時間もお金も余裕がある人は、年越しをどのように過ごしているのか。富裕層マーケティングを長く手掛ける西田理一郎さんは「富裕層の中には、大晦日に時差を利用して飛行機移動を繰り返す遊びをしている人がいる。
国をまたぐことで、『1年に2回』新年を祝うのだ」という――。
■時間は管理からハックの対象へ
私たちは普段、時間は不可逆で、全人類に平等かつ絶対的なものとして捉えている。1日は24時間であり、1年は365日。この物理的な制約の中で、いかに効率よくタスクをこなすかという「時間管理術」に汲々としているのが現代人の常である。
しかし、世界の富裕層や知的好奇心に溢れたエグゼクティブたちの視点は、決定的に異なる。彼らにとって時間は「管理するもの」ではなく、自らの移動と意志によって「ハック(攻略)するもの」なのだ。
特に年末年始という、1年で最も「時間」という概念が強く意識される瞬間において、この時差というバグを利用することは、知的な大人にとって極上のエンターテインメントになり得る。大金をかけて「新年を二度祝う」という遊びをしているのだ。この響きには、何か自然の摂理を犯すような背徳感と、時間を自らの手で支配したような全能感が同居している。
単なる贅沢なパーティーではない。これは物理学と地理学、そして強靭な行動力が生み出す「タイムトラベル」の実証なのだ。
■「嵐」が挑んだ伝説のハック
このコンセプトを語る上で欠かせない、伝説的なエピソードがある。
2000年のミレニアム・イヤー。世界中が新しい千年紀の幕開けに沸く中、フジテレビの特別番組『ワールドカウントダウンスーパースペシャルLOVE LOVE 2000』(フジテレビ系)で、国民的アイドルグループ「嵐」が挑んだのは、まさに「時間のハック」そのものであった。
彼らはまず、日付変更線に極めて近いオーストラリアで最初の新年を迎えた。ここでは、南半球の夏の風を受けながら約5kmのニューイヤーファンランを完走。しかし、そこで余韻に浸る暇はない。彼らはすぐさま空港へと向かい、日付変更線を東へと越えるフライトに飛び乗った。目的地はハワイである。
ここで、オーストラリア(東部標準時)とハワイの時差に注目したい。夏時間の場合、その差は約21時間。つまり、オーストラリアで1月1日の午前0時を迎えたとき、ハワイはまだ12月31日の深夜3時ごろに過ぎない。この圧倒的な時間差を利用すれば、オーストラリアで新年を祝った後に数時間のフライトをこなしても、ハワイに到着したときにはまだ「大晦日」が続いているという計算になる。
彼らはハワイに到着した後、再び大晦日の熱気の中に身を置き、二度目のカウントダウンを迎えた。
そして二度目のニューイヤーファンランのスタートラインに立ったのである。相葉雅紀は後にこの経験を「そんな経験はもう2度とできないだろうな」と振り返っている(オリコンニュース、2022年10月3日)。
■米国全土を舞台にした体験の消費
これは、単なる多忙なアイドルの移動記録ではない。日付変更線という概念上の境界を物理的に超えることで、1日という定義を自らの足で拡張した「タイムトラベル」の成功例である。時差を利用した移動は、単なる贅沢な旅行ではなく、時間という概念そのものを自らの手で操作する、知的で独創的な体験なのだ。
相葉のような大規模な国際移動には高いハードルを感じるかもしれない。しかし、実はもっと身近な場所でも同様の体験は可能だ。広大な国土と複数のタイムゾーンを持つ国家、アメリカ合衆国がその好例である。
アメリカ本土には、東部標準時(EST)から太平洋標準時(PST)まで4つのタイムゾーンが存在する。アラスカやハワイまで含めれば、その数は6つにまで広がる。例えば、ニューヨークのタイムズスクエアで伝統のボールドロップを見届けた後、即座にプライベートジェットに乗り込み、西へと進路をとればどうなるか。
理論上は、シカゴ(中部)、デンバー(山岳部)、ロサンゼルス(太平洋)と、1時間ごとに訪れる新年を順次「追いかけて」いくことが可能だ。
これは単に祝杯の回数を稼ぐだけの行為ではない。マーケティングの視点で見れば、1つのイベントという商品を、異なる都市の文化やコンテクストで複数回消費する「体験の多重消費」である。
マンハッタンの洗練された摩天楼を背景に飲むシャンパンと、ラスベガスの喧騒とネオンの下で飲むそれとでは、同じ銘柄であってもその意味合いは劇的に異なる。都市を移動するたびに、同じ「午前0時」という瞬間が、まったく別の表情を持って立ち現れるのだ。
■数百メートルの散歩でタイムトラベルした気分に
また、より情緒的かつ手軽に「時間を超える」体験をしたいなら、ヨーロッパの国境地帯へ目を向けるべきである。イベリア半島におけるスペインとポルトガルの関係は、知的な旅行者にとって垂涎のスポットだ。
隣国同士でありながら、スペインは中央ヨーロッパ時間(CET)、ポルトガルは西ヨーロッパ時間(WET)を採用している。そこには1時間の時差が存在するのだ。スペインの国境沿いの街でタパスをつまみながら「Feliz Año Nuevo(明けましておめでとう)」と乾杯し、そのすぐ後、川を渡る橋を歩いてポルトガルの隣町へ移動する。
所要時間はわずか数十分。しかし、橋を渡りきった先では、時計の針が1時間巻き戻る。そこはまだ大晦日の23時台だ。
ポルトガルのポートワインを片手に、再び「Feliz Ano Novo」と祝杯をあげる。数百メートルの徒歩移動が、人生に二度の新年をもたらすのである。
同様のスポットは北欧にもある。フィンランド側のトルニオとスウェーデン側のハパランダは、川を挟んで隣接する双子都市のような関係にあるが、ここにも1時間の時差が横たわっている。凍てつく寒さの中、運が良ければオーロラが夜空を舞う極北の地で、2つの国、2つの時間をまたぐ。そこには都会の喧騒とは無縁の、神秘的で静謐な「時の支配」が感じられるはずだ。
■コンコルドが示した空の特権
空の上においても、特別なカウントダウンは繰り広げられてきた。日本でも「初日の出フライト」は根強い人気を誇るが、世界にはさらに踏み込んだ、航空工学的なアプローチによる時間ハックが存在した。
かつて超音速旅客機コンコルドが運航していた時代、マッハ2.0で飛行するこの機体は、地球の自転スピードを追い越すことができた。ロンドンを夕方に出発し、大西洋を横断してニューヨークに到着すると、到着時刻が出発時刻よりも「前」になるという現象が日常的に起きていたのだ。
これを年末のスケジュールに組み込めばどうなるか。ロンドンで新年を迎えた後、パーティーの余韻も冷めぬままコンコルドに乗り込めば、数時間後には「大晦日の午後」のニューヨークに降り立つことができる。
再び大晦日の喧騒に身を投じ、最高級のステーキハウスで2度目のカウントダウンを待つ。これこそが、かつてのジェットセッターたちが享受していた究極の特権であった。
