12月11日、ウォルト・ディズニー・カンパニーはオープンAIに10億ドル(約1550億円)を出資し、3年間のライセンス契約を締結した。これまで生成AIに対し距離を置いてきたディズニーはなぜ「方針転換」したのか。
なぜパートナーをオープンAIに選んだのか。エンタメ社会学者の中山淳雄さんが解説する――。
■ディズニーとオープンAIが提携の意味
2025年12月11日、ディズニーがオープンAIに10億ドル(約1550億円)の投資を決めた。ディズニーは「ライセンス業界の雄」として生成AIによる著作権侵害の流れに最も保守的とも思われていた。自社のマーベル・ピクサー・クラシックアニメーション(ミッキーマウス、プリンセスからライオンキング)など200以上のキャラクターを、オープンAIの動画生成AIモデル「Sora(ソラ)」での利用に3年間のライセンス許諾をしたのだ。
2022年11月にオープンAIがChatGPTを公開して以来、様々な喧騒を巻き起こしてきた生成AIだが、今後は「冷戦」から「協調」に向けて時代が変わる兆しを見せたことになる。
放埓(ほうらつ)に皆がディズニーキャラを使いまくれる、というわけではない。今回の提携は、“ガードレール”をつくって「ユーザーの安全とクリエイターの権利を保護する、責任あるAI利用」が強調されている。当然ながらタレントの肖像や声は含まれていない。
ユーザーが生成したディズニーキャラクターの二次創作物はすべて監視できる体制下で、その著作権もディズニーに帰属できる。ディズニーIPを学習させた特別版Soraを使って映画、テレビ番組、テーマパークなどの演出で創作の効率化を図ることができる。
■AIへの風向きが変わった
非常にセンシティブな発表であっただろう。
ディズニーのみならずハリウッド映画会社は2023年に約半年間におよぶストライキを経験し、「生成AIは積み上げたブランドや技能、雇用を奪うもの」として映画制作の中断を余儀なくされている。
今回も俳優組合(SAG-AFTRA)には、ディズニー/オープンAIの合意前に両社から接触があり、今回のディールが「倫理的で責任ある技術利用を保証するものだ」という説明があったという。
俳優たちの肖像、画像、音声、知的財産は守られ、ディープフェイクなどのデジタル不正や無断利用を防ぎ、なんらかの収益に対しては彼らにも配分をしていく、となるのだろう。
だが、業界的にはいまだネガティブな反応が強い。ただ今回の提携は、この3年間ずっと敵対に近い冷戦体制だったクリエイティビティ業界と生成AIの歩み寄りがこれから始まるきっかけを開いた、といえる。
■実は新しいテクノロジーが大好き
ディズニーは決してAI否定派ではない。2013年に、米国ディズニー・ワールドで導入された「マジックバンド」がある(なんと10億ドルもかけて開発・導入されている)。来場者の情報が逐次送信されており、どこが混雑しているか、どこに向かっているのかすべて把握ができている。
それが「My Disney Experience」アプリとも連動しており、人込みをさけるスケジュールのレコメンドがユーザーごとにカスタマイズされて送信されている。
2008年に設立されたDisney Researchは社内研究機関の役割を担っており、AI、ビジュアルコンピューティング、ロボット工学に関する論文発表もされている。体感型シアターでは真っ暗な中でもユーザーの顔の表情を分析する深層学習アルゴリズムも取り入れられている 。こうした「テクノロジーの利用」はすでに20年単位の社内蓄積があるのだ。

だが投資が必ず実を結ぶわけでもない。ネットメディア時代の2015年には新興メディアの「VICE media」(ヴァイス・メディア)に2015年に4億ドル出資したが、23年に同社は破産。VRブームが起こると2016年にVR体験施設「The VOID」に2000万ドル出資するも、2020年に契約を解消している。
近年ではメタバースやUGCゲームのブームにのって、2024年に人気ゲーム「Fortnite(フォートナイト)」のEpic Games(エピックゲームズ)に15億ドルの出資を行っている。
■両社にとって旨味が多い
ディズニーは決して新しいテクノロジーに対して頑迷に抵抗する保守本流というわけではない。だが上記の動きから革新的な事例が生まれているわけではないことを考えると「これから生成AI×版権公式化でバラ色の未来」とはとても言えない。
ディズニーとして今回の提携は大きな損失無く新たな領域でのR&D(研究開発)をする一端であり、この「創作のサンドボックス」ともいえる提携で生まれてくるものがなければ切り離しを検討する未来も十分に想像できる。
今回の資本提携の裏側にあるのは、オープンAIからディズニー社に流れる多額のライセンス料である。ハリウッドでは昔から「Round Trip資金取引」という言葉がある。日本語でいうならば“いってこい”型の循環取引だ。
ディズニーはオープンAIに対し10億ドルの株式投資を行い、追加の株式を購入するための株式購入権(ワラント)を取得する。だが、それを超えるライセンス料がオープンAIからディズニーに支払われることで、大きな労なく出資をしている可能性もある。

