中国からの圧力に晒されている日本。同盟国であるアメリカだが日本を支持する公式声明を一切出さなかった。
いざという時にアメリカは日本を守るのか。国際基督教大学政治学・国際関係学教授で、インド太平洋地政学と大国間競争を専門としているスティーブン・R・ナギさんは「中国が軍事力を増強する中、日本のそれはあまりにも非力。日本はこれまで避けてきた選択を迫られている」という――。
■高市政権が直面している現実は厳しい
25年前、私が日米同盟の研究を始めた頃、東京での議論の中心は「日本が段階的に防衛責任を増やすべきかどうか」だった。だが今や、そういった議論が不十分に見えるほど国際情勢は深刻化している。
中国海警局の船がほぼ連日、尖閣諸島周辺を探り、北朝鮮のミサイルが日本上空を飛び越えていく。ロシアは北京と平壌の両方との軍事協力を深めている。それでも日本の対応は相変わらず慎重だ――まだ何十年も猶予があるかのように日本はふるまっている。何かひとつ間違いがあれば、戦争になるかもしれないのに。
高市政権が直面している現実は厳しい。
日本は、アメリカが頼ることのできる安全保障パートナーに変わるか、さもなくば、アメリカの同盟国としての責任を果たさず、地域を支配する中国に対して、何もできない口先だけのパートナーのままでいるかのどちらかだ。厳しい言い方になるが、これは私だけでなく、アメリカの政府関係者や学者が思っていることだろう。

日本は、政治が意図的に避けてきた問題――主権、軍事的プレゼンス、そして本当の同盟の負担分担とは何を意味するのか――に取り組む必要がある。
■トランプ時代の同盟不安
最近の中国による日本への経済的圧迫に対するワシントンの消極的な反応は、アメリカの信頼性に関する長年くすぶっていた疑念を鮮明にした。
11月に高市首相が台湾の戦略的重要性を認める発言をした後、北京は日本のSNS全体で組織的な偽情報キャンペーンを展開し、福島産水産物の汚染に関する虚偽の主張を広め、日本製品への非公式な経済制限を課した。
この時、ホワイトハウスは東京を支持する公式声明を一切出さなかったどころか、中国の経済的圧迫を非難するアメリカの高官は一人もいなかったのだ。
意図的な交渉戦術だったのか、あるいは、単なる無関心だったのか。どちらにせよ、この沈黙は憂慮すべきパターンを反映している。
報道によれば、アメリカは、日本という同盟国の利益を犠牲にして、米中の二国間取引を狙う可能性もあるという。日本はこの可能性に疑問を抱いているかもしれない。ワシントンは日本との長期的な同盟関係よりも、中国との短期的な貿易利益を優先するのか、と。
■従来の軍事的脅威を越えて
日本の安全保障課題は、従来の軍事バランスをはるかに越えている。
中国、ロシア、イラン、北朝鮮は、経済、情報、技術を武器化する多面的な脅威をもたらしている。中国の偽情報キャンペーンは一夜にして日本の産業を壊滅させうる。
サイバー攻撃は重要インフラを狙う。サプライチェーンへの依存が強制の手段になる。北京が消費者ボイコットや規制上の嫌がらせを仕組むとき、市場そのものが武器になる。
高市首相の台湾有事発言より以前から、日本はずっとグレーゾーン戦争に直面しているのだ。反日的な言説を広める組織的なボットネットワークや知的財産の窃盗、台湾の存在を認める企業への経済圧力、海洋権益の段階的な侵食……。
領土防衛と限定的な戦力投射を注力した日本の現在の防衛態勢は、これらのどれにも十分に対応できていないように見える。
日中の軍事格差はさらに深刻だ。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、2024年の中国の軍事支出は、日本の支出額502億ドルの約6倍、2960億ドルにも上る。
国際戦略研究所(IISS)の報告では、日本の潜水艦は22隻で、中国は70隻以上。
米国防総省の中国軍事力に関する年次報告書は、日本の航空自衛隊は約290機の戦闘機を配備し、中国人民解放軍空軍は2000機以上を保有しているという。
一方、SIPRIによれば、アメリカは2024年に9160億ドルを防衛費に費やしたが、海外への関与を減らす圧力が高まっている。
最も重大なのは、中国が自国沿岸から数千キロメートルに及ぶ戦力投射能力を発展させ、従来の防衛費では対抗できない経済・情報戦をも習得したことだ。

