※本稿は、中村淳彦『プロが教える 億を稼ぐ文章術』(夜間飛行)の一部を再編集したものです。
■反社の消えた歌舞伎町は「カオス状態」に
短絡的に主観を多用して、稚拙な文章になっているかもしれません。
また筆者の例を出すと、「歌舞伎町と貧困女子」というテーマを与えられて、考えた末に「歌舞伎町に詳しくないライターが、いやいや、邪気まみれの街に足を踏み入れる」という立ち位置をとりました。なにも知らない立場から、歌舞伎町に生息する魑魅魍魎を描いていく、ということです。
歌舞伎町は昔から反社会勢力が入り混じる怖い街でしたが、コロナ禍をきっかけに街は大きく変貌しました。暴排とコロナによって暴力団員が排除されて、それがいい方向に向かうことはなく、さらなる異常をきたしていました。
底辺の若者や外国人が街に群がり、反社の支配がなくなったことでホス狂いや街娼があふれ返りました。歯止めのないカオス状態です。
とにかく最悪な街ということを文章で伝えるとき、書き手が「最悪」と主観を述べるだけでは伝わりません。どうして最悪なのか人物や事象、エピソードを積み重ねて、書き手が「最悪」という言葉を使うまでもなく、最悪であることを伝えていきます。
■童貞と非童貞の対比――両者とも異常
最後、もう一人いたメガネの青年にも「恋人の存在」を確認すると、彼女いない歴=年齢の童貞だった。
①童貞たちはポラを撮ったり、無理してシャンパンを入れ、それなりに楽しそうに盛り上がっていた。筆者がカウンターに行くと、○○が近づいてきた。童貞たちに聞こえない大きさの声で近況を伝えてくれる。
(※筆者注:①②童貞と非童貞の対比。両者とも異常)
「今度は②日本人とイタリア人とのハーフ男に監禁です。最後は警察沙汰になって大変でした。彼もたぶんサイコパス。最後は逃げて、家まで追いかけられて、消火器をドアの郵便受けから突っ込まれて、家のなかが泡で全部ピンク色になっちゃった。めちゃめちゃでした。警察からまたあなたですかって怒られました。イタリア人は署に連行されて、次やったら逮捕だって厳重注意です」
■まともな人が誰一人いない
サイコパスの竜太郎と縁を切って、ロリカルト教を潰した○○は、結婚を考えた。
(筆者注:まともな人が誰一人いない)
「イタリア人はちょっと所属したメイド系のコンカフェの店長。面接に行ったらすぐ採用ってなって気に入られた。その日からご飯行こうとか、家に寄ろうとか、そんな感じになった。イタリアっぽい顔なのでイケメンといえばイケメン。顔立ちは濃い。40代後半でだいぶ年上。あるときから帰っちゃだめみたいになって、そこからほぼ監禁。セックスもたくさんした。ATМに連れて行かされて、お金を盗られるみたいな」
(筆者注:欲望にまみれた世界は、出会いが必ずマイナスに)
――『歌舞伎町と貧困女子』(宝島社)より
地下アイドル○○の小さなイベントが歌舞伎町で開催され、そこに行ったときの描写です。
短い文章に登場人物がたくさん出てきます。そして、普通の人は誰もいません。
筆者が行った時間にはその地下アイドルのファンの男性が数人集い、交流の機会があったので彼らに話を聞くと、全員が童貞でした。彼らは主に40代です。昭和時代から歌舞伎町は遊びと風俗の眠らない繁華街で、40代の童貞が集まるなんてことはありえませんでした。
■「最悪」と書かずに最悪を伝える
さらに地下アイドル○○は性的に奔放で、歌舞伎町で知り合った危険な男性と次々と恋愛関係になっていました。恋愛トラブルは必ず警察沙汰になって、○○はとにかく被害に遭遇し続けます。
全員童貞、監禁、サイコパス、ピンク色の泡、警察に連行、イタリア人のハーフ、たくさんのセックス、ATМに連行などなど、強い言葉が積み重なることで「異常さ」が浮かび上がってきます。歌舞伎町は怖い、最悪と書き手が主観を訴えるまでもなく、歌伎町以外の場所でこのような事態になりようがありません。
また、筆者が目撃したこれらの異常がぼったくりバーなどだったら、昔からあることなので想定の範囲内です。楽しい場所であるアイドルのイベントが異常だったことが、令和の歌舞伎町を物語っていました。
筆者は「アイドルのイベント」という特定の場所で相手の話を聞いています。行われていることは秋葉原と変わりはないですが、歌舞伎町独特なもの、秋葉原にはなくて歌舞伎町だから見えることを感じようとアンテナを立てていました。
そうやって集めた情報を、自分が伝えたい方向性を意識しながら書いていきます。歌舞伎町は異常な街というテーマなので、実際にいた人物や飛び交った強い言葉を積み重ねながら、そこが「異常」であることを表現していくのです。
■自分の五感が「痺れる」場面を書く
取材を続けていると、五感が痺れる、想像を超える場面に遭遇することがあります。