現在、超音速旅客機は退役してしまったが、通常のジェット機であっても日付変更線を利用したプランニングは依然として有効だ。例えば1月1日に東京を離陸し、日付変更線を東へ越えてロサンゼルスやハワイへ向かえば、現地時間の「大晦日」に逆戻りすることができる。
■「ダブル・カウントダウン」が旅行商品になる?
しかし、現代においてはこの戦略の前に一つの壁が立ちはだかっている。近年のパンデミックや地政学的リスクによるルート制限、コスト高騰によるフライト計画の複雑化で、航空便のネットワークが完全には回復していないという現実だ。かつてのように自由自在に便を選び、パズルのように乗り継ぐことが困難になっている。特に深夜便や国境をまたぐ短距離便の整理が進んでおり、緻密な旅程管理能力が試される時代となった。
それでも、コロナ禍の収束に伴い、各航空会社は「移動そのものの価値」を再定義し始めている。今後は「ダブル・カウントダウン」をパッケージ化したチャーター便や、機内で日の出を何度も追いかける特別航路など、高付加価値な体験型商品の開発に注力する可能性は極めて高い。座席の広さという「空間の贅沢」から、時間の質を操作するという「時間の贅沢」へと、ラグジュアリーの軸足が移りつつあるのだ。
■なぜ人は「2回」祝いたいのか
ここで改めて問い直したい。
なぜ私たちは、多額の費用と労力をかけてまで「新年を二度」祝いたいと思うのか。単なる物好き、あるいは成金的な顕示欲によるものだろうか。
マーケティングの深層心理で読み解けば、そこには「希少性(Scarcity)」と「コントロール欲求(Desire for Control)」の強烈な充足がある。
時間は全人類に平等に与えられている、唯一の民主的なリソースである。1秒の長さは誰にとっても変わらない。その絶対的なルールに対し、移動やテクノロジーを駆使して介入する。他者が1回しか享受できない「新年の瞬間」を、自分だけが2回、あるいはそれ以上消費する。この相対的な優位性は、自らの人生の密度を上げ、他者との差別化を図りたいという潜在的なエリート意識を激しく刺激する。
また、社会心理学的な側面から見れば、これは「時間主権の回復」という儀式でもある。現代社会を生きる私たちは、常に分刻みのスケジュール、納期、そしてスマホから流れるリアルタイムの通知に支配されている。時間は常に「消費されるもの」であり、私たちはその流れに追われる客体でしかない。
しかし、自らの意志で時差を利用し、時間を巻き戻したり、あえて時間の進み方が異なる場所へ身を置いたりすることは、主体的かつ能動的に時間をコントロールする「主体」へと立ち返る行為である。日付変更線を越えて「失われた1日」を取り戻す旅は、システムによって管理された暦から解放され、自分自身の時間軸を取り戻すプロセスなのだ。
富裕層が限定品や会員制クラブを好むのは、それが手に入りにくいからだけではない。それらを通じて「自分のルールで世界と接している」という実感を求めているのだ。時間という概念においても、彼らは同様に「限定的な体験」を通じて、自らの存在を確認しているのである。
■宇宙レベルになると「16回」新年を迎えられる
テクノロジーの進化は、時間のハックをさらに極端な領域へと押し上げている。地上400km上空。秒速約7.7kmで地球を周回する国際宇宙ステーション(ISS)において、私たちが信じている「1日」の概念は完全に崩壊する。
ISSは地球を約90分で1周する。つまり地上のタイムゾーンと軌道が合えば、理論上は24時間の間に日の出と日の入りを16回ずつ目撃できるのである。もし宇宙飛行士が、各タイムゾーンの「午前0時」に合わせて祝杯をあげるならば、彼らは1回の年越しの間に、最大16回ものカウントダウンを行うことができる。
これまでは選ばれしエリート飛行士だけの特権だったこの体験が、今、民間宇宙旅行の進展により「商品」として市場に出回り始めている。スペースXやブルーオリジンといった民間企業の参入は、宇宙を「科学の実験場」から「究極の体験消費地」へと変貌させた。
前澤友作氏のISS滞在が示した通り、宇宙はもはや手の届かない夢ではない。近い将来、富裕層向けのパッケージとして「オービタル・ニューイヤー・クルーズ」が販売されるのは時間の問題だ。地球を見下ろしながら、16回訪れる新年をシャンパンと共に祝う。これ以上のラグジュアリー体験が地上に存在するだろうか。価格は数十億円規模になるだろうが、その優越感と圧倒的な密度の前では、それを安いと感じる層が確実に存在する。
■バーチャル空間も「新年」に熱狂している
同時に、物理的な移動を伴わない「精神の移動」によるハックも無視できない潮流だ。メタバース(仮想空間)の進化である。
フォートナイトやRobloxなどのプラットフォームでは、すでに大規模なバーチャル・カウントダウンが定着している。ここでの特徴は、サーバー設定によって時間の壁を自在に取り払える点だ。アバターを介したユーザーは、東京のスクランブル交差点を模したワールドで新年を祝った数秒後、ニューヨークのタイムズスクエアへ瞬時にテレポートできる。物理的な移動コストはゼロだ。
これを「リアルの劣化版」と捉えるのは、旧時代の価値観である。デジタルネイティブな世代にとって、仮想空間での体験はリアルと同等、あるいはそれ以上の重みを持つ。企業にとっては、各国のタイムゾーンに合わせてデジタルアイテムを「時限販売」する、あるいは特定の瞬間にしかアクセスできないVIP空間を創出するなど、時間の制約を逆手に取ったマーケティング手法の実験場となっている。
■移動の速度が人生の密度を創る
話をリアルの世界に戻そう。私が世界各地の年末年始を観察して感じるのは、人々が求めているのは単なる「お祭り騒ぎ」の反復ではないということだ。彼らは、社会やシステムによって規定された「暦」や「時間割」という檻から、一時的にでも逃れ、自らの手で時間をデザインしたいと願っている。
物理学者のアインシュタインは相対性理論において、速度が上がれば時間の進み方は遅くなると説いた。旅行という文脈において、移動(速度)は人生の密度を劇的に変える変数である。
同じ場所で漫然と過ごす1時間と、国境を越え、文化をまたぎ、意図的に時差をハックして過ごす1時間。その主観的な長さと記憶の深さは、比較するまでもない。
新年を二度祝うこと。それは、単にパーティーを二回行うことではない。それは、私たちが普段無意識に従っている「時間」というルールの枠組みを、自らの行動力と知性で軽やかに飛び越える、冒険的な挑戦なのだ。
2026年という新たな年が近づいている。あなたは例年通り、決まった場所で時報を聞くだろうか。それとも、世界地図を広げ、自らの手で時間をハックしに出かけるだろうか。その選択こそが、あなたの人生という「時間」の質を決定づけるのである。