実際に投資金額は“限定的”だ。直近で5000億ドル(約75兆円、2025年10月に報道された未上場の評価額)というオープンAIの企業バリュエーションに対して、10億ドルは0.2%に過ぎない。ディズニーがオープンAIの意思決定や人事に大きく関与できるような数字ではない。
オープンAIからすれば、同社の評価額が約1年前の3000億ドルから、この短期間で2倍近くまでふくれあがってしまった中で、巨額のライセンス料をディズニーに支払ったとしてもドリームディールともいえる。ディズニー×オープンAI/Microsoft(マイクロソフト)との連携を実現すれば、目下最大のライバルとなっているGemini3を開発したGoogle(グーグル)に水をあけられるからだ。
■なぜグーグルではなかったのか
そもそもディズニーは、著作権を侵害しているとしてAIの知的財産利用に距離を置いてきたとされている。だが、筆者の認識ではAI利用に対し「ポジショントークとして」距離を置いてきたと感じている。あくまでよりよい条件を引き出すための対抗姿勢だったのではないか。
ではなぜ、AI業界において最大級の影響力を持つグーグルではなく、オープンAIを選んだのか。
Disney+は最近、ショート動画を掲載するなど、通常のSVODプラットフォーム(定額動画配信サービス)からむしろYouTube的な立ち位置に展開させていこうという意図が見える。
ただ、グーグルのYouTubeと提携となると、これだけ同サイトがドミナント(支配的)になっている中なので、そこに包摂されるリスクを感じたのかもしれない。
元々、ディズニーはグーグルよりもマイクロソフトとエンタープライズ領域で付き合いがある。

