。
■知らず知らずのうちに削られる睡眠時間
年末年始のもう一つの落とし穴は、睡眠リズムの乱れです。仕事納めの解放感、忘年会、年賀状の準備や初詣、深夜まで続くテレビやネット動画の視聴。気がつけば寝る時間が遅くなり、朝は無理やり起きる日々が続きます。
睡眠不足になると、交感神経が過度に緊張し、ストレスホルモンであるコルチゾールが増加します。すると血圧は十分に下がらず、心臓は休むべき時間に休めなくなります。実際、心筋梗塞や脳梗塞が最も多く発生するのは午前6時から10時頃の時間帯です。
夜更かしによって体の準備が整わないまま朝を迎えれば、場合によっては血管がいつ破れてもおかしくない交感神経系が緊張した状態に置かれます。その一方、睡眠中には血液の粘稠度が増加し、さらに血小板の働きの変化で夜間に血が固まりやすくなるという日内変動があるため、明け方は特に血栓ができやすい条件も揃ってしまいます。
大規模調査では、就寝時間が夜中12時を過ぎると心血管疾患による死亡リスクが約1.5倍高くなることが報告されています。年末年始は休みの期間のはずなのに、実は体にとっては大きな負担になっているという皮肉な状況が生まれているのです。
■忘年会シーズンに急増するアルコール性疾患
年末年始は飲酒の機会が増える時期です。忘年会、クリスマスパーティー、正月の親族の集まり。普段はあまり飲まない人も、ついつい杯を重ねてしまいます。この時期にはアルコール性急性膵炎の発症が通常時と比べて増加するという報告もあり、激しい腹痛で救急搬送される可能性も高まります。
さらに注意したいのが、いわゆる「ホリデーハート症候群」です。年末年始や宴席の続く時期に急激に飲酒量が増えると、普段は心臓に問題がない人でも一過性の不整脈、とくに心房細動を生じることがあります。アルコールは心筋細胞のカルシウムシグナルを乱し、交感神経活動を高めることで、心拍の電気的安定性を損なうと考えられています。
実際、一度にビール中瓶2本(約40gのアルコール)以上を摂取すると、不整脈の発症リスクが通常の約4倍に跳ね上がると報告されています。さらに、救急外来を受診した不整脈患者のおよそ半数が、飲酒後12~36時間以内に症状を発症していたというデータもあり、急性のアルコール負荷が不整脈の大きな誘因となり得ることが裏づけられています。
年末年始の体が冷えた状態での飲酒は特に危険です。アルコールには血管を広げる作用がありますが、同時に体温を奪い、脱水を進めます。飲みすぎた翌朝に動悸がしたり、脈が乱れたりするのは、決して珍しいことではありません。
■見落とされがちな食事の塩分
正月にはおせち料理や鍋物など、塩分の多い食事が食卓に並びます。日本の伝統的な保存食であるおせちは、その性質上どうしても塩分が高くなりがちです。さらに冬は空気が乾燥しているため脱水に気づきにくく、血液が濃縮されて血圧が上がりやすい環境が整ってしまいます。
おせちは保存食として発達したため、数の子や昆布巻き、煮しめなどは1品で0.8~2g前後の食塩を含みます。いくつかを少量ずつ食べるだけでも、おせちと雑煮を合わせた1食で8~10gに達することは珍しくありません。日本人の1日の塩分目標量は、男性7.5g未満、女性6.5g未満です。年末年始は飲酒も重なり、血圧や心臓への負担が増えやすい時期です。
わずか数日間でも塩分過多の食事を続ければ、血圧は大幅に上昇します。そしてそれが脳や心臓の血管に負担をかけていきます。「正月太りが気になる」という声はよく聞きますが、体重よりも怖いのは、この血圧の乱高下なのです。
塩分を多くとると血圧は確実に上昇します。
■年末年始の医療体制
もう一つ見逃せないのが、年末年始における医療体制のひっ迫です。東京都消防庁の統計によれば、2024(令和6)年中の救急出動件数は93万5000件超と過去最多を更新し、例年夏季や冬季に出動が増える傾向が確認されています。
冬期は高齢者の急病や心血管イベント、飲酒・塩分過多に起因する症状の搬送も増えると考えられ、総務省消防庁の全国データでも救急出動件数は763万件台・搬送人員664万人超と増加傾向が続いています。こうした救急需要の高まりは、年末年始の救急医療体制にいっそうの負担を与えています。
一般診療が休みになる年末年始は、軽症から重症まであらゆる患者が救急外来に集中しがちです。その結果、本当に緊急を要する心筋梗塞や脳卒中の患者への対応が遅れるリスクも出てきます。例えば心筋梗塞の治療は発症後、治療を行うのが早ければ早いほど救命率は高くなるので、限られた医療資源を有効に活用する知恵が求められます。