----------

西田 理一郎(にしだ・りいちろう)

価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役

富裕層向けブランド体験の「物語」を紡ぐナラティブ・マーケティングをプロデュース。また、情報伝達を超えた行動を仕組化し、個の全盛時代において、ラグジュアリー市場での持続的成長を実現する知の「価値共創」戦略を構築する。プレミアムブランドの世界観を体現する戦略的プラットフォームの商品化を手がけ、ミシュラン・ガストロノミーから超高級ライフスタイルまで、文化的価値を経済価値に転換するマーケティング、ブランディングを専門とする。「to create a Real LIFE 敏腕マーケターが示唆するこれからの真の生き方とは」「Life is a Journey」「食と文化の交差点 ガストロノミーへの飽くなき情熱」などのメディア掲載・連載を通じて真のラグジュアリーとは「所有」ではなく「体験」であり、その体験に宿る物語こそがブランド価値の源泉である――という信念のもと、富裕層マーケティングの新境地を開拓し続けている。主要著書に『予測感性マーケティング』(幻冬舎)、『アフターコロナ時代のトラベルトランスフォーメーション』(ゴマブックス)、『GRAND MICHELIN ミシュラン調査員のことば[特別編集版]』(アンドエト)がある。個人サイト

----------

(価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役 西田 理一郎)
編集部おすすめ