Windows Media技術の採用や、Xboxを通じたエンターテイメント配信(例:DVD再生、後のDisney+アプリ)での協力関係。近年では、Disney+のインフラの一部や、テーマパークの体験、広告技術などでMicrosoft Azure(アジュール)を積極的に利用しており、強固なパートナーシップを築いている。
特にAzureは、大量のデータ処理やパーソナライズされた体験提供において重要な役割を果たしている。
こうした中で、マイクロソフト/オープンAI連合のほうが「組しやすし」と選択したのではないかと思う。
■ディズニーが動けば他社も動く
ちなみに、今回の発表とともにディズニーはグーグルに対して著作権を侵害していると「停止命令書」を送付している。
ロサンゼルス(ハリウッドなど映像・テレビのクリエイティブ産業)とサンフランシスコ(GAFAMなどのTech企業)の間にはこの四半世紀、ずっとこうした衝突が起こり続けてきた。
音楽でいえばMP3技術からナップスターによる“海賊”利用時代にCD売上は壊滅的なダメージを負った。2009~11年でSpotifyなどストリーミング業界に対し、Universal、Sony、Warnerの順に音楽ライセンス提供がされていった。
映画では、2011年からSony、20th century FoxなどがNetflixと映像ライセンス契約を締結した。ここでは2012年にディズニーが新作映画の劇場公開後独占配信権をNetflixと契約したことがきっかけとなり、Paramount、Warner Brothersが協調路線を敷くようになっていった。
ディズニーが動けば他社も動く、という過去のアナロジーをみれば、今回のオープンAI提携でほかの版権大手の各社がいま一斉に対話をスタートさせているのではないかと推測される。
■日本への余波はどうなるか
日本では、アニメ制作会社「ウィットスタジオ」とNetflixはショートアニメ『犬と少年』で2023年1月という非常に早いタイミングでアニメの背景美術制作に画像生成AIを利用し、発表している。
それ以降、東映アニメーション、Production I.G、OLM、手塚プロダクションなど個社別ではAIを使ったアニメ制作技術の検討もされている。
クリエイターへの反響を気にして公開していない企業がほとんどだが、アニメ・ゲーム・マンガなどのプロダクションでこの領域のインテグレーションは誰もが注視している。
日本ではアメリカと状況が違い、生成AIに対する心配の声はあれどもストライキやリストラといった大きな“事件”は起きていない。
特に日本のアニメ産業はもともと5000~6000人「しかいない」限られた人数で年間400本以上ものテレビアニメや劇場版アニメを作っている。むしろ制作をDX化し、工程を楽にするものとして親和的に受け止められる向きもある。
■「ジブリ風生成AI」は著作権に触れるのか
すでに生成AIを使ってアニメ制作を各社と検討しているAiHUB社のモデルを使って、日本で今後どのように進むのかを予測してみたい。
同社は2023年4月に設立されたベンチャーではあるが、2年半ですでに約5億円近い資金調達を行っており、このジャンルでは先進的な成果をあげている。経産省およびNEDO主導の国内生成AI開発力プロジェクト「GENIAC」に採択され、著作権クリアな純国際画像生成AI「oboro:base」を2025年11月に発表している(※)。
※ Branc.jp「AiHUB、著作権クリアな純国産画像生成AI「oboro:base」公開&技術レポート配布。アニメ業界の商用利用を支援
“著作権クリア”というのはAIが学習するための「学習データ」をどこからとるかの問題である。Webに散らばった膨大な分量を学習に使い、オープンAIが「ジブリ風生成AI」を作成できるようになった2025年3月は記憶に新しい。
いまでもジブリ風に描きなおされたアイコンをXやFacebookで使っている人も多い。
しかもその学習されたデータは、トトロやナウシカなどの確立されたキャラクターでない限り、かつ商用利用されていない限りは違法ではない。「~風」に著作権が主張できないことはすでにラインが引かれている。
■肖像権を「生成AI」利用可能にしたアイドル
AiHUBによる著作権クリアな国産画像生成モデル「oboro:」は、個社別に合意された過去データを学習データとして用い、あくまでその会社の内部のみで制作工程の簡略化などに用いられるものである。
元ガイナックス副社長の井上博明氏をエグゼクティブ・プロデューサーに擁し、インハウスのAIクリエイターが各種版権元と1on1で生成AIを使った展開を実証実験中である。すでにタカラトミー社のアニメ・ベイブレードのMV制作を行ったり、円谷プロダクションとの提携を発表しており、OVA初期からオリジナル作品を多数制作しているAICと過去のアニメアーカイブを使った利活用を検討中だ。
現在生成AIを使った長編アニメをテレビ地上波で放送するプロジェクトを進めており、中身をみれば人手のアニメとAIのアニメでこれほどクオリティが近づけるのか、ということも顕在化してくることだろう。
AiHUBでCMO(チーフマーケティングオフィサー)として活躍するタレント・起業家「くりえみ」氏は、アイドルから転身しTech業界に足を踏み入れた異色の経歴だ。
SNSフォロワー数270万人、自分自身の肖像をSoraでパブリック利用を解禁し、発表から1カ月あまりでおよそ4000作品の肖像が利用され、生成AIを使って彼女の水着姿・コスプレ姿が作られ続けている。
■ディズニーの発表の一歩先を行く取り組み
「著作権を公開利用する」ということは、すなわちUGC(ユーザージェネレイテッドコンテンツ)の大海の中に肖像を投げ出すリスクと引き換えに(どう利用されるかわからない、肖像のブランドを傷つけられるケースもあるだろう)、アマチュアクリエイターたちのボランティアな創作意欲を引き立て、想像しなかった活用方法を発見する新たな創作手段にもなりえる。
同社は来年早々にUGCコンテンツのみならず、商業IPの権利を追跡し、IPホルダーやクリエイターへの利益還元を実現する国産生成AIプラットフォーム「クリエイターワンダーランド」をリリースする予定だ。
このプラットフォームでは、「くりえみ」氏のIPを利用した、AIクリエイターを発掘するフィルムコンテストを皮切りに、様々なIPとコラボレーションを行っていく。タレントの肖像や声を取り扱うという意味では、今回のディズニーの発表の一歩先を行く取り組みだ。
そしてそこには日本のIPとのコラボを模索する海外大手AI会社からの関心が高まっている。「創作のサンドボックス」に積極的に参加することで、それ自体が海外勢への対抗軸となったり交渉を有利に進めることも可能になっていくだろう。

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中山 淳雄(なかやま・あつお)

エンタメ社会学者、Re entertainment社長

1980年栃木県生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。著書に『エンタの巨匠』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』(すべて日経BP)など。

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(エンタメ社会学者、Re entertainment社長 中山 淳雄)
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