※本稿は、原田尚美『南緯69度のチーム 南極地域観測隊』(WAVE出版)の一部を再編集したものです。
■忘れ物をしても取りに戻れない絶海の大陸
命の危険と隣り合わせの観測、地吹雪の中で過酷な力仕事をこなす設営、毎日が予定通りにいかない南極での仕事を支えるのは日々の生活です。観測隊のそれぞれの目的を達成するためには生活の基盤をつくることが大切です。
昭和基地への燃料や食材、観測や建築資材、部品などあらゆる物資の補給は年に一度、南極観測船「しらせ」で観測隊が到着する機会のみです。従って、この時までは限られた物資と装備で1年間、やりくりすることになります。忘れても取りに戻ることはできませんし、壊れても新たに調達はできないため、現場で工夫しながらなんとかするしかありません。
忘れ物といえば、私の場合は、第60次隊の観測に参加した際、大事な日用品の忘れ物をしてしまいました。あらかじめ出港前に「しらせ」に搭載していた衣類コンテナにも、成田空港からオーストラリア・パースへの飛行機移動の際、スーツケースで持ってきた手持ちの荷物にも、アンダーウエアと靴下が一切入っていませんでした。
「しらせ」に到着したその日に気がつき、翌日、パース市内の衣料品店で購入しました。代わりの何かで代用できませんし、人から借りるわけにもいきませんので、南極への出発前に気がついて、本当に良かったと思いました。
■寒いのに火傷するワケ
当然ですが、医薬品も新たに調達することができないため、医療隊員はどんな怪我や病気が多いのかを事前に把握して、例年多く処方している医薬品を準備して持っていきます。
南極は、「白い砂漠」と呼ばれるほど、年間降水量が少ない土地です。昭和基地周辺も雪はそれなりに降りますが、雨が降ることはほとんどありません。従って、1年を通じて乾燥しきっています。さらに夏の期間は白夜ですので長時間の日射が加わり、寒くて晴れると一面真っ白い世界です。
そのためか、乾燥や日焼けによって皮膚や唇が荒れてあかぎれができる、火傷レベルの日焼けになる、さらに観測で長時間屋外にいると粘膜が乾くためか鼻血が出る、霜焼けなどの凍傷になる、雪目になるなど、皮膚科や眼科のカテゴリーの傷病に悩まされる隊員が多いようです。雪目とは雪眼炎ともいい、屋外や雪上でサングラスなしに長時間活動して室内に入ると何も見えなくなったり、両目の痛み、充血、眩しくて目が開けられなくなったりする症状が出ます。隊員たちは出発前の訓練や観測隊向けの打ち合わせでこれらを学び、保湿クリームやリップクリーム、目の乾燥を防ぐ目薬など、持っていくと良いものリストも配られます。
ところが、持ってきたクリームを塗っても効かない、何度も塗りかえしてすぐになくなってしまったなど、南極の乾燥具合は隊員たちの想像を超えています。その場合は医療隊員にワセリンを処方してもらったり、塗った薬剤が皮膚上でしばらく保持されるよう薄いゴム手袋をはめたりする工夫を凝らして生活しています。
■予測不能だったチョコレート人気
南極での生活において精神の安定に大事なのは、多くの隊員の楽しみである食事も同様です。
確実に必要なコメ、小麦などの炭水化物、肉、魚、卵などのタンパク質、野菜などの食物繊維・ビタミン食材など基礎になる食材はおおよそ例年を参考にしながら種類や量の調達が可能です。一方、隊員の嗜好品は毎年異なり、それによって調達する品も毎年変わります。調理隊員は越冬隊員にアンケートを取り嗜好品を調査し、好みの食材を調達します。
私が最初に観測隊に参加した34年前は、調理隊員は嗜好品として大量のお酒を購入していたことを覚えています。
第66次隊の調理隊員に聞いたところ、最近の隊員はお酒をあまり飲まないようで、代わりにノンアルコール飲料や炭酸飲料を好む傾向があるようです。時代とともに隊員たちの嗜好が変わってきているのだと感じます。
さらに、南極は気温や湿度などの環境が日本と大きく変わるためか、食の好みが変わってしまうことがあります。
