実家に帰ることが憂鬱に感じる「帰省ブルー」に陥る人はどのような人なのか。公認心理師の植原亮太さんは「嫌なら帰省をやめればいいのに、それでも帰省してしまう人たちは、親に対して無意識に『頑張ってしまう』人が多い」という――。

※本稿で登場する事例は、プライバシーの観点から一部加工・修正しています。
■年末にかけて増える「帰省」の相談
筆者が営んでいるカウンセリングルームには、年末が近づくにつれ、クライアントさんから実家や義実家への帰省についての話題が多く出るようになります。
ほとんどの人にとって年末年始に帰省して親の顔を見て過ごすことは当たり前で、嫌なことではないはずです。しかし家族問題を抱えている人ほど、帰省そのものが憂うつな出来事であるのがわかります。その背景には何があるのかを、本稿ではカウンセラーの視点から考えていきます。
家族問題の苦しみを考えるときに、例外的な事象を取り上げることは示唆に富む知見を私たちに与えてくれます。そこで、今回はゴミ屋敷で育ってきた女性とその母親との問題を取り上げていきます。
なぜ、わざわざこれを取り上げるのかというと、この世の中は「普通」の家族を前提に構成されており、世間にはそうした家族で育った圧倒的大多数の声しか広がっていないことを知ってもらうためです[詳しくは拙著『ルポ 虐待サバイバー』(集英社新書)を参考]。
ここで言う「普通」とは、親子の間で豊かな感情表現があり、双方向の交流ができている関係を言います。嫌なときには嫌だと言えること、嬉しいときには互いに喜び合えること、困った時などには相談し合える関係です。彼らにとっては、年末年始に親元に帰省するのは憂うつでもなんでもなく、むしろ嬉しいことでさえあるのです。だからこそこの社会の中では、ほとんどの人はこぞって帰省という同じ行動をとるのでしょう。

■「自分の人生を生きている気がしない」という心の悩み
木崎栄子さん(仮名・45歳)の最初の相談での訴えは「自分の人生のはずなのに、自分の人生を生きている気がしない」という不思議なものでした。なぜこんな感覚になるのかを知るきっかけが、年末年始の帰省だったのです。
カウンセリングが始まって、ちょうど1年が経とうとしていた12月のことです。慢性的に抱えていた不眠と抑うつが軽くなってきたころ、思い出したように彼女は次のようなことを話し始めました。
■「普通に親と寄り添えば普通の人生が送れるかも」
私は母子家庭で育ちました。父と離婚した母は、飲食チェーンで接客のアルバイトをしながら私を育ててくれました。家計は苦しかったと思います。周りの子が持っているような服や可愛い筆記用具が買えなかったのもつらかったけれど、それ以上に家がゴミ屋敷だったことがきついと感じていました。床はベトベトしているし、トイレは汚いし、ゴキブリはたくさんいるしで、思春期の頃にはそれが嫌で家に帰りたくなかったんです。
一度大きな喧嘩を母としたことがあって「そんな不潔なのに、よく飲食店で働けるね! あんたの触った料理なんて食べたくない!」と言ったことがあります。怒った母は「これのどこが汚いんだ!」って叫んでいました。私があんなに懸命に訴えたのは、臭いとか汚いとか言われて、学校でいじめられていたからです。
いじめられていることを、母に言ったことはないです。
私はいまで言うところの「トー横キッズ」でした。中学生のころ、深夜の繁華街を徘徊しているところに男の人から声をかけられて、最初は年齢を偽ってホステスとして働いて、18歳になったら風俗で働いて。それからずっと、結婚はせず、そういう世界で働き続けてきました。
そこには私みたいな境遇の子たちも多かったけど、そうじゃない子たちもいて、その子たちは年末年始にはとりあえず親のところに帰ってぐーたらするとか話していたのが衝撃的でした。
あのとき私は「そうか、それが普通なんだ」と思いました。普通のことをして、世間の普通に添えば、普通の人みたいな人生が送れるかもしれないと思ったんです。

■ゴミ屋敷を掃除をして、料理を作っている瞬間が嬉しかった
それからというもの、都合のつくときはなるべく帰省するようにしてきたと話します。帰省して、朝から晩まで実家の掃除と片付けをし、炊事が苦手な母のために料理を作っているときが「まるで普通の親子のようで」嬉しいのだと付け加えました。
しかし、せっかく大変な思いをして片付けても、すぐに元通りのゴミ屋敷になってしまうとも言います。それなのに都合がつけば木崎さんは帰省して、同じように掃除を繰り返しているのです。そうこうしている間に、だんだんと帰省すること自体が苦痛になってきたと話します。