足を使って取材をしていると、いずれなにかしら普通でない場面に遭遇します。見たことのない風景や人物、不穏な雰囲気、不快な音、気持ち悪い手触り、異常な匂いなどなど、想像を絶する場面に遭遇すると、感覚が警報を鳴らしてきます。
犯罪に巻き込まれる可能性がある危険な場所では逃げるべきですが、そうでなかった場合は一歩踏み込みます。自分の五感が痺れる場面は、読者は見ることがない風景です。ライターは文章によって、その感じたことを読者に伝えなければなりません。
相手のいる人物取材の場面でも、五感が刺激されたときは自分自身になにが起こったのかを書いていきましょう。自分の五感を信じ、異常と感じた風景を見たままに描写する、異常と感じた匂いをなんとか言語化する、といったことです。
■視覚、嗅覚、触覚――すべてが不快
住所を間違えたのかと携帯に連絡すると、一番手前の部屋の扉が開いた。
肥えた中年女性(※筆者注:相手の姿を見た瞬間から警報が鳴る)が現れた。
「これ、男の家、居候。暑いから中に入れば」
部屋の中は臭かった。吠え続ける子犬がいて、ゴミだらけの部屋にはほこりや動物の糞尿やタバコや体臭の匂いが入り混じる。床は油っぽく、絨毯は湿る。空き缶、スナック菓子の欠片、クスリ、化粧品などが散乱している。昼間なのにカーテンは閉めっぱなしで、部屋は薄暗く、ところどころ畳は破れてめくれ上がっていた。薄型テレビの画面は割れてヒビが入っている。
(※筆者注:視覚、嗅覚、触覚――すべてが不快)
テーブルには飲みかけのビール缶が散らばり、灰皿には吸い殻が山盛りだった。昼間から酒を飲み、亀裂で観づらいテレビを観ていたようだった。
(※筆者注:番組名によって異常と正常のギャップと、時間を伝える)
「働いてないよ、こんなカラダだからね。彼氏に養ってもらっているの。半年くらい前から、まあ無職かな。太ってデリヘルをクビになったんだよね。どこも雇ってくれなくて、暇だからお酒が止まらない。狂ったように飲んじゃって、マジで止まらない。精神的にギリギリなんだろうね」
――『名前のない女たち 貧困AV嬢の独白』(宝島社)より
■部屋から感じられる「救いのない異常」
平日の昼間、知らない元AV女優から突然電話がかかってきて、「今、暇だったら取材してほしい」と言われて訪ねたことがありました。
今すぐという要望と、声の雰囲気から普通でないことは察しました。教えられた住所はボロボロの老朽木造アパートで、現れた井上沙耶さんは腹部が風船のように膨れあがる異常な太り方をしている女性でした。
つき合っている男性の部屋という家に入ると、あらゆる物が散乱して荒れ尽くしています。風船体型、動物園のような臭い、荒れ尽くした部屋と、すべてが普通ではありませんでした。
抜粋の文章は音声データだけでは、絶対に表現できないものです。
このような場面に遭遇すると、視界に入ったものが目に焼きついています。嫌ならば嫌なほど、五感が刺激されている状態です。その最悪な風景は重要な非言語情報で、文章だからこそ可能な異常の描写は、読者に強烈な印象を与えます。
異常な場所に足を踏み入れたときは、自分がなにを感じたのかを書きます。
文体はドキュメンタリー風を選択しましょう。どういう理由でその家に行くことになって、どうやって最寄り駅に着き、どんな家だったのか、詳細を書き込みます。取材現場に向かう途中から嫌な予兆がして、「異常」に遭遇するわけです。
普通のゴミ屋敷と違ったのは、テレビの画面に亀裂が入っていたことでした。
亀裂の理由は精神的に不安定な井上沙耶さんが「男に対して暴れた」からだと語られました。荒れた部屋は彼女の心象風景であり、部屋の汚れから井上沙耶さんの救いのない異常が導かれました。
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中村 淳彦(なかむら・あつひこ)
ノンフィクションライター
1972年生まれ。著書に『名前のない女たち』シリーズ(宝島社)、『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)、『崩壊する介護現場』(ベストセラーズ)、『日本の風俗嬢』(新潮新書)『歌舞伎町と貧困女子』(宝島社)など。現実を可視化するために、貧困、虐待、精神疾患、借金、自傷、人身売買、介護、AV女優、風俗などさまざまな社会問題を取材し、執筆を行う。
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(ノンフィクションライター 中村 淳彦)

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