私の場合、南極に来ると、普段以上にチョコレートが食べたくなりますし、同様にアイスクリームを無性に食べたくなるという隊員もいます。第65次越冬隊では、南極に来て嗜好が変わり甘いものを好む隊員が多かったためかチョコレート不足が発生したようです。このように、嗜好品は調理隊員泣かせの難しい調達品なのです。
■意外と快適な南極生活
かつて南極は、国内や海外の情報からも隔絶されていましたが、最近の通信衛星回線の劇的な発展により、テレビ番組もYouTubeも新聞・雑誌もデジタル版であればほぼリアルタイムで情報を入手することができます。
カメラやパソコンなども予備があると便利です。昭和基地周辺では、夏の期間は雪が解け地表が露出することから土埃が空気中に舞っています。土埃の中には鉱物の雲母など微小粒子が含まれていて、カメラのレンズやパソコンを屋外で剥き出しで使用していると、これらの微小粒子によってレンズや画面に傷がつくなどして故障することもあります。
第60次隊の際には、インターネット環境に制限がある「しらせ」艦内でネットワークから1カ月以上切り離されたくらしをしていたら、Office製品が使えなくなる現象に見舞われました。念のため持ち込んだもう1台のノートブック型PCに助けられました。
■今ある設備で工夫を凝らす
「限られた環境」という言葉で思い浮かぶのは、昭和基地ならではのくらしの環境についてです。今でこそ昭和基地には女性専用の洗面所、トイレ、風呂がありますが、私が初めて観測隊に参加した34年前は、私で女性隊員が2人目ということもあり「女性用」施設はなく、男性と共用していました。お風呂は時間制で女性が入る時間帯が決まっていました。
南極に来ると、男性と女性の性差を大変意識させられます。観測隊といえば、つい最近まで男性中心の組織でした。
このため、男性用小便器の使用を止めて、個室トイレの全てを男女共用のユニバーサルトイレとして使ったり、昭和基地にある女性用風呂は浴槽1つ、シャワーブース1つと1人ずつしか入れない大きさなので、男性隊員が使っている広いお風呂を月に一度開放してもらい、時間予約制で女性隊員も利用させてもらったりさまざまな工夫を重ねます。
■白い洋服を着る人がいないワケ
また、南極では節水生活を心がけることも大切です。週に1回の洗濯は、「中水」という雪解け水を濾過せずに使うので、白い洋服は洗濯のたびにだんだん茶色になっていきます。出発前にこの状況はあらかじめ伝えられているので、南極に持ち込む洋服は全て色のついたものが無難です。そして「そういうものだ」と覚悟が決まれば、隊員たちの順応は早く、この環境に慣れていきます。
ただ、「そういうものだ」は「我慢」と紙一重で、夏の活動の期間限定のくらし方であるからこそ、苦労は皆一緒なので乗り越えられるのだと思います。
2月1日の越冬交代式後は、越冬隊は居住棟の個室へ移り、夏隊・同行者は昭和基地近くに接岸している「しらせ」の部屋へ戻ります。それぞれ、夏の期間限定のくらし方から解放されて落ち着いたくらしになると、自分が「我慢」していたことに改めて気づきます。
そして人は都合よくできているもので、「限定されたくらし方」は、南極での経験の醍醐味となり、その大変さは記憶に残らず、皆で一緒に乗り越えた達成感や笑い話として記憶に残ります。夏の「限定されたくらし方」は、越冬期間中の隊員たちの笑いのネタとして心を和ませるものにもなっていきます。
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原田 尚美(はらだ・なおみ)
第66次南極地域観測隊長
東京大学大気海洋研究所附属国際・地域連携研究センター教授。専門は生物地球化学、古海洋学。東京大学大気海洋研究所教授。名古屋大学大学院理学研究科大気水圏科学専攻博士後期課程満了。第33次南極地域観測隊夏隊において、史上2人目の女性隊員として参加。第60次では副隊長兼夏隊長を務め、3度目の南極となる第66次では女性初の隊長を務めた。
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(第66次南極地域観測隊長 原田 尚美)

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