12月16日、欧州連合(EU)の執行部局である欧州委員会は、従来、2035年までとしていた新車のゼロエミッション車(ZEV)シフト目標を、2040年まで5年間、後ズレさせる方針を表明した。ZEVとは、走行時に温室効果ガス(GHG)を排出しない自動車のことであるが、実態としては、電気自動車(EV)を意味していた。
要するに、EUは2035年以降、新車をEVに限定する方針を示していたわけだが、この目標を2040年に後ズレさせたわけだ。ただし関係者の話を総合すると、2040年以降も、2035年までに100%としていた二酸化炭素(CO2)の削減目標を実質的に放棄するため、いわゆる内燃機関(ICE)を搭載した自動車も容認されるようだ。
具体的には、2035年以降のCO2削減目標は90%に緩和されるとともに、2040年以降も100%削減の義務は設定されないことになるという。つまりICEを搭載したハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)、レンジエクステンダー車(EREV)も、新車として容認される。実態として、EVシフト目標の放棄である。
欧州委員会が2035年の新車EVシフト目標を発表したのは2021年7月のことだった。当初、EUが掲げた目標を称賛する声があった一方、野心的かつ性急的であり、実現は不可能だという見方も存在した。次第に新車EVシフト目標の実現が困難なことが明らかとなると、EUがいつ、この目標を修正するかに注目が集まることになった。
■2025年は堅調だったEV市場
ここでEUの新車販売台数の推移を確認すると、EVは2025年1-10月期の累計で前年比25.7%増となる147万3447台と、極めて堅調に成長している。新車販売台数全体に占めるシェアも16.4%まで拡大し、動力源別にはHV(34.6%)とガソリン車(27.4%)に次ぐ3位に上り詰めている。2025年通年では200万台に迫る勢いである(図表1)。
このように、一見すると堅調なEUのEV市場だが、これにはカラクリがある。
このCAFE規制の強化に踏まえて、各自動車メーカーが廉価なEVを市場に投入した。ルノーのサンクを始めとして、日系メーカーも新型モデルを相次いで投入している。こうした新型車効果が需要を刺激し、EVの市場は堅調に成長した。もちろん、欧州中銀(ECB)が利下げを進めたことで、金利負担が軽くなったことも見逃せない。
とはいえ、こうした規制の強化に伴う市場の活況は、あくまで人為的かつ一過性のものだ。廉価版のEVを投入したとはいえ、関税を課されたはずの中国製EVの方が依然として高い価格競争力を持っており、各自動車メーカーの苦境は続いている。それもあって、各自動車メーカーはEV以上にHVの販売に注力しているのが実態である。
実際に数値を確認すると、HVは2025年1-10月期の累計で15.6%増の310万9362台と、こちらも過去最大の登録台数である。事実上の日系メーカー潰しの意味合いも強かったEVシフトだが、結果的には、HVに優位性を持つ日系メーカーに塩を送る事態となっている。この辺りも、EUのEVシフトの大きな誤算だったと言えよう。
■さらなる目標の延期の可能性も
2025年のEU市場の活況は作られたものであり、当然ながら長くは持たない。結局のところ、2035年までの新車EVシフトは不可能であるというコンセンサスが形成されたからこそ、EUは新車EVシフト目標を後ズレさせたわけだ。実態としては放棄でも、名目としては延期という体を成すところに、EUの問題点が集約されている。
EUの主要国のうち、フランス政府は最後まで新車EVシフト目標の維持に積極的だった。このことが示すように、この新車EVシフト目標は欧州委員会とフランス政府の意向を強く反映して設定されたものだと考えられる。またウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長と、フランスのエマニュエル・マクロン大統領の関係は非常に近しい。
そもそもEUの規制運営は、フランスの規制運営の影響を強く受けている節がある。そもそもフランスは“強い政府”が経済をコントロールすることを重視する。EUもまた強い姿勢を示さなければ、加盟27カ国を一つの方向に導くことができない。ゆえに、加盟国間の利害が対立することを承知で、加盟国の経済のコントロールを試みる。
こうしたメカニズムである以上、EUでありフランスの権威が失墜すれば、加盟国はバラバラとなってしまう。いかにして体面を保ちつつ、規制運営を修正するか。
したがって、2040年までに延期された今回の新車EVシフト目標は、今後、さらなる延期が視野に入る。実態として、すでにCO2排出削減目標は下方修正され、さらに100%削減を目指すことをやめたという点で、EVシフト目標は放棄されたに等しいが、今後はより明確に、さらなる延期というかたちで、目標は修正されていくだろう。
■改良主義は日本車メーカーの強み
EU、もとい欧州は理想主義的な存在である。ある理想を掲げて、それに向かって内外をけん引しようとする。そうしなければ、欧州の多くの国をまとめることはできないし、また欧州が一つとなって世界に影響力を及ぼすことができない。一方で、その欧州がライバル視する米国であり中国は現実主義的な存在であり、性格がかなり異なる。
例えば中国は、EUがEVシフトを重視するなら、安価なEVをどんどん生産し、それをEU市場に投入しようとする。一方で、日本は改良主義とも言える存在だ。ある課題を克服するに当たって、一つ一つ、課題をクリアし、バランスを取ろうとする。一見すると迂遠だが、大きな流れが変わったとき、その方向をすばやく修正できる。
自動車の電動化であり脱炭素化そのものが揺るぎないメガトレンドであるとして、問題は炭素の排出をどう削減していくかにある。そのためには多様な手段があるべきで、その複数の手段の中で競争が行われ、合理的な手段が選択されることが望ましい。強い政府が経済をコントロールすることを好む欧州は、こうした経済原理を忘れている。
その点、日本は改良主義の機運が色濃い。日本でも政府による産業政策を強化すべきであるという機運が高まっているが、それはコントロールではなく、あくまでアシストであるべきだ。コントロールの性格が濃くなれば、それこそ日本の強みである改良主義の機運が萎み、欧州の轍を踏みかねない。この点はきちんと整理すべきだろう。
今回のEUのEVシフト目標の延期であり、実質的な放棄は、EUが持つ政策運営の上の問題点を体現した出来事である。政府と経済の関係を考えるうえで、学ぶ点は非常に大きい。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)

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