■親に「頑張る」「気を遣う」人が陥る心のモヤモヤ
読者の方々は「嫌なら帰省しなければいいのでは?」と思うのではないでしょうか。
それとも、彼女のように義務感に駆られて帰省している様子に共感を持てるでしょうか。
筆者はこれまでに多くの家族問題を扱ってきた経験から、親に対して頑張っている(気を遣っている)人ほど、帰省することが憂うつになるのをよく知っています。
そこでの頑張りの正体は、親に好かれたいとか、認められたいとか、そういうものです。これは実親ではなく義両親に対しても同じです。
帰省しなくてもよいのではないかと割り切れた方は、親に対して過度に頑張ることはなく、自分を優先できる人であると言えます。一方で事例の木崎さんに共感できた方は、木崎さんと同じように多かれ少なかれ親に対して「頑張っている」のだと思います。しかし頑張っていてもそれが実らないので頑張りは徒労となり、帰省に対する義務感だけが残り、やがて憂うつになるのです。
頑張っているとまでは言わなくても、なんとなく親と会うのは気が引けるとか、楽しい気分になれないとか、そういう気持ちを抱えながらも帰省しないとならないと思っている緊張感(いわゆる「帰省ブルー」)のことだと言えば、想像できると思います。
■「母にありがとうと言われたかったのかも」
さて、木崎さんは何のために頑張ってきたのでしょうか。カウンセリングが進むと、こんなことを話しだしました。
私は、母親に好かれようと必死だった気がします。
――テレビでレポーターのインタビューに答えている帰省客を見ると、親と会うのを楽しみにしているのだとわかります。その度に、自分はそういう親子ではなかったと思い知るようでした。だから、理由をつけて帰省しようとしていたのかもしれない。私の場合は、ただ私が母の家を掃除しなければならないという思いで帰っている。それをして、ありがとうと言われたかったのかも。
これまで年末になると、なぜか焦燥感に駆られてきました。その度に、どうしても小さい頃からの母との関係が思い浮かんできました。
親に認めてもらおうと思っていたのかも。だから、自分の人生なのに、自分の人生の気がしなかったのかも。

そう話した数週間後の年明け。彼女は「今回は仕事だと言って帰省しませんでした。母のためではなく、自分のために時間を使えた気がします」と話しました。

■親の前では「普段の自分」でいられない人たち
「帰省ブルー」の正体は、親に対する頑張りや緊張です。彼女の場合はずっと欲していた親からの愛情欲しさに過剰なサービスをしてしまうのがつらかったわけです。こうした心理を専門的には「大人の」愛着障害(反応性アタッチメント症/脱抑制性対人交流症)といいます。いくら親に捧げても、決して報われないつらさです。
「大人の」としたのは、愛着障害が正確には主に幼少期における心の傷を指す精神疾患だからです。しかし、大人になってもそれを原因とした生きづらさが残り続けることもあります。
愛着障害とまでは言わなくても、親を前にすると普段の自分でいられない窮屈な気持ちになる人もいます。そうした自分を抑えて親とうまくやろうとするので、疲れてしまうわけです。これらには共通して、頑張りと緊張があります。
■幸福への近道は、苦痛を取り除いて生きること
繰り返しますが、この世の中はそう大きな問題がない「普通」の家族の集合体です。そこそこ安定した家族関係を築き、気を遣い合わない親子たちです。こうした家族が世の中ではほとんどで、この人たちを中心にして社会は構成されています。
だからこそ深い家族問題のある方々にとっては、仲のよい家族の声が溢れかえるこの時期に、疎外感が高まるのだと筆者は確信しています。
けれども逆を言えば、もともとあった家族問題を再認識する時期でもあります。
私たちが思っている以上に育ってきた家族関係が人生に与える影響は大きく、生活のいたるところに作用しています。夫婦関係・子育て・会社の人間関係・友人関係……などです。
帰省に際する憂うつの中身を確認していけば、これまで抱えてきた家族問題も明らかになるでしょう。
筆者はカウンセラーですので、心の苦痛がどうしたら取り除けるのかを考えています。
多くの人は人生を豊かにするためには幸福を追い求めることが正解だと思うでしょう。高い収入、質の高い生活、多くの人脈などです。しかし、それは本質的ではありません。幸福になれた人ほど、幸福を追い求めるより、人生から苦痛を取り除くのが上手なのです。
帰省することが苦痛なのであれば、皆がしているからといって無理にしなくてもよいのです。
家族問題を抱える人にとっては、帰省をしないということが、親に関わるという苦痛を取り除く幸福でもあるのです。

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植原 亮太(うえはら・りょうた)

公認心理師、精神保健福祉士

1986年生まれ。汐見カウンセリングオフィス(東京都練馬区)所長。大内病院(東京都足立区・精神科)に入職し、うつ病や依存症などの治療に携わった後、教育委員会や福祉事務所などで公的事業に従事。現在は東京都スクールカウンセラーも務めている。専門領域は児童虐待や家族問題など。著書に第18回・開高健ノンフィクション賞の最終候補作になった『ルポ 虐待サバイバー』(集英社新書)がある。

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(公認心理師、精神保健福祉士 植原 亮太)
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