核の側面がさらに複雑さを増している。米科学者連盟によれば、中国は約500発の核弾頭を保有し、2030年までに推定1000発まで拡大する見込みだ。北朝鮮は経済的に脆弱であるにもかかわらず、軍備管理協会によれば推定30~50発の核弾頭を保有し、数分で東京に到達できる運搬システムを改良している。
■ワシントンが実際に求めているもの
トランプ政権はアメリカの期待を明確にしている。同盟国は「自地域の主たる責任を負う」べきであり、「集団防衛へはるかに多く貢献する」べきだと。
NATO同盟国は今やGDPの5%を防衛費に充てる圧力に直面している(日本は現在2%しか充てていない)。アメリカは安全保障上の約束を、コスパで判断しているのだ。
アメリカの戦略目標に貢献する同盟国は支援を受けるが、“タダ乗り”する国は、正式な条約があっても、ワシントンからの助けが少なくなるだろう。アメリカはこれまで「他国にバラマキすぎた」と思っているのだ。
これは日本の政治家が回答を避けてきた質問だ。「日本がアメリカのインド太平洋戦略にとって単に重要な存在ではなく、不可欠な存在になるには、実際に何が必要なのか?」
■国民的議論を始めるべき時
高市政権は、日本が長らく先送りしてきた国民的議論を開始すべきだ。つまり、日本国民に明確な以下3つの選択肢とその帰結を示すということだ。

選択肢1:現状維持。防衛費はGDP比2%に達し、米軍は既存の基地に集中し、日本は段階的な軍事近代化を続ける。現在の安心感は保たれるが、ワシントンの支援が弱まる中で将来孤立するリスクを負う。
選択肢2:防衛費をGDP比3.5~4%へと大幅に増やし、独立した領土防衛能力を拡張する。主権は最大化されるが、政府試算で年間2000億~2500億ドルという膨大な財政負担が増える。また、こうした能力を構築するのに必要な長い移行期間中、日本は脆弱な状態に置かれる。
しかし、選択肢2の大規模な通常兵器への支出でさえ不十分かもしれない。
北朝鮮は最小限の核兵器で、体制が脆弱な体制であるにもかかわらず侵略から守られている。パキスタンとインドは核保有後、大規模な紛争を避けてきた。ロシアの核保有国としての地位は、ウクライナ侵略に対する西側の対応を抑制している。
逆にウクライナは、1994年のブダペスト覚書の安全保障を信じてソ連時代の兵器を手放した――そのウクライナはロシアに侵攻された。
核攻撃を受けた唯一の国である日本にとって、非核三原則を再考することは道義的なチャレンジだろう。
それは深く理解している。
しかし現実問題として、中国は核兵器を拡大し、北朝鮮は核兵器運搬システムを改良している。自国の軍事費も増やさず、アメリカの軍隊だけに頼ることは、アメリカ政府がアメリカ人の命を、日本人のために危険にさらす、ということだ。
日本は、他国による核攻撃に対して、自国の軍事力を拡大して自衛に備えるのか、アメリカ軍に頼るのか、それぞれ、どれだけのコストがかかるかを検討しなければならないかもしれない。すなわち、下記の案である。
選択肢3:日本列島全体でのアメリカ軍のアクセス拡大と、防衛費のGDP比3%への増額を組み合わせ、同盟の統合を深める。これにより日本はアメリカのインド太平洋戦略に不可欠となり、信頼できる抑止力を提供するが、外国軍の駐留増加とアメリカの核の傘への継続的な依存を受け入れる必要がある。
■国民教育の必要性
これらの選択肢3の内容は、私見のみならず、アメリカ政府筋、関係者、ジャーナリストらの意見をまとめたものと考えてほしい。
3つの選択肢を組み合わせることもできるが、どれも、十分な情報に基づく国民の支持なしには成功しない。高市政権、防衛当局、安全保障専門家は、日本が直面する難題について国民の理解を深める責任がある。そのためには、他国の脅威、軍事力の差、現実的な政策選択肢について、正直な対話を粘り強く進めていかなければいけない。
日本は長い間、自らの安全保障問題を先送りすることで繁栄してきた。
その態度は、「安全保障KY症候群とでも呼ぶべきだろう。自国の安全保障リスクを正しく評価せず、政策で対処できないからだ。
「憲法解釈だけで侵略を抑止できる」

「外交的な善意で戦争が防げる」
しばしばこうした言葉を聞くが、敵対しようとする国々がこんな魔法の言葉に耳を貸すだろうか。
政治家が議論を意図的に避けてきたことから、世界の軍事バランス、同盟の仕組み、戦略的なトレードオフについて、今の日本人は知識を得られていない。だから、現実的な問題に対して、理想主義を掲げる指導者を選んでしまう。前述した選択肢3を実行したとしても、それが、日本が第2次世界大戦でのような「軍事大国」を標榜するということではない。
「防衛費なしに平和を維持する」

「アメリカとの同盟に貢献せずに、中国を抑止する」

「自国を防衛する責任を受け入れずに、主権を守る。アメリカや中国には追従しない」
このような心地よいフィクションではなく、国民は事実に基づいてその選択をする権利があるのではないか。

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スティーブン・R・ナギ
国際基督教大学 政治学・国際関係学教授

東京の国際基督教大学(ICU)で政治・国際関係学教授を務め、日本国際問題研究所(JIIA)客員研究員を兼任。近刊予定の著書は『米中戦略的競争を乗り切る:適応型ミドルパワーとしての日本』(仮題)。

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(国際基督教大学 政治学・国際関係学教授 スティーブン・R・ナギ)
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