■今日からできる具体的な対策
冒頭に触れた年末年始の5大リスクとは、「室内の温度」「アルコール摂取過多」「睡眠習慣の乱れ」「塩分の多い食事」そして「医療機関の休診」です。これらの健康リスクに対してどう対処すればよいのでしょうか。
まず、家の中に極端な温度差を作らないことが重要です。
特に重要なのは足元の冷え対策です。足元の室温を保つことで、血圧上昇を効果的に抑えられます。ご自宅で足元の冷えが強い場合は、厚手の靴下・スリッパだけでなく、足元暖房(小型ヒーター、ホットカーペット等)を活用することがおすすめです
飲酒は発がん性などの問題もあり、極力少ない方がよいのが国際的な医学コンセンサスです。それでもアルコールを摂取する際は、一杯ごとに水を飲む習慣をつけておくとよいでしょう。飲酒とともに温かいスープや味噌汁などでも体を潤し、脱水を防ぎます。飲酒後の入浴は転倒やヒートショックのリスクを高めるため、アルコールが抜けてから入浴することが重要です。
睡眠に関しては、就寝時刻をなるべく一定に保つことです。年末年始でも、連日1~2時間後ろ倒しになったり、深夜までスマホを見続けたりするのは極力避けましょう。眠る前にはデバイスを遠ざけ、体をゆっくりと休息モードに切り替えることが大切です。
なお、就寝前の寝室の室温が睡眠の質と強い関連を示しており、室温上昇が睡眠の質を向上させる可能性も示されています。起床直後は血圧が上がりやすい時間帯なので、冬場は起きてすぐに暖かい部屋へ移動したりするのもよいでしょう。
おせち料理は少し薄味で味わい、鍋は出汁を活かして塩分を控えめにしましょう。味付けが濃いおせちと汁を飲み干す雑煮だと、1食で8~10gに近づくこともあります。しょうゆ大さじ1(約18mL)で食塩相当量は約2.6gです。年末年始の食文化を楽しみつつも、塩分と量を少し意識することが、体調を崩さないための大切な工夫と言えるでしょう。
■年末に入る前に事前に余裕をもって受診を
年末年始は、多くの医療機関が休診となり、救急外来に患者が集中しやすい時期です。これは受診する人が増えるというより、対応できる医療者の数が減るという構造的な問題によるものです。
不安な症状があれば受診をためらう必要はありませんが、定期通院や慢性疾患の管理は、年末前に余裕をもって済ませておくのが賢明でしょう。あらかじめ薬を確保しておくことで、本人の安心につながるだけでなく、限られた医療資源を本当に緊急性の高い患者に届けることにもなります。医療を控えるのではなく、賢く使う視点が、年末年始にはとりわけ重要です。
まとめますと、医学的に年末年始に特に注意すべき要素は「温度」「睡眠」「血圧」の3つです。
これらのバランスが保たれていれば、人はそう簡単には倒れません。しかし年末年始は、これらすべてが乱れやすい時期でもあります。家が寒く、夜更かしが続き、飲酒や塩分過多が重なれば血圧に影響し、健康な人でも思わぬ危険な状態に近づいてしまいます。
手洗いマスクといった感染症対策ももちろん大切ですが、実際に命に関わる血管のリスクはもっと身近なところに潜んでいます。年末年始を楽しく過ごし、新しい一年を健康に迎えるためにも、冬の生活習慣を少しだけ整えることが何よりの予防になるのです。
普段気にも留めない小さな行動が、結果として自分自身や家族の命を守る。そのことを、年末年始の入り口にあらためて思い出しておきたいものです。
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谷本 哲也(たにもと・てつや)
内科医
鳥取県米子市出身。1997年九州大学医学部卒業。医療法人社団鉄医会理事長・ナビタスクリニック川崎院長。日本内科学会認定内科専門医・日本血液学会認定血液専門医・指導医。2012年より医学論文などの勉強会を開催中、その成果を医学専門誌『ランセット』『NEJM(ニューイングランド医学誌)』や『JAMA(米国医師会雑誌)』等で発表している。
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(内科医 谷本 哲也)

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